28 「竹林の首吊り自殺」
「竹林の首吊り自殺」
静寂に包まれた後宮の深夜、突然、竹林の奥から「ひぃぃっ!」という甲高い悲鳴が響き渡った。
「きゃああっ!」
「ど、どうしましょう、どうしましょう!」
「ひ、ひとが吊られてるー!」
宮女たちが大騒ぎしながら竹林の奥へと駆け寄り、そこには——ゆらゆらと不気味に揺れる侍女・春燕の姿があった。
一瞬で血の気が引いた宮女たちは、誰からともなく後ずさりし、半泣きになりながら口々に叫ぶ。
「こ、これって……呪い?」
「幽霊が出るって噂、本当だったの!?」
「も、もうダメ! 私、実家に帰らせていただきます!」
——などと言いながら、後宮に閉じ込められているので当然帰れない。
そこへ、真夜中に突然叩き起こされた柳青荷が寝ぼけ眼で駆けつけた。
「……なんですか、もぉ……夜中にうるさいですよ……」
欠伸を噛み殺しながら竹林の奥へ進み、首を吊った春燕を見るや否や、一気に眠気が吹っ飛ぶ。
「え、ええっ!? ほんとに吊られてる!」
しかし、青荷の目が真剣になったのも束の間。ふと遺体の足元を見ると、そこには不自然な水たまりができていた。
「……おかしいですね。遺書もないし……なんで足元が水浸し?」
背後では、まだ宮女たちが大騒ぎしている。
「ぎゃああ! 風が吹いた! 動いた! 今動いたわよ!」
「わたしの肩を叩いたの誰!? 誰ーーーっ!?」
「ね、猫です! きっと猫です!」
大混乱の現場をよそに、青荷は冷静に現場を見渡した。そして、何かを思いついたように小さくうなずく。
「これは、やっぱり太后様に報告した方がいいですね……」
一方その頃、紫霄宮では——
「ふぁぁ……よく寝たわぁ……」
蘭明蕙は、ふかふかの寝台の上で優雅に伸びをしていた。宦官や侍女たちが慌ただしく動き回る中、彼女はおもむろに湯飲みを手に取り、ゆったりと朝の茶を楽しむ。
そこへ、バタバタと駆け込んできた柳青荷が、勢いよく報告する。
「太后様、大変です! 竹林で侍女が首を吊ってました!」
しかし、蘭明蕙は眉一つ動かさず、悠然と茶をすする。
「……ふうん?」
「ふうん、じゃなくて! 早く現場に!」
「朝の茶の時間を邪魔されるなんて……まったく、どうしてこうも暇をつぶさせてくれるのかしら」
茶碗を優雅に傾けながら、蘭明蕙はふっと笑う。
「さて、今日も暇つぶしの時間ね」
青荷は(いや、暇じゃないですよ!)と心の中でツッコミを入れながらも、主の命令に従い、急いで現場へと戻るのだった——。
***
「で、どうでした?」
紫霄宮の一室で、柳青荷は息を切らしながら影衛司からの報告書を手に取った。蘭明蕙は相変わらず優雅に茶をすする。
「春燕はですね、事件の前日、誰かと口論していたらしいです」
「へぇ、それで?」
「あと、最近になって急に蘭香院に移されてたみたいで……もともとは、ある妃に仕えていたそうです」
「なるほどねぇ」
蘭明蕙は湯飲みをくるくる回しながら、適当に相槌を打つ。
「で、事件当日、誰かに竹林に呼び出された可能性が高いと」
「ええ、そのようです!」
青荷は自信満々に報告したが、次の瞬間——
「で、どの妃に仕えてたの?」
「……」
「……」
「えっと、それが……まだ調査中です!」
「……」
蘭明蕙は青荷をじっと見つめ、静かに茶をすする。
「……ふぅん?」
青荷はじりじりと後ずさる。
「い、いや、でも、もうちょっと待っていただければ、すぐにわかります!」
すると、ちょうどその時、襖がスッと開き、白皙の貴公子——蘭珀然が、ゆったりとした足取りで入ってきた。
「そんなに慌てなくてもいいよ。僕が調べておいたから」
「えっ!? もうわかったんですか!?」
青荷が驚いて目を丸くすると、珀然は優雅に微笑んだ。
「春燕はね、皇后派の貴妃・唐玉盈に仕えていた。でも、急に翡翠苑から追い出されたんだ」
「へぇ……唐貴妃に?」
青荷はメモを取りながら、珀然の話に耳を傾ける。
「で、追い出された理由は?」
珀然はにっこりと意味深な笑みを浮かべる。
「どうやら彼女は何かを知りすぎたらしいね」
「何かって……何です?」
「うーん、そこまではまだね」
「えぇ!? そこが大事なんじゃないですか!」
青荷が詰め寄るが、珀然はひらりと身をかわして、悠然と椅子に腰を下ろした。
「まぁまぁ、焦らずいこうよ」
「のんびりしてる場合じゃないでしょう!」
青荷がぷんすか怒っていると、蘭明蕙が茶を一口すすり、微笑を浮かべた。
「つまり、唐貴妃の周りを探れば、何かわかるかもしれないってことね」
「さすが太后様、その通り」
珀然が優雅にうなずくと、青荷は呆れ顔でため息をついた。
「はぁ……どうしてこの宮廷の人たちは、こんなにのんびりしてるんですかね……」
「だって、急いでもいいことないじゃない?」
蘭明蕙は飄々と笑いながら、またひと口、茶をすするのだった——。