10 今後について
「そういえば一つ聞いておきたいことがあるんですけど、いいですか?」
素材が眠った氷塊に石を叩きつけながら、俺は唐突に三人に問いかける。
すると三人は、言葉は発しないものの肯定の意思を示すように俺に目線を送ってきた。
そして俺は、順に目を配らせながら言葉を放つ。
「「アナザー個体」が嫌われている原因を教えていただきたいんです」
そう、フランと協力関係にある以上、どうしても確認しておかなければならないことだった。
フランが前に言っていた「世界の外敵」と呼ばれるに至ったまでの背景、それが未だ分からないままなのである。
この三人はフランの正体を知った瞬間、過剰なまでに恐怖で震え上がっていた。
だからこそ、この三人からは何か有益な情報を得られるはすだ。
「「アナザー個体」が嫌われてる原因……か。思い当たる節があるとすれば、あの事件からだろうな」
「そうだね、私もあの事件から「アナザー個体」に悪印象を持つようになったからね……」
「でも、無理もねぇ話だよ」
「……そ、その事件と言うのは?」
恐る恐る尋ねると、リーダー格と思わしき剣を携えた男は一瞬の躊躇を見せた後にゆっくりと口を開いた。
「……ニ十年くらい前に一国を滅ぼしたんだよ。「アナザー個体」が」
「……滅ぼした?」
一国を滅ぼしたって、壊滅させたってことだよな?
「どうしてまた、そんなことを……」
「さぁな、こればっかりは本人に聞かなきゃ分らねぇが、本人の素性が一切分かってねぇんだ。ただ「アナザー個体」だったことを除けば……な」
「そのせいだよね、「アナザー個体」に変な噂が付いて回るようになったのは」
どうやら、「アナザー個体」が嫌われる元凶となったのは、一国を壊滅させた事件が深く関係しているらしい。
そのせいでフランを含めた「アナザー個体」に多大な迷惑を掛けることになったのだから、そいつには土下座をさせて謝罪させるべきだ。
とはいえ、本人の素性が分かっていない以上、特定して謝罪させるのは正直難しい。
それをするぐらいなら、フランの現状の改善に時間を費やした方がよほど建設的と言えるだろう。
「そうだったんですね、教えていただきありがとうございます」
「いいってことよ。何かあればまた聞いてくれ」
「はい、ありがとうございます」
それから黙々と作業を続けること三十分、五人で作業したおかげで早く素材回収を終えることができた。
収集できた素材は「ハリネズミのような熊の皮」に「鋭利な爪」、「鋭利な牙」の三つだ。
「これで素材回収は完了ね」
「そうだな、一日だけでよくここまで素材を収集できたもんだ」
すると、何の前触れもなくいきなり後ろから声か上がった。
「なあ、俺たちのギルドがある国へ行かないか? ちょうど任務を終えて帰ろうとしてたんだ。もし来るなら素材収集用の袋も大量にあるから使っていいぞ?」
そう言うと、剣を腰に備え付けた男は鎧の下から大量に袋を取り出す。
小さく折りたたんであるが、広げたらかなりの大きさになる。
この大きさでこの量なら全ての素材を回収することができるだろう。
だが、それよりも確認しなければならない大事なことがあった。
「それはかなりありがたいですけど、「アナザー個体」って嫌われてる存在なんですよね? フランが行っていきなり襲われたりしませんか?」
ゆくゆくは国を訪れてフランのコミュニケーションの練習を……と思っていたが、あまりにも日が浅すぎて襲われる可能性が何度も頭の中をチラつく。
国の危機的状況から救った救世主的な地位ならともかく、今のフランはデタラメな噂を付き纏った恐怖の象徴だ。
そこは念入りに確認を取っておく必要がある。
「大丈夫、大丈夫。国の軍事力はそこまで大したことないし、そもそも揉め事は嫌いだから襲われることは絶対にない!」
「ギルドの方が力あるしね!」
「他の国に比べて「アナザー個体」には寛容だからな~」
三人の話を聞く限りでも、比較的差別の少ない国なのだろう。
かなり早い気もするが、フランのコミュニケーションの練習として彼らの国にお邪魔するのも悪くないかもしれない。
「分かりました。少しだけお邪魔するとします。袋、本当に使わせてもらっていいんですか?」
