魔女と少年
「なら、私があなたを愛してあげる」
そう、優しい表情をしながら微笑んだ1人の美しい女性。
妖精、人間、魔女、魔物が混在しているこの歪な長寿の世界。
ある森の奥底に、孤独な魔女がいた。名をルナ・シャルムと言う。
美しい紺色の髪に、紫色の瞳。口の左斜め下にあるホクロが特徴的だ。
優しい魔女は森で魔物たちと平和に暮らしている。
そんな彼女の過去は悲しいもので、愛に飢えていた。
いや、もういっそのこと愛などいらないと考えていた。
今日も森で心優しい魔物たちに料理を振る舞ったり、仲良く遊んだり、薬を分けてあげたり。
全て、何もかもがここ30年と変わらない日常のはずだった。
けれど……突然森が悲鳴をあげる。
この森に雨は降るのか、雷は鳴るのかと疑問になるほど天気がいいものだったけれど、今日はちがった。
ザーザーと突然降り出した雨に、恐ろしいほど落ちる雷に魔物が怯えて家に帰り出す。
そんな中ただ1人、魔女は胸騒ぎがして森の中を走り出した。
「そう、そうなの。ふふっ、それはよかった」
優しくて儚い声が静かな森に響く。彼女の目の前には大きな大きな魔物たちがたくさんがいた。だけど恐れをなすことなんてありもせず、淡々と会話を進めて行く。それはもうとても楽しそうで、幸せそうな顔をしていた。
けれど突然、ものすごい音がして雷が落ちたことに気がつく。それに驚いた魔物たちは一気に散って行く。
でもルナはその場にいた。
(あの場所から、何かを感じる……!)
不思議な感覚に導かれて、長い灰色のワンピースが邪魔になりながらも急いでかけて行く。
しばらく、10分ほど走るとそこには14歳ぐらいの少年がいた。それも、ボロボロでうつ伏せになって倒れていたのだ。
「っ……!」
急いで少年を起こす。
薄いピンクベージュ髪の毛。目の下に三角形に近い模様のようなものがあった。
「ん……」
苦しそうに声を漏らす少年。体制を変えてとりあえず自分の膝に頭を置く。
「大丈夫……!?」
声をかけても返事がない。これはよほど悪い状況なのだろうと思い急いで少年をおぶって歩き出した。けれどルナの背は154センチほどと小柄で、自分より少し大きい少年をおぶっていくのはとても大変なことだった。
いつもなら荷物を運ぶのを手伝ってくれる魔物たちも、少年を見るとすぐにどこかに行ってしまう。
不審に思いながらルナは一生懸命歩いて、どうにか少年を自分の家まで運んだ。
ベッドの上に寝転がせる。少年は息が荒くてとても苦しそうに眉間に皺を寄せていた。
悪夢でも見ているのだろうかと考えたルナは魔法をかける。少年に向かって、温かい夢が見れるような魔法……いや、お呪いだ。
お呪いをかけると、少年は安堵したように眠りにつく。
その代わり、ルナの呼吸が荒くなっていた。彼女は魔法の技術は天下一品なものの、魔力量がとても少量だったのだ。
「はぁ、はぁ……大丈夫よ私……」
自分を奮い立たせて、どうにか意識が飛ばないようにする。
(何か、この子に作ってあげないと)
そう考え、覚束無い足取りでキッチンに向かう。
(ちょうど魔物さんたちからもらった野菜があったんだわ。これでスープでも作ってあげましょう)
バスケットの中にぎっしり詰まった野菜をまな板の上に置き、小さく刻んでいく。
火の魔法ぐらいなら使える、と魔法で火を起こして、水を沸騰させた。
その間に野菜を炒めて、ある程度火を通す。
しばらくして熱湯が出来上がると、そこに野菜を入れて調味料で味付けをした。
「こんなものかしら……」
味見をすると、思っていた以上に美味しくて少し微笑みを溢す。
「うまくいったみたいでよかった」
少年が起きるのを待つ間、手紙を読んでいた。手紙といっても、国のことを知らせる新聞のようなものだ。
ふかふかの椅子に座りながら、ぼーっと情報を得ていれば、突然顔を歪める。
「っ……」
手紙の文に紛れた写真を見たからだ。嫌な記憶がフラッシュバックする前に、手紙をビリビリに破いてゴミ箱へと捨てた。
すると少年が目を覚ます。その綺麗な青色の瞳が、露わになった。
「あ……!!起きたの?大丈夫?どこか痛いところはない……?」
優しくそう問いかけるも少年はよほど警戒しているらしく、すぐに起き上がって戦闘体制に入る。
どうやら魔法が使えるらしく、手を前にして構えていた。
「お、落ち着いて……!私はあなたの敵じゃないわ……!」
必死にそう訴えるも少年には届かず、魔法を発動されてしまう。
