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第6話

緑色に豊かに茂る大地に囲まれ、澄んだ湖のほとりにそびえる王城。

その会議室から話は始まる。


その日、会議室は重苦しい空気に包まれていた。

軍部、貴族の重鎮達が一堂に会し、前例の無い事態に皆しかめつらしい顔をしている。


王国を動かす権力を有した者達が睨み付ける先には、今回の議題の主題にして、この事態を引き起こした原因である「芋」と候補者たちに呼ばれたものが鎮座していた。
































「第6話 第一回ルカ王国お芋会議」





「それで、これは一体どういうことだ?」


口火を切ったのは普段の厳めしい顔にさらに深く皺が刻まれたレオン=ベルンガスト。

その言葉に応えるのは趣は違えど着飾った者達ばかりが列席しているこの場で、少々色合いの異なる数名の男女。

それなりに整った服装ではあるものの、一般的な部類にはいるであろう服装をしており、また座っている席の前には大量の文字や数値が記された書類が積み重なっていた。


その中で唯一、席の前が書類で埋まっていない銀縁の眼鏡らしきものをかけた女性が立ち上がる。


「王立研究所、主任研究員のラウラ=コールです。今回のこの物体について、調査結果のご報告を私から申し上げます。まずはこちらをご覧下さい。」


ラウラがそういうと横にいた部下と思わしき者達が、書類を列席者達に配布する。


「まずこの物体の呼称を、女王候補者の皆様よりご意見の上がった芋ということから、【紅芋】と呼ぶことに致します。まずこれが何なのか、その成分の調査結果からご報告いたします。まず見たままの通りですが、金属では無いようです。磁鉄への反応や、熱した際の粘性等金属であれば有しているであろう性質は確認されませんでした。無論未知の性質を持つ金属であればその限りではございませんが、その可能性は極めて低いと言えます。また、多種薬品への反応、熱した際の反応等から類推するに、本当に芋と同じような性質を持つことが確認されました。次にその成分を調査したところ、紅芋を茹でた水からかなりの糖分が検出されました。純粋に糖の含有量を比較したところ、砂糖を抽出するのに用いられるポルタという果物と同等量が含まれていることが判明致しました。」


その言葉に会議室が揺れる。

砂糖とは貴族達ですらよほどの大貴族でなければ軽々しく扱うことはできないものだからだ。

砂糖はポルタという高級な果物、しかもそこからしか抽出できないもので、平民であれば一年に一度、家族のうちの一人が砂糖で作られた指先ほどの大きさの菓子を食べるのがやっとであり、それですらそれなりに裕福な家庭といえるほどであった。


そんな砂糖が抽出できるかもしれない可能性を持ったものが現れる。

その調査結果に、列席者達は目の色を変えた。


「抽出はたやすいのか?また、毒性等はどうなのか?」


うまい話に裏はないのかと、列席者の中から声が上がる。


「はい。いいえ、紅芋を煮た水を煮詰め、抽出された糖、および焼く、煮る、生のままでと、毒性などを調べるため様々な状態の紅芋を死刑囚に食べさせました。その結果、生のものを摂取した死刑囚は腹を下したものの、重篤な状態にまでは陥りませんでした。そして熱を加えたものを摂取した囚人には体調・体質の変化は見られず、経過観察中ではありますが、毒性はないもの、あったとしても極微量で健康に影響は無いものと思われます。これは継続して実験していく予定です。」


その言葉に多くの者は色めき立ち、机の紅芋に先ほどまでとは違う熱のこもった視線を送っていた。


「そしてそれ以上に、ですが。」


「他にも何かあるのか?」


まるで夢のような存在なのだ。まだ何かあるのかと、それまで話しを黙って聞いていたゴート=クランプが口を開く。


「はい。熱した紅芋を摂取させた囚人ですが、栄養状態にかなりの改善が見られました。また、芋の半分も摂取したものは、その後かなりの長時間、満腹感を感じる状態であったとのことです。」


「糖を抽出するにも、食料としてでもかなり優秀ということか。」


「はい。また、芋と同様の性質を持つのであれば、生のまま湿度の低い場所に保管すればかなりの長期間、保存が可能であることが推測されます。」


その言葉に反応したのはレオンを初めとした軍人達である。


「それはもはやただの食料ではなく、戦略物資というべきものだぞ。」

その存在の素晴らしさ、いや恐ろしさに軍人達の顔は打って変わって厳しいものとなる。

その反応が理解できないのは貴族達だ。


「将軍、私からすれば紅芋とは素晴らしいもののように思えるのだが、違うのかね?」


ゴートはレオンにどういうことか尋ねる。

その理由如何によっては対応を考えねばならぬからだ。


「高級品である砂糖が抽出でき、食料としても栄養価が高く、腹持ちも良い。そして長期保存ができる可能性が高い。芋と同じと言うことなら冬でも保存が可能で乾燥させての携帯食にすることもできるかもしれん。」


