5.上申書と行政書士とJUJU再び
11月15日水曜日 勾留6日目
朝から強い風が吹いて、嵐の予感
9時、ルカさんに報告。早ければ、準抗告の結果が判明する。却下に備えて次の準備を。キャバクラマネージャーからの聴取内容。十分情状資料になる。油田さんに電話し、午後3時半に警察署で待ち合わせることにした。留置管理係に確認し、大丈夫とのこと。
吉野さんが勾留取消請求の書面の準備を始め、ボクは天歌警察署へ一人で接見に行った。
「反省文は、できましたか?」
「こんなんだけれど、いいかなあ」
ターンテーブルでボクの手元へ、自書で署名指印もされた書面が渡される。
目を通す。
「ええ。よくできていると思います。これを持ち帰ります」
「エンジェルには行ったの?」
「昨日の開店前にマネージャーの話を聞きに行きました。これがその内容をまとめたものです」
「被疑者勤務先責任者からの聴取内容に関する意見書」を渡して、確認してもらう。
「へええ、マネージャーこんなこと言ってたんだ。まあ、たしかにわたし、こんなだったし、仕方ないよね」
「このまま提出してもかまいませんか」
「はい。これでお願いします」
ターンテーブルから戻ってきたものを受け取る。
「ノナちゃんには会えた?」
「はい」
「話は聞いた?」
「開店前だったんで、今日の昼過ぎに改めてお時間をいただくことになっています」
「そうか。ノナちゃんのこと考えると、なんか...すごい遠くの世界のように思える」
「いつ...いつかは、はっきりとは言えませんが、できるだけ早く、こちらに出てこられるように頑張ります」
「うふふ...深町先生って、ほんと真面目だね。わたしが言うんだから、間違いないよ」
事務所に戻ると、ほどなく地裁支部から、2件の準抗告に対する却下の決定がされてとの連絡が入った。
ちょうど出来上がった反省文と、誓約書、嘆願書を新バージョンに差し替え、裁判官に対する勾留取消請求書を作成。早速地裁支部にボクが赴いて、提出する。午前11時。
戻ってくると、吉野さんが、証拠品として押収されている愛さんの預金口座について銀行取引履歴のコピーを入出すべく、記録閲覧・謄写許可に関する意見書を作っていた。勾留取消請求書の副本と一緒に、吉野さんとボクで地検に向かい、提出する。
そのまま天歌駅に向かい、ノナさんとの面会のために十海駅へ。風は強いが雨はまだ降っていない。約束の15分前に指定のファミレスに着き、店内を見回してまだ来てないことを確認すると、「待ち合わせ」とスタッフに告げて、入り口近くの4人掛けのテーブルに座る。
約束時間かっきりに、ノナさんが入り口から入ってくるのが見えた。吉野さんが手を挙げて合図する。
昨日とはメイクが全然薄いけれど、チャーミングな人であることは変わらない。
「ここはね、同伴入店の日に待ち合わせに結構使う店なんだよ」とノナさん。
「こので軽くお茶したあと、映画見たりショッピングしたりお食事したりしてから、一緒にお店に出勤するの」
ボクが惹かれる女性のタイプに「こじんまり」とした人、というのがある。女性としても相当小柄な彼女は、体格だけなら該当するけれど、キャラが強いので、対象とはならない。
タブレットで食事を注文し、ドリンクバーに行って水とドリンクをとってくると。さっそく話に入る。
「愛さんは、お店でも「マナちゃん」って呼ばれているんですね」と吉野さん。
「うん。マナちゃんはいいよね。本名でそのままカワイイから。その点、わたしは本名が『白川薫』。『カオル』だと男の子みたいじゃん」
「それで『ノナ』と名乗っているのね。よかったら由来を聞かせてくださいますか?」
「別にそんな、由来ってほどのものはないよ。私って背低くて小柄でしょ? とっても小さいものを測るのに、ナノって単位を使うから、ひっくり返して『ノナ』」
注文した料理が運ばれてきた。しばらく3人黙々と食べる。半分くらい片付いたころから、会話が戻ってくる。
