プロローグ4(帰国前夜)
オランダのとある大都会にある大豪邸。
庭に並べられたテーブルの上に置かれた料理に数々にも負けないほどの数の人々が一組のカップルの為に集まっていた。
本日そこでは明日に依頼の為に日本へと一時帰国する事になった正樹とサラとの別れを惜しむ人々が駆け付けているのだ。
実は本来、今回日本への依頼に帰国するのは正樹だけの筈だったのだが、「婚前旅行に是非正樹さんの実家に行ってお礼を言いたいです。」という正樹の婚約者サラ・ニールセン18歳の爆弾発言で、会場は一気に婚前披露宴になってしまったのだ。
始めは少数の、正樹との別れを惜しむ者だけが集まっていたのだが、サラまで付き合って、しかも婚前旅行に行くと言ってからはさあ大変。
あれよあれよと言う間に、人、人、人の大宴会場の出来上がりとなった。
正樹にだけでも命を救われたり、生活道具の調整をして貰っている者は数多いのに、本来の地元の風の精霊を加護に持つ聖霊術師の家系として、小さい頃から活躍してきたサラも一緒に行くとあっては見送りに出てこない訳にはいかないと思うのは当然の事だろう。
そんな訳で皆が暫しの別れを惜しむ言葉や祝福の言葉を掛けてくれる中、常に正樹の傍らに付き従うサラはの微妙な表情を見逃さず、心配そうに尋ねた。
「正樹さん。 今回の依頼は指名依頼とは言っても場所が場所だけに、断ってもよかったんですよ?」
そんな風に言ってくる心配性なサラの頭に手を置いて撫でると
「心配してくれてありがと。 けど、何時までも過去に囚われていてもいけないと思ってサラとも一緒になる決意をしたんだし、実際に向こうへ行って現実とも向き合わないとね? それに、今シルキ達と練り込んでいるスマホのアプリを利用したSAの可変構想の試作機を何処かで試そうとしたら、丁度いいタイミングで、丁度いい国からの依頼だからね。 まさに、渡りに船って奴なんだよ。」
正樹にそう聞いても納得できないのがサラの心配性な性格なわけで。
「しかし、日本と言うだけでも嫌な感じがするのに、話で聞くと呪いですか? 言ってみれば私たちの聖霊術の範囲外の様な気もしますが・・・。」
自分の考えをそう話すサラ。
しかし正樹は違う考えの様で。
「そうは一概に言えないんだよ、サラ。 この国では呪いは一種の呪術の類だが、日本では大昔に陰陽術って言う悪霊を払う術が呪いを払う役割にも成ってたらしいんだ。 もし、その類に成ってるとすれば、今回の呪いも悪霊が絡んでる可能性があり、悪霊なら俺達聖霊術者の出番になる。」
そこまで言うと正樹はニコッと微笑んで。
「悪霊が絡む俺たちの分野になれば、王級の術や悪霊に対するSAもそこそこ開発している俺達ならまず大丈夫だ。 そして、新しいSAの構想は粗方詰めてるから、後で発動の最終段階に協力して貰らえば、更に安心出来るよ。」
その考えを聞いて少しは納得したのか、今度はシルキに聞くべく正樹の横の辺りに視線を移す。
「シルキさんは今回の依頼をどう思いますか? 私よりは遥に正樹さんの事情に詳しいのですから、何か言いたいことは無いのですか?」
僅かに正樹が視線を寄越しただけで自分たちの居場所を突き止める、彼らの主にして精霊神に認められし者の婚約者の観察力に驚きつつも苦笑しながら自らの意見を述べる事にしたシルキは。
<僕は良いと思うよ? 何れは通る道なんだしさ。>
そう正樹の意見を肯定し
<更にさっき正樹が言ったように今の彼にとっては呪いの駆除程度なら、君を護りながら事を行える力は十分にあるんだ。 しかも新型のSAの試をする位の余裕を持つほどにね? 君を護る方法にしても、君自身が僕と言葉を交わせている以上、それ程危険な事にもならないと思うよ?>
それより、とシルキは正樹に尋ねる。
<向こうでの宿泊施設はどうするの? 正樹の実家はダメだろうし、宛なんてないんじゃないの?>
その質問にはサラが答える。
「それは大丈夫です。 婚前旅行にしたいと言ったら「それなら日本の支部を使いなさい。 貴女方位の優秀な術者なら、一つ二つ依頼をこなして上げれば向こうも納得するでしょう。」って言ってましたから。」
そう言うサラだが、何か不満なのか少し唇を尖らせて
「それに、向こうに正樹さんの知り合いの方が一人同じ依頼で出張ってきてるらしいですよ? しかも去年の最初から・・・。 正樹さん、何か心当たりのある知り合いはいますか? 今回の依頼ですと、多少は腕に覚えが無ければヤバそうですけど・・・。」
サラの質問に「うーん」と首を傾げながら心当たりを考えるが・・・。
「日本人は論外にしても、他の知り合いとなると・・・。・・イギリスのタニアか、ロシアのリーゼ位かな?・・・・?」