「ああ、だからこそ我々は――そういうことか。」


噛み締めるように言われたその言葉に、そして軍人が一様に厳しい顔をしているという事実に、ゴートは何かに気付く。


「やれやれ、目の前に現れた余りにも美味い話に我を失うとはな。私も耄碌し始めたか。言われなければ気付かぬとは。」


「ふん、老け込むには早すぎるぞ。だが下手をすればそれでもまだ、我々の認識では足りない可能性もある。コール主任、紅芋そのものの性質についてはよくわかった。では、ああなった理由は判明したのか。」


レオンは外に目を向けると、数日前まで土肌を見せていたはずの大地を見ながらラウラに説明を求めた。


「はい。いいえ、現在は推測でしかございませんがある程度の確度を持った推論が立ちましたためご報告いたします。そして、まずはああなってしまったことは我々研究所の責任でございます。誠に申し訳ございません。王都を騒がせた責はこの問題が収束いたしましたら如何様にでも。」


「よい。貴君らが職務を果たすために行った結果だ。貴重な人材をこんなことで失えるか。責任を感じているというのならそれ以上の結果を出したまえ。」


ゴートの許し、それに同意するレオンを見てラウラは安堵したように息をつく。


「ありがとうございます閣下!全霊を持ってあたります!それでは、まず王城の周囲を完全に覆いつくすほどに紅芋が繁殖してしまった事態について調査結果をご報告いたします。」


そう、本来であれば女神の加護が失われたことで、かつてその加護をもっとも強く享受していた王城の周囲とはいえ、長い間の女王の不在で荒れた土肌を見せるようになっていたはずなのだ。

それが今や紅芋の蔓と葉でその大地は覆われていた。

最初に現れた紅芋。

それをある研究員が研究のために数を増やそうとした。

そのため芋と同じであるならば畑で数を増やせるはずと、城の片隅にあった実験用の畑に芋を埋め、一般的な育て方である成長促進のマナ薬をかけたのだ。

すると、芋から生えていた蔓が急速に成長し、たったの2日で王城の周囲全てを覆うほどになってしまった。

通常の作物であれば、女神の加護があれば何もせずとも作物は実る。

だが、加護が失われてからは成長促進薬を使わなければ作物は成長しなくなっていた。

だからこそ、通常通りに促進薬を使ったのだ。

しかし、結果としては大成功を通り越して裏目となってしまう。

王城の周囲を取り囲む紅芋の蔓。

毒性が完全にないということもわかっておらず、もしこれが毒を撒き散らすような性質をもっていれば国が滅んでいてもおかしくはなかったのだ。

研究員は責任を取ろうと不眠不休で調査にあたり、一定の結果を出した後泥のように眠っていた。


「まず、最初の紅芋。その組織片の調査を徹底的に行いましたところ有り得ない事実が判明致しました。」


「有り得ないとは?実際に計測された結果なのだろう?」


ラウラの言葉に訝しげに尋ねるゴート。

そんゴートにラウラは答える。


「はい。今までの定説。いえ、事実を塗り替えるものだったのです。あの紅芋からは一切のマナが観測されませんでした。この世界において全ての物質に含まれているはずのマナが、です。」


その言葉を理解できたのは会議室の中でもはたして半数にも満たなかった。

その理解した数少ない一人である一人の貴族が驚声を上げる。


「馬鹿な!そんなことはありえぬ!マナが全く存在しない場所など呪われた地以外に存在しない!あそこは何一つ草木も、水も、風すらもないからこそ呪われた地と呼ばれるいるのだぞ!あそこでは魔力も、穢れた魔素ですら存在できんのだぞ!食料はあの地に運び込んだだけで砂に還ってしまうではないか!」


「はい。ですが、事実です。一欠けらのマナも、魔力も、魔素も含まれてはおりませんでした。そして、だからこそ成長促進のマナ薬に過剰に反応したのでしょう。本来であれば、そんなものを必要とせずとも育つ力をもっていた紅芋に使ってしまったことで、暴走ともいうべき成長をみせた。というのが我々の出した結論です。」


