プロローグ1(勘当・・そして修行の旅路へ)
場所は千葉県。
大都会のとある屋敷の庭園で、ある儀式が行われようとしていた。
周りを木々で取り囲み、精霊が集まりやすい宿り木(精霊樹)を中心に据えた儀式場。
その中心で一人の少年が、皆の見守る中で事を行う。
「さあー、もう一度です。 チャンスを逃すようなことは、私の息子がやって良いことではありませんよ?」
少年の母親が少年を脅すような口調で言い放つ。
それとは別に励ます声もまた聞こえる。
「兄さん、頑張れ!」
「正樹! 私の婚約者なら、決めるとこは決めなさい。 年上の意地を見せろ!」
「正にぃ、落ち着いて!」
儀式を行っている少年、十森正樹を励ます様に弟妹、婚約者までもが応援する。
「・・・分かった、やってみる。」
皆の励ましに応えられるよう、少年は精霊たちにお願いをするべく語りかける。
(頼むよ? 精霊たち。 何時もお喋りには付き合ってくれるのに、こんな大事な時に協力してくれないなんてないよ?)
<・・・・>
少年の言葉を聞いても、普段の賑やかな精霊とは思えないほどの沈黙しか帰ってこない。
それでも、後戻りは出来ないとばかりに精霊に語りかける本来の言霊、精霊語を紡ぐ。
「<自然界における数多の精霊よ、今ここに・・・>・・・っくぅ・・・やっぱり駄目だ。 ・・・なんで? 精霊語は伝わってる筈なのに。」
苦悶の表情を浮かべながら、そう不思議そうに言う息子に対し、少年の母親は冷酷な判決を下す。
「仕方ありませんね。 これも仕来りです。 術の使えない出来損ないに、十森の人間の資格は有りませんからね。 息子だから今まで育てましたが、中学も昨日卒業し、聖霊術の覚醒の年齢が過ぎた以上、このまま家に置く必要もありません。 旅に出すには十分な年齢でしょうし、選別に1000万出します。 それでどこか遠くに行きなさい。 有り体に言えば勘当でしょうか?」
そこまで言うと、周りの者にも知らしめるように、ゆっくりと周囲を見渡し。
「皆もこの正樹は明日からは他人です。 もし、明日見かけたら報告なさい。 不法侵入として訴えます。」
そして、今度は正樹の婚約者である可憐の方を向き
「それから、可憐ちゃん。 貴女との婚約も、すみませんが破棄とします。 ごめんなさいね?・・・お父さんにそう言ってください、理由は儀式が失敗したで解かるでしょう?」
そう優しく諭す様に、申し訳なさそうに話しかけ。
その後、再びその場に呆然と立ちすくむ正樹に対しては
「・・・貴方は何をいつまでそこにいるのです? 目障りです。 さっさと消えなさい!」
先程の表情から豹変した様に厳しい叱責を息子に投げかける。
だが、その意見が不服なのだろうか。 可憐と呼ばれた婚約者は反論する。
「ちょっと待ってよ、おばさん! 私は正樹なら、術が使えなくても平気よ? 現に私には未だ出来ない精霊との会話が出来てんだから、きっと普通の術者より覚醒の年齢が遅いだけよ。 それに、他の婚約者候補の火野寺の長男や風祭の次男に比べたら正樹の方がよっぽど頼りになるし、実際の戦闘なら正樹が一番じゃない! 聖霊術師としての資質で決めるなら、一人前と言われる18歳迄またない? この年齢で会話どころか、姿まで見えるなんて、将来はもしかしたらとびっきり有能な聖霊術師に成るかもしれないんだから。」
「そうですよ。 僕らの中で精霊と会話を出来て、存在がハッキリしている精霊に関しては姿まで見えるのは兄さんだけなんですよ? それなのに術は使えないなんて、何か理由がある筈です。 それを突き止めてからでも遅くないでしょ?母さん」
婚約者の可憐に次いで少年の弟、十森一樹も弁護する。
「そうよ! 保有魔力量の少ない筈のあたしが多少なりとも術が使えるのよ? それで正にぃが使えないって、ふざけてるとしか言えないわよ!」
更に妹の十森美雪も追従する。 ・・・しかし
「ふん。 見える、会話が出来ると言っても正樹が言ってるだけです。 一族でも魔力保有量の多い部類の私が見えたり聞こえたりしないのですから、信用性がありません。」
そう言って息子、正樹を見ながら蔑むような視線を投げかけ。・・・更に。
