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8 蝋燭の揺れる影 ②

 陳星河の迅速な調査により、問題の蝋燭が御薬房を通じて翡翠苑に運ばれていたことが判明した。翡翠苑とは、妃嬪たちが暮らす宮殿群。そこでは蔡麗華さい れいかが実質的な支配者として君臨していた。


「つまり、この毒入りの蝋燭は蔡麗華の領域を経由しているのね」


 太后は微笑みながら、御薬房の長である方慧仙ほう けいせんを呼び寄せた。


「方女官、最近、誰かが特別な蝋燭を注文したことは?」


 方慧仙は一瞬逡巡したが、すぐに淡々と答えた。「……蔡麗華様です。数日前、“特別な香を焚くため”と、蝋燭を調合するよう依頼されました」


「やっぱりね」


 大后は満足げに扇を閉じた。蔡麗華が蝋燭を特注したことは確定。しかし、これだけでは決定的な証拠にはならない。彼女が関与を否定すれば、それまでだ。


 そこで、大后はひとつの罠を仕掛けることにした。


 翡翠苑の奥座敷。大后は堂々と蔡麗華の元を訪れた。


「まあ、大后様がわざわざここまで?」蔡麗華は柔和な笑みを浮かべながらも、警戒の色を滲ませた。


「麗妃の事件について少しお話を」大后は優雅に席につき、茶を手にした。「妙な話よね。蝋燭に毒が仕込まれていたなんて」


 蔡麗華の表情が僅かにこわばった。「毒入りの蝋燭……? そんな話、初耳ですわ」


「そう?」大后はさりげなく蝋燭の一本を取り出し、卓上に置いた。「これと同じものが、麗妃の部屋にあったのだけれど」


 蔡麗華の視線が蝋燭に向かう。ほんの一瞬だが、わずかな焦りが見えた。


「大后様、それが何を意味するのかは存じませんが、私には関係のないことです」


「そうかしら?」


 大后はさらに仕掛ける。


「御薬房の記録では、貴妃がこの蝋燭を特注したと。方女官が証言しているわ」


「……!」


 蔡麗華の手が一瞬、袖の中で強く握られた。


「まさか麗妃様がそんな形で亡くなるとは……。私が注文した蝋燭が何者かによってすり替えられた可能性もあります」


 言い逃れをするつもりか。しかし、大后はすでに次の一手を打っていた。


「では、これはどうかしら?」


 大后は、陳星河が回収した蔡麗華の筆跡が残る書簡を取り出した。それは蝋燭の調合を指示する命令書だった。


 蔡麗華の顔色が一気に変わる。


「これは……!」


「これでも関係ないと?」


「……。」


 沈黙。蔡麗華の瞳にはわずかに怯えが滲んでいた。


 蔡麗華は観念したように微笑みを崩した。


「さすがは太后様……私の策は見抜かれてしまいましたわね」


「お褒めに預かり光栄だわ」


「ですが、私を失脚させたところで、後宮の闇が消えるわけではありません。麗妃を排除したのは、私だけではないのですから」


「それは知っているわ」


 太后は何も動じず、扇を広げた。


「あなたを動かした“真の黒幕”がいるのでしょう?」


 蔡麗華は何も答えなかった。ただ、不敵に微笑むのみ。


 その夜、太后の元に陳星河が報告を持ってきた。


「蔡麗華が皇后の密命を受けて動いていた可能性があります」


沈玉蘭しん ぎょくらん……やはりね」


 太后は微笑みながら、静かに茶を啜った。


「でも、これで全て終わったわけではないわね」


 事件は収束したが、皇后の動きは水面下で続いている。


「青荷、次の“暇つぶし”の準備をしなきゃね」


「大后様、もう少し穏やかな日々を……」


「退屈は私には似合わないのよ」


 大后は夜の闇を見つめながら、次なる策を練り始めるのだった。

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