食事が終わって、ドリンクをとってくると、聴取を始める。
ノナ(白川薫)さんの話。
同い年で同じ頃にマナちゃんと私は「エンジェル」に入った。慣れてくると二人ともどんどん指名が入るようになって、22から23の頃は、二人揃ってトップ5の常連だった。「マナノナコンビ」なんてね。けれど25になる頃から、彼女は目に見えて成績が下がってきた。私は常連さんが続いてなんとかそれなりの成績だったけど、彼女は、やはり真面目過ぎるのがネックになったんだろうね。最近はほとんど指名もなくなってた。
もうすぐ30じゃん。最近は「そろそろ年齢的にきついね」って話をしていた。自分はパパができて、年が明けたらその紹介で高級クラブに転職する予定。こんなことになって、もっと突っ込んだ話をしてあげればよかったって、後悔してる。
ホスト狂い? 絶対にあり得ない。変な男に引っかかってたって話も聞いたことがない。たしかに一番よかったときには常連さんがいたけれど、彼女、真面目だし、男性の交友は、そうねえ、オクテっていうのかな? もっと要領よく動ける子だったら、よかったんだけど。私も、友達としてもっといろいろと出来たんじゃないかな。残念。
留置場って面会ができるんでしょ? 私はダメなの? そっか。お母さんと弁護士さんだけか。じゃあ、とにかく気持ちをしっかり持って頑張って、て伝えて欲しい。もし渡せるなら、この本をマナちゃんに渡してくれるかな。彼女がいっとき、夢中になってた小説...
ノナさんから、ラノベ系のハードカバーを一冊受け取る。
「今日この後、面会に行きますので、お渡しします」とボク。
「いろいろお聞かせいただいてありがとうございます。お聞きした内容をまとめて、ノナさんが作ったという体裁の書面として、裁判所や検察に出したいのですが、構いませんか」と吉野さん。
「マナちゃんのためになることでしたら、何でもします。裁判で証言したってかまいません」
「ありがとうございます。裁判になる前に決着をつけようと動いていますが、もしもの場合はお願いしますね」
ノナさんが、住所と本名を書いたメモを渡してくれた。
「一度、私たちのほうで書面の案を作って、お持ちします。その内容でよければ署名と捺印をお願いすることになります」
「了解です。ご連絡待ってます」
ノナさんと、十海駅の改札の前で別れると、吉野さんとボクは天歌に向かう列車に乗り、降り出した雨の中、油田さんとの待ち合わせの天歌警察署に向かった。
午後3時半、留置管理課の窓口で、衣類の差し入れをすると、母親の油田さんが接見室へ。
15分ほどして、お母様が戻ってくる。昨日よりも柔らかい表情。
入れ替わりに吉野さんとボクが接見室に入る。
「残念なお話をしなければなりません」とボク。
「じゅんこう...でしたっけ。だめだったんですね」
「次の手段を午前中のうちに取りました。裁判官に対して勾留の取り消しを求める書面を提出してきました」と吉野さん。
「それって、認められるの?」
「なんとも言えません。一両日中には決定が出ます」
「期待しないで...待ちますね」
「ノナさんに、さっきお会いしてきました」
「元気だった?」
「ええ」
ノナさんから聞いたことをかいつまんで話し、差し入れの本を渡した。
「ああ、嬉しい。これ、読みたかったんだ!」
「『とにかく気持ちをしっかり持って、頑張って』って伝えてくださいとおっしゃってました」
「ノナさんのお話しも、書面にして提出しようと思っていますが、よろしいですか」
「一応、先に見せてくれるかなあ」
「了解。明日持ってきて、お見せしますね」
1階のロビーで待っていた油田さんと一緒に、事務所へ。着くと午後4時半頃になっていた。
吉野さんが検察に電話をかける。銀行取引履歴の開示について。不可とのこと。次に副検事との面会のアポ取り。直近なら明朝10時半から15分間。その際に口座の最終残高だけでも口頭で知らせてほしいと、申し入れした。
