結菜、小六の秋
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ふーーーっと息を大きく、だけどこっそりと吐く。あー胃が痛い。
琴音との出会いのことをぐるぐると思い出している今現在私は小学六年生。月日が経つのは早いなあ……としみじみ。
もう琴音と出会って気が付いたら丸二年ですよ。はっはっは。そーアイツが現れてから私の日常は一変して、毎日暇と思う間もなく忙殺されてるからね。いやー充実してる毎日だよ全く!!
……あぁ、目を閉じると思い浮かぶ数々の出来事、怒濤のような毎日……。美少女だと思ってウキウキで接しようとした私の思いを粉々に打ち砕くアイツの行動……。例えば男子トイレに入ろうとしたり(それを何ボーッとしてるの!と笑って流した)、まだ男子がいる場で着替えようとしたり(それを男子がいるよ!?と慌てて止めた)等々……。
あれ?と思うような行動をしてもアイツの清純美少女顔でクラスの人を次々に虜となっていて誰一人変だと思わない。そのくせ私がアイツのフォローしてるのは目に付くらしく嫉妬に狂った視線に晒される。
(アイツには魅了でも付いているのか?)
と本気で疑い恐怖。この頃(たぶん転校から二週間くらいかな)には既に男の子と何故か確信し、心の中で“アイツ”呼ばわりになっていた。
(くそー女の子の格好するなら完璧になってから来いよ!)
長所だった観察力が仇となった。悔やんでも悔やみきれない。ついでにお節介な性格もあって完全にほっとけなくなっていた。
(自分の胃を痛めてまでフォローする必要ないって時々本気で思うんだけどさ……。はあー自分の性格が憎いよ……!)
そして今現在も見ていられなくなり自ら巻き込まれようとしていた。
「うあーーっ、コト! コト待って! 早まるなストップ!」
長い長い回想と言う名の現実逃避をしている間に事態が悪化しそうでした。ちょっと脳内トリップしていただけなのに! ちょっとは自分で回避したらどうなんだ!
因みにコトとは琴音のことです。
男だと確信した瞬間から“琴音”なんて女の子な名前呼びにくくなっちゃって。損な性格だよ……。だから“コト”に略させて貰ったの。そーいえば、そう呼んで良いか訊いたら少しビックリした顔になってたなあ。その後すぐに多分今までで一番の笑顔になって、教室が血だらけの大惨事になったから忘れてた。
あ、血だらけって言うのは鼻血ね、鼻血。……あの時ばかりはもう二度と野次馬がいるところで迂闊なことを言わないよう本気で心に誓ったよ。おっと話がまた逸れちゃった。
「えっ、ユイ!? 先に帰ってたんじゃっ!?」
自分の後ろから突然の乱入者の声にビックリするコト。と、向かいにいる男子一名。
(あ~~~ついに口挟んじゃったよおぉぉぉ! 胃が痛い!)
……はい、只今の状況をご説明いたしましょう。
現実小学校の校舎裏にてとある同級生に琴音さんが呼び出されていました。はい、告白ですね。放課後に突然呼ばれたコトは私に「先に帰ってて」と言いましたが、こっそり後を付けた次第であります。
んでその結果、彼からの告白にハッキリキッパリ取り付く島もなく断るコトの姿を目撃。この辺りで隠れて見守っていた私はハラハラし過ぎて現実逃避。
それでも同級生君はしつこくアタックしていたのですが、しつこ過ぎてコトがキレてしまいました。後ろ姿しか見えなかったのですが間違いありません。あのままだと殴り掛かりそうだったので、仕方なく制止の言葉を掛けるハメに……。
(いつもいつも短気過ぎるよ!)
と内心では怒りつつも表情では心配そうな顔でコトに駆け寄り、いつの間にか握られていたコトの拳をそっと包む。
「コト。いくら自分の言葉が相手に届かなくても殴ろうとしちゃダメだよ。コトは女の子なんだから」
さらりとここにいる理由を話さず流し、敢えて女の子だと強調する私。
「うっ、そ、そうよね。ダメ、よね……でも……」
分かりやすく動揺しながも(どこに動揺したのかは言うまい)、ちらっと同級生君を見るコトの目からイライラしていることが解った。
私は自分より少し低いコトの身体をそっと抱きしめた。コトはビクッと肩を揺らしたが私は気を落ち着けるためと制止の意味を込めてたので止めなかった。……どうでもいいけど何か段々コトの身体があったかーくなってきたような?
まあいいか。さてと。呆けてる同級生に目を遣る。
「えっと確か二組の田口君だったよね?」
「あ、ああ……」
私が声を掛けてもまだ生返事の同級生。
ああ胃が痛いなあ、早く帰りたいなあ、とか思いつつもなるべく穏便に済むよう言葉を考える。
(これ絶対小学六年生のスキルじゃない……)
なんて言わないけど。
「えーーっとね、まずはいきなり割って入ってごめんなさい」
「いや……」
「それで悪いなと思いつつ話を聴いてたんだけど、コトが随分酷い断り方をしてごめんなさい」
「ちょっとユイ! 何「コトは黙ってて」んぐぅっ!」
私の物言いにコトは顔を上げて抗議しようとしたけれど、私がコトの頭を肩に引き寄せて阻止した。
「今まで何回も告白されたことあるから呼び出されるとイライラして突き放す言い方になっちゃうみたいなの。口下手だしね」
苦笑いして悪い方に取られないよう言葉に気をつける。実際はイライラというか嫌悪で“うぜえ! 近寄んな!”って感じだけどね。
「まあそれで何が言いたいかと言うと……、本当にコトが好きならめげずにコトが嫌がらない範囲でアピールしてねってこと」
んーんっ!!、とか何かがずっと聞こえるけど気にしない。
ぽかーんとまだ事態が飲み込めていない同級生君に笑顔で「じゃあね!」と言ってコトを連れて去る。
(今のうちだあ!)
