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game.com  作者: 多岐川暁
Chapter.I:立ち止まる
2/21

Act.01

 放課後の教室で二つの影が触れ合う。触れた唇は柔らかいもので、ゆっくりと堪能してから唇を離せば隣のクラスの女は微笑んだ。名前は知らない。興味ない。

「シュウぅ、今日遊びに行かない?」

 胸元までボタンを開けているため、谷間がしっかり見える辺りこの女も自分の見せ方を知っている。基本的にお付き合いというものが面倒なだけで、頂けるものは頂きたい。

 それでも、友人との付き合いを投げ出すほどの欲望ではない。落ちてきた眼鏡を人差し指で上げた修平は微かに笑う。

「残念だな。今日は先約がある」

「えー、他の女の子でしょ」

「詮索する女は好きじゃない」

 途端に怯んだように黙り込んでしまった女を引き寄せると、今度は修平の方から唇を重ねる。途端に扉が開く音がして目を開ければ、教室の扉を開けた状態で固まった女がいた。

 クラスにいても陰鬱で、前髪が長すぎて表情の見えない女。恐らくキスの経験すらないだろう女に、意地悪な気持ちで更にキスを深くする。

 途端に向きを変えた女は姿を消した。恐らく赤い顔でもしてオロオロしているのだろうと思うと、それだけで笑えてきた。

「……っ……誰?」

 舌足らずな声が吐息の掛かる距離で問い掛ける。とろりと濡れた目をした女に意地悪い笑みを向けながら、最後に軽く一度だけ唇を重ねた。

「うちのクラスの根暗」

 それだけ答えると修平は女の腰に回していた手を離すと鞄を手にした。

「本当にここまで?」

「だから言ったらだろ。先約があるって」

 修平の言葉に女は唇を尖らせていたけど知ったことじゃない。だからまだ机に座る女を置いて教室を出ると修平は秋生との待ち合わせ場所に向かうために廊下を歩く。

 あれから一週間、秋生の提案で初めて顔合わせをすることになった。少し学校から離れたファミレスを指定されていることもあり面倒に感じる。でも、心持ち浮かれる自分もいる。

 秋生は詳しい紹介はしなかったけど、絵を描くのは彼女だと言った。少なくとも共同作業をするなら女がいればそれはそれで楽しい。

 一体どんな女と会うことになるのか考えながらも校舎裏手にある自転車置き場で自転車に跨がった。

 あの秋生がそれなりに勝負を賭けようとするなら腕は確かなのだろう。それなら修平にとって残る興味は外見だ。いい女であればそれだけ修平の楽しみだって増える。

 そんなことを考えながら学校から自転車で二十分程離れたファミレスに到着すると、適当に自転車を止めてファミレス内に入った。店内を見回せば、すぐに秋生の姿を見つけることはできた。

「まだ来てないのか」

「もう少しで来ると思うよ」

 会話を交わしながら秋生の正面に腰掛けると、修平は水を持ってきた店員にすぐさまコーヒーを頼んだ。途端に秋生が意外そうな修平に見せた。

「コーヒーなんて珍しいね」

「これから絵描きの彼女が来るんだろ? 一応格好つけてみようかと」

「あ……うーん、まぁ、いいけどね」

 苦笑混じりに秋生はそれだけ言うと彼女に対しての言及はしない。少しくらいは彼女について説明が欲しいと思っている間に、秋生はテーブルの上に書類を置いた。その中の一枚を取り出すとこちらへと差し出してきた。

「一応今後のスケジュール。必ずこの通りに進むとは限らないけど、ずれたらそのたびに打ち合わせするから」

「今日に印がついてるってことは、この日は打ち合わせってことか?」

「そういうこと。明後日にも一度打ち合わせするから明けておいて。もし都合が悪いようだったら事前に連絡を貰えたら、またスケジュール調整するから」

「別にバイトしてる訳じゃないし俺はいつでも時間取れるけど……打ち合わせ多いな」

「最初の内はある程度方向性を固めないといけないから、どうしても打ち合わせは多くなるよ」

 確かにただゲームを作るといっても、ゲームだって種類は数多くある。ロールプレイングにシューティング、シミュレーションもあればアクションやアドベンチャーだってある。

「今日は何か決める予定なのか?」

「方向性だけは決めるよ。そうじゃないとシュウもツールに困るだろうし」

 確かに修平としては早めに方向性だけでも決めて貰わないと困る。実際にロープレに向いたツール、シミュレーションに向いたツールなど、ツールは数多くある。それが決まった後に、修平はツールについて調べていかないとならない。