油田さん、吉野さんとボクで、会議室で打ち合わせする。
「2件の準抗告が却下されました。今日午前中のうちに、次の策である勾留取消請求を裁判官に出しました。決定は明日、明後日にも出ると思いますが、正直なところ、却下の可能性が高いと思います」とボク。
「そうですか。なんか、いろいろとやっていただいていることが無駄になっているのではないかと」
「いえ。そのときにできる策を続けてやることで、裁判官や検察官に、本気度を見せることも重要なことですので」
「わかりました。失礼な言い方...」
「いえ、気になさらないでください。一番歯がゆい思いをされているのは、愛さんとお母様でしょうから」と吉野さん。
「それで、勾留の取消ができなかったら、次はどうされるのですか?」
「勾留期限の19日が日曜です。さらに最長10日間延長可能ですが、そのための手続きが明日にも検察と裁判所で行われると思います。それを阻止するための手立てをとります」
「今日の愛さんとの面会はいかがでしたか? お母様の目から見られて」
「はい。健康状態は問題なさそうです。昨日よりも会話が少し多くなりました」
「昨日の晩、愛さんの勤務先の責任者の話を聞いてきました。今日は接見の前に、勤務先で仲良しの人に会って、お話を伺ってきました。いずれも非常に好意的な内容だったので、情状資料として使おうと思っています」
「よろしくお願いします」
「仲良しの人が、小説を渡してくれました。差し入れると、とても喜んでられました」
「それは何よりです...会えない間にも、彼女は彼女なりの人生を送っていたのですね」
「いわゆる水商売ですが、真面目な生活をされたいたようです」
「お父様はいかがですか?」
「何度もトライしているのですが、まだ連絡がつきません」
「そうですか。引き続きお願いします」
明日は、11時半に天歌警察署で待ち合わせの約束。勾留延長請求が出て、その対応のために午後は時価を取られてもいいようにした。油田さんは午後5時頃、篠つく雨の中、事務所を後にした。
吉野さんは、日曜に家主の大川さんから聞いた話と、今日ノナさんに聞いた話をまとめて書面化する。ボクは勾留延長請求に対する意見書、反省文と嘆願書のバージョン2に対する弁護士意見書を作成する。それぞれ終わると、滞留案件の処理をして、夜9時頃、相次いで事務所を後にした。雨は上がっていたが、少しムッとするような空気が漂っていた。
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11月16日木曜日 勾留7日目
曇っているが、朝から生暖かい。
朝9時。吉野さんとボクでルカさんに状況報告。予想される勾留延長への対応を行う。家主さんとノナさんの聴取内容を見せる。情状資料として有効。留置管理課に11時半に接見に行くことを連絡。
しばらく雑務をしたのち、10時に吉野さんとボクは地検支部へ向かった。
約束の10分前に、前と同じ面会室に通され、しばらく待つと、山内副検事が入ってきた。
「本題に入ります」と女性副検事が開口一番に言う」
「昨日開示請求のあった銀行預金口座についてですが、最終残高をお伝えします」
「は、はい。よろしくお願いします」と吉野さん。
「153,026円です」
「153,026円、ですね」
「はい」
「ありがとうございます」
「それと、勾留取消請求について、裁判官から意見を求められましたので、却下が相当との意見書を出しました」
「承知しました」
「そもそも、離婚した母親の身元引受だけでは、話になりません」
「ただ、勾留の必要性という観点からは...」
「勤務先も安定した雇用とは言えません。逃亡の疑いを否定できますか? 共犯と通じて証拠隠滅を図る疑いを否定できますか?」
「前にも申し上げましたが、本件は、起訴猶予が相当ではないかと...」
