16 アルガトロフ戦
「解炎薬」を飲み、薙刀を構える俺を他所に、フランが橙色の光液が走る壁に「爆氷壁」を展開する。
だが、ここで問題が一つ発生した。
「メイジ、「爆氷壁」を張り続けなければ一分も経たないうちに溶かされてしまうわ」
アナザー個体であるフランの「爆氷壁」でさえ一分も経たないうちに溶かされてしまうとは……相性最悪も関係しているだろうけど、流石は天災級モンスターと謳われるだけのことはある。
しかし、どうしたものか。
「解炎薬」を飲んだ俺と「状態異常無効」のフランが火傷を負うことはまずないのだが、問題なのはそこじゃない。
「グルァァァァァァァァァ!」
アルガトロフが俺たちに向かって咆哮すると、痺れるように身体の自由が効かなくなる。
痺れが解けたと思ったら、今度は全身に酷い倦怠感。
もしかしたら、外傷のないところで怪我を負い続けているのかもしれない。
咆哮だけで相手にダメージを負わせるとかとんだ化け物だ。
「グルァァァァァァァァァ!」
件の咆哮が再び飛んでくる。
こんな状況をいつまでも繰り返すわけにもいかず、俺は「破滅の呪縛」を使って攻撃の無効化を試みた。
結果は……成功だ。
今までのような痺れや倦怠感は一切ない。
しかし、攻撃の無効化と同時に二つの問題が生じた。
「クッ……」
「フラン!」
少し後ろにいたフランがついに膝を折ってしまう。
その瞬間、四方八方に張っていた氷の膜が見事に溶かされてしまい、間もなくして三発目の咆哮が俺たちに目掛けて飛んできた。
そう、問題の一つは「破滅の呪縛」は自分の身しか守ることができないことだ。
そしてもう一つの問題は、フランの「爆氷壁」が解除された直後、咆哮する時の間隔が異常に短くなったこと。
二つ目の原因は明白、地面を深く抉るように突き刺す爪から「生霊力」を補給しているからだ。
その証拠に、アルガトロフの身体のラインから橙色の光が目に見えて浮き出すようになっていた。
だが、一つ目の問題を解決しない限り、併発して起こる二つ目の問題は一向に解決されることはない。
なら、すぐにでもフランに「回復薬」を使ってもらわなければ———————
「クソッ! 一か八かだ!」
俺はテンペストホウオウの装備に備わった効力「鳳凰の旋風」に「破滅の呪縛」をたっぷりと含ませ、相殺する形で暴風を打ち放つ。
咆哮が止み、自分の身体を確かめてみてから、フランの容態を確認する。
「フラン、身体の痺れとか倦怠感とか問題ないか?」
「うん、さっきより大分マシになった」
「そうか、良かった。そしたら俺が時間を稼いでいる間に「回復薬」を飲んで回復してくれ!」
「分かったわ」
「破滅の呪縛」を含んだ暴風を纏いながら、俺はアルガトロフへと接近していく。
近づけば、アルガトロフも咆哮を飛ばしてくることはない。
そうなれば、ここからは接近戦だ。
「身体強化」が主流となってくるだろう。
「さあ、俺とタイマン勝負だ」
「身体強化」を発動させて、一気にアルガトロフとの距離を詰めると、アルガトロフはまたしても咆哮を使おうとしてくる。
もしかして、咆哮以外の「生霊力」を使った攻撃手段がないのか?
