17 出会い
「俺に、興味がある……? 嘘を吐くならもう少し真面な嘘を吐いた方がいいぞ? お嬢ちゃん」
俺に興味があるとか絶対に嘘だ。
少女の些細な動きを見逃すまいと、相手の出方を慎重に窺いながら逃げる態勢を取る。
もし、少女の話が本当なら外見が幼くても相手は戦神之天使。
一説によると最も戦いに長けた天使だと言うのだから、交戦するよりも逃げる方が正しい判断と言えるだろう。
少女が一歩、また一歩とゆっくり近づいてくる。
それに合わせて、俺とフランは一歩、また一歩とゆっくり後ろに下がっていく。
「酷いです! いたいけな女の子から距離を取るなんて! それより、このままだと落ちちゃいますよ?」
「その心配はない」
彼女の動きに警戒しながら、俺はフランを抱えて後方へと大きく下がった。
すると、少女は不服そうに頬を膨らませている。
「……メイジ、大胆ね」
「俺だけ逃げるわけにはいかないだろ? いざとなったら「生霊増強」からの「身体強化」で全力で逃げるぞ」
「それじゃあ、これをあげる」
そう言って、フランは彼女の動きを警戒し続ける俺の口に「回復薬」を無理やり突っ込んできた。
本来なら、強引に口に入れられた飲料を咳き込みながら吐き出すところだが、それをグッと堪えて飢えた獣のようにグビグビと体内に取り込んだ。
これで「生霊力」切れの心配はないだろう。
「そんなに警戒しなくても……。私は二人に危害を加えたりしませんよ?」
少女は俺たちの後を追うようにして、ふんわりと地に足を付ける。
「そんなこと、俺たちには分からないじゃないか」
「メイジ、一応話だけでも聞いてあげよ?」
「いや、いきなりどうしたんだよ」
「よく考えてみて。この短い間で、彼女が私たちに危害を加える機会はいくらでもあったわ」
「それは……」
言われてみれば、確かにそうだ。
いきなり俺の背後に現れた時だって、危害を与える絶好のチャンスだったに違いない。
なのに、少女は俺に手を出してこなかった。
だとしたら、本当に少女は俺たちに危害を加えるつもりはないのかもしれない。
「それに、あの子今にも泣き出しそうだわ」
「……え?」
フランの発言を受けて少女の方に視線を向けると、確かに少女はうるうると目に涙を滲ませていた。
何だろう、急に罪悪感が……。
「あと、「生霊力」を回復させたから、いざとなったらいくらでも対処可能よ」
「……お前、そこまで見込んで俺に「回復薬」を?」
「……そうよ」
「今、絶対嘘吐いただろ。嘘は嫌いなんじゃないのか?」
「自分が言う分には問題ないわ」
「普通に質が悪いな」
そう言いながら、俺は腕の中で抱えられていたフランをゆっくりと地に降ろす。
そして、少女はすこぶる嬉しそうに微笑みながら口を開いた。
「聞く耳を持っていただきありがとうございます! にしても、二人はとっても仲がいいんですね! 私とも仲良くしていただけませんか?」
「まずは、俺に興味があるって話を聞かせてもらっても良いか? 話はそれからで」
「分かりました! それではなぜ私があなたに興味があるのか簡単に説明しようと思います!」
微笑む少女は、俺たちに向かってゆっくりと近づきながら言葉を綴った。
「いきなりで困惑されると思いますが、私はあなたによって召喚されたのです!」
「本当にいきなりだな……。でも、俺はお前を召喚した覚えはないし、そもそも召喚主が一人だと精神生命体しか召喚できないんだろ?」
この世界に存在する精神生命体はスライムしかいないとフランから昨日教わったばかりだ。
その常識に則り、俺が天使である戦神之天使を召喚したとは正直考えられない。
「確かに、召喚主が一人だと精神生命体のスライムしか召喚できません。ですから、あなたはそれとは違う別の形で私を召喚したのです!」
「うん、言ってる意味が分からん」
「とりあえず、上を見てください!」
少女に促されるように上を見てみると、そこには直径十メートルぐらいの大きな金塊が天井の壁から顔を覗かせていた。
「あれは、一体……」
「「天珠」ね」
「「天珠」?」
「はい! 数ある洞窟のどこかに存在する神域からのお守りみたいなものです!」
「神域からのお守り……。この世界の魔族的な存在から守ってるみたいなものか?」
「平たく言えばそんな感じです! 露呈した原因は心当たりありますよね?」
「……あぁ」
「天珠」の位置的に考えて、アルガトロフの光線で弾き飛ばされた時の放射角度で間違いない。
どうやら、あの一撃で「天珠」が露呈してしまったらしい。
「今の「天珠」は丸裸状態で、魔物の侵食を受ければ簡単にその守りの効力を失ってしまいます!」
「でも、「天珠」が露呈する前からアルガトロフはここに住み着いていた。「天珠」って魔族的な存在から守る効力を秘めてるんだろ? それはどういう事なんだ?」
アルガトロフは天災級モンスター……つまり、魔物だ。
「天珠」の効力が働いているのなら、ここにアルガトロフが住み着くことは絶対にありえないはずなのである。
だが、アルガトロフは「天珠」のあるこの洞窟に住み着いていた。
少女の話と事実には、明らかな矛盾が生じていた。
「私にも、それは分かりません。「天珠」のあるこの洞窟になぜ魔物が住み着いたのか……」
「まあ、「天珠」が侵食される前に討伐できて良かった。だが、「天珠」と俺がお前を召喚したって話とはどう関係してるんだ?」
「「天珠」にはそれぞれ天使が眠っていて、ここの「天珠」には戦神之天使である私が眠っていたわけですが、そもそも「天珠」から天使を召喚することは不可能に近いのです。しかし、私はあなたの「生霊力」に強い反応を起こして召喚された」
つまり、「生霊力」を使った俺が「天珠」で眠っていた戦神之天使を召喚した……と?