 店内に入店した音があり、二人して入口へと視線を向ければ、自分たちと同じ制服を着た女がそこに立っていた。そしてその女は先ほど見掛けたばかりの女で顔は見えない。ただ視線を彷徨わせる女に秋生が手を上げたことで修平はげんなりとした気分になる。

「アキ……もしかして、あれか? お前が言ってた彼女はあれか?」

「あれって……シュウちょっと失礼だよ」

「お前うちのクラスで何て言われてるか知ってるか? 根暗女だぞ。会話が成り立つとは思えない」

「悪かったわね、根暗女で」

 鋭さを思わせるその口調で顔を上げれば、テーブルの横に根暗女は立っていた。相変わらず長い前髪でその表情は見えない。ただ、今の声と目の前の人物が川越にとって結びつかない。

「そもそも教室で発情してる馬鹿に言われたくないわね。坂戸……もしかしてプログラム組むのって川越?」

「その予定だけど。とりあえずケイも座ったら?」

 秋生に言われて根暗女、こと朝霞はこちらを見ている。前髪の隙間から見える目は僅かだが、視線が軽蔑しているものだということくらいは分かる。

 それからわざとらしく溜息をつくと秋生の横に座り、おもむろに鞄の中から一枚のCDを取り出しテーブルの上に置いた。

 見た感じ市販のCDには見えないが、CGをフルに使った感じの歪んだ画像が表に描かれている。

「これHAの新作、僕もこの間のイベントで買ったよ」

「音楽担当してくれることになったから」

「本当に! 信じられない。今さら冗談とか言わないよね」

「言わない。スケジュールについてはサイトのメルアドから連絡が欲しいって言われた。今日は用事があって来られなくてすみません、って伝言」

「ケイ凄いよ。まさかこんな大物連れてくるなんて」

 目の前で交わされる会話に川越としてはついていけない。だからテーブルの上に置かれているCDを手に取ると裏側を確認する。曲目が並び歌手名はない。ただサークルHA、作成ライトと書かれている。

 バーコードがないことからも、それが市販CDではないことは分かった。ただ、印刷などから市販CDとは遜色がない。

「アキ、何が凄いのか少し説明してくれ」

「あぁ、そうだよね。そもそも僕とケイが知り合ったのが同人誌即売会だったんだ。ほら、コミケとか聞いたことあるでしょ?」

「あのオタクがいくやつ」

「そう、あれ。それで一年ほど前から交流があったんだ」

「学校で話したりしてないだろ」

 少なくとも中学時代から秋生とは友人しているが朝霞の話など聞いたこともない。それに秋生と朝霞が話している姿すら見たことがないから俄に信じがたい。

「学校でなんて話す訳ないでしょ。アキと話なんてしてたらそれだけで目立つ」

 口を挟んだのは朝霞で、会話に割り込まれたことで川越としては面白く無い。

「そもそも学校にいる時とキャラ違いすぎるだろ。教室ではひっそり誰とも会話しない癖に」

「別にいいでしょ。いちいち学校でお友達ごっこしてる暇なんてないし」

「そんなんだから男の一人もいないんだろ」

「……本当に頭が花畑なお手軽男」

 表情は見えないのにまざまざと呆れた口調で言われると非常に面白くない。何よりもただのおたく女ごときにそんなことは言われたくない。

「人のキスシーン見てた癖に」

「万年発情期の猿だと思って呆れてたの。本当に馬鹿。あんたの場合してないと死んじゃいそうだもんね。猿以下だわ」

「悪いけど少し黙ってくれないかな」

 ゆっくりと言い聞かすように落ち着いた声で言われて、それを言った秋生へと二人揃って視線を向ける。そこには笑顔だけど、決して目が笑っていない秋生がいた。

 その空恐ろしさに二人は口を噤むしかない。

「ここは公共の場だから、少し会話内容を考えて貰えないかな。馬鹿話をしている暇はないから」

 それに修平が頷きで返せば、同じように朝霞も頷いている。それを見てようやく、秋生はいつものように穏やかな笑みを浮かべる。まるでその姿は何面かの顔を持つ阿修羅像のようでもあった。

