05 初めての異能
まず初めに教わったのは、基本中の基本である「生霊力」の確認だった。
「生霊力」とは、この世界における異能力の根源を指し、「生霊力」が尽きれば生命活動も停止する——————つまるところ、心臓の生命力の役割を担っているという事らしい。
「生霊力」を酷使すればするほど己の生命力を削っていくことになるわけだが、それは睡眠だけで十分回復できるとのこと。
「生命力ってそんな簡単に回復するものなの?」と疑問に思ったが、そういうことらしいので改めて聞く必要もなかった。
また、年を重ねるごとに「生霊力」の生命力量は低下していき、「生霊力」が消えたその瞬間に死に至るという。
そこは、生態の一生涯と似ているような感覚がした。
「それじゃあ、メイジ。目を閉じて、「生霊力」を頭の中で思い描くように想像してみて」
いつもの調子でフランはそう言うが、「生霊力」という単語を今しがた聞いたばかりなのに、どう思い描けというのか。
だけど、真摯に教えようとしてくれているのに、やる気を削ぐようなことは言わない方が良いだろう。
とりあえず、俺はフランの言う通りに従い、目を閉じて「生霊力」とやらを頭の中で思い描くようにして想像してみる。
すると、何やら頭の中に文字が浮かび上がってきた。
「フラン、何か文字が出てきたんだけど、これが「生霊力」なのか?」
見たことのない異世界の文字なのに、なぜか読めてしまう。
フランが俺をこの世界の精神生命体として召喚したことが影響しているのだろうか?
まあ、そんなことはこの際どうでもいい。
今は自分の力を知ることの方が大切だ。
「そうよ、そこに三つぐらい単語が書かれてない?」
「三つ……」
彼女の言葉を深く噛みしめるように、俺は頭の中に浮かんだ三つの単語を探してみる。
「……なんか、三つじゃなくて七つぐらい単語が出てきたんだが。フランの言う三つがどこの三つなのか全然分かんない」
頭の中をフランに共有できない以上、下手くそな説明でもいいからちゃんと聞かなければならない。
疑問符を浮かべながら目を開いてフランの反応を窺うと、彼女は今までに見せたことのない表情をしていた。
見た感じでは、驚いているように見える。
「……メイジ、今、単語が七つあるって言った?」
面持ちは変えず、静かな声色でフランが俺に問いかけてくる。
「あ、あぁ、そうだけど。何か問題でもあったか?」
「……そう、今から私の言う通りにしてみて」
「わ、分かった」
一体何をされられるのだろうと不安を抱きながらも、俺はフランの続く言葉を待った。
「いい? 「生霊力」を表に出すようなイメージで「霊装」と口に出してしてみて?」
「わ、分かった。「霊装」!」
彼女から指示された通り、それとなくやって見せる。
だが、俺の声が辺り一帯に木霊しただけで、特に何も起こらなかった。
その状況に、フランは難しそうな表情を浮かべながら口を開く。
「……そう、ならいいわ」
「いや、何がいいのか全く分かんないんだが!? 俺は一体何をさせられたんだ?」
ただ一人で叫ばせたのだから、羞恥心をかき消すためにも何をさせられたのかはっきりさせておきたい。
すると、彼女は表情を崩すことなく淡々と告げてくる。
「本来、「生霊力」の効力は三つなの。だから、メイジも私と同じようにアナザー個体の可能性があった」
「一応聞くけど、結果は?」
「ダメね、私には遠く及ばないわ」
「一言余計なんだよな」
「ダメね、私には遠く及ばない」
「一言余計ってそういう意味じゃない」
アナザー個体の語源は「霊装」からきているようだ。
そして何となく予感はしていたが、俺はアナザー個体じゃなかったらしい。
七つの単語が思い浮かんだ時点で、心の中では少しばかり期待したんだが、やはり世の中そううまくはいかないようだ。
「アナザー個体の異能は生まれつき備わったものなの。良かったね、アナザー個体じゃなくて」
「いや、どちらかというと逆を望んでたんだけどな……」
フランは理解ができないと言った様子で可愛らしく首を傾げる。
まあ、アナザー個体でなかったのならこれ以上の話は正直どうでもいいんだが。
「それで、頭の中に浮かんだ「生霊力」を使うにはどうしたらいいんだ?」
「簡単よ、さっきの「霊装」と同じように「生霊力」を表に出すようにすればいいの。効力の詳細も書いてるはずだわ」
「分かった、やってみる」
俺は、「生霊力」を確認するために再び目を閉じる。
間もなくして、「生霊力」の効力の詳細が頭の中に表示された。
生霊力〝統合〟
<<効力>>
「生霊増強」……「生霊力」の大幅な増加。
「生霊吸収」……他の「生霊力」を吸収し、己の「生霊力」を回復。
「身体強化」……全ての身体能力が大幅に増加。
「思念伝達」……該当する人物に思念を送ることができる。
「自動」……「生霊力」を消費して自動行動モードに切り替えることができる。
「再現」……触れた「生霊力」をコピーすることができる。
「破滅の呪縛」……攻撃を無効化した上で、対象の「生霊力」を削ぎ落とす。
