19 帰ってきました
「アマノサキ洞窟」を無事に抜け出した俺たちは、「ガパゴス王国」へ向けて歩き出していた。
陽の光は完全に消え、森林一帯は暗闇の世界へと変貌している。
だが、今の今まで洞窟の中にいたせいか視界が悪いとは思わなかった。
むしろ幾分かマシになったぐらいだ。
まあ、そんな暗闇の中を歩き続けること二時間ぐらい経過した頃、俺たちはようやく「ガパゴス王国」へと辿り着いた。
街並みにはすでに綺麗な光が灯されており、安心感だけが俺の胸中にゆっくりと広がっていく。
これが「帰ってきた」という感覚なのだろうか?
平和な世界で生きてきた俺には、初めて感じる不思議な感覚だった。
「へぇ〜、これが人間の街ですか! 思ったより活気に溢れているんですね!」
アイラがキョロキョロと街を見渡しながら感想を述べる。
俺が最初にここを訪れた時は、自分の知らない異国の街並みに感激を覚えたものだが、天使の感覚はどこか違うらしい。
まあ、今まで「天珠」の中で眠り続けていたのだから、アイラの瞳には全てが未知のモノに映るのも当然といえば当然の話だ。
「活気に溢れてるのは一部の人間だけよ」
「それは、どういうことですか?」
「そのままの意味よ」
「……なるほど、よく分かりませんね」
「ほら、さっさと行くぞ」
これ以上フランに口を開かせると、「それは許せません!」とか言ってアイラが「ガパゴス王国」を滅ぼしかねない。
「アマノサキ洞窟」で見せた「聖炎」なら、この辺りを一瞬で焼け野原にできるだろう。
もしかしたら、それ以上の力を隠している可能性だってあるわけで——————
「難しい顔してますけど、どうかしましたか?」
俺のことを心配したアイラが優しく声を掛けてくる。
「い、いや、何でもない」
「そうですか? ……もしかして、私のことで悩んでたとか!?」
「それはないから安心しろ」
普通にアイラのことを考えていたが、それを正直に言うと調子に乗りそうなので嘘を吐いておく。
すると、アイラは膨れっ面をしながら言葉を綴った。
「むぅ、少しは私のことで悩んでくれてもいいんじゃないですか?」
「まあ、気が向いたらな。とりあえず、アイラは戦神之天使の力は極力隠せよ? 約束な」
「了解であります!」
アイラが綺麗な敬礼をすると、背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「おぉ! 無事に帰ってきたか!」
「無事でよかったよ~」
後ろを振り返ると、ジューンとメイがこちらに手を振りながら駆け寄ってきていた。
でも、一体どうして俺たちの居場所が分かったのだろうか?
その疑問を悟ったかのように、隣に控えていたフランがゆっくりと唇を開いた。
「私たちは、目立つ存在だから」
「あぁ、そういうことか」
確かに、「霊装」を纏うアナザー個体は周囲の目からしてかなり目立つ存在だ。
それが二人もいようものなら、噂が伝播して彼らの耳に入るのも時間の問題だった。
「そうです! 何だって私たちは世界の救世主なんですから!」
「……救世主?」
誇らしそうに口を開くアイラを他所に、俺とフランは互いに首を傾げていた。
だって、アナザー個体は恐怖の象徴と世界から嫌われた存在。
救世主と呼ばれるには程遠い存在なのに、なんでそんな解釈に至るのだろうか?
これは、詳しい話を聞く必要がありそうだ。
「ずっと待ってたんだぜ! 酒の席はもう用意してるから早く行くぞ!」
ジューンが俺の元へ駆け寄ってくるなり首に腕を回してくる。
それから少し遅れてメイが到着するなり、俺はあることをジューンに尋ねた。
「あれ、ジュライさんはどうしたんですか?」
「あぁ、あいつは席の確保役として置いてきた」
「そうなんですね、いつまでも待たせるのも悪いので早く向かいましょう」
「フランさんも、無事で……」
メイはフランにそう言いかけて言葉を詰まらせた。
視界の先はフランを見ているようで見ておらず、少しだけ隣を見ている気がする。
そして、アイラの近くにいたジューンもようやく彼女の存在に気が付いたのか、大声を上げながら腰を抜かした。
「うおっ! だ、誰!?」
「私ってそこまで影が薄いですか!?」
「いや、アルガトロフを倒しに行ってるのに、新たな仲間を連れてくるなんて……」
ジューンの気持ちも分からなくもない。
俺とフランは天才級モンスターのアルガトロフを討伐しに行ったのである。
それなのに、なぜか仲間が一人増えていたらそういう反応にもなる。
「お、おい! メイジちょっとこっち来い!」
ジューンに成されるがまま、俺はフランたちに声の届かない距離まで連れて来られた。
「あの、何か?」
「何か? じゃないだろ! アルガトロフを倒しに行ってたんじゃないのか?」
「行ってました」
「それじゃあ、幼女と一緒に帰ってきたのはどういうことだ!?」
「それはですね……」
アイラの正体が|戦神之天使《ミカエルだということは、いくらジューンでも話すわけにはいかない。
だとすれば、無難にアイラが困っているところを俺が助けたでいっか。
テンプレの理由だからこそ、ジューンも納得してくれるだろう。
「困ってるところを俺が助けたんですよ。そしたら仲間になったといいますか……」
「そんなお約束みたいなことが本当に実現するのか?」
「それが事実なんですから、これ以上は何もでませんよ?」
