12 鍛治職人
素材換金を無事に終えた俺たちは、ジューンの案内のもと、換金所から少し離れた位置で営業する「鍛冶屋」に来ていた。
「なんで鍛冶屋? 防具屋じゃなくて?」と思って改めて聞いてみたところ、間違いというわけではないらしい。
何はともあれ、素材換金で得られた貴重な金貨三枚を使っても良いかという許可を、フランからきちんともらってからこうして「鍛冶屋」へとやってきたわけだが——————
「この素材、確かレア度高いんだよな……。そもそも金貨三枚で作れるのか……?」
そう、孔雀から収集できた素材は、一億体いるうちの一体程度しか取れない稀少素材なのである。
素材のレア度が高ければ高いほど、生産する装備は比例して高くなるのは常識中の常識。
果たして、装備の生産額は金貨三枚で収まるだろうか?
「ん? 今何か言ったか?」
「い、いえ、何も‥‥‥」
「そうか、それじゃあさっそく中に入るか!」
金貨三枚に収まることを必死に祈りながら、俺はジューンの後に続くようにして「鍛冶屋」の中へと入っていく。
そして、俺の後に続いて入ってきたフランが入室直後に一言。
「……暑いわ」
「あぁ、暑いな」
「鍛冶屋」の中は熱気に包まれている。
室内温度は大体四十℃前後と言ったところだろうか。
一時間以上ここへいたら、冗談抜きで気を失ってしまいそうだ。
「暑い……ここら辺、氷漬けにしていい?」
「また変な噂が流れるからやめとけ」
「じゃあ私、外で待ってる……」
「あ、それじゃあ私も……」
フランの後について行くようにメイも鍛冶屋から出て行く。
残ったのは、俺とジューンとジュライの三人だけだ。
「ったく、メイは本当に暑さに弱いよな」
「まあ、もともと寒い地域の出身だから、暑さに対して耐性が低いんだろ」
俺を抜きにして、二人がそんな会話をやり取りしている。
すると、店の奥からいかにも鍛冶職人っぽい上裸の男がゆっくりと現れた。
「なんだ、誰かと思えばおめぇらかよ」
「この店は客に対してそんなこと言うのかよ」
「はん、今更お前らに下手に出て何か良いことあんのか?」
「やべぇよ、絶対商売に向いてねぇよ……」
「ごちゃごちゃとうっせぇな、それより何しにここへ来たんだよ」
「あ、そうそう、彼の防具を作って欲しいんだ」
そう言って、ジューンは俺を鍛冶職人の男の前に突き出す。
すると、男はジロジロと俺を見た後に大きく口を開いた。
「お前、見ねぇ顔だな! 冒険者か?」
「いや、冒険者ではない……と思います」
「ん? どういうことだ?」
「細かいことはどうでもいいだろ? それより、ゼンにメイジの防具を作ってもらいたいんだが……」
この男の名はゼンと言うらしい。
ジューンに肩を軽く叩かれて、俺はゼンに素材の入った袋を差し出した。
「ゼンさん、この素材で装備を作れますか?」
ゼンは差し出された袋を静かに受け取ると、中身を覗き込んで見事に静止する。
それから聞こえてきたゼンの声色は、今まで以上に動揺を孕んでいた。
「お、おおおおおお、お前! こんなやべぇ素材を、一体どこで手に入れたぁ!?」
「えっと、この近くの森の中ですけど……」
「ば、馬鹿な! ありえねぇ! こんなやべぇ素材をこの近くの森でか!?」
「え、えぇ、そうですけど……」
まあ、一億体いる内の一体程度しか採れない貴重な素材なのだから、動揺するのも無理もないだろう。
そんなゼンの酷く慌てた様子が気になったのか、ジューンとジュライは袋の中を覗き込もうと彼の背後に回り、そして目を見開いたまま硬直した。
「……ま、マジかよ」
「……ありえねぇ」
ジューンとジュライが口々にそう告げる。
この素材がどれほど貴重なのか、彼らの反応を受けて改めて実感した。
「メイジ! お前ら天災級モンスターと戦ったのかよ!?」
「……え?」
ジューンの唐突な衝撃発言に思わず疑問符を浮かべてしまう。
「天災級モンスター」って一体何だ? 聞くからに強そうな感じだけど……。
「天災級モンスターの素材かつ「生霊力」を宿したままの状態って、稀少なんてレベルじゃねぇぞ……」
ゼンが何やら恐ろしいことをぼやいている。
そんなゼンを他所に、ジュ―ンとジュライの追及ラッシュが始まった。
「天災級モンスターだと気が付かなかったのか!?」
「は、はい、休んでる時にちょうど現れたので、てっきり森に生息するモンスターかと……」
「いいか? お前が収集した素材の魔物は数種しか確認されていない天災級モンスター「暴風王」テンペストホウオウって言われてて、暴風を操る化け物なんだぞ!? 何かそれらしい攻撃はされなかったのか?」
「……そういえば、目の前に現れた時からずっと暴風が起こってました。しかも変なオーラが乗ったら攻撃系統の「生霊力」が封じられて……」
「そこまでされて良く普通の魔物と一緒にできたな!?」
今になって思えば、今まで戦ったサーベルタイガーやニードルベアーはテンペストホウオウのような逸脱した力は使ってこなかった。
ジューンたち三人に言われるまでどうして気が付かなかったのだろうか?