「十海市界隈で発生している一連の特殊詐欺事件のグループの摘発について、本庁、特に次席検事が非常に乗り気です。そもそも被疑者は、今回の受け子としての関与だけだったのか」
「それは...初犯を疑う証拠でもあるのでしょうか」
「さらに捜査を進めて明らかにしなければなりません」
「勾留延長請求は?」
「この場では申し上げられません。他に?」
「いえ」
「では、今日はここまでということで」
事務所に戻ると、裁判所事務官から電話。勾留取消請求が却下されたとのこと。
11時半に待ち合わせた母親と、接見へ。
油田さんが今日は本を3冊差し入れした。
今日は先にボクたちが接見する。
最初に勾留取消請求が通らなかったことを伝える。次の日曜が現在の勾留期限の10日目にあたるので、今日あたり、検察が勾留の延長の請求がされる可能性が高い。そうするとどうなるの? 裁判所が許可したら、最長でさらに10日間勾留の期間が延長する。落胆した表情。
次に家主上申書とノナさん上申書の文案を見せる。
「うん。この内容で構わない」と愛さん。
「ではこれで、お二人に確認してOKでしたら正式に書面とします」
「ノナちゃん...ここまで心配してくれてるんだ。会いたいよ」
愛さんの頬に一筋の涙が伝った。
「あきらめずに、頑張りましょう」と励ます吉野さん。
「検察はまだまだ疑っているみたいなので、取り調べがあっても、今までと同じように」
「やったことは認めて、知ってることは話して、知らないことは知らないと言う」
「そう。そのように」
入れ替わりに15分間の接見を終えた油田さんと、事務所で打ち合わせ。
「愛さんの様子、いかがでした」と吉野さん。
「はい。勾留が伸びるかもしれないと聞いて、落胆した様子がありました」
「そうですか...」
「でも、応援してくれる人たちがいる、ということで、どうにか自分の気持ちをコントロールしようとしているようでした」
とにかく勾留を解くこと。そして起訴猶予を勝ち取ること。そのためには、監督、生活再建支援の体制を充実させる必要がある。そのためにも父親の協力が。
「お父様は?」と吉野さん。
「携帯で出ないので、自宅の電話にかけたら、今の奥様が出られました」
「それで」
「どうかな、と思ったのですが、奥様に事情を話したら、お口添えいただけるとのことでした」
「それは、思い切った策ですね。うまく行くといいのですが」
明日の接見については、改めて相談する、ということに。
「いつでも動けるようにしておく」と言って、油田さんは帰って行った。
そろそろ勾留延長請求が出ている頃合いだと考えながら、裁判官からの意見聴取を考えて、ボクが勾留延長請求に対する意見書を準備する。
果たして午後3時、地裁支部から連絡があり、又一愛の勾留延長請求への意見聴取に応じるかと聞かれる。電話に出たボクが、応じると告げる。本日午後4時半から10分の予定なので、余裕をみて来庁するようにとのこと。
事前に意見書を届けるべく、ボクはすぐに地裁支部に向かった。受付で来意を告げると、以前に応対してくれた事務官がやってきて、書面の入った封筒を受け取った。
いったん事務所に戻り、午後4時に今度は吉野さんと一緒に地裁支部へ向かう。
前回と同じ、2階の、階段を上がったところの長椅子で待つ。指定時刻の5分前に、さきほどの事務官がやって来て、面会室に通された。判事と書記官がすでに席についていた。
「意見書には一通り目を通しました」
「証拠隠滅の恐れも、また逃亡の恐れもないと考えますので、勾留の取消しが相当と考えます」
「検察官はそのように考えていないようです。延長の請求をするのですから当然ですが」
「私どもが調査した限りでは、初犯でしかも共犯者とは一切面識がなく、そもそも証拠を隠滅しようにもできない状況であると考えます」
「とはいえ、組織犯罪です。初犯であることの証明はできているのですか」
「それは...あくまで本人の供述と全体の状況から」
「わかりました。他になにかありますか?」
