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2人きり

 少年と出会った次の日のことだった。ルナは違和感に気がつく。それは、少年のことをずっと君と呼んでいたことだった。

(あの子、名前がないって言ってたわよね……?)

 さすがにこれからずっと君なんて呼び方するのは嫌だと思い、少年に話しかける。

「ねぇ、お名前、私が決めてもいい?」

「名前?いいんですか……?」

「ふふっ、シュシュ……なんてどうかしら?」

「シュシュ?」

「大切な意味が込められてるの。あっ、嫌なら全然ちがうのにするから……!」

「ふふっ、それでいいです。なんだか気に入りました」

 また微笑んでくれたシュシュの姿を見て、目を丸くさせる。こんなすぐに自然に笑ってくれるだなんて、思いもしなかったからだ。

「……?お姉さん……?」

「あっ、ごめんなさい。なんでもないの。そういえば、私の自己紹介もまだだったね」

「は、はい」

「私はルナ・シャルム。好きなことは魔物さんとおしゃべりすること。よろしくね」

「よろしくお願いします」

 ぺこぺこと頭を下げたシュシュ。それからルナは、家事全般を叩き込んでいた。

 これから一緒に生活していく中で、2人で分担した方がいいとシュシュが言ってくれたからだ。

 だけど彼女の中で昨日からモヤモヤしていることがあった。あんな姿になるほど、ひどいことをされて……彼の過去は一体どんなものだったのかと、心配になっていたのだ。

 洗濯物を干しながら、ぼーっとそんなことを考えていると心配するようにシュシュに顔を覗き込まれる。

「だ、大丈夫ですか……?」

「えっ?ああ、うん。なんともないよ。気にしなくて大丈夫」

「あ、れ……私」

「ルナさん……!!だ、大丈夫ですか……!?」

「う、うん……ごめんなさい。つい、昔のことを思い出すとこうなっちゃうの」

「昔のこと……?」

「ええ。でも気にしないで、あなたには何も関係ないから……」

「そ、そうですか……」

 モジモジしているシュシュ。

 何かを言いたげにしていたのでルナから思い切って聞いてみることにした。

「どうしたの、シュシュ。何か気に入らないことでもあった……?」

「えっ……そ、そうじゃなくて……あの、昨日ルナさんに会って……呪われた、こんな僕でも愛してくれると言われてから……胸の奥底が、変なんです」

「変……?」

「はい。色々な感情で溢れて……ルナさんのことを見るとドキドキするんです……!!」

 ぎゅっと目を瞑り、シュシュが思い切ってそう言う。

「そ、それって……なんだろ?」

「わ、わからないんですか……!?」

「うん……ただ——」

 ルナが何か言おうとした瞬間、彼女の頭にとある男性の声が響く。

『お前を愛おしく思う。きっと、これが恋ってヤツなんだろうな』

 その一言が呪いのように身体を包み込んで、意識が飛びそうになって行く。

「ルナ、さん……!?」

「ご、ごめ……私……」

 倒れてしまったルナを抱き止める。

 シュシュの青色の瞳が光って、辺りの花が咲き誇る。

「ルナさん」

 彼が一言そういうと、ルナの方に花が光を放ち出した。

 何が起こっているのか全くわからない状況で、シュシュ自身もそれを自覚してはいなかった。

 ただ、瞳が光るのをやめる頃にはルナの意識が戻っていたのだ。

「そう、ですか……」

 少ししゅんとしてしまったシュシュ。ルナはふぅと深呼吸を終えて、にっこり微笑んだ。

「そろそろお昼ご飯にしよっか。パンがあるの。シチューにでもつけて一緒に食べない?」

「……!食べたい、です……!!」

(シチュー……!聞いたことない食べ物だ!)

