表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

その悪役令嬢はサメを降らせる

作者: 束原ミヤコ



 フラウレスカ・エルセツナは、豪華絢爛な城の晩餐会だというのに一人きりで壁と同化していた。


 つまらなそうな瞳で、大広間で踊る婚約者とその浮気相手を見ている。


 今に始まったことではない。


 フラウレスカの婚約者である王太子スラーフは、たいそうな女好きだった。

 たいそうな女好きのくせに、婚約者のフラウレスカには食指が動かないという、釣った魚には餌をやらない典型的なタイプの男だった。


 今まで――フラウレスカは数々の浮気を黙認してきた。

 それは母の教えだったからだ。


「いいこと、フラウレスカ。浮気は男の甲斐性。若い頃に火遊びをしておけば、ある程度の年齢になれば落ち着くものなのよ」


 母の言葉には実感がこもっていた。

 かくいう母も、父に辛酸を舐めさせられてきたのだ。

 エルセツナ公爵――今は亡き父もまたたいそうな女好きであり、母はずっと耐え忍んできた。

 貴族の間では男の浮気は黙認されるが、女の浮気には処罰がくだる。


 そういうものなのだ。

 フラウレスカは、母のことを愛していたが、父のことはあまり記憶にない。

 フラウレスカが物心ついたときには家庭内は冷め切っていて、父はほとんど妾のところに入り浸り、母は一人で公爵家を切り盛りしていた。

 父の悪口は一度も言ったことがない。

 立派な女性なのだ、フラウレスカの母は。

 だからフラウレスカは、母の教えだけはよく守った。 


 やがて父が病気で亡くなると、母は公爵家の跡継ぎにするために妾の息子を引き取った。

 そして妾までも引き取り、最後まで面倒を見ると約束をした。


 だからフラウレスカには、母と義理の母、二人の母がいる。

 義理の母も、話してみれば穏やかで気が弱く、悪い女性ではなかった。


 それでも、嫉妬や腹立たしさはあるだろう。

 けれど母は、そんなそぶりもみせない。

 本当に立派な女性であると、フラウレスカは思う。


(でも、お母様は立派だけれど……私は、どこまで我慢をすればいいのかしら)


 スラーフ・グリンゲルとフラウレスカの婚約は、大人たちが決めたことである。

 はじめて挨拶をしたときに、スラーフはフラウレスカの頭から先までを値踏みするように眺めて、「まだ子供だな」と、小馬鹿にしたように言った。


 当たり前だ。その時フラウレスカはまだ十歳。

 十歳の子供を子供だと評価する安易さに、もしかしたらこの方は、立派な王太子殿下ではないのかもしれないとフラウレスカは心の中で嘆息した。

 それを母に報告すると「それがどんな相手であっても、相手を立てて支えるのが淑女というものです」と、チクリと言われてしまい、フラウレスカは謝った。


 それからというもの、スラーフは浮気を繰り返し、晩餐会や祝賀会といった公式の場でも、フラウレスカを放っておいて他の令嬢と楽しんでいた。

 フラウレスカは母の教えを守り、どんなときでも笑顔でいた。

 スラーフの浮気相手の令嬢に「あら、フラウレスカ様、いらっしゃったのですか?」「お一人で、おかわいそうに」「スラーフ様はあなたのような地味な方、好みではないそうですわ」と言われ、小馬鹿にされても、にこにこしながら「そうですか」と返事をしていた。


 そのせいで、フラウレスカは徐々に他の貴族から侮られるようになった。

 エルセツナ公爵が亡くなり、妾の子であり半分は庶民の血が流れている腹違いの兄、リンゼが公爵家を継いだのも、その要因の一つとなった。


 由緒正しいエルセツナ公爵家を庶民が継いだ。しかも妾の子が――と、フラウレスカの兄は陰口を叩かれた。

 けれどフラウレスカも母もリンゼもあまり気にしていなかった。

 

 リンゼには商才があり、エルセツナ家は瞬く間に豊かになった。

 母は元々心の強い人で、人の噂などは気にもしなかった。

 フラウレスカも腹違いの兄に最初は思うところがあったものの、兄という存在に憧れもあったためにすぐに懐いた。

 血筋がどうであれ、リンゼは家族だ。

 だから、スラーフがフラウレスカを粗雑に扱うのと同様に、他の貴族たちもフラウレスカを侮りはじめるのを――多少の腹立たしさは感じているものの、言いたいやつには言わせておけばいいと思い、ほうっておいた。


