20 アナザー個体
ジューンたちとの夕食会を終えた俺たちは、一日の疲れを癒すために宿屋を訪れていた。
夜も遅かったことだし、空き部屋があるかどうか多少不安だったが、運が良いことに空き部屋がちょうど二つ空いていた。
部屋割りはもちろん、俺が一人でフランとアイラが同部屋である。
最初は金銭の節約とか言ってフランとアイラが三人同部屋を希望したが、すぐさま却下してやった。
というのも、同じ空間で女の子と一夜過ごすなんて心臓が持つはずがないし、何より純粋に居心地が悪いからだ。
せっかく安心して休めるのだから、変な気は遣いたくない。
それで金銭をケチることなく、二部屋借りることにしたわけなのだが——————
「どうして、お前らがここにいるんだ……」
宿屋に備え付けられていた大浴場から戻ってきたら、なぜか俺の部屋に女の子が二人。
彼女らも俺と同じように風呂上りなのか、見たことない花柄の刺繍が施された浴衣を着ていた。
フランは水色、アイラは紺色、と各々の「霊装」の雰囲気を匂わせた浴衣である。
「おかえり、遅かったね」
「お待ちしておりました! メイジ様にお聞きしたいことがあってお邪魔しています!」
敷かれた布団の上で正座するフランたちは、俺の帰りに気が付くなり平然とした態度で口を開く。
「いや、まず確認したいんだけど、俺部屋の鍵掛けてたはずだよね? 女将さんに頼んで開けてもらったの?」
「そうよ、メイジに話があるって言ったら親切に通してくれたわ」
「いや、親切に通されたら困るんだけど……一応、今だけ俺のプライベート空間だからな?」
どうして女将さんは知り合いとはいえ俺に許可なくフランたちを部屋に通してしまったのだろうか?
と、一度は考えたが理由なんて一つ以外考えられない。
きっと、アナザー個体に頼まれて断りたくても断れなかったのだろう。
フランはきっと勘違いをしていて、恐らくは親切に通されてないはず……。
「でもフラン様、女将さん酷く怯えた表情してましたよ?」
「それはアイラの勘違いよ。だってすぐに通してくれたもの」
「いや、すぐに通された原因明白じゃね?」
やはり、フランが怖くて通してしまったらしい。
怖い思いをさせてしまったこと、今すぐに謝罪しにいかないと。
そう思い至って部屋を出ようと踵を返そうとしたところで後ろから声を掛けられた。
「もう遅いですし、今謝罪に行かれるのは絶対にご迷惑ですよ! 明日の朝に行かれることを強くオススメします!」
「……それもそうだな」
考えを改め直し、俺は二人が鎮座する布団へと近づいていく。
「よし、二人も早く部屋に戻ろうか。人に迷惑はかけられないんだろ?」
「それはそれ、これはこれです! それに、私たちはメイジ様がお戻りになるのをずっとお待ちしてたんですよ?」
「メイジはすでに私たちに迷惑をかけたわ。だから拒否権はないのよ」
「女将さんに迷惑かけたフランさんには言われたくないんですけど!?」
すると、フランたちが人差し指を立てて可愛らしく「しぃ」と仕草する。
自覚はなかったが、声が大きかったらしい。
何はともあれ、話を聞かないと部屋から出て行かないと言うのなら聞かざるを得ないだろう。
俺は二人の話を聞くべく、静かに布団の空いたスペースに座り込んだ。
「メイジ、興奮してるのね」
「フラン、次変なこと言ったら強制的に部屋から追い出すからな?」
「できないのに? どうやって?」
「うっ……」
俺が無理やり追い出すことができないと踏んで、フランが的確なところを叩いてくる。
だがな、俺だってやる時はやる男なんだぞ?