 初めて聞くシチューという食べ物にひどく胸を躍らすシュシュ。

 その後2人は家に入って、お昼の準備をしていた。



 準備が終わり、机にシチューとパンを並べて両手を合わせる。

「「いただきます」」

 声を揃えて食べ物に手をつけると、シュシュが目を輝かせる。

「美味しい……!!こんな美味しいもの、生まれて初めて食べました……!!」

「本当?それはよかった」

(生まれて初めて……なんだか、悲しいわね……)

 喜んでくれて嬉しいものの、その一言にひどく胸を痛めつけられる。そしてルナは、これからこの子を幸せにして、思う存分に美味しいご飯を食べてもらおうと決意した。

「このパンって言うのも美味しいですね……!!」

「ふふっ、でしょ?これは少し硬めなのだけれど、柔らかいふんわりしたパンもあるの。今度買ってくるわね」

「ありがとうございます……!!」

 シュシュがどんどん元気になって行くようで、一安心しながら内心とても嬉しいルナ。

「そうだ、シュシュも一緒に街へ行かない?」

「いいんですか……!?」

「もちろん」

「でも……僕は、呪いのせいか人に避けられちゃうんです。魔物にも。だから、やめた方がいいかと……」

「それならこれを着ていこう?」

 どこからともなく、ルナがローブを取り出す。

 紺色のローブで、縁が金色になっている美しいものだった。

「私魔女だから……人間の街に行くと嫌な目で見られちゃうの。それで……ちょうどこの服2着あるから、一緒に着て行かない?」

「呪いも抑えられるんですか……?」

「わからないけど……魔女や妖精の特異的な魔力は隠せるらしいから、呪いももしかしたら」

「なら……着ていきたいです」

「ふふっ、じゃあ決まりね。そうしましょ」

「はい……!!」

 お互いに一緒に街に行くのが楽しみで仕方がなくて、胸を躍らす。

「そうだ、今度シュシュに魔物さんたちを紹介するわ。きっと仲良くなれるはず……!呪いだって魔物なら気にしないはずだし!」

「……!!仲良くなりたいです……!」

「そうとなったら、今日の夜にでも会いに行くかしら?」

「はい!」

「ふふっ、夜が楽しみね」

 温かい会話でいっぱいになる。この時2人は今夜がどれだけ大変になるかなんて知る由もなかった。



 迎えた夜9時頃。

 すっかり空が黒く染まっていて、星々が輝いていた。

「冷えるから、これを着ていきましょう?」

 先ほど言っていたローブを2人一緒に被って、外に出て行く。

「いつも魔物さんたちとおしゃべりしている広場のような場所があるの。きっとそこにみんなもいるから」

「はい……!」

 シュシュが元気に返事をして、にっこり微笑んだルナだったが……すぐに異変に気がつく。

 ルナの少し先の尖った耳がぴくりと震えて、カラスたちが空を飛んでいく。

(胸騒ぎがする……)

 胸に手を当てて、ドクリドクリと鼓動を早める心臓を落ち着かせようとする。

(きっと何かの間違いよ。気にしない気にしない)

