10 ややこしいシステム
小山内さん初のテスト走行をするためオートポリスに来ています。小山内さん仕様にマシーンのセッティングしないとだけど、シートもアクセル、ブレーキペダルもかなりの調整が必要です。しかし、クラッチペダルが無いとは……
私達は、パドックから部屋へ戻って来ました。
「美郷さん、ニューマシーン凄かったですね!」
「うん、そうだね……」
「でも、クラッチペダルが無いのは美郷さん知ってましたか?」
「ううん」
特殊だとは聞いていたけど……
いや、それより何故、この娘は私と同じ部屋なの? 本多君は一部屋もらっていたと思うけど……
「ところで小山内さん、レーシングスーツとヘルメットは?」
「あっ、持って来てますよ」
彼女は、ちょっと大きめのバッグの中からピンク色のヘルメットと白っぽいスーツを出しました。
この大きいバッグの中にあったのか……
「取り敢えず、ヘルメットだけでもスポンサーのステッカーを貼らないとね」
私もスポンサーのステッカーをバッグの中から取り出しメットに合わせますけど……
「あれ、これだと斜めになっちゃうね、真っ直ぐにするとシワになっちゃいそう……」
「あっ、そういう貼り方も有りかもですよ!」
「いや、それは……」
それは絶対に無いでしょう…… スポンサーさんに申し訳ないから…… うーん、本多君に訊いてみようかな、私は本多君に連絡しました。すると、貼りに来てくれるようです。
『コンコン』
あっ、来たみたいです。私はドアを開けて対応しますけど……
「美郷さん! あの、入っても……」
あれ、どうしたのかな? いつもはそんな他人行儀じゃないでしょう!
「いいよ、どうしたの?」
「いや、あの、服が、その……」
あっ、私達は部屋着に着替えていたから…… でも、そんなに可笑しくないと思うけど……
「あっ、これ? 長袖のシャツにレギンスなんだけど、可愛いでしょう! お気に入りの部屋着なの」
「はあ…… 美郷さんの私服は見た事なかったから」
でも、私服を見たからって、そんなに照れなくても……
「本多さん、これなんですけど」
小山内さんもピンクのメットを両手で差し出しますが……
彼女を見た本多君は、顔が赤いです。まあ、小山内の部屋着はモコふわのパーカーとモコふわのショートパンツなんだよね……
「あの、女性って部屋では、そんな気軽な格好なんですか!」
本多君のその言葉を聞いて私も小山内さんも笑ってしまった。
「えっ、何が可笑しいんですか!」
「本多君って、意外と初心なのね」
「うっ、うん…… それで何をすれば良いんですか」
ふふ、初心というより真面目と言うべきかな……
「だから、これにステッカーを貼って欲しいんです」
小山内さんは、プーっと頬を膨らませ、もう一度ピンクのメットを両手で差し出します。
「ほら、バイザーの上のところにHONDAのステッカーを貼りたいんだけど、斜めになっちゃうんだよね……」
私が彼女が言わんとする事を説明しました。すると本多君は……
「ああ、ハサミありますか?」
えっ、ハサミ?
「あるけど、どうするの?」
ちょっと不審に思いました。私、顔に出ていないかな……
「えっと、所々に切り目を入れる事で真っ直ぐ綺麗に貼れるんですよ」
なるほど……
「でもAraiから新しいメットが来るんじゃなかったんですか」
本多君のその言葉に小山内さんは反応しました。
「えっ、そうなんですか? それなら私はピンクが良いんですけど……」
そこは、やっぱり女の子だね!
「あれって、色を選ばれたはずですよね」
そうそう、川嶋君は黄色だったかオレンジだっけかな、本多君は黒だったと思うけど……
「うん、でも、ピンクとかあったかな?」
「でも、川嶋は好き勝手に色を塗ったりシールを貼ったりしてたようだけど……」
「まあそうね、川嶋君は特に色々とイジクッテたね!」
本多君はそのままスポンサーのステッカーを貼ってたみたいだけど……
「本多さんはどうしていたんですか?」
「僕は黒のメットにしたんだけど、スポンサーのステッカーを貼るからメットの色は目立たなくなるんだよ」
「スポンサーって結構あるんですね」
そんな話をしながら本多君はHONDAのステッカーとKAEDEホールディングスのステッカーを貼ってくれました。まあこれで、明日のテストは格好がつくかな。
翌日、パドックではパワーユニットのチェックと小山内さんが乗るマシーンのコクピットの微調整をしています。
「小山内さん、アクセル、ブレーキの踏み心地はどうかな」
山口君が小山内さんの相手をしてくれてるようです。
「うーん、もう少し手前に出来ますか?」
「それならステアリングの下にレバーがあるからそれで微調整出来るよ」
「本当だ! アクセルとブレーキが手前に来た」
「どう、アクセルもブレーキも大丈夫かな」
「はい、バッチリですけど…… クラッチはどうするんですか?」
「クラッチはステアリングの裏側にある四枚のパドルだ!」
山口君の話では左下のパドルでクラッチを切る。右下のパドルが半クラッチで左右上のパドルでギアをチェンジするらしい。用はセミオートマチックに両手で動かすクラッチを取り付けた感じだ。
「これって左右上のパドルだけで良いんじゃないですか?」
「スタートとはどうするの?」
「あっ、だからクラッチを切った状態と半クラッチのパドルがいるのか!」
「そう、スタートの時は左下でクラッチを切ってスタートボタンを押して右上でギアをlowにして左足でブレーキ、右足でアクセル、スタートと同時に左下を離して動き出したら右下を離す」
「なんだか面倒ですね!」
「まあね、これでもう大丈夫かな?」
「あっ、それとステアリングに付いている赤いボタンは何ですか?」
赤いボタン? そんなのあったかな…… 私は側で聞いていてちょっと気になりました。
「あっ、それはオーバーテイクシステムのボタンだよ」
「オーバーテイクシステム?」
あっ、一定時間の加速装置ね!
「うん、それはボタンを押すと一定時間だけ加速することが出来るんだ。連続使用は無理だけど最大二百秒は使えるからね」
「一回でどれくらいの時間ですか?」
「そうだな、二十秒前後ってとこかな」
「ふーん、それじゃ十回くらいは使えるって事ですよね」
「えっと、へイローの上の方、緑色のレベルが出てるでしょう。これが無くなると使えないから」
まあ、そんなに使うもんじゃないよね! でも最終戦の時は、川嶋君と本多君がスタート直後にカーナンバー7番の両サイドをオーバーテイクを使って駆け抜けたからちょっとヒャッとしたけどね。まあ、彼女はそんな事はしないと思うけどね。
シートの設定と調整も終わりました。いよいよ、テスト走行スタートです。