「釈放された後は、母親が同居の形で身元を引き受けます。母親の収入も、被疑者を養うのに不足ありません」
「なるほど。父親は?」
「母親が父親に協力を働きかけているところです」
「わかりました。以上でよろしいですね」
「どうか、よろしくお願いします」
受付で事務官を呼んでもらい、結論が出たら、いずれの場合も電話で連絡してほしい旨依頼して、事務所へ戻った。
午後5時から、所長、副所長を交えて作戦会議をする。
「まだまだ検察は、いろいろと捜査したがっているようだし、現時点で勾留延長の回避は難しいね」と内田さん。
「準抗告は行うとしても、次のための準備を進めないと」とルカさん。
「起訴猶予ですか」とボク。
「そう。主張すべきポイントを挙げていきましょう」と言って、ホワイトボードにルカさんが書き始めた。
・今回が初犯(本人によれば)で、特殊詐欺に限らず犯罪行為とは無縁
・中学までは順調な人生
・両親の離婚がもとになって、高校を中退。母親のもとを離れることになった
・一人暮らしになって、いわゆる水商売の世界に入ったが、生活態度は真面目
・年齢を追って経済状況が悪くなったが、借金には頼らなかった→※信用調査機関返答待ち
・どうにもならない状況で、「高額バイト」に飛びついてしまった
・実態を知って辞めようとしたが、「脅されて」断れなくなった
・犯行に至ったのには、真面目な性格が災いしていた?
・詐欺罪で現行犯逮捕
・捜査の過程では、包み隠さず正直に取り調べに応じている
・被害者は、賠償請求の意思はなく、寛大な処分を求めている
・家主、勤務先責任者、勤務先の同僚からの聞き取りは、いずれも好意的なもの
・釈放後は、母親が監督し、同居の形で身元を引き受ける予定
「こんなところかな」とルカさん。
「そうですね」と吉野さん。
「本人の供述に間違いがないということを前提としても、何か物足りないね」と内田さん。
「ええと、釈放後の生活についてですか?」と吉野さん。
「そうね。いくら母親が持ち家で収入も安定しているとしても、それだけでは、釈放後の被疑者のことを考えた場合に、まだまだ弱いと思う」
「父親が監督に加わってくれるとしたら?」とボク。
「それは是非とも実現しなくちゃだね」
「お母様が手を尽くしていますが、必要なら私たちも働きかけに加わります」と吉野さん。
※課題:父親の監督の協力をなんとしても取りつけること
「支援機関に相談するのは?」と内田さん。
「やるべきだと思う」とルカさん。
「でも、それって一人暮らしで身をよせるところがなくて、生活も困窮が見込まれるときじゃないんですか?」と吉野さん。
「たしかにそのとおり。あと父親の協力も得られれば、監督については問題ない、ということになるかもしれないけれど、釈放後の仕事をどうするかの問題もあるから、相談すべきと思う」とルカさん。
「今の職場にはもう戻れないでしょうし、戻れたとしても得策ではないですね」と吉野さん。
「十海の保護観察所は、懇切丁寧に対応してくれるから、明日にでも連絡してみたら?」
「そうします」
※課題:支援機関に相談→十海保護観察所
「あと、就職のことについては、ボクたちも動いて、なるべく早くに見つかれば、それに越したことはないと思う」
「そうか。そうすれば、保護観察所から『支援不要』の結論が出て、『釈放後の監督の体制に問題なし』というお墨付きみたいになるんですね」とボク。
「そうそう。そういうことだね」とルカさん。
「明日は東京出張なんで、週明けにも、どこかないかあたってみるよ」と内田さん。
「微妙な件だから、あまり無理しないでくださいね」と吉野さん。
※課題:自分たちも就職先をあたる
作戦会議の終わりに、ホワイトボードを写メして、自分のPCで文字起こしソフトにかける。補正して情報共有。
その後、勾留延長決定に関する準抗告の申立書をボクが作成した。