だが、俺は目の前の状況を見てすぐに考えを改め直した。
アルガトロフの口の奥に宿る、橙色の光。
危機感を覚え、すぐさま「破滅の呪縛」を含んだ暴風の壁を築き上げる。
そして一瞬、閃光のようにして橙色の光が解き放たれた。
「グルァァァァァァァァァ!」
アルガトロフが放った光線が、暴風の壁へと一直線にぶつかる。
攻撃を無効化すれば、何も問題ない。のだが———————
「——————は?」
攻撃が無効化されない。
いや、攻撃はきちんと無効化している。
きっと、アルガトロフが今の尚、光線を放ち続けているから無効化されていないと錯覚してしまったのだ。
攻撃が止まないまま、少しずつ押されている。
このままでは、暴風の壁に風穴を開けられてしまう。
咄嗟に「生霊吸収」を発動させて、貫かれた時の予防線を張る。
それから間もなくして、暴風の壁が見事に打ち破られ、「生霊吸収」を発動させていた俺の手にアルガトロフの光線が触れた。
風穴を開けられた暴風の壁を、もう一度再生させるのに十秒も掛からない。
だが、心身共に感じる。
このままでは、蓄積される膨大な「生霊力」に身体が耐え切れなくなって、やがて内側から壊れてしまう。
最悪の考えに至ったところで、再び暴風の壁が築き上げられる。
アルガトロフの光線を食らった手が、目に見えて分かるほど震えていた。
だからこそ、分かった。
次「生霊吸収」で「生霊力」を体内に取り込めば、内側から身体を爆散してしまうと———————
「どうにかして発散しねぇと……」
何か打開策はないかと考え込みながらアルガトロフの攻撃を一方的に食らっていると、瞬きする間に辺り一帯に氷の膜が張り巡らされた。
それと同時にアルガトロフの攻撃の手が止む。
誰のおかげかなんて、言うまでもない。
「フラン。悪い、助かった」
「メイジ、早く「生霊力」を外に排出した方がいいわ」
「とは言っても、これだけの「生霊力」をどうやって……」
そう言いかけたところで、俺はふと思いついた。
こんな膨大なエネルギー量をどうやって放出するかなんて、至って簡単なことだ。
「フラン。できるだけ大きく上に飛べ!」
それだけ言って、俺はフランの状態を確認することなく地面に手をつき、そして———————
「これでも食らいやがれ! 「爆氷壁」!」
すると次の瞬間、膨大なエネルギー量は氷へと一気に変換され、俺を中心に氷の壁が張り巡らされていく。
そう、俺はフランの「爆氷壁」をコピーしたのだ。
「再現」——————触れた対象の「生霊力」をコピーできる力。
どうやら、己の消費する「生霊力」量が、コピーする「生霊力」量に見合わなければ使用することはできないらしい。
その証拠に、今まさに「爆氷壁」を使おうとしても使うことができないのである。
持て余した「生霊力」を氷へと一気に変換したせいで、コピーするだけの必要な「生霊力」量が足りなくなってしまったと考えるのが妥当なところだろう。
「でも、絶好の機会には間違いない!」
「再現」した高出力の「爆氷壁」が、四方八方の壁のみならず、アルガトロフの四足を蝕んでいる。
こんな絶好の機会を見逃せば、一生訪れないかもしれない。
俺は「身体強化」した肉体で一気にアルガトロフとの距離を詰め、そしてアルガトロフの頭上を目掛けて大きく上に飛んだ。
首筋が目に見えてはっきりと分かる。
首を斬り落とせば、どんな生物も即死することに間違いない。
そう思い、力の限り薙刀を振るったところで——————
「グルァァァァァァァァァ!」
迫力のある怒声を上げたアルガトロフの全身から突如、白煙が俺の視界を覆い隠すようにして湧いて出てきた。
だが、首筋の位置はきちんと目が覚えている。
俺は、アルガトロフの首筋がある場所へ薙刀を大きく振るった。
手応えは……まるで感じない。
そもそも、薙刀の刃がアルガトロフの肉体を切り裂いた感覚さえも感じられなかった。
「……一体どうなってんだ?」
何も分からないまま、俺の身体は抵抗虚しくもアルガトロフに急接近していく。
そして白煙の向こうからアルガトロフの姿を確認できた時には、見覚えのある橙色の光がこちらを向いていて——————
