24 書庫に眠る毒の巻物「後宮の名探偵・太后様の暇つぶし」
霜華楼での騒動から一夜明けた朝——
紫霄宮の奥にある 蘭明蕙の居室。
蘭明蕙は 黄金細工の茶碗をくるくると回しながら、のんびりと茶を啜っていた。
「……で、青荷。あなたが脅したら、王慎は簡単に白状したのね?」
柳青荷は なぜか不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「そうなんですよ! あんなにビクビクしてたくせに、せっかく白状した途端に口封じされるなんて、何のために私が潜入したのか……!」
「ふふ、まあ、あなたらしいやり方だったみたいね」
太后は くすくす笑いながら、優雅に扇を開いた。
「さて……王慎の証言によれば 黒幕は唐貴妃 だったわけだけど」
「でも、王慎が死んでしまった以上、証拠は何も残っていません」
「なら、直接尋ねるしかないわね♪」
***
貴妃・唐玉盈の宮殿
蘭明蕙が 優雅に足を組みながら玉座に座ると、 唐玉盈は 艶やかな微笑みを浮かべていた。
「まあ、太后様自らお越しになるなんて……何かご用でしょうか?」
「ええ、少し気になることがあってね」
明蕙は 軽く扇を振って、にっこりと笑う。
「唐貴妃、あなた 毒入りの巻物の件 に関与しているそうね?」
「……まあ、物騒なことをおっしゃる」
玉盈は 涼しい顔で茶を啜った。
「私がそのようなことをする理由がありませんわ」
「でも、王慎は あなたの命令で毒を仕込んだ と言っていたわよ?」
「王慎? ああ、書庫の宦官の方?」
玉盈は 長い指を優雅に動かしながら、ふんわりと笑った。
「……太后様、王慎は もう死んでしまった のでしょう? では、彼の証言が正しいと証明する手段はありますの?」
「……」
青荷は むっとして拳を握りかけるが、 明蕙は あくまで余裕の笑みを崩さない。
「証拠がないから、私を疑うのは筋が通らない……そう言いたいのね?」
「まあ、そうなりますわね」
玉盈は 微笑みながら、明蕙の視線を真っ向から受け止めた。
「それに——私がもし毒を仕込んだのなら、なぜ皇后様が献上した巻物に毒を仕込む必要があるのでしょう?」
「!」
青荷の眉が ぴくっと跳ね上がる。
「確かに……それでは 皇后が巻物に毒を仕込んだことになってしまう ではありませんか」
「ええ、私にそんな都合の悪い策略を考えるほど、おばかさんではありませんもの」
玉盈は 楽しそうに扇で口元を隠しながら笑った。
「ねえ、太后様?」
「……ふふ」
しかし、太后も負けていなかった。
「確かに、その理屈だけ聞くと あなたが黒幕ではないように思えるわね」
「でしょう?」
「でもね……そんなにあっさりと論破しようとする人こそ、最も怪しいものよ」
「……!」
玉盈の笑みが、一瞬 ピクリとこわばる。
「さて……黒幕は別にいるのかしら? それとも、あなたの策略が一枚上手なのかしら?」
太后は まるで遊びを楽しむように、ふんわりと微笑んだ。
「この暇つぶし、もう少し楽しませてもらおうかしら?」
***
蘭明蕙は 優雅に絹の袖を翻しながら、紫霄宮の奥深くにある自室へと戻ってきた。
「ふむ……さて、今回の事件、本当にただの『毒入り巻物事件』で終わるのかしら?」
柳青荷は ぷくっと頬を膨らませながら、卓の上の菓子をつまむ。
「どう考えても、貴妃・唐玉盈怪しすぎですよね!」
「ええ、でもそれが逆に問題なのよ」
太后は 長い指先で茶碗の縁をなぞりながら、目を細めた。
「いくら彼女でも、こんなに分かりやすく皇后を陥れるかしら?」
「確かに……わざわざ『皇后が献上した巻物』を毒の仕掛けに使うのは、不自然ですね」
「そう。つまり、この事件の真の目的は別にある可能性が高いのよ」
「別の目的……?」
青荷は 眉をひそめながら、口をもぐもぐさせる。
すると、そのとき——
「太后様! 事件に関する新たな情報が入りました!」
宦官・蘭珀然が 慌てた様子で駆け込んできた。
「どうしたの?」
「皇后派と側室派の関係が、最近急激に悪化している ことが判明しました!」
「まあ、それは今に始まったことではないでしょう?」
明蕙は 退屈そうに扇を開きながら、肩をすくめた。
「それが……つい最近までは、皇后・沈玉蘭と貴妃・唐玉盈は、むしろ協力関係にあったとか……」
「えっ? あの二人が仲良しだったんですか?」
青荷は 驚きのあまり、持っていた菓子を危うく落としそうになる。
「ええ。でも、ここ数週間で急に距離ができ、今では対立関係にあるようです」
「ふーん……それは面白い話ね」
太后は くすくすと笑いながら、扇で口元を隠した。
「つまり——もし唐玉盈が今回の事件を仕組んだとしたら、本当の狙いは皇后を陥れること じゃなくて……?」
「……!」
青荷の目が 大きく見開かれる。
「太后様、それってつまり——」
「ええ、今回の毒は、もともと皇帝を狙ったものだった可能性が高いわ」
「ひええっ……!」
青荷は 思わず菓子を喉に詰まらせて咳き込む。
「ごほっ、ごほっ……こ、皇帝陛下を毒殺しようとしてたなんて、それってつまり!」
「クーデターに発展しかねない話よね」
太后は まるで遊びを楽しむように微笑みながら、茶碗を持ち上げた。
「これは、単なる『暇つぶし』では済まなくなってきたかもしれないわね」
彼女の 紅い唇が妖艶に微笑む。
後宮の権力闘争は、いよいよ本格的な火花を散らし始めていた——。




