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58  「燃えない蝋燭」「後宮の名探偵・太后様の暇つぶし」

 @狙われた穆雪玲


 焼け焦げた部屋の中で、青荷と蘭珀然が調査を続けるうちに、一人の人物が浮かび上がった。


「事件の前、穆雪玲様の部屋に頻繁に出入りしていた者がいるそうです」


 青荷が巻物をめくりながら報告する。


「侍女・陳紅梅ちん こうばい。彼女がこの蝋燭を取り替えていたのを目撃した者がいます」


 穆雪玲は不安げに顔を上げた。


「陳紅梅……?  彼女、そんなこと言っていなかったのに……」


「しかも」


 蘭珀然が腕を組み、低く続ける。


「彼女は皇后・沈玉蘭しん ぎょくらんに仕える女官です」


 その瞬間、室内の空気がぴりりと張り詰めた。穆雪玲の顔が真っ青になる。


「皇后様の指示……?」


 青荷が眉をひそめる。


「でも、おかしいですよね。陳紅梅は今どこに?」


 蘭珀然が無表情で答えた。


「陳紅梅はもういません。事件の直後に、姿を消しました」


 沈黙。穆雪玲がぎゅっと袖を握りしめる。


「消えた……?」


 すると、蘭明蕙がゆるりと扇を開き、ぱたんと一度仰いだ。


「……ふふ、そういうこと」


 彼女の目がわずかに細められる。


「消すつもりだったのね、この証拠を」


 その言葉に、青荷の背筋がぞくりとする。


「ま、また物騒な展開に……」


 蘭明蕙がにっこり微笑んだ。


「ええ、とても面白いわ」


 青荷はがっくりと肩を落とした。


(太后様、楽しんでいらっしゃる……!)




 @ 黒幕の影


 紫霄宮の一角、蘭明蕙が優雅に茶を啜っていると、影衛司の密偵・陳星河ちん せいがが静かに現れた。


「太后様、例の侍女・陳紅梅ですが……霜華楼に送られていました」


 青荷が思わず息を飲む。


「えっ、霜華楼って……問題を起こした宮女が幽閉される場所じゃ?」


「ええ、皇后派の宦官・蘇青荷そ せいかの命令だそうです」


 その言葉に、蘭明蕙はにっこり微笑みながら扇をゆるりと揺らした。


「つまり、口封じということね」


 青荷が絶句する。


「……太后様、なんでそんなに楽しそうなんですか……?」


「だって、こういうのが暇つぶしにはちょうどいいでしょう?」


 青荷は頭を抱えた。


 霜華楼。冷たい風が吹き抜ける静寂の中、かすかにすすり泣く声が響く。


 部屋の隅で縮こまっていた陳紅梅は、蘭明蕙たちを見るなり、びくっと震えた。


「陳紅梅」


 蘭明蕙が穏やかに声をかけると、彼女はおずおずと顔を上げた。


「……私は……私は命じられたのです……」


「命じられた?」


 青荷が身を乗り出すと、陳紅梅はますます震えながら言葉を続けた。


「穆雪玲様の部屋に、特別な蝋燭を置くようにと……。でも、まさか本当に火事になるなんて……!」


 彼女の顔は恐怖に満ちていた。


「命じたのは誰?」


 蘭明蕙が扇を軽く畳みながら尋ねる。


 陳紅梅は逡巡し、唇をかみしめた。


「……それは……」


「言わないと、このままここで一生を過ごすことになるわよ?」


 蘭明蕙が涼しい顔で微笑むと、陳紅梅は慌てて首を横に振った。


「……皇后様です……!」


 その瞬間、青荷の目がまんまるに見開かれた。


「えええっ!?  つまり、これは皇后様の陰謀!?」


 蘭明蕙は優雅に扇を開くと、ゆっくりと仰いでにっこり微笑んだ。


「ふふ……これはますます面白くなってきたわね」


 青荷はその場でへたり込んだ。


(太后様、絶対にこの状況を楽しんでる……!)




 @ 太后の一手


 紫霄宮の広間に、上品な香が静かに漂う。蘭明蕙は優雅に席につき、目の前の皇后・沈玉蘭をじっと見つめた。


「皇后様、この火事、随分と手の込んだものね?」


 沈玉蘭は柔らかく微笑んだまま、そっと茶碗を傾ける。


「まあ、何の話かしら?」


 青荷が隅で「とぼけてる……!」と小さくつぶやいたが、蘭明蕙は涼しい顔で扇を軽く仰いだ。


「証拠は?」


 沈玉蘭が優雅に問いかけると、蘭明蕙はにっこり微笑んで、茶をひと口。


「確かに、決定的な証拠はないわ」


 青荷は「えっ、ないんですか!?」と目を見開いたが、蘭明蕙は気にせず続けた。


「でもねぇ、蝋燭の細工、消えた侍女、霜華楼での口封じ……偶然が重なりすぎるわね?」


 沈玉蘭の笑みが、ほんのわずかに揺らぐ。


「ふふ……太后様は、よほど暇なのですね」


 蘭明蕙は「ええ、とても」とあっさり認めて、またお茶を啜る。


「でもね、皇后様。私は退屈しのぎができればそれでいいの。つまり——次の遊び相手が決まったわね」


 沈玉蘭の目がかすかに細められた。


「……ごきげんよう、太后様」


 そう言って、沈玉蘭は静かに立ち上がる。


 その姿を見送りながら、青荷は小声でささやいた。


「……太后様、まるで悪役みたいです」


 蘭明蕙はにっこり笑って、扇を閉じた。


「違うわよ、青荷。これは——」


 ぱちん、と扇を閉じる音が響く。


「ただの暇つぶしよ」


 青荷はその場でがっくりとうなだれた。


(いや、どう考えても皇后様の方が追い詰められてたんですけど……!)



 @ 太后の余韻


 紫霄宮の庭園は、穏やかな午後の日差しに包まれていた。風が柳の葉をそよがせ、鳥たちがどこかで楽しげにさえずっている。


 そんな中、蘭明蕙は優雅に紅茶を啜りながら、柳青荷をちらりと見た。


「これでまた暇になっちゃうわ」


 青荷はぴくりと眉を跳ね上げ、まるで先ほどの事件が夢だったかのような太后の言葉に、深いため息をつく。


「本当に太后様は事件がないと退屈なんですね……」


 蘭珀然が苦笑いしながら、慎重に言葉を選んだ。


「ですが……皇后様が次に何か仕掛けてくるのは時間の問題でしょう」


 すると蘭明蕙は、まるで贈り物でももらったかのように、ぱっと明るい笑みを浮かべた。


「まあ、それは楽しみね」


 青荷は、またか……という顔をして、肩を落とした。


「太后様……普通の方なら、“また面倒が増える”とか思う場面なんですよ……?」


 蘭明蕙は扇を優雅に開き、楽しげに仰ぐ。


「だって、暇ほど退屈なものはないもの」


 その瞬間——。


「太后様、大変です!」


 またしても息を切らした侍女が駆け込んできた。


「翠竹庭で、おかしな死体が——!」


 蘭明蕙の目が輝いた。


「まあ!」


 青荷は頭を抱えた。


(……次の事件、もう来たんですけど!?)


 こうして、後宮の平穏(?)な日々は、またもやあっさりと終わりを告げたのだった。



 

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