「……やば」
俺は咄嗟に「破滅の呪縛」を乗せた暴風の壁を作り、更に「生霊吸収」で自分の身を守るように防御の姿勢を整える。
それから間もなくして、姿の見えないアルガトロフのけたたましい怒号と共に橙色の光線が俺へ目掛けて一直線に放たれた。
慌てることはない、先ほど無効化した時と同じ手順で対処すれば何も問題ない。そう考えていたのだが——————
「い、威力が増してる!?」
暴風の壁はいとも簡単に貫かれ、俺の身体を一瞬だけ掠めていく。
というのも、俺が衝撃に耐え切れず弾き飛ばされてしまったからだ。
「クソッ……。一体どうなって……」
そう口にしながらも、俺は二つの事実を知ってしまった。
一つは、アルガトロフに攻撃の手ごたえがなかった理由。
もう一つは、アルガトロフの攻撃力が増した理由。
どちらも至って単純な話だった。
攻撃が届かなかった理由、それは攻撃する前に武器を溶かされてしまっていたのだ。
俺の網膜に、武器を握る柄の部分しか映し出されていないのが何よりの証拠だろう。
その事実がもう一つの事実であるアルガトロフの攻撃力が増した理由と深く関係しているのも明白だった。
黒色の大鱗の隙間から滲み出る橙色の光液が、アルガトロフの全身を支配している様は「地獄の覇王」の異名に相応しい化け物っぷりだ。
その実力は、四足を蝕んでいた氷はおろか、四方八方に張り巡らされた氷までもが身体の熱だけで一瞬にして溶かされてしまったほど。
このままでは、再び地面から「生霊力」を補給されてしまう。
「フラン、もう一度氷を……」
そう言いながらフランの方を向いたところで、状況の深刻さを改めて思い知らされた。
フランは今の尚、氷を出し続けていたのだ。
だというのにも関わらず、フランの「爆氷壁」がうまく張れないのは、それほどアルガトロフの熱量が上回っているというわけで——————
「この、化け物め……」
アルガトロフは地面から深く抉っていた四足を抜き出すと、俺たちに向かって強烈に威嚇し始めた。
恐怖に染まったように、全身が震えだす。
勝てるのか、こんな相手に……。
などと、余計な考えが脳裏にチラつきだす始末だ。
覚悟ならとっくにしていたはずなのに、改めて己の弱さに直面してそれが容易く一変してしまう。
やっぱり、俺なんかがアナザー個体であるフランを救うなんて無理な話だったんだ……。
「って、そうじゃねぇだろ」
フランを救えるかどうかの俺の意思は最初から必要なかったはずだ。
弱気になっていたせいで、酷い勘違いをしてしまうところだった。
そもそも俺がすべきなのは、フランを救えるかどうかの「意志」を確認することじゃない——————
「——————救う以外の道はねぇんだよ!」
俺は、己の「生霊力」を大幅に増加させる「生霊増強」を使用し、更なる自強化を試みる。
「生霊増強」を使えば、「生霊力」に関わる全ての効力の上昇が期待できると考えたからだ。
そして「生霊増強」の使用直後、全身から闇色の稲妻が迸り始めた。
「なんだ、これ……」
闇色の稲妻の正体に困惑していると、アルガトロフからのプレッシャーが更に強くなったのを肌で感じた。
原因は多分、俺だ。
アルガトロフの碧眼には、今の俺が映し出されていた。
右目の目尻からこめかみに目掛けて靡くようにして伸びた、引っ掻き傷のような三本の黒い痣。
「生霊増強」を使って、何でこんなものが浮き出てくるのかがまるで分からない。
だが、己を破壊するような邪悪な力ではないことは、使用主である俺が一番よく分かる。
この力は、味方だ。
「グルァァァァァァァァァ!」
アルガトロフが前動作なしで再び光線を放ってくる。
今までの俺なら受け止め切れなかっただろう。
だが、「破滅の呪縛」に「生霊増強」を上乗せした暴風の壁は、光線の貫通を決して許さなかった。
いくら放ち続けようとも、状況が変わる気配を暴風の壁は一切感じさせない。
そのせいか、アルガトロフは光線攻撃を止め、消耗した「生霊力」を回復しようと再び地面に爪を抉り出した。
「そんなこと、させるかよ」
「生霊増強」を乗せた「身体強化」、周りの動きがやけに遅く感じる。