家主の大川さんに吉野さんが電話。19日日曜日の午後2時にお伺いすることとした。それからキャバクラのノナさん。同じ日曜日の前後の時間帯ということでお願いすると、3時半から前回と同じ場所で、ということになった。
他の案件を片づけて、ボクは午後9時に退勤した。吉野さんは「もう少しやっていく」とのこと。
11月にしては生暖かい夜。
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11月17日金曜日 勾留8日目
朝から晴れて、むっとする。今日も夏日になるのだろうか。
朝9時。吉野さんが十海保護観察所へ連絡して相談のアポをとった。週明け21日月曜日の11時。油田さんに連絡して、同行をお願いした。
郵便配達。赤のレターパックが一つあり、見ると信用調査機関からの回答。さっそく開封して確認すると、負債は無しとの報告書が入っていた。
10時。電話が鳴る。ボクが出ると地裁支部の事務官。勾留延長が決定されたとのこと。10日間。期限は11月29日水曜日。決定書の謄本を窓口で受け取りたい旨言うと、11時以降に来庁するようにとのこと。
11時にボクが地裁支部に行き、事務官から勾留延長決定書の謄本を受け取る。後刻、準抗告の申立書を提出に来ると告げた。
事務所に戻って母親に連絡し、結果を伝え、今日の接見は午後3時からとすることにした。
謄本を確認して準抗告の申立書を完成させ、再び地裁支部へ行き、12時少し前に事務官に渡した。「今回も電話連絡ですね」と言われ、お願いした。
思ったとおり暑くなってきた。
今日は、十海市に事務所を構える行政書士の丸山さんが来ている。ルカさんと同い年で、小学校の幼馴染。ルカさんと同じように高校生のうちから行政書士の勉強を始め、3年のときに合格。高校卒業してすぐに行政書士事務所で修行を始め、20歳になるとすぐに登録、独立した。うちの事務所とは、弁護士フィールドの案件で天歌市の事務所が都合がよさそうな件を丸山行政書士が紹介し、行政書士フィールドの案件で十海市の事務所が都合がよさそうな件を浅山弁護士が紹介する関係。もちろん、対価性のない、クライアントの利益第一で紹介する形にしている。ルカさんと話をしているということは、おそらく離婚関連で、紛争性を帯びるに至った件を引継ぐのではないかと思う。
午後1時頃、打ち合わせしていた会議室からルカさんが顔を出した。
「吉野先生、深町先生、いま大丈夫なら来てくれるかな?」
二人して会議室に入る。
スラっと背の高い、好青年の雰囲気を醸し出す丸山先生。
「又一愛さんの件を話したら、ご本人がよかったら丸山くんのところで働かないかっていうお話し」
なんか、渡りに船というか、出来過ぎな展開。
「姫のお頼みとあらば、承わらぬわけには参りませぬ」
丸山先生は、話がほぐれてくると、ルカさんのことを「姫」と呼ぶ。たしかにルカさんは旧天歌藩主のお姫様なのだけれど、そのうえ丸山先生のお家は、旧天歌藩の重臣の末裔で、バリバリの側近の家系なのだそうだ。
「冗談は置いといて、ちょうど事務をやってくれてたスタッフが退職して、次の人を探していたところなんです」
「では、免許証の写真持ってきますね」と吉野さんがデスクへ行く。
「事件のことは、一通り話しました」とルカさん。
「なんか、被疑者というよりも、詐欺と強要の被害者のような感じですね」
「そうです。なので、起訴猶予を目指しています」
吉野さんが戻ってきて、免許証コピーを見せた。
「真面目そうで...しかも美人ですね」と丸山先生。
「なによ、自分は興味ないくせに」とルカさん。
「真面目なのは本当です。キャバクラ勤務でしたけど、お会いした方が口を揃えて『真面目だ』って言うんです」と吉野さん。
「どう。雇える可能性あるかな?」
「いや、真面目な人なら大丈夫です。行政書士は学歴関係ないけれど、ご本人の学歴は?」
「中学からルミナスに入って、高校2年で退学。だから高校中退です」と吉野さん。
