25 書庫に眠る毒の巻物「後宮の名探偵・太后様の暇つぶし」
紫霄宮の一室。太后・蘭明蕙は 優雅に卓へ肘をつきながら、目の前に広げられた巻物を見つめていた。
「……ねえ、青荷」
「はい?」
柳青荷は せっせと茶を淹れながら、明蕙のほうを見た。
「李博文がこの巻物を読んだのは偶然よね?」
「はい。そもそも、この巻物は皇帝陛下のために献上されたものだったはずです」
「つまり——」
「えっ?」
青荷は 手元の茶器を危うく落としそうになりながら、目を丸くした。
「ってことは、もしかして……」
「そう」
明蕙は ゆっくりと扇を閉じ、唇の端を上げる。
「本当に狙われていたのは皇帝だったのよ」
「ひええっ!?」
青荷は 驚きのあまり、茶杯を持ったままぴょんっと跳ねた。
「で、でも、皇帝陛下はこの巻物をまだ読んでいませんでしたよね? じゃあ、どうして李博文さんが……?」
「そこが問題なのよ」
明蕙は 扇を持った手で軽く顎を撫でる。
「皇帝はここ最近、政務で忙しくてね。予定されていた閲覧が遅れていたらしいの」
「つまり……」
青荷の顔が みるみる青ざめていく。
「李博文さんは、たまたま先に読んじゃっただけ!? つまり、巻き添え!?」
「そういうこと」
太后は 静かに茶をひと口飲みながら、頷いた。
「……うわぁ……なんて不運な……」
青荷は 茶杯を両手で抱えながら、しみじみと李博文の冥福を祈った。
「まるで、道を歩いてたら空から瓦が落ちてきたみたいな……」
「ええ。まさかの誤爆ね」
太后は ため息まじりに肩をすくめる。
「でも、だからこそ犯人は焦っているはずよ」
「……!」
青荷の目が ぱちんと見開かれる。
「そ、そうですよね! 狙いが外れてしまったんだから、もう一度仕掛ける可能性がある!」
「ふふ」
太后は 妖艶な微笑みを浮かべる。
「ええ——この事件、本当に面白くなってきたわね」
後宮の闇はますます深まるばかりだった——。
***
紫霄宮の一室——。
「ふむ……」
太后・蘭明蕙は扇を軽く振りながら、満足げに微笑んだ。
「つまり、この毒は国外から密輸されたもの。そして、その入手経路を追った結果——」
「御薬房の女官が仕入れていたことが分かりました!」
影衛司の密偵・陳星河が 得意げに報告する。
「女官の名前は……」
「宋蓮香です!」
青荷が 勢いよく巻物を広げながら叫んだ。
「ほほう、宋蓮香」
明蕙は 扇の柄で軽く卓を叩き、意味深な笑みを浮かべる。
「で、その蓮香はどの宮に仕えていたのかしら?」
「そ、それがですね……」
青荷は なぜか言い淀みながら、ちらりと陳星河のほうを見る。
「えっと……」
「凌月珊様の宮です!」
陳星河が 勢いよく言い放った瞬間、部屋の空気が 凍りついた。
「……えっ?」
「……凌月珊?」
青荷と明蕙が 同時に顔を見合わせる。
「って、あの?」
「ええ、あの『自分は無害な美人です』とでも言いたげな顔をしている、陛下お気に入りの貴妃・凌月珊です!」
陳星河が 少し悔しそうに唇を噛みながら 言い切った。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
青荷は 慌てて卓をばんばんと叩く。
「凌貴妃って、あんなに物静かで上品で、後宮の争いには関わりたくないって雰囲気出してるじゃないですか!? それなのに、毒を仕入れてるってことは……」
「ふふ。」
明蕙は すっと立ち上がり、優雅に裳裾を翻した。
「それこそが、まさに一番怪しいという証拠でしょう?」
「そ、そんなぁ……!」
青荷は 頭を抱えてごろんと床に転がった。
「“争いに関わりたくない”って言いながら、実は水面下で暗躍するタイプが一番厄介なんですよねぇぇぇ!!!」
「まあ、そういうことね」
太后は くすくすと笑いながら扇を開いた。
「さあ、青荷。星河」
「は、はい……!」
「な、何でしょう……?」
「凌月珊に、ご挨拶に行くわよ?」
——こうして、事件はさらなる核心へと迫っていくのだった。