正樹が女性の名を読み上げる段階で少し機嫌が傾きだしたのを感じた正樹は
「おい、サラ。 急に目が怖くなったぞ? 少し他の女の名前を出しただけで嫉妬か? 以前のセリフは嘘か?」
正樹の言葉に急に大人しくなったサラは、不貞腐れた様に正樹の胸に頭を預け、ブツブツと呟いている。
「・・・嘘じゃないですけど・・・。 やっぱり気になります。 タニアちゃんはお会いしたことが有りますから良いですが。 私の知らない人で私に合う以前に親しくなっていた女性の名前が出てくるのは・・・。」
そんなサラの反応が面白かったのか、正樹はサラの顎を持ち顔を引き寄せると、皆が見ている前でサラの唇を奪った。
「・・ん・・ちゅ・・」
その光景を見ていた来客は、口々に祝福の言葉を贈る。
「サラー、おめでとー。 正樹君を他の女に取られない様にしなさいよー?」
「若いっていいわねー。」
「正樹ー! サラちゃんを泣かすなよー?」
など等、皆が二人を祝ってくれているのが解かる光景だ。
そんな中サラの両親がこちらに近づき、父親が正樹とサラを見て。
「明日は二人とも早いだろう? これから準備もあるだろうし、ここは私たちでお客さんをもてなすから二人は下がりなさい。」
そして、今度は正樹だけを見つめ
「正樹君、君の事だから心配は要らないと思うが、娘を頼む。 我がニールセン家の跡目はクリスに任せる事になっているから、心配はしなくてもいい。 偶に帰って孫を見せてくれたり、精霊の加護付与の依頼を受けてくれたら十分だ。 術の苦手なクリスに精霊銃が扱える様になるまで手ほどきをしてくれたことへの感謝は言葉では言い尽くせないよ。 あれ以来、クリスは人が変わった様に頭角を現してきたからね。」
そこで、正樹はいいえと首を振り。
「クリスは家を追い出された俺と同じでしたからね。 力が有りすぎて術の行使が出来ないのは見ていて歯痒かったので、少し手を差し伸べただけです。 俺と違うのは家族が真面だったという事だけですね。 俺の立場からすればクリスが羨ましいくらいですよ。」
正樹はそう言って苦笑し、此方を見ながら手を振っているクリスに手を振り返して、サラに振り向き。
「お言葉に甘えて、そろそろお暇しようか。 明日はダリスさんの言う様に早くから出発の予定だから。 サラ用の神霊銃の調整も少し残ってるから、お風呂に入ってサッパリした後にでも調整するよ。」
「////はい。 お願いします。」
その二人の会話を聞いて前々からの疑問を質問するダリス。
「前から思ってたが、精霊銃と王霊銃はそれ程に性能に差があるのかい?」
「ええ。 術の格と同じで道具にも格が存在するんです。 格の大きい物から神霊級、帝精霊級、王霊級、精霊級、心級。 下位の初心者の術者が使うのは基本、心級です。 道具もその使い手に合わせるように精霊に頼むのが基本ですが。 心級と精霊級の違いは努力と才能の差によりますが、精霊級と王霊級の差は素質の差に成ってきます。 こればかりは努力では補いきれません。 更に言えば王霊級から先は精霊の王や皇帝、神に認められて初めて使うことが出来ると精霊は言ってますからね。 もっとも、素養だけで努力をしなければ何にもなりませんがね?」
「素養とは?」
「精霊との対話、姿の確認、術の制御が困難なほどの魔力。 殆どの術者は行使できれば十分だと言うでしょう。 しかし、これは間違いで、本来は精霊の声を聴けるようになることが一人前の条件なんです。 術の行使だけなら、精霊言語を紡げだけで相性のいい精霊は手を貸してくれます。 魔力は相応に要りますが。 」
その説明を聞いたダリスは驚いた。
自分たちが教わってきた術の行使に必要な条件が、まさか誰にでも出来ることだとは思わなかったのだ。
そして、正樹の説明は続く。
「クリスは、精霊との対話がすんなりと出来るほど素直な性格で、術の制御が困難なほどの術力を持ち、それを行使できるだけの聖気を瞑想や体力向上などの訓練をすることでやっと上位の精霊級の術が行使できるようになりました。 そして、サラも精霊との対話が出来て、僕と接する事で、ボンヤリとではある物の風の精霊の気配を掴めるようになり、風だけではありますが王霊級の物を使えるようになった。 このように、格の高さは素養の高さと同じなんです。 一見術が苦手だとか使えないと言うのは、制御が出来ないほどの力を持つ可能性を示しているんです。 まー、そのお蔭でサラとも巡り会えたので良かったと思えば良いのですがね。」
そう言ってから、サラを抱き寄せて
「それでは。」
そう一言挨拶をして、二人で浴室へ行き、サラの王霊銃の最終調整を終わらせて就寝した。
そして、翌朝二人で空からの日本への婚前旅行へと旅立った。