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第5話 追話

結婚の儀式17日目、フィリア=クランプが儀式に挑むところから、再び幕を開くとしよう。




第5話 追話



――Side フィリア


不安が無かったと言えば嘘になりますわね。

この日に至るまで、全ての候補者が拒絶されるのはいつも通りとはいえ、断り方がマナーも何もないというのは初めてのこととお父様に言われましたわ。

そのお父様から王配は他国の者かもしれぬ。と、言われたときは目の前が真っ暗になるかと思いましたわ。

この2000年を超える歴史をもつルカ王国でも、王配は貴族・平民の身分に関わり無く選ばれてきていたとはいえ、それでも国民の内から選ばれてきました。

歴史書に全て記されておりますから、それが捏造された事実でなければ他国の王配というのは初めてのことになります。

他国の人間に王配が務まるのか。

この国の政を任せられるのか。

いえ、そもそもこの国のことを一番に考えていただけるのか。

そんな不安で胸が一杯になってしまいました。

そんな不安を察して下さったのか、お父様は王配が本当に他国の者で、かつ能力や思想的に問題があるならばその権能を制限し、管理するつもりだと教えてくださいました。

王配にそのようなことをしては女神の顰蹙を買うのではと気になりお父様に聞いたところ、仲人に確認した限り王配の権能に制限をかける分には問題にならない。と答えを得たとのことでした。

なんでも、王配を侮辱したり、害をなすときは女神の加護を失うと定められておりますが、王配を無視する、相手にしないという分には問題なく、かつてそうする必要があった代も幾つか存在していたとのことでした。


ですが、はじめからそう色眼鏡をかけて見るつもりはございません。

マナーを弁えていなかったのは他国の人間で習慣が異なるから、それを知らぬからと思えば、そのように振舞うことも仕方のないことです。

王配が良き人であれば、妻としてでも、家臣としてでも、王配になられた際には礼儀や振る舞いをお教えし、支えていくつもりです。


ですから、自分の番が回ってきたときもそこまで緊張するといったこともありませんでした。

ルールを知らぬ相手に怒るほど狭量ではないつもりです。

たとえ私からすれば無礼なことであっても、相手にとっては当たり前なことかもしれませんもの。


「クランプ公爵家、フィリア=クランプ。前へ。」


さあ、行きましょう。

我らが王を知るために。


「私の名はフィリア=クランプ。」


どんな声をしている人だろう。

どんな反応をする人なのだろう。

ああ、夫になるやも知れぬ方。主になるやも知れぬ方。


「クランプ家三女、フィリア=クランプ。」


はしたなくも衆目で手套を外し、ゲートへと私の誇りを捧げます。

そうね、どうせ断られるのなら人となりを少しでも調べてみようかしら。


「私と結ばれる栄誉を授けますわ。」


ふふ、さあどんな答えを返していただけるのかしら。

お返事まで前と同じく1分くらいは待たないといけない――


『ないわ。』


あ、あら?

ゲートから弾かれたということは今ので終わりかしら。


――そうみたいですわね。ゲートも閉じてしまいましたもの。

まずは手套を付けて、と。

ふふふ、本当に簡素なお返事。

こんなに早いというのには驚きましたけれど、上から言われるような物言いに腹を立てたということかしら。

少なくともプライドはそれなりに持っているということかもしれませんわね。


呆れたような声でしたけれど、落ち着いた声でした。

高くも無く、低くも無く。聞いていて不快にはならなそうな声。

うん、今分かるのはこんなところですわね。


て、あら?皆さん何故こんなに壇上の近くにまでいらしてるんですの?


「あら、こんなに壇上の近くに集まっては次の者の妨げになってしまいますわ。あちらの方へ参りましょう。」


すぐに次の候補者の挑戦が始まりますわ。

まずは一周目の挑戦を早く終わらせて、ルールをお教えした上で本当の挑戦を始めましょう。


それにしても、なぜ皆さんそんなに私を見つめているんですの?

セシリアさんまで妙な目で見てきましたし、おかしな人たちですわね。


その後、いつも通り部屋の隅のほうに移り儀式の推移を見守るものの、普段話しかけてくる方達も今日は静かにしています。

私としては気を使って話すのも疲れますので助かりますけども。





今日の挑戦者もあと二人となったときのこと。

ノルザ町のフラという方の番になったときですわ。


それまで拒絶だけを続けていた王配が、それまで暗闇のままだったゲートが、淡く輝き、王配がプロポーズを受け入れたということを示す反応を返しましたの。

ルールを知らなかったのではないのか。

始めからフラ女王陛下を受け入れるつもりだったのか。

今の私には分かりませんが、それは王配がこちらにお越しになられてから聞けばいいことですわね。


どんな方が来られるのか、広間の皆が見つめる先で、ゲートからその姿を現そうとしています。



はたしてゲートから現れたのは――なにかしら?


最初、ゲートから何も現れなかったと思いましたの。

ゲートから誰も現れなかったんですもの。

でも、フラさんの手を見てみると、その手には何かが掴まれていましたわ。

暗い赤色、何色と言えばいいのかしら、王城にある謁見の間の床に敷いてある絨毯よりも暗い赤でしたわ。

そんな色をした、フラさんの手首から肘くらいの長さで二の腕よりも太い塊が握られていました。

土の固まりかとも思ったのですが、どうにも違うようですわね。

塊の端から植物の蔓のようなものが延びて、その先端には葉が生えているようです。

何か植物なのかしら?そんな風に考えを巡らせていると


「っひ!なによこれ!」


フラさんがご自分の掴んでいるものが汚らしいものであるかのように投げ捨てます。

確かに何かわからないものを素手で掴むだなんて汚らしいことはしたくありませんものね。

床に投げ捨てられたそれを手に取ろうとするものはおらず、皆遠巻きに見ているだけでした。


そういえば、王配を迎えようとしていた仲人たちが選定の書の周りにに集まっていますわね。

王配だって言ってましたけど、実際は違うようですし、どうなっているのかしら?