「クソッ! 俺が助けていれば、あの幼女は俺の仲間になっていたというわけか……!」
何を言ってんだ、もしかしてこの人……いや、考えるのはよそう。
まあ、もしあの場にジューンが赴いていたとしても、「天珠」からアイラを解放できなければ彼女に会うことは絶対にできないんだが。
まあ、これ以上は余計な事を言ってしまう気がするので笑って受け流すことにした。
「話、終わった?」
「あ、あぁ、ごめんね。疲れてお腹空いたよね」
「うん、早くみんなでご飯」
「よし! それじゃあ、行こうか!」
そう言って、ジューンが先陣を切って酒場へと案内してくれる。
お酒ってあんまり飲んだことないから、悪酔いしないだろうか今から心配だ。
「何の話してたんですか?」
アイラが興味津々な様子で俺の隣へとやってくる。
もちろん、無表情のフランも一緒だ。
「何の話してたの?」
「まあ、色々だよ」
「む、怪しい! 怪しすぎます!」
「何の話をしてたの?」
これは、ちゃんと答えるまで追求が続きそうだ。
それはそれで面倒なので、俺は渋々答えることにした。
「……普通にアイラとどう出会ったのか聞かれただけだよ」
「……嘘ね」
「はい、これは嘘ですね! そういう顔をしてます!」
「いや、嘘じゃないって」
「私には分かるもの。メイジは今、嘘を吐いてるわ」
「ですね、なぜそこで隠したがるのか不思議でしょうがないです!」
俺の言ったことを全く信じようとしない二人。
まあ、俺は真実を言っただけだし、誤解させたままでいいか。
それから間もなくして、俺たちは酒場へと辿り着いた。
建物の景観と雰囲気からして人生勝ち組の巣窟だ。
果たして、俺は無事溶け込むことができるだろうか……。
「それじゃあ、入るぞ」
そう言ってジューンが扉を開けた途端、耳にもしたくない怒声が聞こえてきた。
「あぁ? テーブル席満席ってどういうことだよ! なんで一人客がテーブル席使ってんだぁ? カウンター席で良いだろうがよ!」
「も、申し訳ございません……」
「お前、本当に頭がワリぃな~? だったら一人客を全員カウンター席に移動させろや!」
「も、申し訳ございません……」
ガラの悪い男二人が一人の女性店員を責め立てている。
どの世界にも悪質なクレーマーっているもんなんだな。
そんなことを思いながら、俺は二人へと近づいていく。
「ワリぃと思ってんなら、さっさと対応しろや!」
一人の男が女性の頭を引っぱたこうとしていたので、俺は「身体強化」を施して咄嗟に男の腕を掴んだ。
「あぁ? 誰だテメェ」
「すみません、ジュライさんが一人で先に席についてると思うので案内してもらってもいいですか?」
男の言葉を無視して、俺は女性店員に微笑みかけながらお願いをする。
その行為が二人の男の怒りの火に油を注いだのは言うまでのない話だ。
「クソガキが! 調子こいてんじゃねぇぞ!」
「テメぇ! この場から消え失せろや!」
そう言いながら、二人は俺を目掛けて女性店員の分の怒りも乗せた拳を突き出してくる。
「身体強化」をしているから、彼らの動きがスローモーション――――――いや、止まって見える。
だからこそ、彼らの攻撃を受け止めることは造作もないことだった。
しかし、俺は何もしなかった。
というのも、俺が直接手を下すよりも先に彼女が——————フランが動いていたからだ。
彼らの足と腕が動かないようにとうまく氷漬けにしていた。
「な、なんだ! 何が起こったんだ!?」
「お、おい、あそこにいるのって……」
一人の男が恐怖に染まったような声色でもう一人の男に尋ねると、もう一人の男は顔面蒼白にしながらも慌てた様子で口を開く。
「な、なんで「爆氷の女王」がここにいるんだ!? アナザー個体が来れるような場所じゃないはず……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「酒場に来るのにアナザー個体だろうとなかろうと関係ないだろ。むしろ、悪質な事しかできないお前らがどうして「アナザー個体」よりも優遇されるんだ? 俺が言えることはただ一つ——————」
「生霊増強」を使い、全身にプレッシャーを乗せた闇色の稲妻が迸る。
「——————今すぐ帰れ。お前らのせいで飯が不味くなる」
「破滅の呪縛」が、二人の動きを同時に止めていた氷を一瞬にして消し去る。
そして、二人の男は逃げるようにして酒場を飛び出して行った。
一件落着……とはいかないだろう。
気が付けば、店内の客の視線を全て集めていた。
俺は全ての力を解除して、深々と頭を下げる。
いくら悪質クレーマーを追い払ったとはいえ、アナザー個体であるフランと一緒に店内で揉め事を起こしたのは事実だ。
追い出されても仕方がないだろう……と思っていたが、なぜか店内は一瞬にして歓喜の声で染まった。
「あ、あの! 助けてくださりありがとうございます。私、凄く怖くて……」
女性店員さんは、涙目になりながらも俺に感謝してくる。
その様子を見た客が、「カッコいい~!」とか「こりゃ惚れちまうわ!」とか冷やかしてくる。
酔っ払いが多いのだろうか?
とりあえず、居心地が悪いので早く席に案内してもらいたい。
「当然のことをしただけですよ。それより、ジュライさんのいる席は……」
「あ、はい! どうぞこちらへ」
店員さんに丁寧に案内され、ようやく俺たちは食にありつけるのだった。




