37 「夜の宴での毒殺」
第三幕:犯人の正体と驚くべき動機
——紫霄宮。
朝からどんよりとした空気が漂っていた。
なぜなら、昨夜の宴の準備を担当した宮女たちが全員呼び出され、緊張した面持ちで並んでいたからである。
ズラリ。
「ええと……みんな、震えてるけど?」
柳青荷が小声で囁く。
「そりゃそうでしょうね」
蘭珀然は扇を軽く開きながら、少し愉快そうに目を細めた。
「だってこれ、ほぼ『誰が犯人か当てるゲーム』みたいなものですから」
「……私、そんなゲームした覚えないんだけど」
「でも、陛下に仕える身としては、皆さん潔白を証明する義務がありますものねぇ?」
ス……ッ
太后・蘭明蕙が、優雅に扇を仰ぎながら微笑む。
……が、その微笑みが怖い。
——その瞬間。
「……ひっ」
ひとりの宮女が小さく震えた。
「おや?」
青荷が素早くその動きを捉える。
「ちょっとあなた、どうしてそんなに怯えてるの?」
「い、いえ……」
「まあまあ、そんなに怖がらないで」
太后がゆっくりと近づくと、宮女はもう涙目になっていた。
「……あ、あの、何も知りません……!」
「誰も『知ってる』とは言ってないのに?」
「!!!」
宮女の顔が「しまった!」と言わんばかりに青ざめる。
——しーん……。
部屋の温度が少し下がったような気がした。
「昨日の夜、あなたは皇后のもとへ呼ばれていたそうね?」
「そ、それは……ただの用事で……!」
「ふぅん」
太后は少し間を置き、盃を手に取った。
「じゃあ、あなたは文采薇と仲が良かったのね?」
「え……?」
「あなたが文采薇の使う盃を知っていた可能性が高い、と報告があったわよ」
「そ、それは……」
宮女の視線が右往左往する。
「なるほどねぇ」
太后は盃を指先でくるりと回すと、ふっと笑った。
「この事件、本当に文采薇を殺すためのものだったのかしら?」
「……え?」
「つまり、こういうことよ」
扇をパチン!
太后の扇が閉じられる音が、妙に大きく響いた。
「最初から文采薇に毒入りの盃が渡るように仕組まれていた。偶然ではなく、意図的に」
「……!!!」
「そして、文采薇は最近、皇后と距離を置いていたのよね」
「それって……つまり……?」
青荷が目を丸くする。
「文采薇を排除しようとした皇后の策略、ってこと?」
ドン!
「ひゃっ!」
いきなり宮女が腰を抜かして座り込む。
「やっぱり知ってるじゃない」
蘭珀然が、呆れたようにため息をついた。
「い、いえ! 私は何もっ……!」
「ねえ、あなた」
太后がゆっくりと宮女の前に屈み、優しく囁いた。
「『何も知らない』って、なぜそんなに必死で言うのかしら?」
「……!!!」
その場の空気が凍りついた。
——しーん……。
そして、太后はゆっくりと立ち上がる。
「ふふっ」
余裕の微笑み。
「まあ、これで少しは暇つぶしになったわね」
——太后の”暇つぶし”は、まだまだ続くのであった。
第四幕:事件の幕引き
——紫霄宮、太后の御前。
張り詰めた空気が漂う中、皇后・沈玉蘭は余裕たっぷりに微笑んでいた。
「証拠があるのかしら?」
まるで、暇を持て余した貴婦人が茶菓子をつまみながら話しているかのような態度である。
——しかし。
「ええ、もちろんあるわ」
太后・蘭明蕙は優雅に扇を広げると、まるで舞を舞うかのように軽やかに笑った。
「盃の底に使われた毒の成分よ。これは御薬房の秘伝のもの」
「御薬房には限られた者しか立ち入れないのに……」
太后は皇后をまっすぐ見つめる。
「どうして貴妃の盃にだけ仕込まれていたのかしら?」
——シン……。
静寂。
ピクリ。
ほんの一瞬、皇后の表情が動いた。
(おや? 動揺しました?)
蘭珀然は扇で口元を隠しながら、興味深げに目を細める。
(動揺したね? 動揺したよね?)
柳青荷は心の中でガッツポーズを決めていた。
しかし——
「それが私の仕業だと、どうして言い切れるの?」
皇后は、すぐににこりと微笑みを取り戻した。
「まあ、そう来るわよねぇ」
太后は肩をすくめ、お茶を一口。
コトン。
茶碗を卓に戻す音が妙に響く。
「まぁ、どうせ貴妃は助かったし、これ以上追及するのも野暮ね」
「……!」
皇后の目がほんの一瞬、鋭く光る。
(うわぁ、絶対ムカついてるなこれ)
青荷は思わず身を縮める。
「だけど……」
太后は涼やかに微笑み、扇をひらりと動かす。
「また暇になったら、お相手してくださる?」
——シン……。
今度こそ、本当に静寂が落ちる。
皇后の美しい微笑みが、少しだけ張りついたものに見えた。
「…………」
(こ、これは……)
(『言葉では負けました』の顔だ……!)
青荷と珀然は顔を見合わせ、無言のまま心の中で盛大に拍手を送る。
「こうして、事件は静かに幕を閉じた」
しかし——
風がふわりと吹き抜ける。
後宮には、また新たな陰謀の気配が漂い始めていた。
(たぶんまた、すぐに太后様の”暇つぶし”が始まるんだろうなぁ……)
青荷は遠い目で空を見上げたのだった。




