5 最終戦
最終戦を残し、年間チャンピオンを決めた川嶋君だったけど、最後にワンツーを決めてF2へ行きたいようです。
今日は、スーパーフォーミュラ最終戦です。
昨日は川嶋君の年間チャンピオンが確定したので、ひと足早くお祝いしました。
でも、もうひとレースあるので、アルコールはほどほどで今日の夜のお楽しみとなりました。
「美郷さん、途中でいなくならないでくださいよ」
深田さんがそう言います。
「えっ、何の事ですか?」
「お酒の席ですよ! 昨日だって、いつの間にかいなくなっていたでしょう」
「でも、オーナーも来るんでしょう」
「そうだけど…… あの人は、ちょっと顔を出したらお金を出してすぐ居なくなるから」
はあ…… うちのチームは、深田さんと私以外は酒豪が多いからな……
「ところで、何か連絡あった?」
深田さんからそう訊かれました。
「えっ、連絡って……」
「いや、だから…… 小山内さんだけど……」
あっ、うちのチームの事で精一杯で忘れていました。
「いや、何も連絡は無いですけど……」
私がそう言うと深田さんは……
「何も連絡が無いと言う事は良い方に行ってるって事だよね」
「はい」
と返事をしたものの、大丈夫かな…… 問題はドライバーズポイントがどうなっているかだよね、アクシデントの前は確かドライバーズポイント1位だったと思うけど……
「深田さん、美郷さん、決勝レースが始まります」
メカニックの山口君からそう言われてしまいました。
決勝グリッドはPPにYAMAGUCHI Racingの中森さんです。昨日の後半戦からやたらと目立っています。深田さんも言ってたけど、元F1パイロットとしての意地なんでしょうか……
うちは二番手に川嶋君と四番手に本多君です。この事で、レース前に二人で何か話していたみたいだけど、何を企んでいるのか……
レッドシグナルが点灯していきます。まもなくスタートです。マシーンはエンジンを唸らせます。そして今、ブラックアウト! レーススタートです。
スタート直後に右側と左側からカーナンバー7番を抜きました。トップに川嶋君、二番手に本多君です。
「もう、あの二人は何やってるの! ヒヤヒヤさせないでよ……」
「まあ、最終戦だし、好きにやらせて良いじゃない」
深田さんはそう言うけど……
「はあ…… 山口君、昨日と同じようにタイヤ交換よろしくね」
「はい、2セット準備出来てます」
タイヤウォーマーに包まれたタイヤが2セット昨日と同様に準備されています。
スーパーフォーミュラは1レースに一回以上のタイヤ交換をする事になってますからね!
2LAPした時でした。あれ、川嶋君と本多君の順位が入れ替わってます。これって……
「へえー、本田を逃して川嶋がブロックするのか」
「えっ、そんな事……」
「まあ、良いじゃないか! 川嶋は年間チャンピオンになったからあとはワンツーを狙いたいんだろう」
「まったく、あの二人は勝手な事をして……」
しかし、レースは本多君がファステストを連発して、2位川嶋君との差を20秒くらい開けてます。今、14LAPです。
「本多君にボックス指示して!」
「了解」
『美郷、良い判断だ!』
川嶋君が無線を聞いて話し掛けて来ました。
「何が良い判断よ! 勝手な事をして」
『良いだろう! 最後の最終戦なんだ』
「もう、判ったから川嶋君も16LAPにボックス!」
『了解』
その時、本多君がタイヤ交換のためピットインです。
ガリガリガリとボルトを外し、タイヤも外し、その後ニュータイヤを取り付けボルトで締め付けます。これを同時に四本です。ここまで6〜7秒でやります。
「オッケー、GO!」
交換を終えて本多君がピットアウトです。2位の川嶋君の前に出る事が出来ました。
「ヨシ!」
私は、思わずガッツポーズをしてしまいましたけど、ちょっと恥ずかしい……
その後、川嶋君もピットインしてニュータイヤに交換しました。一時4位まで落ちましたけど他のチームもタイヤ交換をするので、2位に返り咲く事が出来ました。後は最後まで走り切ればワンツーフィニッシュですけど……
「あの、北島さんいらっしゃいますか?」
パドックの背後から声が聞こえたような……
「あっ君、ここは関係者以外立入禁止だから」
うちのスタッフがそんな事を…… あれ、あの娘は!
身体150センチくらいでミントのケーブルニットとジーンズに身を包んだ女の子……
「小山内さん?」
私が話し掛けると、彼女は私の方へ駆け寄って来ました。
「あっ、ちょっと君!」
「あっ、この娘は良いから」
スタッフが声を掛けますが、私が制止して許可を出しました。
「北島さん! 逢えてよかったです……」
彼女は少し涙ぐんでる?
「どうしたの? 大丈夫?」
「私…… F3へ行けなくなりました」
はあ、やっぱり年間チャンピオンを逃したんだ。
「それじゃ、来シーズンもF4に乗るの?」
「F4にも戻れません。もう、新しいドライバーが決まっているので……」
そうか、スーパーFJからステップアップしてくるドライバーは多いよね……
「それじゃ、どうするの?」
「……」
彼女は黙ったまま私の顔を見ます。それって……
「はあ…… それじゃ、うちのチームに来る?」
「えっ、あの…… もう、他のドライバーさんが決まっているんじゃ……」
まったく、そのつもりで来たくせに。
「まだ、大丈夫よ! あなたが来る気があるなら」
「はい!」
彼女は元気にそう返事をしました。
「美郷さん、レース終わりましたよ! うちのワンツーフィニッシュです」
「うん、今日は良い事ばかりある日だね」
丁度、レースも終わりましたので、みんなにも紹介しないとね。
「えっと…… レース中だったんですか」
「うん、最終戦の真っ只中だったけど終わったわ!」
「美郷さん、それじゃ後片づけをしてお疲れ様会をしないと」
あっ、やっぱりするんですね……
最終戦真っ只中、何も連絡が無かった彼女が来ました。年間チャンピオンを逃し、F3へのステップアップも無くなってしまったようです。彼女にとっては残念な事でしょうけど、うちのチームにとっては願っても無い事です。




