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創作詩20: 白鯨の親子

作者: 香月融

本投稿では、創作詩 ”鯨の親子” を発表します。


 2023年12月6日に投稿した掌編小説 長い坂の先に立つ病院の一場面を抽出して、詩に紡ぎました。隔離病棟に入院している妻を見舞った男が偶然に目にした「11歳の患者が描いた鯨の絵」をモチーフにして、本筋はそのままで場面描写のみを少し改変しています。

目はうつろで、

廃人のようでもあり、

観音様のようでもあり、

妻は不自然に物静かであった。


妻とポツリポツリと会話を交わしたように思うが、

話の中身はおぼろげで無意識のうちに蒸発した。

分厚い二重扉が間髪入れずに順次自動開閉し、

私は押し出されるように隔離病棟を出た。


なんとなく来た道とは違うような気がしつつも、

成り行きに廊下を進むと曲がり角付近で、

燻んだ壁に貼られた絵が目に入った。

患者が描いた水彩画のようだ。


なにやら群青の背景に大小のナマコ様物体が二つ、

八つ切り画用紙の下にラベルが付いていた。

[かみかわ とおる 11さい]

[くじらのおやこ]


2匹の鯨らしきシルエットはデコボコに歪められ、

脂肪の塊がふわふわと海中を漂っているような、

碧空に羊雲がぷかぷかと浮いているような、

モビィディック2のごとく白かった。


突然、私の横を3人の看護師が猛然と走り抜けた。

その瞬間、絵の中の諸々が動き始めた。

鯨たちは徐々に海水と融合して、

跡形もなく消滅した。


廊下を突き進むと心療内科の待合室に出くわした。

診察時間はとうに過ぎているはずなのに、

まだ数人の患者が応診を待っていた。

彼らはマネキンであった。


私は誤って隣接する別の病棟に迷い込んだようだ。

待合室を横切ると超長い廊下があった。

その先に薄らと出入り口が見えた。

私は逃げるように外に出た。


すっかり雨過晴天、

眼下に熊頭駅1が見える。

駅舎の背後に広がる黄色い海、

私は沈みゆく四角い茜陽3に恍惚とした。


終わり



【脚注】

1:熊頭駅・・・架空の駅名(同著者の掌編小説「長い坂の上の病院」に登場する病院の最寄駅で、「くまずえき」と読む)


2:モビィディック・・・ハーマン・メルヴィルの長編小説「白鯨 」に登場するマッコウクジラの愛称(Moby-Dick)


3:茜陽・・・夕焼け(西陽が輝く赤色の空を表現した造語で、「あかねび」と読む)

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