ヘンカ
「ぐあぁ、まけたぁーー」
俺が出したのはグーだった。
「へへっ、じゃぁこのタンクはお前が持って行けよ」
翔太が出したのはもちろんパーだ。
じゃんけんで負けた俺は給水用のタンクを明日の試合に持っていかなければならない。
くそっ、ついてねぇなー。たしか明日試合が行われる高校は結構遠いはずだ。
「荷物持ちも決まったし、俺帰るわ」
「ああ」
そっけなく返した俺に怒った様子もなく翔太は上機嫌でさっさと帰っていった。
俺もそろそろ帰るか。でもこのタンクを明日までにきれいにしなければならない。
「ったく、このタンク先週の試合から洗ってねぇだろ」
一人文句を言いながら、異臭を放つタンクを水道まで運び水で洗う。
他のサッカー部はみんな先に帰ってしまい残るは俺だけになっていた。
すでに日は落ち、夜の帳があたりを覆い尽くしていた。
・・・なんか、さびしい。ちょっとくらい待ってくれてもいいのに。
あれ?なんか向うの茂みに何か・・こう・・・・ファントム的なものが・・・・・・・・・
「勇?」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ツルっ!
ガツン!!
「ぐげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
スパイクのままだった俺は、びっくりし過ぎて愉快に転び、地面に頭を強打した。
「ちょっと、勇ったら大丈夫?」
しゃがんで俺の様子をうかがう優奈。
しかし、しかーし。優奈は俺の正面にかがんだので、パンツが丸見えだったりする。
いっ、いかんっ!俺には刺激が強すぎる!!
「ダダ、ダイジョウブ。ハハハ」
あわてて立ち上がる俺。少し声が裏返った。ばれないか心配だ。
「たしかに何ともねさそうね」
「これくらい何ともないって。それより何か用か?」
「あ、うん。私も部活終わって、帰ろうとしたら勇がいたから一緒に帰ろっかなーって」
どうやらばれていないようだ。ふぅ。
「あー悪い。ちょっと待っててくれ。まだ帰る用意してなくて」
「じゃぁ先に校門に行ってまてるね」
「ああ」
さっさと着替えて帰るか。練習で疲れたし。
靴を履きかえて服を着替える。うちの高校は私立だから登下校は制服でなければならない。
「あれ?携帯がない」
いつもなら制服のポケットに入れているが今日はなかった。
かばんをあさるが見つからない。どうやら教室に忘れたらしい。
「しゃーない。取りに行くか」
だらだらと階段を上がり、1年5組のドアを開けて教室に入れない。鍵がかかっていた。
鍵は職員室だ。ちなみにこの学校は校舎を新しく増やし、そこが1年生のクラスだから職員室は別の校舎だったりする。取りに行くしかないか。
のろのろと階段を下りて向かいの校舎に入る。
ぐだぐだと階段を上がり職員室にたどりつく。
「失礼しまーす」
ガラリとドアを開けると、一斉に教師たちがこっちをにらんだ。
様子がおかしかった。
おそらく原因は、俺の視線の先にいる泣いている女の子だ。
「渡辺くん、ちょうどよかったわ。ちょっと来なさい」
女の若い先生が俺を呼んだ。担任の青木先生だ。
「何ですか?」
俺は先生の方へ近ずいていく。先生の隣には例の女の子がいた。
「渡辺くん、落ち着いて聞いてちょうだい」
「何ですか?」
俺は同じセリフを繰り返した。
正直めんどくさい。優奈を待たせているのでさっさと帰りたかった。
だが先生は俺をどん底へ突き落とす、とんでもないセリフを言った。
「あなたのお父様が・・・先ほど事故で亡くなられたの」
「は?」
そんなことは絶対にありえなかった。親父が元気だから、とかそんなレベルじゃない。
なぜなら俺の親父は、俺が4歳の頃に母と一緒に事故で死んでいるからだ。
この時、俺の日常は音を立てて崩れていった。