激昂する貴族。それに対し、淡々と調査の結果を報告するラウラ。

そして、その結果に対し自分でも信じられないことを言うかのようにレオンは口を開く。


「――つまり、マナが一切存在しない場所においても。たとえあの呪われた地であったとしても、その紅芋は育つ。と、いうことか?」


出来れば外れていて欲しい。そんな願いすらこめてレオンはラウラに確認する。

もう自分の中ですら、答えが出ていることを否定して欲しいかのごとく。


「はい。おそらく呪われた地であっても、マナ薬を一度振り掛ける程度で通常の作物と同じように生育することは可能です。」


その言葉に喜びを見せる多くの列席者たち。

しかし、一部の者たちだけは先ほどまで感じていた喜びなど吹き飛んでしまっていた。


呪われた地は忌まわしい場所。

だが、その面積は広大で、複数国家の領地にまたがって存在していた。

その土地でも育つ作物。それも栄養価の高いもの。

それさえあれば戦略は一気に変わる。

呪われた地に砦を築き、そこで紅芋を育てれば遠征における食糧問題は一気に解決する。

水はパイプラインを引けばよい。水だけは持ち込む分には呪われた地でも消えないのだから。


「他国に知られれば、戦争になるな。」


レオンのつぶやきは喧騒にかき消される。


そんな中、ゴートは机を鳴らし、注目を集める。

列席者たちは即座に沈黙し、ゴートの言葉を待った。


「皆、この度の紅芋の件。これを一級の国家機密として扱う。この会議室の外でこれを話題に出すことは許さん。コール研究員よ。」


「はい、閣下。」


「紅芋に関わる人間を最小数に絞り、選外の者には記憶消去の薬を飲ませろ。そして、紅芋の件には戒口令を出す。また、国宝級の扱いと危機意識をもって管理にあたれ。」


その言葉にラウラはしばし呆然とし、しかしゴートの言葉に答えぬ非礼に気付いたのか片膝をつき非礼を詫びる。


「失礼いたしました閣下。仰せの通りに致します。」


「うむ。生産は王城の片隅に隔離実験所を作成し、そこで生育と研究にあたれ。王国の切り札であり、弱点にもなりうるものだ。」


ゴートの言葉に頷くようにレオンは部下に対応を指示する。


「まずはあんなことになっている紅芋を一つ残らず集めなければならん。即応できる全軍、全人員を持って集めさせろ。葉の一枚たりとも残しすな。回収に携わった人間は完了次第記憶消去の薬を服用させるように厳命せよ。破ったものはその場で処刑して構わん。」


レオンの指示に列席者たちは指示を出すべく動き出す。

部屋に残るのはレオン、ゴート、そしてそれに近い地位の側近たちだけだ。


「どういうことだと思う?マナの全く含まれない作物が存在する場所にゲートが繋がっているというのは。」


「うむ。ゲートの繋がっている先も気になるところだが、それよりも問題はそのゲートから何かが転送されるとき、結婚の儀式も一日に一度しか出来ぬということだ。」


もう一つの懸念事項、そんな紅芋がある場所にいる王配とは一体誰なのか。

そして結婚の儀式に現在発生している問題について意見を交わす。


「この紅芋があらわれてから、か?」


「ああ、ゲートが開く度に何かを掴まされ、そしてこちらへとそれが転送される。その結果選定の書のマナが不足し、ゲートが開けるのは次の日になる。とのことだ。」


「一日一人。候補者がもう一巡するのに何年かかるというのだ。」


その問題に頭を抱えるレオン。


「他国の人間。といったが、下手をすれば別世界の者やもしれぬぞ?マナがない世界に住んでいるのやもしれん。」


いっそ笑いすらこめてゴートはもらす。


「ふん。地獄にでも繋がっているというのか?マナや魔力を必要とせず生きるなど、人間でも神でも不可能だろう。亡者や悪魔が王配に座るか。」


笑えないと、レオンは切って捨てる。


「ふう――かといって規則がある以上、候補者を厳選することもできず、時間をあまりかければ国も保たない、か。」


ゴートは思案を巡らせる。レオンもまた解決のための方法を探る。


「こうなっては仕方なかろう。王配にこちらのことを説明するほかあるまい。もはや公平だなんだなど言っている余裕もなかろう。」


「候補者たちに説明させるのか?」


レオンの言葉にゴートが確認の声を上げる。


「うむ、女王となる機会を不意にさせることになるが、私の派閥の家の者を使う。便宜を図れば否はあるまい。」


「ならば私も同様に運ぶとしよう。一人3分とはいえ、一日50人もいるのだ。伝えきることはたやすいはずだからな。」


結婚の儀の方針の変更を決めると二人は明日のために行動を開始する。


「しかし、ゲートの先は興味深くもある。他にも紅芋のようなものがあるのか、というのはな。この王国に更なる発展をもたらすものもあるやもしれぬ。」


レオンは国の益となるのならば何でも良いと豪胆に笑う。


「身のうちに余るものは要らぬよ。管理しきれぬ力など滅びしか招かん。」


ゴートは神経質そうにそう言い放ち、会議室を後にした。



誰も居なくなった部屋の中、そこから見える景色は和気藹々と芋を掘る兵士や役人の姿であった。

続きは次回のお話で。


どうぞお付き合いください。

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