鉛筆
ここに一本の鉛筆がある。
……これで、何をしようか。
紙がないので、文字を書くことができない。
当然、絵を描くこともできない。
……いや、できないことはない。
つるつるとしてはいるが、テーブルにあとを残すことはできる。
この身体に、言葉を刻み込むことはできる。
いやしかし…それは文字を書くことには、絵を描く事には、ならない気がする。
いわゆる筆記用具としてではない要素が大きすぎる。
鉛筆はテーブルを汚すためのものではなく、筆記するための道具なのだ。
鉛筆は肉体を傷つけるためのものではなく、筆記するための道具なのだ。
鉛筆が鉛筆たる所以を、己の都合だけで無視するわけには…いかない。
この鉛筆で…何ができるだろうか。
やや先の丸まった、鉛筆。
なんの変哲もない、HBの、緑色のボディの鉛筆。
鉛筆以外にあるものは…テーブル、いす、自分。
頑張れば、鉛筆を折ることができそうだ。
頑張れば、鉛筆を破壊することができそうだ。
……意味もなく、鉛筆を鉛筆という物体からただのゴミに変えてしまうのは、いかがなものか。
いつか鉛筆があればと思った時に、役に立つのかもしれない。
いつか鉛筆が欲しいと思った時に、後悔するようなことはしたくない。
私は……、何をするべきだろうか。
鉛筆を見ながら、絵を描く自分を想像してみる。
ゆかいな絵、精巧な絵、繊細な線、豪快な線…。
想像した端から、創造した場面がどんどん消えていく。
鉛筆を見ながら、物語を書く自分を想像してみる。
楽しい物語、丁寧な物語、心の震える言葉、力強い言葉…。
想像した端から、創造した場面がどんどん消えていく。
鉛筆を見ながら、何かを描いていた頃の自分を思い出してみる。
鉛筆を見ながら、何かを書いていた頃の自分を思い出してみる。
あふれ出す、過去の場面。
あふれた端から、過去の画面がどんどん希薄になっていく。
……鉛筆を見ているだけで、こんなにも。
……鉛筆を手にするだけで、こんなにも。
……そうだ、鉛筆を食べてしまえば、あるいは。
鉛筆を体内に取り入れたら、記憶が薄れることなく。
鉛筆を体内に取り込めば、創造が消えることなく。
……この体の一部となるのであれば、それもまた。
「あ、こんな所にあった。あ、ダメダメ、それは食べものじゃないよ!」
……誰かがやって来て、鉛筆を持って行ってしまった。
なにもなくなった、テーブル。
何もなくなってしまった、テーブル。
……このテーブルに、鉛筆があったことを思い出せば、私は、きっと。
鉛筆を見て、いろんなことを思い出せることに、また…気がつける、はず。
……このテーブルを、見ていれば、きっと。
色んな事が思い出せるって、気が付くはず。
……このテーブルを、見ていると、なぜか。
じっと、見続けないといけないって、思う。
……この、テーブルが、気になる。
テーブル……。




