4 密室の死 ③
紫霄宮の一室、大后は優雅に茶を啜りながら、集まった関係者たちを見渡した。柳青荷は緊張した面持ちで控え、影衛司の陳星河ちん せいがは鋭い眼差しを向けている。
容疑者として呼ばれたのは三人。
•侍女・春蘭しゅんらん
•正室の夫人・趙麗華ちょう れいか
•影衛司の密偵・陳星河ちん せいが
部屋の空気は重く、誰もが太后の次の言葉を待っていた。
「さて、皆さん。」
太后は優雅に扇子を開き、楽しそうに笑った。
「事件の真相がわかったわ。犯人は——」
太后の言葉に、柳青荷がゴクリと唾を飲み込んだ。
「——侍女の春蘭しゅんらん、あなたね。」
動揺する春蘭
「わ、私が……? そ、そんな……!」
春蘭の顔は青ざめ、全身が小刻みに震え始めた。柳青荷は彼女を不憫に思いつつも、先ほど太后から聞いた推理を思い出し、静かに彼女を見つめた。
「春蘭、お前が犯人なのか?」
陳星河の低い声が響く。春蘭は必死に首を横に振ったが、その目には明らかに動揺の色が見えていた。
「でも……私にはそんな、氷を使った殺人なんて……!」
太后は微笑みながら、ゆっくりと扇子を閉じた。
「ええ、確かにあなた一人では無理でしょうね。でも、あなたには協力者がいたはずよ。」
「協力者……?」
柳青荷が呟くと、太后は優雅に茶を啜りながら、春蘭の方へと視線を移した。
「あなたがたった一人で、あの複雑な仕掛けを考え、実行するのは難しい。つまり、誰かがあなたを操っていたのよ。」
春蘭の唇が震え、目には涙が浮かんだ。
「……私には、どうしても許せないことがあったんです。」
「馮玉蓮ひょう ぎょくれん様は……私を、私を毎日辱めました。叱責だけでなく、暴力も……。でも、誰も助けてくれませんでした。」
春蘭の声は震えていた。
「だから、だから私は——」
柳青荷は息を呑み、陳星河は鋭い眼差しで春蘭を見つめた。
「そうでしょうね。」
太后は静かに頷いた。
「あなたは彼女に復讐することを決意した。でも、あなたは賢い侍女よ。たとえ復讐を誓っても、自分だけで計画を立てることはしなかったはず。」
春蘭は震える唇を噛み締めた。
「——そう、私はただの駒です。」
そう呟くと、彼女は懐から何かを取り出した。
——短剣だ。
「春蘭!」
柳青荷が叫んだ。しかし、それは間に合わなかった。
春蘭は自らの首に刃をあて、一瞬のうちに喉を掻き切った。
血が、床に広がる。
「春蘭……!」
柳青荷の悲痛な声が響く中、太后は静かに目を伏せた。
さらなる陰謀の影
「……彼女は最期に『私はただの駒』と言った。」
陳星河が呟いた。
「つまり、本当の黒幕はまだ別にいるということか。」
太后は微笑を浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。
「ええ。これは、もっと大きな陰謀の始まりよ。」
彼女は外の庭に目を向ける。
美しく咲き誇る花々の中に、静かに潜む毒があることを知っているかのように——。
柳青荷は拳を握りしめ、陳星河は静かに瞳を閉じた。
***
春蘭しゅんらんの死から数日が経った。
彼女が遺した言葉——「私はただの駒」——は、太后の心に微かな波紋を広げていた。
紫霄宮の庭では、いつものように香り高い龍井茶が淹れられていた。柳青荷りゅう せいかは盆に茶菓子を並べながら、大后の表情を伺う。
「……お静かですね。」
柳青荷は、そっと口を開いた。
「いつもなら、もう少し楽しそうにお茶を飲まれるのに。」
太后は微笑しながら、湯気の立つ茶碗を手に取った。
「そうかしら?」
「そうですよ!」柳青荷は頬を膨らませる。「この数日、ずっと考え込んでいらっしゃるじゃないですか。やっぱり春蘭の言葉が引っかかっているんでしょう?」
大后は扇子を軽く揺らしながら、ゆっくりと視線を上げた。
「確かに、少し気になるわね」
「やっぱり!」
柳青荷が身を乗り出した瞬間——
「太后様!」
影衛司の密偵・陳星河ちん せいがが駆け込んできた。彼は軽く膝をつき、真剣な眼差しで報告する。
「影衛司の調査により、事件当夜、馮玉蓮ひょう ぎょくれんが何者かと密会していた可能性が浮上しました」
大后は扇子を閉じ、わずかに微笑を深めた。
「面白いわね。続けなさい」
「目撃者の話では、馮玉蓮は密かに『誰か』と会い、その直後に怯えた様子を見せていたそうです」
陳星河の報告に、柳青荷が驚いた表情を見せる。
「怯えた……?」
「はい」陳星河は頷いた。「つまり、彼女は自らの死を予感していた可能性があります」
「それじゃあ……春蘭が犯人だとしても、そもそもの発端は別のところにあるってこと?」
「その可能性が高い」
陳星河の言葉に、太后は静かに茶を啜る。
「では、その密会の相手は誰なの?」
「……まだ特定には至っていません。しかし、後宮の中である特定の人物が不自然な動きをしていることがわかりました」
陳星河は大后を見つめる。
「——皇帝の正室、趙麗華ちょう れいか様です」
柳青荷は驚いて目を見開いた。
「正室が……!?」
太后は扇子を軽く開き、口元を覆いながらくすくすと笑った。
「これはますます退屈しなくて済みそうね」
彼女の瞳は、深く、そして冷ややかに光っていた——。