「それに、これは決定です。 由緒正しき聖霊術師の家系である十森の長男が術師としての儀式に失敗など、有ってはならないことです。 幾ら他が優れていようが関係有りません。」
それから、未だにこの場にいる息子を見て。
「・・・あら? まだ居たのですか。 ・・あー、お金がまだでしたね。 ・・・琴音!」
正樹たちの母がそう呼ぶと、何処から現れたのかいつの間にか傍に来ていた女性が跪き
「はっ! ここに持ってきております、奥様。」
そう言い放ちアタッシュケースに手を掛け開き、中を見せる。
「・・・確かに。 さあ、これを持って早く去りなさい。」
そう言われて、少年は呆然としたままケースを受け取ると、今一度弟妹と元・婚約者に振り返り。
「・・・じゃ、元気でな? もう会う事も無いかもしれんが、何処かで会ったら声でも掛けてくれ。 あばよ。」
半ば呆然とそう言うと、トボトボと家を出て行った。
その後ろ姿を見ていた一同が「あーあ、ホントに出てっちゃうよ。大丈夫かなー?」と心配するのに対し、母は・・・。
「さ、一樹に美雪。 術の使えない出来そこないに時間を盗られましたが、時間は有限です。 早速今日の訓練をしますよ?」
その言葉と共に、気に掛けるのも時間の無駄と言うかのごとく息子たちに日課をやらせ始めた。
それから可憐をみて
「可憐ちゃんはお父さんに連絡をして、他の婚約者候補に連絡をして貰いなさい。 年下でも構わないのなら、一樹をあの出来損ないの代りにしますが?」
「・・・いえ、確か婚約解消は両家の当主の合意による物の筈だから、まだ正樹が私の婚約者には違いないわ。 此方の当主であるお父さんの判断待ちにして貰えるかしら? 中学に上がったばかりの小娘にも、その位の発言権はあるでしょ? おばさん。」
この可憐の意見に、少し顔を顰めながら「ふー」と息を吐いて
「解かりました。 納得できるようになさい。 こちらの決定は変わりません。 夫も研究室に閉じこもって出ない以上、決定権は母である私に有りますから。」
そういうや、娘たちの訓練に入って行った。
それを見送る可憐は
「もー! なんで正樹が出来損ないにならなきゃなんないのよー! こんなの間違ってる!」
と言いながら、霧水の自宅に、親を説得しに帰って行った。
事の一部始終を見ていた自然界の精霊たちは
<あーあ、あの女の人呪われてるみたいだね。 あまりにもどす黒くて種類の判別が出来ないけど、相当恨まれてるよ。 目も濁ってるようだし。>
<そうねー。 あの男の子の体の中の輝きは、視る人が見れば驚くぐらいに濃密なのにね。勿体ない。>
<けどこの家もなんか変だよねー? なんであんな瘴気を漂わせている人の近くにあんな子が居られるのかな?>
<さー? 似たような家は少なからず見たことあるから、如何ともいえんが。 それよりさ、こうなったら俺達であの子を育てないか? あれだけの素質だ。 もしかしたら契約者はおろか、精霊神に認められて世界初の資格者<コマンダー>になれるかもしれん才能だぞ?>
<あ、それいいねー。 神気は飛び抜けて高いし、潜在的な聖気(聖霊術を使う時に必要な気力)も制御不可能な位の量があるし。 育てる価値は十分だね。>
<じゃ、早速交渉に行ってみよー>
その言葉を最後に屋敷から姿を消す精霊たち。
その異変に気付いた者は、悲しいかな一人もいなかった。
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家を後にした少年は、取りあえず海のある方角に歩を進めながらこれからどうしようか必死になって考えていた。
(あーあ、これからどうすっかなー? 金を渡されたは良いが、こんなケースに入れたまんまじゃ盗んでくれと言ってるようなもんだし。 けど、まだ高校にも入ってない俺みたいなガキに口座を作ってくれる銀行があるとも思えんし。 ・・・マジで参ったぞ、これは)
そんなことを考えていると、不意に上から声が降ってきた。
<そんな少年に提案です。>
(な! なんだ? 今の声どっから聞こえたんだ。 聞こえた方向からして、上か? もしかして、さっきは応えてくれなかった精霊たちか? 今更何の用?)
