表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/71

3 密室の死 ②

影衛司が封鎖した馮玉蓮ひょう ぎょくれんの寝所は、静寂と緊張に包まれていた。


 太后・蘭明蕙らん めいけいが姿を現すと、部屋の前に立っていた影衛司の兵たちは一斉に跪いた。柳青荷りゅう せいかは、これだけの威厳を持ちながらも、さっきまで点心を食べていた彼女とのギャップに思わず苦笑する。


「ご足労をおかけしました、太后様。」


 影衛司が頭を下げながら言うと、太后は軽く手を振った。


「いいのよ。暇つぶしにちょうどいいわ。」


 そう言って、彼女は寝所の中へと足を踏み入れる。



 室内はひんやりとした空気に包まれていた。窓も扉も固く閉ざされており、冷気が逃げていないせいか、まるで冬の朝のような肌寒さを感じる。


 部屋の中央には、大きな寝台。そこに横たわる馮玉蓮の遺体は、薄桃色の衣が血に染まり、胸元には短剣で刺されたと思われる深い傷が残っている。顔は苦痛に歪み、白い肌に冷たさが際立っている。


 柳青荷は顔をしかめた。


「……これは、かなりの力で刺されたみたいですね。凶器は見つかっていないと……」


「でも、不思議ね。」


 大后は寝台に近づき、ゆっくりと周囲を観察する。


「血が、あまり広がっていないわ。」


 柳青荷も気づき、首を傾げた。普通、心臓を一突きされたなら、もっと血が飛び散っていてもおかしくない。だが、この遺体の周囲は不自然なほどに血が少ない。


 密室の確認


 陳星河が状況を説明する。


「扉も窓も内側から施錠されていました。合鍵を持っていたのは侍女の春蘭しゅんらんだけですが、彼女は朝まで施錠されていたと証言しています。」


「部屋に他の抜け道は?」


「ありません。この部屋は構造上、外部からの侵入は極めて困難です。」


「なるほどね。」


 太后は部屋の隅に目を向け、ふとあるものに気づいた。


「ねえ、青荷。少し寒くない?」


「え? ……言われてみれば。」


 柳青荷は腕をさすりながら、改めて室内の空気の異変に気づいた。


「冬ならともかく、今はまだそこまで冷え込む時期じゃないですよね?」


「ええ。それに、この部屋、暖炉はあるのにまったく使われた形跡がないわ。」


 太后はニヤリと微笑み、寝台の天蓋を見上げる。


「ねえ、青荷。はしごを持ってきて。」


「えっ!? 何をするんですか?」


「ちょっと確かめたいことがあるの。」


 柳青荷が慌てて影衛司の兵に指示を出す。やがて持ってこられたはしごを使い、太后は天蓋の隙間に手を伸ばした。すると、指先に冷たい何かが触れる。


 彼女はゆっくりとそれを取り出し、にんまりと笑った。


「やっぱりね。」


 その手の中には、溶けかけた氷の破片があった。



 柳青荷りゅう せいかは太后・蘭明蕙の手の中の氷を見て、目を丸くした。


「えっ……氷?」


 太后は楽しげに氷の破片を弄びながら、ゆっくりと寝台を見下ろした。


「ねえ、青荷。この氷、ここにあるのは不自然だと思わない?」


「そ、そうですね。こんなところに氷があるなんて……でも、それがどう事件と関係あるんですか?」


 陳星河ちん せいがも眉をひそめ、興味深げに氷を見つめる。


「……まさか、これが凶器?」


 太后は満足げに微笑んだ。


「可能性はあるわね。」



 太后は寝台の上の遺体を再び観察した。短剣で刺されたような傷があるが、血の広がり方が不自然で、部屋の冷たさも説明がつかないままだ。


「ねえ、青荷。この部屋、普通よりずっと寒いわよね?」


「はい。ちょっと鳥肌が立つくらいです。」


「それに、傷口の血もほとんど乾いているわ。これは、死後すぐに体温が下がったということ。」


 柳青荷は一瞬考え、それから「あっ!」と小さく叫んだ。


「まさか、凶器が氷だったからですか!? つまり、刃が氷でできていて、時間とともに溶けてしまった?」


「ええ、その可能性が高いわね。」


 太后は手の中の氷を転がしながら、天蓋を指さした。


「犯人は、天蓋の上に氷で作られた刃を仕掛けておいたのよ。時間が経つにつれて氷が溶け、ある瞬間に落下して被害者を突き刺す。凶器が溶けてしまえば、証拠は残らないわ。」


 陳星河は腕を組みながら考え込んだ。


「確かに、それなら凶器が見つからないのも納得できます……しかし、どうやって氷を天蓋の上に固定したのでしょう?」


 太后はすました顔で茶目っ気たっぷりに微笑む。


「まあ、それを調べるのがあなたたちの仕事よ。」


 密室の謎も解決


 柳青荷は天井を見上げながら、もうひとつの疑問を口にした。


「でも、それでも密室の問題が残ります。扉も窓も内側から鍵がかかっていましたよね? どうやって犯人は部屋を密室にしたんでしょう?」


「それも簡単よ。」


 太后は扉の鍵穴に目を向け、ニヤリと笑った。


「犯人は外から氷の欠片を使って鍵を閉めたのよ。」


「氷の欠片……?」


「ええ。鍵穴の内部に細工をして、外側から氷の棒を使って鍵を回したの。時間が経てば氷は溶けて消え、誰も細工の痕跡を見つけられなくなる。」


 柳青荷は「なるほど!」と手を打った。


「それなら、密室を作ることも可能ですね! でも、そうなると……犯人は相当冷静で計画的な人物ですね。」


「ええ。そして、氷を用意できる環境にいた人物でもあるわ。」


 太后の言葉に、陳星河の表情が険しくなった。


「……つまり、後宮の中にいる者が犯人だと?」


 太后は微笑みながら、ゆっくりと扇子を開いた。


「ええ、そうね。さて、犯人は誰かしら?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