その後も色々と追及されて、解放されたのはそれから五分後のことだった。
まるで、時間は短いけど中身が詰まった面倒くさい面接を受けた気分だ。
「とりあえず、お前らがここへ来た理由が十分すぎるくらい分かった」
「いや、俺らも想定外だったんだが……。まぁ、ゼンが思ってることで間違いないぜ」
「ったく、この力はあまり使いたくなかったんだが、こんなやべぇ素材持ってこられちゃ失敗できねぇよな」
ゼンはそう言うと、俺の額に手を添え、静かに目を閉じる。
それからだった、素材に異変が生じたのは———————
ぼんやりと光り出した闇色の光は次第に増していき、やがて目を瞑ってしまうほどの眩い光となる。
そして、次に視界がクリアになった頃には、すでに素材の面影は消えていた。
ゼンの手には、袖口とトップエンドにファーのようなオプションが付いた闇色のロングコートと闇色のブーツの二つの装備。
ロングコートの裾には三叉の冠羽らしき素材が使われている。
しかも、素材の性質をそのまま活かしたファーの部分と三叉の冠羽だけは妖しい闇色の光を宿しており、装備に異質なオーラを漂わせていた。
「素材の量からしたら大体こんな感じか」
「あ、あの、ゼンさんは今何を……?」
目の前で起こった出来事に戸惑っていると、ゼンはニカッと笑みを浮かべながら問いに答える。
「俺の「生霊力」、<適正錬成>を使ったのさ。対象の能力に合わせた装備を、手を翳すだけで作れちまう力なんだ」
「それって、鍛冶職の人からしたらかなり行き過ぎた力なんじゃ……」
手を翳しただけで、その人の適正に合わせた装備が作れるって鍛冶職人からしたらかなりのチート能力だ。
それこそ、鍛冶職の衰退に繋がりかねないだろう。
ゼンはそのままの調子で、俺の後に言葉を綴る。
「おうよ、鍛冶職はおろか防具屋からしたら、たまったもんじゃないな! 客が根こそぎ持ってかれるんだから」
「なら、どうして使うことを嫌うんですか? 使えば繁盛すること間違いなしなのに……」
ゼンは<適正錬成>を使う前に「この力はあまり使いたくない」と言っていた。
恵まれた力を使わない理由が、俺にはまるで分からない。
すると、ゼンは今までの調子とは程遠い真顔で唇を開く。
「そんなもん、鍛冶が好きだから以外にあんのか?」
純真な理由に、次の言葉が見つからない。
「俺はな、手間かけて物を作るのが好きなんだよ。店の利益とか関係なく、物を作るのが好きだからこの商売やってんだ。だから、物を作る工程を省いちまう<適正錬成>はあまり使いたくねぇんだよ」
そうか、この人はただ自分の手で物を作りたいから鍛冶職をしているんだ。
それを、ぼろ儲けできるとか邪念に満ちたことしか考えられないなんて……。
「……変なこと聞いてすみませんでした」
「そう思うのが自然なことだから無理もねぇよ。それより、これ装備してみろよ」
そう言われて手渡されたロングコートとブーツを装備してみる。
ロングコートは動きやすいように下半身の方が解放的になっていて、ブーツも鋭利な嘴が土台にされているのか見た目に反してがっちりしている。
はっきり言って最高の一品だ。
「着心地はどうだ?」
「はっきり言って最高です。本当にありがとうございます」
「ガハハハ! <適正錬成>で作ったんだから当たりめぇだ!」
これで生きていく上での装備は万全と言っても良いだろう。
あとは、装備の代金を支払わなければならない。
持ってきた金貨三枚を取り出し、ゼンにいくらか尋ねようとしたら遮るようにして手を突き出してきた。
「金はいらねぇよ。こんなインチキみたいなやり方で作った装備は無料でくれてやる」
「……え、ほ、本当に良いんですか?」
「それで金貰ってもこっちが気持ち悪いからな。それより、ちょっと待っとけ」
一言だけそう言い残して、ゼンが店の奥へと消えて行く。
一体どうしたのかと二人と目を合わせていると、間もなくしてゼンが柄に格納された一つの武器を持って戻ってきた。
「大した役に立たないかもしれないが、一応持ってけ!」
「これは……」
ゼンから差し出されたのは、刃の部分だけで二メートル近くある長大な刀。
これはいわゆる大薙刀という武器で間違いない。
「これから先、俺のお得意様になってくれるって話なら、この武器もプレゼントしてやる!」
「え!? い、いや、ここ以外知らないですし、何かあれば来るつもりではいますけど……」
「なら、決まりだな! お近づきの印ってことで受け取ってくれや」
強引に渡され、俺は抵抗する間もなく受け取るしかできなかった。
でも、テンペストホウオウと戦った時みたいに素手で戦うというリスクを犯しながら戦わずに済むのであればそれに越したことはない。
ここはありがたく素直に受け取っておくとしよう。
「あ、ありがとうございます」
「おう! また来てくれよな」
「もちろんです」
まさか、代金を支払わずに武器と防具が手に入ってしまうとは……。
ゼンはもちろん、この鍛冶屋を紹介してくれたジューンたちにも感謝しないと。
薙刀の柄部分に肩掛け用の紐が付いていたので、それを肩に掛けてから二人に謝辞を述べる。
「今日は色々とありがとうございました」
「「……」」
「……あの、どうかしました?」
二人は互いに目を合わせた後、神妙な面持ちで俺の肩を掴んできた。
「よしメイジ、お前に話たいことがあるんだが、この後いいか?」
「え? あ、はい、別にいいですけど……」
「ゼン、ここらで俺たちは失礼するぜ」
「おうよ、またよろしく頼むぜ!」
親指を突き立てながらニカッと笑みを浮かべるゼンに背中を見送られながら、俺たちは再び街へと足を踏み出した。