そう思って、少年が上を見上げると、無数の自然界の精霊が、少年を見て喜んでいた。
<やったー。 今私と眼が合ったよ? どうだー、良いでしょー?>
と赤い髪の炎の羽を付けている妖精が嬉しそうにはしゃいでいる。
すると、今度は青色の髪をした、足が液体の様に揺らいでいる妖精が反論する。
<バーカ、アンタじゃなく私を見たに決まってるでしょ。 そうよねー? 坊やー。>
そんなやり取りを見ていた空色の髪をした、他の妖精と違いきちんとした人間の様な小人の妖精が「ハァー」とため息を吐きながら少年に説明をしてくる。
<悪いね、少年。 皆自分たちの姿をハッキリと見て、声を聴いてくれて、普通に話をしてくれる人間が珍しいから嬉しいんだよ。 一般の術者は、なんでか知んないけど「術を使えて一人前」みたいな思い込みをして、基本中の基本である精霊との対話を疎かにしているからね、嘆かわしい限りだよ。>
その精霊本人? の意見に、驚きを隠せない少年は
(あのさー、何時もお喋りに付き合ってくれてる君たちの友達が、肝心な時に力を貸してくれなかったんだけど? どういうこと? それに俺達術者からしたら、術を使えない者は落ちこぼれの出来損ないって見解なんだけど。 どうして精霊の見解と、術者の見解が違うんだ?)
その疑問に答えたのは赤い髪の妖精
<それはねー? 人間が精霊に何かを要求する場面ってのが術を必要とする場面に偏ってるの。 でも、ハッキリ言って術を使わせるだけなら、私らなら術者の魔力を糧に自然界の自分の属性の精霊に命令するだけで事足りるんだよね。 勿論、契約者っていってその属性の王様、精霊王って言えばいいかな?その王様に認められて契約を交わした契約者になろうとしたら、各属性の精霊と対話が出来なきゃいけないけど、それ以外のただの術者でも、精霊言語で言霊を紡げば精霊は聖気と引き換えに力だけは貸すんだよ。>
そして、その言葉を引き継ぐように、今度は青色の髪の妖精が
<ーで、さっきのアンタの質問だけど。 私らは逆に、今みたいな対話が出来て、話しかけてくれて、家族の様に接してくれる者を求めてるの。 けど、それが出来る人間は物凄い稀。覚えている限りでは、三年位昔に一人、火の精霊王に認められて契約者になった女の子。 二千年位昔に水の精霊王に認められて契約者になった男の子。 そして更に千年前に地の精霊王に認められて契約者になった女の子がいたけど、他は皆無。 もしかしたら、今まで千年周期で現れてるから、そろそろ現れるかも知れないけど、それも確実とは言えない。 だから、アンタの存在は私らには貴重なのよ。 対話までなら出来る子は今でも結構な人数がいるんだけどね? 姿の見える子は本当に稀なのよ。>
(・・・? けど、俺は言霊も最後まで紡げないし、勿論発動もしないぞ? その所為で家を追い出されたんだから。)
この少年の言葉に先ほどの空色の髪の妖精が、気の毒そうな声で少年に衝撃の真実を告げる。
<それはねー。 なんと言おうか難しいんだけど、結果的にはよかったと思うよ?>
ここで一旦区切り、一呼吸おいて
<実は、君の中にある聖気が制御不能なほどに高すぎて、今の君の実力では少しの術を使うにも膨大過ぎるそれの影響でヘタしたら暴発して、君自身が壊れる位なんだ。 それで、精霊の方が気を使ってワザと発動しない様にしてるってわけ。 発動しちゃったら最後、ここいら一帯の精霊が問答無用で使役されて、火を使おうとしたなら焼野原、水なら大洪水だからね。>
(だからさっきの儀式の時に反応してくれなかったのか。 結果的には良かったって言うのは?)