その気になればいつだって追い出せるが、可哀そうだからやめてあげているんだ……。
俺が寛容な性格だったことに精々感謝するんだな。
「それで、話って一体なんだ?」
「ほら、できない」
「……いいから、話を聞かせてください」
「あははは! メイジ様って本当にフラン様に弱いですよね!」
何がそんなに面白いのか、アイラは俺たちのやり取りを聞いて爆笑している。
俺からしたら、これっぽちも面白くないのに。
「夜も遅いですしさっそく話を進めますね? まず初めに私の価値観と世界の価値観が食い違いになっている件についてです!」
「アイラの価値観と世界の価値観の食い違い? 夜分遅くに何を話すのかと思ったら、随分とスケールのデカい話をするんだな」
「そこまでデカい話でもないわ。だって、アナザー個体についてだもの」
俺の頭の中にふと疑問が浮かんだ。
最初からアイラがアナザー個体の価値観の差異についてと述べていれば、俺がスケールのデカい話だと勘違いせずに済んだのである。
それに、アナザー個体について討論するのであれば必然的にその単語を口にするはずなのに、アイラはアナザー個体という単語を口にしなかった。
ジューンたちと食事をする前も、アイラはアナザー個体を世界の救世主とか言っていたし、これは何か裏がありそうだ。
「それで、アイラが考えるアナザー個体の価値観と世界が考えるアナザー個体の価値観はどう違うんだ?」
「そもそも、私の知る世界ではアナザー個体って単語は存在していなかったのです!」
「……ほう」
衝撃的すぎるカミングアウトに思わず間の抜けた声が口から漏れる。
そんな俺を他所に、アイラがテンポよく話を進めて行く。
「詳しい話はフラン様から聞きました。聞いたところ「アナザー個体」は蔑称——————いわゆる差別用語として用いられているようですね。私の知る時代では考えられないことです!」
「……えっと、つまりはアイラが最後に覚えている世界から今の世界になるまでの間に何かがあったってことか?」
「恐らくはその可能性が高いと思われます!」
ようやく、今までの話が繋がった。
アイラが知る最後の世界情勢は、強大な力を有する個体は世界の救世主のように崇められていた。
しかし、何かしらの事件をきっかけに、強大な力を有する個体は嫌悪的な意味を込めて「アナザー個体」と呼ばれるようになった……と。
そしてその何かしらの事件というのが、何者かが引き起こした一国の壊滅事件。
なるほど、これで「アナザー個体」と呼ばれるに至るまでと壊滅事件の関係性が、改めて明らかにされたわけだ。
「まあ、要するにアナザー個体と呼ばれる私たちはこれからどうしましょうかって話をしたかったわけです」
「そういうことか……。とりあえず、その「アナザー個体」という汚名を返上するのがこれからの目標でいいんじゃないかなと俺は思うんだが」
「なるほど、シンプルでいいですね」
「要するに、これまで通りね」
フランとアイラは反論を述べることなく素直に賛同する。
なら、この後することは必然的に決まったも同然だ。
「よし、今後の方針が無事決まったということで……解散!」
パンッと手を一回叩き、解散の合図を二人に送る。
だが、二人はその場から一歩も動こうとしない。
「あ、あの、解散……です……」
「うん、聞こえてるわ」
「えっと……部屋に戻らないの?」
「はい、私たち今日この部屋で寝ますから」
「……ふぅ」
二人をすぐにでも部屋へ帰らせたい気持ちを抑えて、一度深呼吸する。
落ち着け、ここで慌てふためいたら二人の思うツボだ。
ここはあえて二人の話に合わせておくとしよう。
「分かった、それじゃあ早く寝なさい」
「は~い!」
「お休み、メイジ」
二人は俺が使うはずの布団に仲良く潜り込み、部屋の灯りを落とす。
それから三十分経った今、二人は布団の中で規則正しい寝息を立てながら瞼を閉じている。
「あれ、もしかして俺、やらかしたんじゃね?」
二人の部屋の鍵の在処が分からない。
俺の布団は二人に占拠されている。
全ての現状を把握した時には、全てが手遅れだった。
これにて1章完結になります!
最後まで読んでいただきありがとうございました!
新作として「英雄公A」を更新予定です!
悪役皇子が英雄公Aとして活躍する物語になります!
少しでもご興味を持っていただけましたら、読んでいただけると幸いです!
今後ともよろしくお願いします!