後ろへ向き一歩、二歩と進むが、素直に去らしてもらえるわけがなく。やっと正気(?)に戻った同級生君が叫ぶ。
「ちょっと待ったあ! いきなり出て来て勝手に琴音さんを連れて行こうとすんなよ!」
(ですよねー!)
さすが振られてもしつこく言い寄っていた男だ。今から将来が心配な奴め!、とキリキリ痛むお腹を抑える。
(ちっ。このモブ顔が!)
「何? もう話は終わったでしょ?」
溜め息を吐きながら顔だけ後ろへ向くとギョッとする。いつの間にか近くにいる同級生君が掴み掛かろうと手を伸ばしていた。
「ユイ!」
と叫んでコトが私の前に出ようとするが。
(前出んな! 目的はオマエなんだから!)
コトを軽く突き飛ばしてから左に避けたけど右頬に爪が掠った。痛い。少し頭にキた。
同級生君に足払いを掛ける。見事に引っ掛かった奴は顔からドダンッと倒れるが下は土だし大丈夫だろう。
「んがっ!」
「……折角プライドを傷つけないように言葉選んでたのに。女の子に手を挙げるのはダメだぞー?」
痛みで立ち上がれない同級生君の傍に近寄り、幼い頃より両親の隣で学んでいた知識を使う。
「いででででっ!」
つまり痛いツボを押して動かないようにしていた。耳元でコトに聞こえないように小さく呟く。
「私さあコトのお祖母さんに直接コトのこと任されているんだよね。また乱暴なことされたらお祖母さんに有ること無いことウッカリ喋っちゃいそうだな★」
「そ、それがなんだよ!」
ビビリながらもよく解ってない様子。くそう、虚勢張るにも胃が痛むんだから二度も言わすなよ。
「お祖母さんコトのことすんごーく可愛いらしいんだ。目に入れても痛くないみたいな? そんなお祖母さんが私の話を聞いたらどーすると思う?」
おっと、同級生君の顔色が段々紙のように白くなってきたぞ?
「それにコトってお祖母ちゃんっ子なんだよねー。……ではここで問題です。そーなるとコトが取る行動とはなんでしょー? ……ふふふ。君にどんな明日が待ってるんだろうねー?」
にっこーりと笑うと、完全に魂が抜けた顔になった。これくらいでいいかな?
「……ユイ。もう終わったよね。いつまでソイツの近くにいるの?」
コトのやけに低い声が聞こえたかと思ったら、ぐいっと腕を引っ張られてよろけながら立ち上がる。どうやら私が耳打ちし終わるのを待っていてくれたらしい。
「もう良いよね、帰るよ」
訊いているようで命令形な言葉を放ち、私の手を引いてさっさと歩く。もちろん同級生君は放置。
「はいはい」
私は溜め息を吐いたけれど内心ではやっと帰れるぅ、ヒャッホー!と喜んでいた。
帰り道、きゅうきゅう手を繋いでくるコトがふと私の頬を見た。
「……ほっぺ、血は出てないけど傷になってる。ごめんね……」
と泣きそうな顔で言ってきた。うわっ、泣き顔も美少女っ。……じゃなくて。
「ヒリヒリするけど大丈夫」
私は何でもない顔で返す。
(痛いけど避けらんなかったのは自分のせいだし。と言うか道場にも通ってないのに怪我がこれだけなんだから今は自分を褒めるべきじゃない?)
と思いつつも反射神経が良くならざるを得なかった事実(解るよね?)を無視するのに忙しく、コトがスッと一瞬目を細めたのには気が付かなかった。
「……ユイ。私、ユイのことが大好きよ。さっきはありがとね」
ふんわりとした温かい声に右を見ると、花のような笑顔がすぐ近くにあった。
「はいはい。……何度も言うけどさっきみたいなのにはホント気をつけてよ。コト可愛いんだから」
私はコトに呆れ顔でそう返した。内心ではコトの笑顔にノックダウンしてたけど。
(散々胃が痛いって文句言ってるけど、やっぱりこの顔が好きなんだよねえ……)
「はーいはい。気を付けますよー」
「“はい”は一回でよろしい」
「それを言ったらユイもじゃない!」
と言い合いながら繋いでいる手をコトにつられブンブン振る。子供っぽいけど意外と楽しい。
その時ふと最近沈むのが早くなった夕日を見て、両親と進学について話し合った夕方を思い出した。――コトにも話していない、全寮制の女子校に行く話のことを。
行こうと決めたのは自分の将来のため。それと、コトから距離を置くため。
(そりゃあコトのことは好きだけど、このままだと私の胃が深刻なダメージを受けそうなんだよね)
とは言ってもコトは小学校卒業したら両親んとこ帰るらしいから自動的に距離は置くことになるんだけど。
(念のため念のため。コトとは時々会えるくらいが丁度良いのよ、多分)
――――二人が家に着く頃には完全に夕日が沈もうとしていた。
余談ですが。
この日以降、同級生君は二度と私とコトには近寄ることはなかった。何故かとても怯えて。
(えーっと、怯えるほど脅してないはずなんだけど……)
同級生君を見掛ける度にコトがニヤリと(しかし他の人には微笑んでいるように見える)微かに笑っているのには全力で気が付かないフリをした。