第六話 年齢と性別を気にして
買い物の帰り道、ふと私は気になったことをアスターへ尋ねます。
「そういえばアスターはいくつですか?」
「僕、は」
アスターはとても言いづらそうに、ぼそっと答えます。
「二十……三」
二十三歳ですか、私よりも六つも年上ですね、と言おうとした矢先に、アスターは良心が咎めたのか訂正しました。
「ごめん、二十六」
どうやら、アスターは年齢のサバを読みたかったようです。
しかし、私は年齢を誤魔化す意味が分からず、とりあえず三つ足します。
「まあ。九つも違っていたのですね。道理で、とても立派な紳士に見えると思いました」
「……そ、そうかな。ははは、年齢は気にしないで」
「はい、分かりました」
アスターは年齢を気にしているのですね。そんなこともあるのでしょう、私は特に詮索しません。
ただ、アスターはもしかするととても気にしているのかもしれません。何となく、落ち着かない様子です。
しばらくして、アスターは思い切ってとばかりに、こう言いました。
「ミリーは、僕が男で、こんなに年齢も離れていることが、嫌ではないかい? 手紙ではできるだけ性別を意識しないようにしていたけど」
それはとてもセンシティブな話題かもしれません。性別を偽ること、それは紳士は紳士らしく、淑女は淑女らしく、という固定観念に縛られる貴族にとっては、ときに致命的な醜聞の種ともなりえます。アスターは決して偽っていたわけではありませんが、男性が恋人でもない女性と個人的な手紙のやり取りをするというのは、確かに公にはあまり好ましいことではありません。
だからアスターは気にしていたのですね。私が男性と手紙のやり取りをしていたと知って嫌ではないか、それも同年代ではなく範を示すべき貴族の年長者が身分も性別も黙っていた——ともすれば、そこに誠意がない、下心があったと解釈する人もいるでしょう。
十年も文通をしていたアスターが九つも上の男性ウィンズ公爵トワイス・ディズリーだったと知って、私がどう思うか。
そんなことは簡単です。誠意があり、下心はなく、誰かのために動ける方を、嫌いになれはしません。遠ざけようとも思いません。十年もの間、アスターはいくらでも甘言を用いて私を籠絡し、弄ぶことだってできました。男女の仲になりたければそのように仕向け、愛を語ることもできたはずです。でも、そうなってはいないのです。もしこれから邪心が、ということでも、アスターが今まで私の親切で誠実な文通相手であり、古い友人であった事実は消えません。過去と現在のアスターがどうであるかしか、私には分からないのですから。
「アスターは私の大切な友人です。性別も年齢も関係ありません。もちろん、アスターがよろしければ、ですが」
私の答えに、アスターはほっとしたようです。
「そうか、よかった。ミリーはいい子だね」
そういうところがまるで父親のようなのですが、アスターは気にするかもしれないので言わないでおきましょう。
「でも、アスターの手紙の文体や押し花は、上品で貴婦人のようでしたよ」
私は褒めたつもりだったのですが、アスターはこっそり照れていました。
「それは多分、祖母の影響で」
「まあ、アスターのお祖母様は素敵な方だったのですね」
「うん、そうだね、とても厳しくて優しくて、貴婦人の鑑のような人だったよ。元は隣国のイルベリア王国の第一王女で、古典文学に精通している人だった」
イルベリア王国、ここから東南の平原の国ですね。王家に忠誠を誓う多くの騎士団を擁することで有名です。もしかすると、隣国の公爵家に嫁ぐ王女に騎士がついてきた、なんて話が昔あったのかもしれませんね。それにしても、本当に王族との婚姻があるお家柄とは、何だか遠い世界の話のようです。イリアス侯爵家はあくまで国内貴族であり、そういう話とはずっと無縁でしたから、やはり家格が違います。
アスターをちょっと憧れの目で見ていると、突然、アスターは慌てて立ち止まりました。
「ミリー、こんなことを言うのは何だが、誰かに手紙の中身のことは教えて」
アスターは何を焦っているのでしょう、と私は呑気に考えてしまいましたが、そうです、さっきの話の続きです。上品な貴婦人からと見紛うようなアスターの手紙を、何かの拍子にウィンズ公爵の書いたものだ、と漏れてしまえば大変です。一歩間違えれば、公爵の名誉に関わります。
ただ、それは心配いりません。
「父と母にはよく見せていましたが、それ以外の方には見せていません」
「ああー……そう、だよね。得体の知れない文通相手なら、ご両親だって心配だろうし」
「この方なら大丈夫、と父も母も言っていました。誠実で教養のある方だと文章を読めば分かりますし、私を騙すならもっと甘言を用いるだろうから、って」
それを聞いたアスターは、何とも言えないはにかんだ顔で、天を仰いだり、うつむいてみたりを一通りしてから、頭を横に振りました。嬉しいのか悲しいのかは分かりませんが、ようやく気が済んだところで、立ち直ります。上品な微笑みを浮かべて、吹っ切れたように楽しいことに私を誘います。
「ミリー、キャンディは好きかい? あちらの通りにキャンディ専門店がある」
「はい、好きです。行ってみたいです」
「よし、行こう。好きなだけ買っていいよ」
ほら、そうやって私を甘やかす。
アスターは私を喜ばせることが上手です。キャンディ、キュリアにも買って帰ってあげないと。
丸いキャンディに飴細工にボンボン、どんな味で、どんな色をしているのでしょう。色々と想像が膨らみます。
今日は、たっぷり楽しいお買い物をする日のようでした。