 そのうちスラーフ様も落ち着くだろう。

 若い頃は火遊びをしたいものなのだと、お母様も言っていたもの。


 けれど──。


 そんなフラウレスカの予想も虚しく、最近のスラーフは、学園で出会った精霊の加護を受けたという聖女ラニアンに夢中である。


 ラニアンは庶民の出だ。

 本来なら晩餐会に出ることもできず、スラーフの隣に並ぶこともできない立場である。

 けれど、孤児院で精霊の加護が発現し、グラウリー男爵に引き取られた。

 そして、貴族学園に入学しスラーフの庇護を得た。


 女好きのスラーフであるが、今回ばかりは「真実の愛をみつけた」と、皆に向かい言いふらしている。


 当然ながら、本来の婚約者のフラウレスカの立場はない。

 最初の頃はあまりのことに、スラーフに「婚約者は私です」と、あくまで優しく穏便に苦言を呈した。


 それが悪かったのだろう。

 ラニアンは「フラウレスカ様、怖い」と泣き、スラーフは「聖女を虐める傲慢な女」だと、フラウレスカを責めた。


 フラウレスカの立場は悪くなっていく一方だったが、フラウレスカは母の教えを守り続けていた。


「集まってもらった皆に、大切な話がある!」


 フラウレスカが壁と同化し始めてから小一時間。

 ダンスもようやく終わったかといったころ、スラーフが大きな声をあげた。


「俺は、フラウレスカとの婚約を破棄することに決めた!」


 壁と一体化していたフラウレスカは、驚きに目を見開いた。

 そろそろ帰ることができると、ほっとしていたところに、突然の凶報である。

 はじめからそれは決まっていたかのように、フラウレスカの両脇をスラーフの取り巻きの貴族の息子たちが掴んで、大広間の真ん中に連れていく。


 フラウレスカは痛みに顔をしかめながら、引きずられるままになっていた。


「フラウレスカ! 貴様はラニアンに嫉妬して彼女を虐め、それだけでなく、聖女の加護を受けた証の聖女の指輪を盗んだそうだな!」


 スラーフが、フラウレスカを睨みつけながら言った。

 聖女の指輪とは、聖女の加護が現れたものに精霊から与えられるものである。

 フラウレスカはそんなものを盗んでいないし、ラニアンを虐めてもいない。


「知りません! 私、なにもしていません!」


 無実を訴えると、スラーフの後ろに隠れているラニアンがしくしく泣き始めた。


「ひどい……フラウレスカ様、私はフラウレスカ様に階段から突き落とされそうになったのに……」

「最低な女だな、フラウレスカ。ラニアンはお前に殺されそうになったのだぞ! それに、大切な聖女の指輪を盗むなど!」


 スラーフが言うと、スラーフの取り巻きが、赤いルビーを嵌め込んだような聖女の指輪をスラーフに差し出した。


「貴様の部屋から見つかったそうだ。フラウレスカ、これでもまだなにもしていないと?」

「私は、なにもしていません」


 何もしていないのだから、そう言うしかない。

 晩餐会の場には、フラウレスカの味方はいないようだった。

 皆が遠巻きにフラウレスカを見て、口元を扇で隠しながらひそひそと悪口を囁き合っている。


「エルセツナ家は公爵をなくし、妾の子が継いだ。妾は元は汚らわしい酒場の女だったらしいな。貴様は公爵の愚行を咎めず、妾も、その子供さえ受け入れる考えなしの母親に育てられた娘だ。母も愚かなら、娘も愚かだな!」


 スラーフは嘲るように言って、大声でフラウレスカを嘲笑った。


「その女を連れていけ! 投獄し、しかるべき処罰を与える! 俺は真実の愛で結ばれた、聖女ラニアンと婚約をする!」


 フラウレスカの両腕を、貴族の息子たちが捻り上げ、大広間から連れていこうとする。

 

