10 紅葉の庭での謎の転落死② 『後宮の名探偵・太后様の暇つぶし』
華やかな庭園の一角、日差しが差し込む中、容疑者たちの証言が始まった。しかし、肝心の証言が思うように進まない。
最初に前に出たのは、亡くなった楊淑妃の侍女だった。彼女はうつむきながら、おずおずと口を開く。
「お、お妃様は、今朝から体調がすぐれず、めまいがするとおっしゃっていました……それで、お茶を飲まれて、それからお散歩に……」
「お茶?」蘭明蕙が目を細める。「そのお茶には何か入っていたのかしら?」
「そ、それは……」侍女が言いかけた瞬間、ちらっと横目で蘭珀然を見た。
蘭珀然は涼しげな眼差しで腕を組んで立っていた。朝の光が彼の横顔を美しく照らし、その姿はまるで玉の彫刻のよう。彼が僅かに眉をひそめると、侍女は頬を赤らめ、思わず口元を押さえた。
「あの……その……」
「その?」蘭明蕙が促す。
「その……珀然様はなんてお美しいのかと……」
「証言を続けなさい!」
「は、はいっ!」侍女は慌てて姿勢を正したが、そわそわと目線が珀然の方へ泳ぎ続ける。
次に進みたくとも、女官たちがざわめいている。特に若い侍女たちは、珀然の一挙手一投足に反応し、ため息を漏らしたり、袖で顔を隠したりしている。
明蕙は頭を抱えたくなった。
「では、次の証言者」
目撃者の女官たちが前に進み出るが、彼女たちもまた、珀然をちらちらと見ている。うっとりとした表情のまま、ひとりがぽつりと呟いた。
「妃さまは……まるでふらふらと吸い寄せられるように橋へ向かわれました……」
「吸い寄せられる……?」明蕙が不審そうに首をかしげる。
「まるで……殿方の魅力に引き寄せられる蝶のように……」
「それは事件と関係があるの?」
「はっ! いえ、申し訳ありません!」女官は顔を真っ赤にして謝るが、周りの侍女たちは「わかる……」「まるで光のよう……」「尊い……」とひそひそ囁いている。
蘭珀然はため息をついた。「証言を続けてくれ」
「は、はい! 誰かがそばにいたようには見えませんでした!」
「ふむ……それは重要な証言ね」明蕙が頷く。
そして最後に、皇后派の貴妃・韓霜華が優雅に進み出た。彼女は扇を開きながら、冷ややかに微笑む。
「私は彼女を殺しても得はないわ」
「人が死んだとき、得をするのは誰かしら?」明蕙がじっと彼女を見つめる。
「まあ、蘭さま……」韓霜華は余裕の表情を崩さない。「それより、私は別のことに興味がありますわ」
「何かしら?」
韓霜華は目を細め、蘭珀然を見つめた。「珀然様、どうしてそんなにお美しいの?」
明蕙はこめかみを押さえた。
「捜査に集中しなさい!」
こうして、事件解決のための証言は一応得られたものの、捜査には想像以上の障害があることが判明したのだった。
***
日の上り始めた後宮の庭で、太后たちは御薬房へと足を運んでいた。そこには、薬草に精通した方慧仙が控えていた。
慧仙は湯呑を手に取りながら、ゆっくりと説明する。
「特定の薬草を煎じた茶を飲むと、めまいや意識障害を起こすことがあります。特に……この薬草を混ぜた場合、軽い眩暈どころか、立っていられないほどの症状が出るでしょう」
「なるほど……」太后は扇を軽く閉じる。「蘭珀然が飲んだお茶に、これが入っていた可能性が高いわね」
太后・蘭明蕙が腕を組み、深く頷いた。「つまり、彼女は意識が朦朧としていた状態で橋へ向かったのね」
そこへ蘭珀然が現れ、橋の欄干を調べた報告を持ってきた。
「それだけじゃない。欄干の一部に細工がされていたよ。一定の力がかかると、まるで経年劣化したように崩れる仕組みになっていた」
「つまり、誰かが意図的に仕掛けたもの?」柳青荷が不安げに呟く。
「そういうことさ」と珀然はニヤリと微笑んだ。その微笑みに、侍女たちは再びときめいてしまう。
「す、すごい……」
「さすが蘭様……」
「いや、さすがじゃなくて。今大事なところだぞ?」と珀然が軽く咳払いするが、侍女たちは目をキラキラさせたままだった。
「ふむ、つまり……」太后が思案するように扇を開く。その目が鋭く光った。
「……つまり、これは単なる事故ではなく、巧妙な仕掛けによるものなのですね?」と太后が口を開く。
「その通りです」と蘭珀然が頷く。「欄干には細工がされていました。普段はしっかりと固定されているように見えますが、実際には細い糸や隠しピンによって支えられていた。ある程度の力が加わると、糸が切れ、あるいはピンが抜け、欄干が突然外れる仕組みです」
太后は軽く頷くと、扇をゆったりと動かした。「……では、犯人は欄干を意図的に細工し、楊淑妃が寄りかかったときに落ちるよう仕向けたのですね?」
「はい。しかも、彼女は意識が朦朧としていた可能性が高い」と蘭珀然が続ける。「御薬房の方慧仙の話によれば、めまいや意識障害を引き起こす薬草が存在します。そして楊淑妃が飲んだお茶には、その薬草が混入されていた可能性がある」
「なるほど……」太后は静かに微笑んだ。「つまり、まずは薬で体を弱らせ、正常な判断ができない状態にさせた。そして、ふらついた彼女が橋に寄りかかると、仕掛けられた欄干が崩れ、転落させられた、と」
「まさにその通りです」蘭明蕙が腕を組みながら頷く。「単なる事故に見せかけるには、これほど巧妙な方法はないわね」
「しかし……」太后は穏やかな声で問いかける。「そのような細工を施せる者は限られているはずです。いったい誰が、何のためにこのようなことを?」
一同の間に沈黙が落ちる。事件は事故ではなく、誰かの意図によるものだった。
「さて……ここからが本番ですわね」太后は、静かに扇を閉じると満足げに微笑んだ。