イマイチよく分からない。
そもそも、なんでアナザー個体でもない俺の「生霊力」が「天珠」を反応させたんだ?
告げられた話に疑問視を浮かべていると、少女は俺の考えを悟ったように口を開く。
「「天珠」から天使を召喚するトリガーは私もよく分かっていないのですが、一つだけ考えられる可能性があります——————」
そして、少女は俺の胸に人差し指を立てながら言葉を綴った。
「——————あなたの「福音之天使」の加護が、私をこの世界に召喚するトリガーになった。そう考えるのが妥当なところです!」
「……へ?」
思いもよらなかった展開に、間の抜けた声が口から漏れる。
そんな俺を他所に、少女は淡々と話を進めていく。
「本来、「天珠」で眠っている天使が誰かに加護を与えることは不可能です! 天使自らが対象に直接触れない限り、何人足りとも天使の加護を受けることはできないのです!」
「で、でも、俺は「福音之天使」とやらに接触した覚えはないぞ? 戦神之天使の勘違いじゃ……」
「同じ天使の「生霊力」を、戦神之天使である私が見誤るとでも言いたいのですか?」
「普通にありえないですよね……」
だとしたら、どうして俺に「福音之天使」の加護が備わっているのだろうか?
直接触れない限りという戦神之天使の話から推測して、最も考えられるのは——————
「フラン、お前……」
「私は天使の力持ってないわ」
「即答!」
「フフ、もし仮に彼女が天使の力を持っていたなら、私はあなたじゃなく彼女に召喚されていたはずですよ!」
「……あ、そっか」
彼女に笑われてしまった。
普通に考えれば分かることなのに、フランに変な事聞こうとした自分が恥ずかしい。
とりあえず、羞恥を忘れるために違うことを考えるとよう。
そう思い、何か考えようとして、ふと少女の容姿に目が留まった。
整った顔立ちに綺麗な桃色の綺麗な長髪。そして———————
「……!」
俺は少女の服装に思わず目を疑った。
頭に深々と被る紺色のキャップにマントのようにして羽織る同系色の上衣。
その衣装デザインは、まるで元いた世界の「軍服」を彷彿とさせる。
この世界に軍服が存在するのか!
「……? どうしたんですか、私の服装変ですか?」
「いや、最高にカッコいいと思うよ」
「えっへん! そうなのです! この服装は私のお気に入りなのです!」
少女は、腰に手を当てながら自慢げに胸を突き出す。
良かった、思ったより扱いやすい子で。
「とりあえず、脱線した話を元に戻します! 普通、天使の加護を受けた者は何かしらの効力を持っているのですが、あなたにはそれが一切ない。真相は謎に包まれているのです!」
「知らない間に天使の加護を受けている、しかも効力はないときた……確かに謎だな」
「ですから、私はあなたに興味を持ったというわけなのです!」
なぜ俺が接触したことのない「福音之天使」の加護を持っているのか、更にはその加護に効力がないのかが気になる……か。
俺的には、天使の加護が発動していなくても戦神之天使みたいに天使を召喚できるのであれば特に気にはならないのだが、どうやら戦神之天使様はそうはいかないらしい。
「今更だけど、召喚されて困ることってあるのか?」
「召喚においては特に問題はないです! むしろ色々と遊べそうなのでラッキーです!」
「そうか、ならよかった」
「はい! 強いて言うなら寝泊りするところがないことぐらいです!」
「……あ、そうなんだ」
もしかしたら俺は、余計なことを聞いてしまったかもしれない。
とりあえず、アルガトロフの素材を持ち帰ってジューンたちに討伐達成の報告をしに行くとしよう。
「そ、それじゃあ、俺たちは素材の回収を終えたら帰るから」
「え!?」
「え!?」
少女と俺が交互に驚きの声を漏らす。
「私があなたに興味を持った話をしたら、仲間にしてくれるって約束だったじゃないですか!」
「いや、仲良くしてくれって言わなかったっけ?」
「私にとっては同義です! そんな、酷いです……あんまりです……」
膝から崩れ落ち、恨めしそうにこちらの様子を窺っている。
これ、俺が悪いのかな?
でも、無意識とはいえ俺が勝手に「天珠」から召喚したのだ。
やはり、それ相応の責任は取らなきゃダメだろう。
「わかった、その代わり一つだけ条件がある」
「わかりました! 何なりとお申し付けください、ご主人様!」
目をキラキラと輝かせながら、彼女は飛ぶようにして立ち上がった。
「やっぱり、条件を二つにして、まず一つ目はそのご主人様をやめてもらおうか?」
「えぇー、せっかく気に入っていたのに……。それじゃあ、メイジ様?」
「うん、まだそっちのほうがいい」
少女にご主人様と呼ばれるのは、何だか悪いことをしてる気分になるからな。
「それで、もう一つの条件というのは?」
「あぁ、外に出たときに戦神之天使って呼ぶと色々と問題だろ? だから、名前を考えてくれないか?」
「メイジ様とフラン様が考えてくれるのではないんですか?」
「いや、俺たちは……」
そう言いかけたところで、フランが忽然と口を開く。
「アイラ……それがあなたの名前よ」
「アイラ……。うん、いいんじゃないか? 名前と雰囲気は合ってるし」
「私もそれがいいです! 〝戦神之天使〟改め、このアイラ、一生お二人について行きます!」
目を輝かせたアイラが俺とフラン交互に握手を交わす。
こうして、〝戦神之天使〟アイラが仲間に加わった。