「さてと落ち着いたところで話を戻すよ。ケイは漫画描きで、CDを作っているのがライト。まぁ、そっちの方向では二人ともかなり有名だから、僕としては全く文句のつけようがないんだ」

「ついでに言えば、私は坂戸の誘いだから、坂戸のシナリオだからこそ、この一年近い期間棒に振ってまで今回ゲーム作りに参加することにしたの。川越は言いたいことがあるみたいだけど、あんたがどう思っていようと私には関係ない」

 決して教室では聞くことがないきっぱりとした声で言われてしまい、修平は朝霞のその普段とは違う空気に若干飲まれる。

「私は売上フイにしてるの。この意味が分かる? あんたはそこまで本気でやる気があるのか確認だけはしておきたい。川越、どうなの?」

「やるって一度は言ったんだ。やるに決まってるだろ」

 売り言葉に買い言葉的だった。実際今さら引ける筈もないし、朝霞相手に尻尾を巻いて逃げるような真似もしたくない。

「ならいいけど。ライトについてはまた改めて時間ができた時にでも紹介することにして、これ今後のスケジュール?」

 テーブルの上に置かれた紙を手に取った朝霞は、視線を落として用紙を見ている。身動ぎ一つしないことから、真剣にその紙を見ていることが分かる。

「お前のその前髪邪魔じゃないのか?」

「いいの、これで充分人避けになるから」

「おたくだからクラスメイトとお付き合いなんてできないわ、ってところ?」

「答える必要ないでしょ。あぁ、そうだ学校で絶対に話し掛けてこないでよね。川越なんかに声掛けられたら余計なことに巻き込まれそうな気がするし」

「お前それは」

「シュウ、僕も同じこと言われてるから」

 秋生にしても珍しく苦笑気味で、納得はしていないけどそれを律儀に守っているのだろうことは分かる。

「それ以前に俺はこいつを認めた訳じゃない。まだ絵の一枚だって見せられてないし」

 途端に鞄を漁りだした朝霞はファイルケースを取り出して突きだしてきた。余りの唐突さと勢いに修平は受け取ってしまったものの、朝霞はこちらを見ることすらしない。そもそも、どんな顔をしているのか一度だって見ていない。

「坂戸、悪いけどこの日は難しい。多分、私はここで活動停止するから、この日イベントだけは出ておきたい」

「それならこの打ち合わせは後日にしよう」

 二人で会話まで始めてしまい、修平としてはすることがない。だから、突きつけられたファイルケースを開けば、そこから出てきたのはキャラクターの立ち絵だった。それぞれの年代の男女が描かれていて下手なプロの漫画よりも上手いと思う。

 キャラクターの絵が終われば、続いて出てきたのはビルが建ち並ぶイラスト、幻想的な想像の世界、近未来的世界、それぞれが色づけされて存在感を訴えてくる。

 正直、この絵を見るまでたかがおたく、と馬鹿にしていた。けれども、朝霞も秋生と同じようにプロを目指す人間なのだと知る。

 あぁ、本気だったんだ    。

 最初から秋生はこの話をした段階で上を目指していた。そして、今日初めて話した朝霞も真剣に上を目指している。なら、自分はそこまで本気になれるんだろうか。

 そんなことを考えながら絵を見ていたけれども、十五枚ほど用意された絵を全て見終えたところで朝霞が声を掛けてきた。

「それ見て満足?」

「満足というか納得した。絵は上手いと思う」

「それは良かった。本気でやるなら私としては文句を言うつもりはないから。ただ何かあるならメールで。急ぎでも学校では話し掛けないで」

「……分かった」

 朝霞というのは非常に不思議な女だと思う。同じクラスだというのにクラスの女たちと話しているのは一度だって見たことがない。昼時になるとどこかへ消えて、授業前になると戻って来る。