<あの女の人。 かなりの強さで呪われてるんだ。 どす黒い瘴気の様な呪いだったから、恐らく呪術だね。 あのまま君があそこにいても、その症状が悪化するだけでいいことは無いよ。 何故かは知らないけど、一方的な憎悪があの女の人から君に向けて流れていたよ。 多分だけど、少しの感情の変化を何十倍にも増幅させる系統の呪術だろうね。 その証拠に、君が出て行った後はその瘴気が一旦は晴れて、いつも通りの、優しげな母親になってたよ。>
その答えに、他の家族に迷惑が行ってない事を確信した少年は妖精に問いかける。
(ーで、改めての疑問だけど。 最初に言ってた提案ってなに?)
<それはね? 僕らと修行の旅に出ないかって事。 君はどうせ、これから行くとこもないでしょ? 僕らは君と、もっともっと話をしたり交流を深めたいし、教えたいことが山ほどある。行先は取りあえずネパールはヒマラヤ山脈の一つ、エベレスト山。 チョモランマともいわれる、もっとも神に近い場所ともいわれる所に2年間住んで、先ずは基礎体力、精神力、神気、聖気、心気など等。 それら、術者に必要不可欠な物を全て最大限手に入れて貰うよ? それから、歴史のある国を周って術者としての経験を積んでもらう。 ・・・言っとくけど、最初が一番きついけど、後になればなるほど自信と実力が付いて、余程の事が無い限りは大事にならない様になるよ?だから頑張ってね?>
(-けど、パスポートが無いし、ネパールまでの旅費なんて、貰った選別じゃ足りないんじゃないか?)
そういって、母に貰ったアタッシュケースを見る。
すると、今度は精霊が何を言ってるのとばかりに首を傾げる。
<お金なんて必要ないよ。 まー、ここいらでは無いと暮らして行けないんだろうけど、ネパールの山の上では邪魔なだけだよ。 向こうに行くのだって、訓練がてら、海岸にでも打ち捨てられてる木の板に神気を通しての波乗りで行けるし、食事も海の幸である魚がいる。 水も木の板と同じで、コップがあれば、聖霊術の基本である心級を使った水の心術を練習がてら使って喉を潤せる。>
精霊の提案に、流石の少年も押し黙るが最後の抵抗にと
(パスポートは?)
そう質問するのだが
<パスポートなんて、大昔は存在すらしなかったんだよ? あんな物は単なる人数の確認だけなんだから、別に必要ないない。>
精霊はそういって、手を左右に振って必要ない事をアピールする。
そうして、遂に覚悟を決めたのか、真面目な顔をして
(分かった。 けど、イキナリやれは無理だから、海岸に着いたら一通りの説明はして貰うぞ? それと、これから色々と行動を共にする訳だから、自己紹介だ。 俺は十森正樹、15歳だ。)
少年ー十森正樹はそういって、自己紹介をする。
それに応えるように、精霊も我先にと口々に自己紹介を始めた。
<私は火を司る精霊フレイよ。 よろしく、正樹。>
そう言うのは赤い髪をした妖精
<あたしは水を管理する精霊ディーネよ。 よろしくネ>
次いで青い髪の妖精が自己紹介をした。
<ワシは土や金属などの物体を管理するシドじゃ。 よろしく頼む。>
次いで、茶色の髪の精霊が腰を折り、丁寧な礼をする。
<んで、自然界の4大元素の最後が僕。 風の精霊ことシルキだ。 風の精霊と聞いて、人間の中では弱いとか反則だとか、両極端の感想がよく聞かれるんだけど。 僕は訓練次第で最強にも最弱にもなり得る属性だと考えてる。>
そこで一旦シルキは言葉を切り、そして告げた。
<だが、しかし。そんなことは火も水も土も風も自然界のあらゆる元素は皆等しく同じだ。 訓練なしで強い者が居ないのと同じで、訓練なしで強力な聖霊術なんて使えはしない。 要は何をやろうとするにも訓練は必要という事だ。 ・・・・熱く語りすぎたかな? さて、精霊の主な代表格たる僕らはもう自己紹介をした訳だが、改めて聞きたいことはあるかな?>
余りの熱い語り様にしばし沈黙する正樹だったが、気を取り直し、旅立つ海岸に足を向けるべく精霊たちに一言。
(まー、色々聞きたいことはあるけど、取りあえずは海岸に行こうか。 先ずはそれからだ。)
そういって、出発をする正樹だった。