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あこがれた、あの背中のようになりたくて

作者: 可宮マサキ

 お手本があるのとないの、どっちがいいのかな。

 彼女はふいにそんなことを話し出した。ついと視線を向けると、こちらではないどこかを見るともなしに眺めながら。

「どうしたの、急に」

「特に何かあった訳ではないけど。……ただ、ね。何か新しいことを身につけなきゃいけなくなった時、手本にしたり、真似したりできるひとがいるのといないのと、どっちがいいのかなって、思って」

 唐突と言えば唐突な話題に、知る限り彼女のここ最近に思いを巡らせてみた。彼女は子細まで話して聞かせるひとではなかったけれど、きっと目まぐるしく変わっていく環境の中で翻弄されているのだろうと、思う。

「お手本なら、あるに越したことはないと……思うけど」

「でも、どんなことにも手本があるとも限らないでしょう? 昔は世界が狭かったけど、今になってみると、実は手本の少ない仕事の方が多いような気がしてきた」

「例えば、手本があるのは?」

「学校の先生、お医者さん、看護師さん」

「ないのは?」

「……ビジネスマン、とか?」

「子供が憧れるかそうでもないか、っていうところかもしれないね」

「そうかも」

 手本が身近だから憧れるのだろう。わかりやすい、イメージしやすいからああなりたいと思うのだろう。

「自分の中に真似しやすいイメージがないの。だから、まずはあんな風にしてみればいいっていう道しるべもなくて、いつも手探りで空回り」

 もっとよく知っている何かだったら、もっとやりやすかったのかな、なんて考えたのよ。

 彼女の言葉は話題が身近だっただけに、それなりにわかりやすかった。もちろん彼女の思いをそのまま理解なんてできていないだろうけれど。

 でも、本当のところはどうだろう。

 子供の頃の夢や憧れをそのまま変わらず叶えられるひとは、あるいは叶えようと思い続けたままのひとはきっととても少ない。

 ―――例えば、自分だったら。子供の頃、他の子供たちと同じように何か身近だった存在に憧れた自分だったら。

「……手本があったらあったでさ、本当はあんな風にやりたいのに、でもやれない自分が悔しくてたまらなくなりそうじゃない?」

 彼女が少し黙ったのは、言葉を噛みしめて理解しようとしているように見えた。自分の言葉に異論を出されたからといって気分を悪くするようなひとではない。

「きっと君が憧れるひとも、本当はそんなに完璧って訳ではないのかもしれないよ。

 多分いくつもいくつも、今の君と同じように間違って失敗して、やっとあんな風にやれているだけだ、……っていうのは、そんなに違わない気が、するな」

「そうだね。そうかもしれない。最初から全部うまくやれなくていいって、そういうことなら」

 わたしは、明日も失敗しにいくよ。

 彼女はようやく清々しく笑って上を向いた。

 潰れた訳でもうずくまった訳でもない、けれど少し迷って少しだけ足踏みをして、彼女はまた背筋を伸ばして歩いていくだろう。



 失敗ばかりの毎日だって、そう悪くはないものだよ。

 だって君は、最初につまづいた石にはもうつまづいていないだろう?

 同じ失敗を繰り返さないことを、君の体はちゃんと覚えている。

 どうか早く―――いいや、早くなくたっていい。

 どうかいつかは、君がそれに気づいてあげて。

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