以上の力が、俺の「生霊力」〝統合〟の効力らしい。
その名の通り、確かに色々な力が統合されており、どういった工程を経て厳選されたのかは皆目見当もつかないが、使い方によっては恵まれた力なのかもしれない。
いや、アナザー個体じゃなかったとはいえ、効力を七つ持っている時点で恵まれているか……。
「よし、効力の内容は大体把握できた。あとは実践経験を積めればいいんだが……」
「私と、やってみる?」
「……」
フランの発言に、思わず思考が固まる。
そして俺は、彼女の意思を確かめるべくゆっくりと尋ねてみた。
「……それ、マジで言ってるのか?」
「超マジよ」
「使い慣れる前に、殺される未来しか見えない……」
「大丈夫よ、殺すことは絶対にしないから」
「いや、逆に殺すようなことされたら困るんだけどな」
どんな目に遭わされるか分かったものじゃないので、フランを練習相手にするのは却下だ。
まあ、実践経験は後からいくらでも詰めるはずだから、今は初歩的な「生霊力」の使い方を試すだけにしておこう。
そう思って、上から順に試して行こうとした矢先、その時は突然やってきた——————
「グルルルルルル……」
背後からのプレッシャーを感じ取って咄嗟に振り向くと、そこには先ほどと同じサーベルタイガーがもう一頭。
氷漬けにされた仲間の復讐にでも来たのか、そのプレッシャーは桁違いに強力だった。
「ちょうどいいわ。さっそく実践しましょう」
「……初めての戦闘にしては、いきなりレベル高くないか?」
敵の全長が三メートル級なのに対して、俺の身長は一メートル級。
体格差は見るまでもなく明らかだった。
だけど、この程度のプレッシャーに怖気づいているようでは、この世界で生きていくのは厳しいだろう。
大丈夫、こいつはフランよりもかなり弱い、かなり弱いんだ……。
平常心を保てるよう、必死になって自分に言い聞かせる。
すると、自分の中にあった恐怖心はいつの間にか消えていた。
「……よし、大丈夫そうだ」
「大丈夫よ、そこまで強くない相手だもの」
「それはフランにとっての話だろうよ」
ツッコミを入れられるほどの気持ちの余裕も出てきたことだし、今ならサーベルタイガーを倒せるかもしれない。
俺は〝統合〟の中にあった「自動」を使ってみる。
「生霊力」がどんな効力を秘めているのかを知るにはもってこいの力だ。
身体の底から力が抜けていくこの感じ……これが「自動」なのだろうか?
良く分からないが、危機感を覚える感覚だった。
「グルァァァァァァ!」
けたたましい咆哮を上げながら、サーベルタイガ―が怒りを剥き出しにして突っ込んでくる。
敵の動きが鮮明に見える、敵の視線の先が良く窺える。
その殺意に満ちた怒りの瞳には俺——————ではなくフランが映し出されていた。
そうか、こいつはきっと仲間の仇を討ちに来たのだ。
仲間を討った仇は、フランを殺すことによって達成させられる。
だとしたら、俺のやるべきことは変わらない。
「フラン、俺の後ろに隠れててくれないか?」
「もう、隠れてるわ」
「そ、そうか。ならそのまま隠れていてくれ」
確か〝統合〟の中に、攻撃を無効化して、相手の「生霊力」を削り落とす力があったはずだ。
効力の総称は——————「破滅の呪縛」。
今はこの力を使う以外考えられない。
そして、サーベルタイガーが剥き出しになった牙でフランもろ共喰らい尽くそうとしたその瞬間に、俺は「自動」の最良の一手として「破滅の呪縛」を使用した。
サーベルタイガーに向けて手を翳し、瞬く間にサーベルタイガ―の鼻先が手に触れる。
するとサーベルタイガーの肉体は後欠片も残すことなく、まるで風船が割れたかのようにパンッと消滅した。
体感覚にして、わずか数秒の出来事だった。
「……え。え……は?」
思いもよらぬ事態に困惑していると、俺の背後に隠れていた彼女が平然とした口調で言葉を放つ。
「合格ね、私から教えられることはもう何もないわ」
「いやいや、少しは目の前で起こった事態に驚いてくれないか!? 「破滅の呪縛」の「生霊力」を削り落とすっていきなり全部削ぎ落しちゃうのか?」
「そんなの、メイジの力なんだから知らないわ」
フランが正論で反論してくる。
でも、フランの言う通り、この力の所有者は俺だ。
俺が知らないのにフランに聞こうとするのは、誰がどう考えても間違えている。
ともあれ、「破滅の呪縛」と「破滅の呪縛」を躊躇なく選択する「自動」は使用時を考えた方が良さそうだ。
「そ、それじゃあ、この後どうしようか。フランはどこか行きたいところとかある?」
「特にないわ」
「そっか、それじゃあ……」
コミュニケーションの練習が思う存分できる国とかに訪れるのが一番いいのだろうけど、フランの立場から考えると、それは避けた方がいいに決まっている。
とすると、俺たちが次にすべきことは——————
「とりあえず、適当にぶらぶら歩こう。誰かに出会えば最低限のコミュニケーションの練習にはなるだろうしな」
「そうね、わかったわ」
そして、俺とフランは目的地のない旅路へと足を踏み出した。