30 コミュニケーション不足
予選の内容が良かっただけに鈴鹿のレースは残念な結果でした。マシーンの不具合もあって不安材料を残したレースになってしまった。
第2戦鈴鹿サーキットの決勝レースが終わりました。
一時はワンツー体制でフィニッシュ出来ると思っていたレースでしたけど……
終わってみれば、ロバートハンドラーがポールツーウインで優勝、2位に松島祐希、3位に中森勝利、そしてマシーントラブルに見舞われながらも本多君が4位入賞しました。しかし、杏香は同じくマシーントラブルでゴールまであと少しのシケインの手前で力尽きリタイヤになりました。
「おい、山口! どうなってるんだよ」
いきなり本多君は山口君の胸ぐらを掴んで怒り出しました。
「本多さん済まない…… パワーユニットから雨水が浸透したと思うんだ」
「ちゃんと見てなかったのかよ!」
本多君は山口君の胸ぐらを掴んだまま事情を訊いています。
「見てましたよ!」
「本多、よさないか! わざとやった訳じゃないんだから」
本多君はようやく手を離しましたが、皆んな黙り込んでしまい沈黙状態です。
私も、この状態には、萎縮して固まってしまいました。男性同士の喧嘩は物凄いです……
「ただいま戻りました」
その時、杏香が何も知らずに戻って来ました。でも周りの雰囲気が悪い事に気付いたみたい。
「どうかしたんですか?」
「小山内さん、済まなかった!」
山口君はそう言って、杏香にも頭を下げますけど……
「えっ、何がですか?」
杏香は何事かというような顔をしています。
「どうしたって、パワーユニットの不具合でマシーンが……」
山口君は杏香の反応に少し戸惑ったようだけど……
「あっ、しょうがないですよ! そんなのは判らないでしょう」
杏香はそう言ってドリンク片手に椅子に座りました。
「いや、そうかも知れないけど……」
「杏香!」
えっ、スポンサーの男性が何故杏香の事を……
「えっ、お父さん?」
えっ、お父さん? どういう事!
「どうしてここにいるの?」
杏香も驚きのあまり目をパチクリしています。
「いや、また楓さんのとこでお世話になる事になったから」
「えっ、どういう事?」
「メカニックを頼まれたんだ」
「えーっ!」
それを聞いてオーナーとGM以外は皆んな驚いています。
「オーナー、どういう事ですか?」
私は驚きのあまりオーナーに訊きました。
オーナーはちょっと頭を掻きながら……
「いや、小山内と深田は昔チームメイトでレースをやってたんだ! それでだな……」
オーナーの話では、オーナーはドライバーで深田GMはチームディレクター、そして小山内さん、つまり杏香のお父さんはメカニック担当だったようです。要は昔からこの三人は連んでいたんですね。
「山口君って言ったかな」
「はい」
「メカニックでも、どうにもならないトラブルはある。そういうところをどうするのかを考える事じゃないかな」
「はい」
「本多君だっけ、ドライバーとメカニックは、信頼関係でレースをやっているんだ。マシーンが壊れたくらいで騒がないで欲しい。マシーンが壊れるのはメカニックの所為だけじゃない、いつも乗っているドライバーも異変に気付かなかった事にも問題はある」
まあ、確かにメカニックの点検やメンテナンスだけでは難しいと思う。でも、ドライバーにその異変が解るのかな……
「ねえ、お母さんは?」
すると杏香のお父さんはちょっと下を向きました。
「あっ、いや……」
「お母さん、まだ私の事許してないんだね……」
「杏香、おまえだけじゃない。父さんがメカニックをやる事にも反対なんだ」
「どうして!」
杏香のお父さんは黙ってしまいました。でも、次に出た言葉は……
「杏香、母さんとは別れたんだ……」
その言葉を聞いた杏香はちょっと下を向きました。
「でも、おまえが母さんに会いに行く事は出来るから……」
「今、どこにいるの?」
「茅ヶ崎に帰ったよ」
「そうなんだ……」
レースにも負けて、家族との別れまで訊いてしまった杏香は辛いだろうな……
「小山内、今日はおまえの歓迎会だ! 来るだろう」
オーナーがそう言ったら行かない訳にはいけないでしょう。
「山口、いつものところ予約してるんだろう!」
そこで山口君はニッコリ笑って……
「あっ、はい! それはバッチリです」
はあ…… 好きだね…… 整備の方もそれくらいきちんとやっていたら……
まあ今回の件は、調べてみないと判らないけど、メカニックの責任ではないと思います。
「山口、蛍亭だよな!」
「あっ、そうですけど…… まだ、マシーン撤去が出来てなくて」
そうだよね、マシーン撤去場所に無いもんね! 一台はメインストリートゴールラインの先と、杏香のマシーンは西側ストレート先のシケイン手前でコースアウトしているんだから、でもあれってどうやって運ぶの?
私はちょっと心配で山口君達の後を追ってマシーン撤去場所へ行ったら…… うちのマシーンは戻って来てました。どうやって戻したんだろう?
「あっ美郷さん、先に蛍亭に行ってください。もうすぐ僕達も行きますから」
はあ…… 心配する事なかったみたい。いつもの山口君に戻っていました。
レース終了後、ちょっとしたゴタゴタはありました…… でも、一番驚いたのはスポンサーだと思っていた男性が杏香のお父さん! しかもうちのチームのメカニック? どうなることやら……