「もし。一体どうなっているのかしら?女王陛下はフラ様なんですの?」


仲人に近づき聞いてみることにします。


「フィリア様。いえ、選定の書を見る限り両陛下の御名が記されておりませんので儀式が成立したわけではないようです。掴んでしまったのか、掴まされたのかは分かりませんが、フラがあれを掴んだことで、ゲートが誤認して転送したようです。」


「ということは儀式をまだ続ける必要があるんですのね?」


私の言葉にハッとしたように、儀式を再び進行するため、仲人は所定の位置に戻り候補者を呼ぶ。

呼ばれた候補者がすこし落ち着き無く選定書の前に立ち名前を告げました。

けれど、候補者の前にゲートが現れません。

何度も名前を告げるも選定の書は何の反応も見せませんでした。

仲人が選定の書に候補者の名前が本当に書かれているか、順番などが間違っていないかを確認しますが、それも正しい。

本来であればゲートが開かれるはずだというのに、選定の書は沈黙し続けるのでした。


こんな事態は過去の儀式でもなかったようで、仲人をはじめ多くのものが慌てています。

もちろん私もその一人です。

流石にこんな想定外な事態が起こっているのに冷静でいるなんて無理ですわ。


皆がざわつき、慌てる中、一人の候補者が声を上げます。

流石の貫禄と言うべきでしょうか。いえ、それだけの器を持っているというべきですわね。


「皆、落ち着くんだ。仲人は選定の書の調査と原因の究明を。そして、ゲートの向こうからそれが現れたことでゲートが開かなくなったのだ。それに何か原因があるのかもしれない。誰かそれについて心当たりでも、何か気付いたことでもいい。意見はないだろうか。」


多くの者が慌てる中、セシリアさんは冷静でした。

広間のざわめきを両断すると、沈黙が訪れます。

数拍の後、皆その声に従いやるべきことをするために動き出しました。

仲人たちの多くは選定の書を精査し、仲人の残りと私達候補者は現われたものについて考察をはじめます。

まったく、流石としか言いようがありませんわね。


そうして、十数分ほどでしょうか。皆で知恵を巡らせていると一人の候補者がおずおずと自信なさげに意見を出しました。


「あの・・・それってお芋じゃないでしょうか。」


最初、「おいも」とは何かと真剣に考えてしまいましたわ。

王配を運ぶべきゲートからただの食べ物が出てくるだなんて予想できるわけありません。

おいも、おいもと口の中で言葉を転がしてようやく食べ物のことだと繋がりましたの。


「お芋とはこんな色なんですの?」


食べ物にしては余りに色づき過ぎているそれを前に思わず声に出してしまいます。


「ひっ!も、申し訳ございません!そんなはずないですよね!わ、私なんかがでしゃばってしまって申し訳ございません!ど、どうぞお許しください!」


あ、あら――そんな、怒ってなんていないんですのよ?

お料理されていないお芋なんて見たことがなかったものですから。


「いえ、そ「いや、意見を言ってくれたのだ。何も気にすることはない。だが、芋か。――ふむ、確かに色と大きさを無視してしまえば芋のように見えないこともないな。」」


ああ、もう!人が謝ろうとしたのにセシリアさんったら!

これじゃあ、私が完全に悪者じゃあないですの!

ほら、意見を出した方もセシリアさんに助けられたと思ってぽーっと見つめていますわ。


でも、なぜ食べ物と思わしきものがゲートからなんて。

やっぱりフラさんが掴んでしまったか、掴まされてしまったのかしら。


「皆様。」


そのとき、仲人たちから声がかかります。

どうやら選定の書のほうもある程度の見解がまとまったようですわね。


「選定の書を精査した結果。選定の書に篭められていた大量のマナが失われていることがわかりました。恐らく、そちらのものをゲートでこちらに転送すのに消費されたものと思います。その結果、ゲートを開くだけのマナに足りていないというのが原因のようです。マナ自体は一日で回復されますので、明日から今一度儀式を始めようと思います。」


王配でなくとも、こちらに転送するのにマナを消費してしまった、と。

まあ、特に問題が後に響かないのであれば良いですわ。

儀式はまた明日、ということですわね。




それにしても、あのお芋?は、どうしたものかしら。

フィリアは古今東西のマナーを修めた淑女です。

そんな女性が、あんな上から目線で、傲慢ともいえるプロポーズを、ましてや他国の、それも王になる相手になんて本気でするわけがありませんね。

周囲の心境をよそに、意外とお茶目なフィリアさんでした。


そして主人公はいまだ姿を現さず。

気付く方などいないでしょうが、実は作者は5話の中では「もの」という言葉をずっと「者」と人を指す漢字で表記していました。

しかし、ゲートの向こうからくる「もの」を示すときは「もの」と、人か物か判別できない表記にしていたんですね。

完全に自己満足の言葉遊びでした。


さて、主人公は未だ現れず。されど儀式は進み、国の歴史は動いていく。

続きのお話しは、また次回。

どうぞお付き合い下さい。

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