 そう思い込ませるルナだったが、次にシュシュも異変に気がついたのだ。

 綺麗な指がそっと町の方を指さして、灯りが灯っているのに気がつく。

「あれ……は……」

「っ……!!妖精……!!」

 シュシュが指さして、すぐに相手が妖精だとわかったルナはシュシュの手を握りしめて走り出した。

 森の中をかけて行く。

「ルナさん……!?」

「ソラ……!!出てきてちょうだい!」

 そういうと、カラスが空から1匹ルナの肩に乗っかってきた。

 それを見てシュシュは驚き目をまん丸にする。

「妖精たちが来てる。魔物さんたちに安全な洞窟に隠れて、扉を封じるように伝えて。あなたも、そこにいるのよ」

「わかったよルナ。危ないから気をつけてね」

「うん、ありがとう」

 再び飛び立っていったカラス。どんどん不安げな表情をするシュシュを見て、ルナは一度止まった。

「あ、あの……一体何が起きてるんですか?」

「妖精たちが、森に来たの。これで3度目。私を探してるんだわ。」

「ルナさんを……?」

「ちょっと……わけがあってね。シュシュは人間だから見つかっても何にもされないはず。だから安心して平気だよ」

 ポンポンとシュシュの頭を撫でた。でもシュシュは、それではルナは何かされてしまうと不安に思い泣き出しそうになってしまっている。

「それじゃ、ルナさんは……!!」

「待って。」

 ルナがシュシュの口を塞ぎ、ローブのフードの部分を被らせる。

 不幸中の幸いと言ったところだろうか、たまたま魔力を隠すローブを身につけていたため人にバレることはまずない。

 だけれどすぐそこまで、妖精たちは来ていた。

 シュシュの耳元でルナはそっと囁く。

「もう少し奥の方まで行くよ」

 コクコクと頷いたシュシュは、ルナの手首を握りしめながら彼女について行った。



 またしばらく歩くと、今度は別の妖精たちに出会してしまう。

 幸い、まだバレる前だったのでとっさに茂みに隠れた2人。

 シュシュが不安な顔をすると、ルナがおかしそうに微笑んだ。

 その微笑みを見て、少しだけ安心する。

 だけど、そんな瞬間も束の間で。前から歩いてきた妖精たちに、見つかってしまったのだ。

「そこの女……フードを脱げ」

「っ……!!」

「る、ルナさん……!!」

 どうしようと言いたげにルナを見つめたシュシュだったがそれが仇となり、妖精たちに状態を晒すことになってしまった。

「ルナ……だと?おい!いたぞ!!」

 大声で叫ばれたルナはフードを脱いで、手を前に出した。

「それ以上近づくなら撃ちます!!」

 大声でそういうも妖精たちはルナの魔法の秘密、魔力が少ないということを知っていたので怖がりもしなかった。

 そんな中で、シュシュも魔法を構えていた。彼の顔はフードに覆われていて見えない。

 ルナがボソッと隣で呟く。

「シュシュは逃げて」

「嫌です」

 少しの間でも時間稼ぎをしようとしたルナのことなどお構いなしに、シュシュも覚悟を決める。

 そして……青い綺麗な瞳が光り、シュシュの手の前に光が溜まって行く。

「僕がルナさんを守る……!!」

 そう言った瞬間、その魔法が放たれてものすごい威力で妖精たちを打ちのめしたのだ。

 こんな上級魔法どこで、と不思議に思いながらもルナは隙を見てシュシュの手を引いて行く。

「このまま街へ逃げよう。人混みに紛れて、今晩はやり過ごさなきゃ」

「はい……!」

 そうしてまた走り続ける。



 息が切れて、もう走れないというところまで距離を稼いできた時。ようやく街が見えてきて、一安心した2人だったが……。

「久しぶりだな」

「っ……!!」

 目の前に、とても美しい白髪の男が現れる。見た目の年齢はルナと同じぐらいだ。

「あれから30年か。随分と長く感じたぞ」

「アロイス、様……」

「ルナさん……?」

 苦しそうにも、どこか寂しげに男を見つめるルナに、腹の底でなぜだか黒い感情が湧き出してきてしまうシュシュ。

 アロイス・ラクール。妖精の、公爵令息だ。

「ルナ、聞いてくれ。王の座が空いたんだ。王子が帰って来ない限り、俺がそこを継げる。そしたら俺とまた——」

「私は、シュシュと生きてくと決めたんです。もう、やめてください……こんなことして、森を荒らして……ひどい……」

 元々儚い声が、さらに儚くなり消えかけそうになる。泣き叫ぶようにも聞こえて、シュシュがギロッとアロイスの睨みつけた。

 フードを被っているためわからないものの、気配を感じ取ったアロイスがシュシュを見つめる。

「ソイツがシュシュか?」

「はい。」

「こんな子供を選ぶなんてな」

「子供なんかじゃない」

 シュシュがそう言った途端、星がシュシュの周りを舞って背丈が急に伸びる。

 余裕で180センチは超えていそうな高身長だった。そして、急に体格が変わったことによりフードが脱がれる。

 露わになった顔はやはり美しく、神が一つ一つ丁寧に作ったと言っても過言ではないものだった。

 そんなシュシュを見て、ポカンとしながら驚いているルナ。

「シュ、シュシュは……人間じゃ……」

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