 だからただの根暗な女だとばかり思っていた。会話からわざと教室では話をしないことは分かるけど、それに対するメリットが修平には分からない。

 クラスメイトなんて適当に付き合って、それなりに仲良くしておいた方が利口だ。何かあれば口利きして貰えるし、たまに時間を取られることくらいどうってことない。

「猫被りやがって……」

 途端に秋生と会話していた朝霞はこちらに顔を向けると口を開く。前髪で隠れてその表情は全く見えない。

「川越がやることやるなら、どんだけやりまくっても文句をつけるつもりはない。だから私の生活に口出ししないで」

「あー、そうですか。勝手にしろ」

「勝手にするから」

 普通の女らしい可愛げなんて全くない。会話してるのも腹立たしいのに、どうして秋生が朝霞を信用しているのか訳が分からない。

「それで、俺はこれからどうすればいいんだよ」

「方向性決めないといけないのは確かね。坂戸、何か考えてはいるんでしょ?」

「一応ファンタジー系のロープレ考えてるんだけど」

「また随分競争率の高いころにいくわね」

「でもケイの絵にもライトさんの音楽にも一番向いてるところだと思う。正直、ライトさんの参加が無ければ悩んだところだけど、ライトさんのあの幻想的な音楽だったら絶対にファンタジーの方が向いてる」

「坂戸がそういうならそっち方向で進めるけど、川越は? 何か意見ないの?」

「別に俺もアキがそう言うならそれでいい。ファンタジーってことでツール考えてみるよ」

「そうなるとメインキャラよねぇ。ターゲット層をどこにあてるかにもよるけど。男か女か、子ども向けか、中高生向けか、大人がやっても楽しめるものか、そこら辺も詰めていかないといけないね」

 もうここへきて何度驚かされているか分からない。まさかそこまで本格的に動くとは思ってもいなかった。何かを作るのにターゲット層なんて考えたことはない。

 そのまま二人は話し合いへと入っていったけど、修平はどうにも会話に加われないまま聞く一方になってしまう。時折、二人から質問されることを答えるだけで精一杯だ。

「ねぇ、川越はロープレってやるの?」

「あ、あぁ、それなりに」

「主人公、どういうタイプが好み?」

 面白そうだからやろうと思うのは、やっぱりシナリオに一番掛かってくる。だから主人公の好みなんてものは考えたことは無かった。

「勇者系みたいな奴。あ、でも、ガツガツ敵倒せるようなキャラだと爽快感あるよな」

「魔法使ったり?」

「いや、魔法は楽だけどやっぱり剣と剣みたいな戦いの方が面白いだろ。魔法みたいなのはやっぱり脇じゃね。そういう朝霞はどうなんだよ」

「私はやっぱり見た目一番。あとは主人公の境遇とかも付加価値高いかな。萌え的な意味で」

「やっぱりオタクじゃねぇかよ」

「別にオタクじゃないなんて一言も言ってないけど。でも、女の子は女の子主人公っていうのも捨てがたいとは思うな。感情移入して一緒に頑張ってます的な空気がさ」

 こうして聞くと、男と女でゲームの受け取り方一つ違うものなんだとまざまざと見せつけられる。少なくとも自分であれば主人公キャラの境遇に思い入れはないし、どちらかといえばレベル上げに走ったり、どれだけ早くクリアできるかが鍵になってくる。

「坂戸はどう考える?」

「僕が気になるのは主人公の世界観かな。やっぱり小説書いたりしているせいかもしれないけど」

「できたらターゲット層は広げておきたいよね。だったら男主人公と女主人公の二本立てとかは?」

「おい、待て。そんなことしたら俺の負担がでかすぎだろ。二本分のプログラムなんて死ぬぞ」

「死ねって言ってるの。それくらい本気出せばどうにかなるでしょ」

「お前、簡単に言うなよな」

「確かに負担は増えるけど、誰もが負担は増えるの。坂戸だって二本分のシナリオ作らないといけないし、私だって二本分のイラスト描き上げないといけない。勿論、アニメーションだって作らないといけないから、負担は当たり前。でも、手抜きして賞取りレースから外れる真似だけはしたくないの」

 確かに朝霞が言ってることは正しい。けれども、そこまでやって勝てなかった時はどうするんだ。絶対に疲労度高いし、落ち込んだりするに違いない。

「でも一本の方が作り込めるだろ」

「だからそこはターゲット層を広げるためって言ってるでしょ。それに本気ならそれなりに意見出せば? 川越にとってどんなゲームが楽しかったの?」

「基本的に俺はロープレよりもアドベンチャー系の方が好きなんだよ」

「ギャルゲーとか、エロゲーとかああいう系? あんた本当に脳内猿ね」

 溜息混じりに呆れた声で言われて、修平は力一杯「違う!」と否定する。

「謎解きゲームとか、探偵ゲームみたいな、そっちの要素の方が好きなんだよ」

「アドベンチャーか……ふーん、それはそれで面白そうじゃん。坂戸は基本的にロープレにはまるのって男と女、どっちだと思う?」

「どっちって、それは好き好きだと思うんだけど。どちらかといえば、年代の方が気になるかな。ロープレって時間がないからネットでも年代高くなると感想とかも少なくなるし」

