63 偽りの白粉 「後宮の名探偵・太后様の暇つぶし」
@美しき復讐の結末
——ぱたり。
韓蓮香は床に膝をつくと、ぽろぽろと涙をこぼしながら訴えた。
「私が……私が妃様を殺したのです……!」
翡翠苑の一室。柳青荷と蘭珀然がじっと彼女を見つめる中、太后は優雅に茶をすすりながら、微笑んでいた。
「まあ、思ったよりあっさり認めたわね?」
「えっ?」
涙ながらに自白する韓蓮香だったが、太后の言葉に思わず顔を上げる。まさかの反応に、柳青荷も苦笑しながら口を挟んだ。
「太后様、普通はもう少し深刻な雰囲気になりません?」
「だって、どうせ犯人はこの人でしょう?」
太后は扇を軽く振り、蘭珀然が「ご明察です」とでも言いたげに頷く。
「でもまあ、一応話は聞いておきましょうか。動機は?」
韓蓮香はぐっと唇を噛み、震える声で続ける。
「……妃様は美しい方でした。でも、私はあの方に裏切られたのです」
「へえ、どんな風に?」
太后の気楽な口調に、柳青荷は思わず肘で小突きたくなる。——この場面、もうちょっと緊張感持ちません!?
韓蓮香は恨みを滲ませながら語った。
「かつて私は、妃様の信頼を得ていました。でも、ほんの些細な失敗で……妃様は私を簡単に切り捨てたのです」
「どれくらい些細なこと?」
「髪飾りを逆に挿したとか、茶の温度が少しぬるかったとか……」
「まあ、それは許されざる大罪ね!」
太后が「冗談よ」と肩をすくめると、柳青荷は「茶を吹きそうになりました」とばかりに咳き込んだ。
韓蓮香は悔しさに震えながら、涙を拭った。
「だから、私は妃様が誇る“美しさ”を、その白さで蝕んでやろうと……!」
「ほう、それで鉛入りの白粉?」
「はい……妃様が疑わないように、少しずつ毒を仕込みました」
「毒を仕込むのって、案外手間よね?」
「……はい。かなり地道な作業でした」
太后の妙に感心したような口調に、柳青荷はそっと額を押さえる。——どうしてこんなに軽妙な会話になってるの……?
韓蓮香は震えながら続ける。
「でも、まさか……こんな形で死なれるなんて……!」
後悔と罪悪感に打ちひしがれる彼女を見て、太后はしばし沈黙し、やがて静かに目を閉じた。
——この女官は、妃を殺した罪人でありながら、哀れな被害者でもある。
ふと、太后がそっと目を開ける。
「さて、韓蓮香。貴女をどうするかしらね?」
にこやかに微笑みながら告げられた言葉に、韓蓮香は息を飲んだ。
蘭珀然が小さく溜め息をつく。
——さて、次はどんな“処置”が下るのやら。
@ 美しさは毒にもなる?
紫霄宮の一室。事件の余韻を残しながらも、太后は優雅に椅子に腰掛け、手元の茶をゆっくりとすする。
「嫉妬と復讐……それも後宮では珍しくないわね」
さらりと放たれた言葉に、柳青荷は思わず目を瞬かせる。
「太后様、もう少しこう……重みのある言い方をしません?」
「ええ? だって事実でしょう?」
「まあ、そうなんですけど……」
後宮では、嫉妬も復讐も日常茶飯事。——太后にとっては、これもいつもの“暇つぶし”の一環なのかもしれない。
韓蓮香は正式に処罰され、翡翠苑の妃たちは顔を見合わせて震え上がった。
「美しさは刃になりうる……後宮ではそれが命取りになることもあるのね」
李映月がため息交じりに呟く。
「刃ねえ。確かに、磨けば鋭くなるし、油断すれば折れるものね」
太后は微笑みながら茶をすすった。
「でも、誰もが美しさに憧れる……それは、止められないものよ」
「……なんだか哲学的ですね」
柳青荷が苦笑すると、蘭珀然が淡々と肩をすくめる。
「それにしても、太后様は本当に美しいですね」
「まあ、そんなに褒めても何も出ないわよ?」
そう言いつつも、太后は扇を優雅に広げ、ちらりと鏡を覗く。
——“美しさ”とは、罪深いもの。けれど、それを楽しむのもまた一興。
そんなことを思いながら、太后は今日も優雅に微笑むのだった。
@ 太后の退屈しのぎ
事件が解決し、紫霄宮に戻った太后は、愛猫の玉雪を膝に乗せて撫でながら、ふんわりとため息をついた。
「事件が解決したのはいいけれど……やっぱり暇ね」
“後宮で起こる不可解な事件を解き明かす”という知的な遊びを堪能した後のこの静寂——どうやら太后にとっては、退屈という名の新たな難題が立ちはだかっているらしい。
柳青荷が、思わず肩をすくめながら微笑む。
「またですか? じゃあ次は、太后様の美しさを保つ秘訣でも調べます?」
「ふふ、それも面白そうね」
太后は優雅に微笑みながら、手鏡をちらりと覗き込む。
蘭珀然は、そんなやりとりを静かに聞きながら、淡々と言った。
「ですが、太后様が誰よりも美しいのは、知略があるからでしょう」
「まあ、そんなに褒めても何も出ないわよ?」
そう言いつつも、太后の唇は微かに上がっている。
——満更でもないらしい。
柳青荷がくすくす笑い、蘭珀然は無言のまま静かにお茶を淹れる。
平和な紫霄宮。だが、太后の退屈しのぎが始まる時、また新たな騒動が巻き起こるのは時間の問題である。
太后は茶を一口すすり、ふっと微笑んだ。
——さて、次の“遊び相手”は誰かしら?