俺がアルガトロフの懐に飛び込んだ時には、まだ三足の補填準備を完了させていなかった。
それぐらい、アルガトロフの動きがあまりにも遅い。
これでは、「いくらでも攻撃してください」と言っているようなものだ。
俺はグッと拳を握りしめ、お望み通り思い切り拳を突き上げた。
「これでも食らいやがれ!」
「グォォォォォォォォォ!」
体長十メートルを超えるアルガトロフの身体がふわりと浮き上がり、追撃を逃さんとばかりに跳躍する。
すると、アルガトロフは体勢が不十分なまま俺へ目掛けて光線を放とうとしている。
でも、今の俺には関係ない。
放たれた光線よりも先に、俺はアルガトロフの背後へと回り込んで右足を大きく振り上げて——————
「うぉぉぉぉぉぉらぁ!」
振り上げた右足を踵からアルガトロフの背中を目掛けて一直線に振り下ろすと、アルガトロフは声を上げることなく、地面へと勢いよく叩きつけられた。
死んだかどうかの確認を、一々している余裕はない。
地面に叩きつけられたアルガトロフをすぐさま追撃し、脳天に向けて全力の拳を叩き込む。
頭部の黒鱗に亀裂が入り、隙間からマグマのような橙色の液体が噴出するように飛び出してくる。
多分、これは人間でいう「血」の部分に代わるものなのだろう。
生命を維持する上での「血」の存在は、生命体の身体構成上、必要不可欠な物だ。
もしそれを一定量失われるようなことがあれば生命体は——————死ぬ。
そして、それは天災級モンスターでも例外ではない。
最後の一撃を食らったアルガトロフはというと、地に伏した状態からピクリとも動かなくなった。
周りの熱も次第に引いていくことから、アルガトロフの討伐は無事達成できたらしい。
「や、やっと終わったかぁ……」
全ての「生霊力」を解除し、天を仰ぐようにしてアルガトロフの上で倒れこむ。
気が付けば、「鳳凰の旋風」も解けている。
熱を全く持っていないことから、アルガトロフが生きてたなんて変なオチを考える必要はなさそうだ。
「お疲れ様、私全然役に立てなかった……」
フランの声が近づいてくるのがよく分かる。
「そんなことないぞ、だいぶ助かった」
「メイジ、アナザー個体じゃないのに強かった。どうして?」
「どうしてって言われても……俺もよく分からん」
自分でも、なんでこんな使い勝手のいい「生霊力」ばかり備わってるのか不思議でしょうがなかった。
前世で何かいいことした……覚えは特にない。
何か特別なことがあったといえば、救いの手を指し伸ばしてきたあの声が聞こえてきたぐらいで——————
「私、すっごく気になります!」
「いや、だから知らないって……。てか、フランそれはキャラ作りか?」
「……バラン、私は何も言ってないわ」
「……は?」
俺の顔を覗き込みながら、フランが恐ろしいことを口にする。
もしフランの言うことが本当だとしたら、必然的に第三者がこの空間に存在しているということになる。
俺は慌てて起き上がり、フランの額に頭突きを食らわしてから周囲を見渡した。
「痛いわ、馬鹿になったらどうするの?」
「悪い、それで今の声は?」
「馬鹿になったら責任取ってくれるの?」
「分かった、分かったから。 それより、今の声はどこから聞こえた?」
「……後ろ」
不服そうに頬を膨らませながら、フランが俺の背後を指さす。
そして、慌てて後ろを振り返ると、綺麗な桃色の長髪をストレートに垂らした小学生くらいの女の子が俺の顔色を窺うようにして顔を近づけていた。
「こんにちは〜」
「うおぉっ!?」
あまりの唐突な登場に、思わず腰が抜けそうになる。
いきなりそこにいる系のホラーはマジでやめてくれよ……。
「アハハ! とっても良い反応してくれてたので、脅かした甲斐がありました」
「なぜ初対面の奴を脅かす必要がある!? それに誰だよ、お前!」
「あぁ、私ですか? 私はですね——————」
桃髪の女の子は、今まで隠していたであろう背中の大きな二枚の白い翼を大きく羽ばたかせながら言葉を綴った。
「——————神域の使徒、「戦神之天才」。 あなたに興味津々の天使です!」
どうやら俺は、幼い天使に遭遇してしまったらしい。