「中学でルミナスに受かってるなら、国語力はたぶん問題ないでしょう。キーボードは打てますかね」
「ノートPC持ってて、一応キーボードも大丈夫」
「じゃあ問題ありませんね」
「職歴は、バイトとキャバ嬢以外にはほとんどないけど」とルカさん。
「じゃあ、面接代わりに、今の気持ちを自分で綴った文章をいただくことはできますか? まあご本人の意向次第ですけど」
「了解です。このあと接見に行きますので、そのときに本人に確認してみます」
「『元キャバ嬢の行政書士修行』ったら、ブログに連載できるかな? いや、これもご本人次第ですよ」
午後3時から接見。先に母親が15分間。その後吉野さんとボク。
「午前中検事さんの取り調べがあって、勾留延長になったって聞かされた」
「残念ながら、そうです。即座に準抗告はしました」とボク。
「検事さんは、『長くなる』って言ってた...検察で注目されてる事件だった言うし...もうやだよ」
「うん。気持ちわかるよ」と吉野さん。
「宙ぶらりんなのが余計つらいよ。特殊詐欺ならたいてい起訴されるとも言ってた。それなら早く起訴して欲しい」
「その気持ちもわかる。でもね。まだ決まったわけじゃない」
「だって『長くなる』って言ってたんだよ」
「担当検察官の山内さんは、とても正義感が強い人。事件には本庁の偉い人たちも関係しているけれど、だからこそ山内さんが納得して、起訴猶予に動いてくれるよう、いろいろな材料を集めている」
「だって今までも...」
「ええ。確かにね。今取り組んでいるのは、貴女が釈放されたあとの生活をどのように安定させるか。そのためにお父様のご協力をいただけるようにしたりとか、生活の支援をしてくれる公的機関にもお母様と一緒に相談に行こうとしている」
「父親はいやがってるでしょ?」
「お母様が糸口を作りました。なんとか説得したいと思います」
「そう」
「それから、釈放後に働けるところも探そうとしています。キャバクラはもう戻れないでしょうし」
「うん。戻りたくない」
「今日、事務所に行政書士さんが来ていて、退職した事務員の代わりをやってくれる人を探しています」
「ぎょせーしょしって?」
「法律系の専門職で、行政機関に提出する書類を、お客さんの代わりに作成して提出するのがメインの仕事です。あなたの務めていたキャバクラなら、風俗営業法に基づく許可を警察署からとる必要があって、そのための書類を作って申請するのを、たぶん行政書士に依頼してると思うわ」
「そんな仕事があるって、知らなかった」
「その他にも法律に関連する幅広い書類を作る仕事があって、例えば、会社を作る時の書類だとか、契約書だとか、遺言だとか、それに...離婚についての書類も一定の制約があるけれど、作れる」
「そっか。でも高校中退で事務のお仕事の経験がなくて大丈夫?」
「その行政書士さんは、『ルミ中に合格するだけの国語力があれば大丈夫』って、言っていたわ。いやなら辞めても構わないので、いったんお話を受けてはどうかしら?」
「わかった」
「そこで、面接代わりに作文を書いて欲しいって。いまの心境について」
「大丈夫かな?」
「いままで見せていただいた貴女の文章なら、絶対大丈夫」
「じゃあ、書いてみるから、明日来てくれたら、見てね」
「了解。なかなかきついでしょうけれど、前向きに考えましょう」
「そういえば、昨日久しぶりに警察署で取り調べがあって、変なこと聞かれたよ」
「どんなこと」
「ここ1年以内かな。日時と場所のセットを3つ言われて、そのときにそこに行ったことは無いかって」
「それで」
「行ったことはないから、どれもないって答えた。そもそもそのうち2つは、その場所自体に行ったことが無い」
「なるほど。たぶん、ここ1年の特殊詐欺の被害があった日時と現場のうち、犯行者が女性でまだ特定できていないものについて、尋問したんだと思う」
「大丈夫かな」
「心配しないで大丈夫」
午後4時半。油田さんと吉野さんとボクで事務所で打ち合わせ。