バンッと放たれた氷の魔法を避けると、暖炉にあたってレンガが崩れてしまった。
それからも少年は手を震わせながら魔法を放ち続けた。
だけどルナにわざとぶつけることなどせず、ギリギリをせめていた。
とうとう家の中がぐちゃぐちゃになると、ルナは微笑みながら魔法を発動させて家の中を元通りにさせる。
あまりにルナの魔法が、星が踊るようで綺麗なので見惚れてしまう少年。
けれど、バタンと音がして、少年の目の前にいるルナは倒れてしまった。
少年はびっくりしながらもルナに恐る恐る近づく。
魔法で彼女の身体を浮かせて、ベッドに寝転がせたのだ。
そこでやっと正気を取り戻し、自分のことを助けてくれたのだと理解する。
(この人は……魔力が少ないんだ)
それに気がついて、自分の魔力をどうにか分けなければと焦る。その魔力を分ける方法というのが、口付けをしなければならなかった。本来ならばそれ専門の薬があるが、どこにあるのかも知らない。
今は口付けること以外方法がない中、少年は迷っていた。
口付けなんてしたこともないし、母親にされたこともない。
何より……呪われている自分が、他人に触れていいのだろうかと。
すると、瑠奈が目を開けた。ゆっくり、ほんの少しだけ。
少年は目を丸くさせる。自分の手がルナの方に伸びていたからだ。
そんな少年の手を、ルナはぎゅっと握りしめた。
目をまん丸にさせた少年は、誰かに触れてもらえた喜びから涙が溢れ落ちそうになる。
「だい、じょうぶ……だから」
ルナが力無く微笑んだ。その大丈夫は、まるで触れて平気だからと言っているようで、とうとう涙がこぼれ落ちてしまう。
そして少年はルナに口付けて魔力を渡す。ルナの表情が次第によくなっていって、起き上がることができた。
「魔力、ありがとう」
にっと微笑む彼女にきゅっと心を掴まれたような感覚に陥る。
不思議な感情がたくさん溢れて、胸あたりの服をぎゅっと握りしめた。
「あの……ごめんなさい……」
「あはは、全然気にしてないよ。それより、お腹空いてない?」
「……!空いてます」
「じゃあご飯にしよう?」
申し訳なさそうにする少年を元気にしたくて、先ほど作っていた野菜スープを持ってくる。
椅子に座ってもらい、目の前のテーブルに置いた。
「召し上がれ」
「い、いただきます……」
恐る恐るスプーンを持ち、救ってスープを口まで運んだ。するとその美味しさで、目がぱっちり開く。
「……!!」
「どう?美味しいかしら?」
「は、はい……美味しいです」
コクコクと頷いて、スープをお皿ごと飲み始めた少年。そんな姿を見て嬉しくなり満面の笑みを溢した。
すっかり彼とも打ち解けられて、一安心している中、窓の外に魔物たちがたくさんいることに気がついた。
彼らはみな、こちらを恐る恐る覗き込んでいて近づこうとはしてこない。普段なら美味しい料理を分けてくれと言いにくるのに。
(……不思議)
相変わらず不信感をいだきながらも、少年を見つめる。
「君、名前は?」
「ありません」
「どこ出身?」
「忘れました」
「なんでこの森に入ったの?」
「行く当てがなかったので死ねるかと」
「……そっか」
悲しげな表情をするルナを見て、不思議に思い首を傾げる。
するとはっとして、ルナは思いついた。
「じゃあ、私とここで暮らそう」
「……え?」
「ここなら温かいご飯も、気持ちのいいお風呂もあるよ。」
「……だけど、僕は邪魔で……呪われていて、愛されたこともないような——」
「なら、私があなたを愛してあげる」
にっとカッコよく微笑んだルナ。チャリンッと大きな星の耳飾りが音を鳴らす。
「え……?」
「一緒に暮らそう?」
「っ……いいんですか、本当に……僕は呪われてるんですよ」
「そんなの気にしない。私だって、何百年と生きてる魔女だし」
「ぼ、僕も……もう、200年以上生きてます」
「え……!?そ、そうなの?」
(200年……?この子、人間じゃないの?)
また不思議な感覚がする。どこからどう見ても人間な少年が、200年も生きてるだなんてありえない話だ。
だけど、そんなことを気にしてる場合ではない。
「……バケモノみたいなものですから」
「そんなことないよ。どうする?私と一緒に平和に暮らす?」
「はい、あなたがいいなら」
この時少年が微笑んで、初めて認識する。
クマのような跡はあるものの、この子は相当美しいと。目を奪われながらもルナは優しく微笑み、2人で生きていくことが決まった。