 ひたすら、耐えてきた。 


 母のように、立派な女性になりたいと願ってきた。


 怒っては駄目だ。全てを受け入れなければと、自分に言い聞かせて。


「──限界だわ」


 ぽつりと、フラウレスカが呟いた。

 フラウレスカの足下を中心に、ブワッと激しい突風が起こる。

 風はフラウレスカを拘束する男たちを吹き飛ばし、テーブルを吹き飛ばし、グラスを吹き飛ばした。


「な、なんだ……! いったい何事だ!」

「スラーフ様、怖い……っ」

「フラウレスカ、貴様一体、何をした!?」

「――精霊の加護。それが一体何なのか、王太子殿下でありながら知りませんでしたのね、スラーフ様」


 フラウレスカは両手を天井に向かって広げた。

 その中指に美しく輝く、海を凝縮して宝石にしてはめ込んだような指輪が現れる。


「精霊の加護とは、聖女の力とは、癒すものなどではありません。それは――この国を愚か者から守るためのもの!」


 フラウレスカの言葉と同時に、大広間の天井に、ばきばきと、べきべきと、ぼきぼきと、轟音を立てて大穴があく。


 そして――。


「きゃあああああっ!」

「うあああああっ!」

「サメ、サメよぉおおおっ!」

「サメだぁあああっ!」


 巨大なサメ、としか表現できないサメが、何匹も天井を突き破って落ちてきたのである。

 サメの尖った鼻先が、天井を破る。ギザギザで尖った凶悪な牙の生えた口が、貴族たちを追い回す。

 体に縋り付くラニアンを床に投げ飛ばし、逃げるスラーフを巨大なサメがぱっくりと食べた。


「ふふ……あはは……あはははっ! お母様を悪く言った罪よ! 私は何を言われてもいい、お母様への侮辱は許さない!」


 そう――フラウレスカは、生まれたときに精霊の加護を受けていた。

 いつでもどこでもサメの大群を出現させることができる加護を。


 何故サメかといえば、海の精霊エンヴィーザとフラウレスカとの話し合いで


『サメって強そうでしょ? サメ、いいよねフラウちゃん、ね、サメ』

「最高ですね」


 ということで、サメになった。

 サメは強い。サメさえいれば、大抵のことは解決できる。


「ぎゃあああああっ」


 とはいえ――フラウレスカは、血生臭いことを好まない。

 フラウレスカの出現させた幻のサメは、会場にお集まりの貴族とスラーフ、そしてラニアンに、サメに襲われるという恐怖だけ与えて、消えていった。


「――とうとう、やってしまいましたね、フラウレスカ」

「お母様!」


 阿鼻叫喚が終わり、天井が綺麗に剥がれ落ちて、死んではいないが気絶をしている貴族たちが床に転がる会場に、フラウレスカの母と国王夫婦が現れる。


「でも、よく耐えました。スラーフ様は、残念でしたが」

「駄目だったな」

「駄目でしたわね」


 国王夫婦が、フラウレスカの母と顔を見合わせて溜息をつく。


「駄目でした」


 フラウレスカも、深い息をついた。

 いつかはスラーフが自分で気づくだろうと、皆期待していたのだ。

 フラウレスカこそ聖女である。だから、スラーフの婚約者になったのだと。

 ラニアンは偽物で、指輪も魔法の力も、嘘で塗り固められた偽物に過ぎないと。


 少し調べれば分かることだった。王となるのなら、スラーフもそれぐらいは自分で気づかなくてはいけない、と。

 見守って、見守って、見守り続けて――その結果が、これだ。


「フラウレスカ! あぁ、やはりいいね、とてもいい……! やっぱり時代は、サメだよ!」

「お兄様!」

「スラーフ様の怯え方も、最高だった……! 序盤で女性といちゃついて、最初にサメに食われる役にぴったりだ! そう思わないか、ギルス!」

「そうだな」


 興奮気味に、フラウレスカの兄リンゼが現れて、その隣には見慣れない美丈夫の姿がある。


「……フラウレスカ。サメはいい。君の力を、是非、貸して欲しい」

「……あなたは」

「私は、ギルス・リスフェン。リスフェン皇国の第二王子ではあるが、現在は趣味で――映像を、作っている」


 リスフェン皇国は『機械』と『魔道』が組み合わさり、とても発展している国である。

 そしてフラウレスカは、商人として幾度もリスフェン皇国に通っていたリンゼと友人関係にあったギルスにスカウトされた。


 フラウレスカのサメの加護を使用して撮影された第一弾のサメ映画『空から降るサメと王子と晩餐会』は、空前のヒットを遂げたのである。


 フラウレスカのサメは、頭が二つに分裂したり、三つに分裂したり、機械になったりゾンビになったりと、様々な趣向を凝らすようになり――これが、海の精霊エンヴィーサをたいそう喜ばせた。


 スラーフとラニアンは懲罰をかねて何度もサメに食われる役を行い、今ではまず最初にサメに食われる役者として評判になり、フラウレスカとギルスとリンゼの共同映画会社は、大きく発展を遂げることになる。


 ごきげんな精霊のお陰で、グリンゲル王国は平和と豊穣を約束されて、フラウレスカは聖女として末永くたたえられることになる。

 嬉しそうに新種のサメを出現させるフラウレスカを、ギルスやリンゼ、エンヴィーザは、優しく見守り続けたのだった。



シャークネード。トリプルシャークネード。

お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] さ、サメはいい(洗脳)
[良い点] ざまぁで、サメが降る、とてもいいね!です。 [気になる点] 結局、婚約破棄はあったのかしら?と。 [一言] 面白かったです。
[一言] ついにサメを召喚するのが出てきたかあ・・・シャチの映画はなぜでないのか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