昨日からの流れを説明し、現状を再確認。本格的に起訴猶予に向けた活動のフェーズに入る。
「お父様はどうなりました?」
「明日昼会って、話をすることになりました」
行政書士の件は非常に有利な材料。ルカさんも加わって話しする。
「おいくつぐらいの方ですか?」と油田さん。
「わたしと同い年ですから、もう31歳になったかな」とルカさん。
「それは...愛は29なので、ちょっと年齢が近過ぎないか、心配です」
「ああ、そういうご心配なら、大丈夫です」
「というと?」
「彼は同性愛者で、男性一筋なので」
土日は弁護士しか接見できないので、可能な限り、交代でも接見に行くようにする。お父様の件、連絡を。
油田さんは帰宅した。
吉野さんとボクで、検察に提出する起訴猶予に関する意見書の添付資料について、チェックする。上申書は、日曜には目途がつきそう。父親がどうなるか。監督に関する協力を宣誓してもらえると強力になる。行政書士の丸山先生は? 首尾よく行けば、雇用予定証明書をいただこう。丸山先生のとこがOKなら、保護観察所は、書面の作成依頼だけで終わるかもしれない。
ルカさんがやってきた。午後6時を回った頃。
「キミたち、この土日も出てくるんでしょう」とルカさん。
「業務命令ですか?」と吉野さん。
「お察しのとおり」
「片づけて、今日は帰ります」とボク。
「またJUJUへ行きません?」と事務所を出たところで吉野さん。
「そうか。内田さん、今日は出張ですよね」
「最終の新幹線になるって言ってたから」
昼間の熱が残る空気の中、JUJUへ向かう。
オーナーの半澤さんのお出迎え。
今日もカウンターでクラシックバーガーセットを頼む。
先週と同じ、店内がぐるっと見回せる席でセットがくるのを待つ。
「つくづく思うんだけれど、天歌警察署に女性用の留置施設があってよかった」
「歩いて接見に行けますからね」
「前に、共犯の関係で、東十海警察署に留置されている被疑者の弁護をしたことがあって、そのときは大変だったなあ」
「十海市の中心からさらに東ですか」
天歌市は十海市の西に位置する。
「接見行くのに、片道1時間半だよ。ほんと消耗した」
「吉野さんがルミナスだってこと、吉野さんからは、まだ愛さんには話してないんですよね」
「うん。なんかそれどころじゃなくって」
「いいんですか?」
「なんとなく気付いているんじゃないかな? 私、1年一般で2年に上がる時に特進に編入したんだけど、国立コース編入もあわせて全学年で20人を、結構大々的に発表するんだよね」
「そうですか」
「だから、私の名前に憶えがあってもおかしくない」
「ミクッツもありますしね」
「そうだね」
女性スタッフが、バーガーのセットを2つ運んできてくれた。
「私もああいうふうにやってたんだよね。懐かしい」
お店のユニフォーム姿でトレーを運んでやってくる吉野さんを空想して、一瞬、上の空になる。
すぐに戻ると、特大のバーガーに噛り付く。
「もし差し支えなければ、でいいんだけれど」
半分くらい片付いたところで、吉野さんが聞く。
「はい」
「あの最初の接見の冒頭で、ボヤっとしてしまったのはどうしてか、聞かせてくれないかな?」
「ええと...」
ボクは中学時代の思い出のこと、「星見る頃を過ぎても」のことについて話した。
「そうか。そういう切ない思い出があったんだ。私はてっきり、キミがまた、天使の羽を見たのかと思った」
「...ご存知なんですか?」
「狭い所内、隠し事は無用だよ」
そうか。そうするとボクのルカさんに対する思いも、しっかり情報共有されているということか。
そんな思いを抱きつつ、「ほぼ」私情を挟まず真面目に弁護士修行に励んでいる自分を、褒めてもいいのだろうか。
今日はさすがにミニチョコレートサンデーは無し。
「事件が終わったら、思いっきりお腹減らして、また来ようね」
お店の前で別れて、それぞれ帰途へつく。
まだまだ生暖かい。