「私はね、やっぱり基本的にロープレは男の方がやり込むタイプだと思うの。勿論、女でやり込むタイプがいないとは言わない。でも、多くの女の子たちは乙女ゲーの操作になれてるから、アドベンチャーの方がやりやすいと思うんだよね」

「まさか……お前、主人公二人だけに限らず、男主人公はロープレで、女主人公はアドベンチャーとか美味しいところ取りを考えてるんじゃないだろうな」

「よくおわかりで。ただ、難点は幾つかあるけど一つで二度美味しいゲームってやってみたくならない? しかも、どちらの主人公もやれば世界観自体が変化するみたいなの」

 そう言って朝霞は唇の端をわずかに上げた。ニヤリと擬音がつきそうな笑みを浮かべるその顔は見えない。でも、顔が見えないことによって更に近づきたくない雰囲気を醸し出している。

「……本気で無茶言うな。アキ、お前も何か言えよ。朝霞の無謀さに」

「いや、面白いとは思うんだよね。ただ、どちらもやったら世界観が変わるシナリオというのが責任重大だと思ってね」

「アキも遣る気なのかよ!」

「他人と同じことしても勝てないからね。僕はいいと思うよ。でも、ケイは男と女、どちらの興味を惹けるようなキャラクターを用意できる?」

「脇含めて何人か作ってメールで流すよ。むしろ坂戸のキャラクター設定に掛かってるかも」

「近いうちにこっちからもメールで送る」

 そんな会話をしていると思えば、不意に朝霞が小さく声を立てて笑い出す。余りの唐突さに訝しげに朝霞を見ていれば、唯一見えている口元が笑みを象る。

「何かこういうの楽しいね。ワクワクする」

「あぁ、分かる。少しテンション上がってくるね」

 秋生はあっさり同意したけど、修平にはいまいち分からない。これから大変なのにワクワクするとかありえない。

「大変なの目に見えてるのにか?」

「あー、川越って本気で何かをしたことないでしょ。新しいことにチャレンジする直前ってもの凄く楽しいしワクワクする。勿論、集中しちゃうと余裕なくなるけど、終わった時を考えるともの凄く楽しい。そういう感覚知らない?」

「訳分かんねぇよ。俺はこれからどれだけプログラム組むのか考えただけでうんざりした気分だ」

 方向性は既に秋生と朝霞の二人が賛成しているから覆ることはないだろう。作業量を考えたらとても朝霞の意見に同意はできない。

「それにいつも一人作業だし、誰かと作業できるのも楽しい」

「別に個々の作業だろ、今回だって」

 途端に坂戸と朝霞は顔を見合わせると笑い出す。

「確かに個々でやることは多いかな。でも、普段こうして打ち合わせとかすることって余り無いからね。だから僕も楽しいよ。シュウも今回本気でやればその楽しさが少しは分かると思うよ」

 そう言って穏やかに微笑まれてしまうと、修平としては何も言うことができない。

 友人の秋生、裏表の激しいクラスメイトの朝霞、まだ一度も見たことがないライト、そして自分。この四人で一体どんなものができあがるのか、それを想像するのは少しだけ楽しみであり、もの凄く不安でもあった。

 結局、その日は秋生と朝霞がそれぞれキャラクター案を出すということで決まり朝霞とは別れた。朝霞は別れ際にも「絶対に学校で話し掛けるな」と偉そうに言明するとバスに乗り込み帰って行く。

「アキ、何で朝霞のこと言わなかったんだよ」

「口止めされてたし、まぁ、ケイも色々あるから。とにかくシュウはこれからツール探しとケイから預かったCD聞いてみてよ」

「つか、このCD作ってる奴も誰なんだよ」

「僕も知らない。ネットで話題にはなってるけど……ケイは知ってるみたいだけどね。俗に言うインディーズCDみたいなもの。インスト系だから聞きやすいとは思う」

 秋生と二人自転車で走りながら小さく溜息をついた。とにかく、やると決めたのだからツールだけは探しておかないといけないし、秋生が言うようにCDは聞いておくべきだろう。

 今日帰ってからやることを考えながら、それでも日常は変化しないだろうと修平は高を括っていた。

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