表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/71

28 「竹林の首吊り自殺」

 


「竹林の首吊り自殺」


 静寂に包まれた後宮の深夜、突然、竹林の奥から「ひぃぃっ!」という甲高い悲鳴が響き渡った。


「きゃああっ!」

「ど、どうしましょう、どうしましょう!」

「ひ、ひとが吊られてるー!」


 宮女たちが大騒ぎしながら竹林の奥へと駆け寄り、そこには——ゆらゆらと不気味に揺れる侍女・春燕の姿があった。


 一瞬で血の気が引いた宮女たちは、誰からともなく後ずさりし、半泣きになりながら口々に叫ぶ。


「こ、これって……呪い?」

「幽霊が出るって噂、本当だったの!?」

「も、もうダメ! 私、実家に帰らせていただきます!」


 ——などと言いながら、後宮に閉じ込められているので当然帰れない。


 そこへ、真夜中に突然叩き起こされた柳青荷りゅう せいかが寝ぼけ眼で駆けつけた。


「……なんですか、もぉ……夜中にうるさいですよ……」


 欠伸を噛み殺しながら竹林の奥へ進み、首を吊った春燕を見るや否や、一気に眠気が吹っ飛ぶ。


「え、ええっ!? ほんとに吊られてる!」


 しかし、青荷の目が真剣になったのも束の間。ふと遺体の足元を見ると、そこには不自然な水たまりができていた。


「……おかしいですね。遺書もないし……なんで足元が水浸し?」


 背後では、まだ宮女たちが大騒ぎしている。


「ぎゃああ! 風が吹いた! 動いた! 今動いたわよ!」

「わたしの肩を叩いたの誰!? 誰ーーーっ!?」

「ね、猫です! きっと猫です!」


 大混乱の現場をよそに、青荷は冷静に現場を見渡した。そして、何かを思いついたように小さくうなずく。


「これは、やっぱり太后様に報告した方がいいですね……」


 一方その頃、紫霄宮では——


「ふぁぁ……よく寝たわぁ……」


 蘭明蕙らん めいけいは、ふかふかの寝台の上で優雅に伸びをしていた。宦官や侍女たちが慌ただしく動き回る中、彼女はおもむろに湯飲みを手に取り、ゆったりと朝の茶を楽しむ。


 そこへ、バタバタと駆け込んできた柳青荷が、勢いよく報告する。


「太后様、大変です! 竹林で侍女が首を吊ってました!」


 しかし、蘭明蕙は眉一つ動かさず、悠然と茶をすする。


「……ふうん?」


「ふうん、じゃなくて! 早く現場に!」


「朝の茶の時間を邪魔されるなんて……まったく、どうしてこうも暇をつぶさせてくれるのかしら」


 茶碗を優雅に傾けながら、蘭明蕙はふっと笑う。


「さて、今日も暇つぶしの時間ね」


 青荷は(いや、暇じゃないですよ!)と心の中でツッコミを入れながらも、主の命令に従い、急いで現場へと戻るのだった——。



 ***


「で、どうでした?」


 紫霄宮の一室で、柳青荷りゅう せいかは息を切らしながら影衛司からの報告書を手に取った。蘭明蕙らん めいけいは相変わらず優雅に茶をすする。


「春燕はですね、事件の前日、誰かと口論していたらしいです」


「へぇ、それで?」


「あと、最近になって急に蘭香院に移されてたみたいで……もともとは、ある妃に仕えていたそうです」


「なるほどねぇ」


 蘭明蕙は湯飲みをくるくる回しながら、適当に相槌を打つ。


「で、事件当日、誰かに竹林に呼び出された可能性が高いと」


「ええ、そのようです!」


 青荷は自信満々に報告したが、次の瞬間——


「で、どの妃に仕えてたの?」


「……」


「……」


「えっと、それが……まだ調査中です!」


「……」


 蘭明蕙は青荷をじっと見つめ、静かに茶をすする。


「……ふぅん?」


 青荷はじりじりと後ずさる。


「い、いや、でも、もうちょっと待っていただければ、すぐにわかります!」


 すると、ちょうどその時、襖がスッと開き、白皙の貴公子——蘭珀然らん はくらんが、ゆったりとした足取りで入ってきた。


「そんなに慌てなくてもいいよ。僕が調べておいたから」


「えっ!? もうわかったんですか!?」


 青荷が驚いて目を丸くすると、珀然は優雅に微笑んだ。


「春燕はね、皇后派の貴妃・唐玉盈とう ぎょくえいに仕えていた。でも、急に翡翠苑から追い出されたんだ」


「へぇ……唐貴妃に?」


 青荷はメモを取りながら、珀然の話に耳を傾ける。


「で、追い出された理由は?」


 珀然はにっこりと意味深な笑みを浮かべる。


「どうやら彼女は何かを知りすぎたらしいね」


「何かって……何です?」


「うーん、そこまではまだね」


「えぇ!? そこが大事なんじゃないですか!」


 青荷が詰め寄るが、珀然はひらりと身をかわして、悠然と椅子に腰を下ろした。


「まぁまぁ、焦らずいこうよ」


「のんびりしてる場合じゃないでしょう!」


 青荷がぷんすか怒っていると、蘭明蕙が茶を一口すすり、微笑を浮かべた。


「つまり、唐貴妃の周りを探れば、何かわかるかもしれないってことね」


「さすが太后様、その通り」


 珀然が優雅にうなずくと、青荷は呆れ顔でため息をついた。


「はぁ……どうしてこの宮廷の人たちは、こんなにのんびりしてるんですかね……」


「だって、急いでもいいことないじゃない?」


 蘭明蕙は飄々と笑いながら、またひと口、茶をすするのだった——。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