「あぁ、いいぞ! 襲われたところを助けてもらったんだ。命の恩人にきちんと礼はしないとバチが当たるってもんだ!」
「なら、お言葉に甘えて……」
言いながら男の手から袋を受け取る。
「自己紹介がまだだったな、俺の名前はジューン。んで、魔法使いのメイに槍使いのジュライな」
「あ、俺はメイジっています。それで彼女はフラン」
メイ、ジューン、ジュライって並べたら、なんか聞き覚えのあるフレーズだけど、別に気にすることでもないだろう。
「よし、自己紹介も済んだことだし、さっさと素材を袋に詰めて国へ向かおうぜ」
「はい、分かりました」
素材の袋詰め作業は俺とフランだけで行った。
ギルド内で、仕留めた敵の素材の袋詰め作業は、第三者の介入が深く禁じられているらしい。
盗難防止だとかなんとか……。
それから十分程度で素材の袋詰め作業を終えた俺とフランは、さっそくジューンたち一行が向かっていた国へと向かい始める。
素材の入った大袋四つ分、肩に掛けられるよう紐が付いていたから俺が三つでフランが一つ持つことになった。
「その収集した素材で装備でも作ってもらうのか?」
「一応そのつもりだったんですけど、情けないことに今お金がなくて」
「あ~、装備作ってもらうのに結構お金かかるもんね~」
「「ニードルベアー」の討伐難易度から考えたら、かなりお金かかりそうだもんな」
あのハリネズミみたいな熊は「ニードルベアー」というらしい。
装備の生産額は討伐難易度に比例して高くなるらしく、「ニードルベアー」の討伐難易度は聞いた限りではなかなかのようだ。
それを瞬殺してみせたフランは本当に強すぎる……。
「手っ取り早くかつ安定的に金を稼ぐなら、やっぱりギルドに加入するのが一番だろうな」
「でも、二人が入会できるギルドってあるのかな? 窮地から助けられて、事情を聞いた私たちならまだしも「アナザー個体」を快く受け入れてくれるギルドは少ないんじゃない?」
「まあ、国が寛容とは言っても全員が全員じゃないからな。それにギルドは団体で活動してるし、個々の意見は尊重される。面倒事を避けるなら、一からギルドを作るのが手っ取り早いが……」
「作るのにもお金が掛かるんだよね~」
三人が俺とフランの今後についての話を進めている。
今日出会ったばかりなのに、ここまで親身になって考えてくれるのは普通にありがたい。
俺はこの世界のことについて全く知らない状態だし、フランはフランで人との関りを避けてきたせいで詳しいことを知らないはずだから。
そんな数々の問題に三人が頭を悩ませていると、今まで黙って付いてきていたフランが急に口を開き出した。
「お金なら心配いらないわ」
唐突な発言に、この場にいる誰もが言葉を出せないでいる。
そんな状況下の中、なんとか口を開いてフランの発言に応じたのはジューンだった。
「心配いらないって、どういうことだ?」
「金銭面に関しては問題ないってことよ」
「それは分かってるけども! 何か案でもあるのかって意味!」
「簡単な話よ、さっきの「ニードルベアー」の素材を全部売り飛ばすだけだから」
「「「……」」」
フランの発言を予想だにしていなかったせいか、三人は瞬きを忘れて呆然と立ち尽くしている。
彼らの話曰く、「ニードルベアー」の討伐難易度は高いとのこと。
そして、生産できる装備も高いことから素材のレア度もそれらに比例して高いはずだ。
そんな貴重な素材をフランは当たり前のように売り飛ばすと言い出すものだから、驚きのあまり硬直してしまうのは無理もない話だった。
「い、一体何を考えているんだ!」
「そ、そうだよ! 「ニードルベアー」の素材は貴重なのよ!?」
「それを売り飛ばすとか正気の沙汰じゃねぇ!」
静止の呪縛から解き放たれた三人が凄い勢いでフランに詰め寄る。
フランはフランで、なぜか驚いた表情を三人に向けていた。
「一旦落ち着け! いいか? 落ち着くんだぞ!?」
「あなたが落ち着くべきだわ」
「俺は落ち着いてる! いいか? 絶対に売ったりなんかするなよ!」
「どうして? 高く売れるならいいじゃない」
「そりゃあ高く売れるだろうけど、「ニードルベアー」の素材は簡単に売っていいもんじゃねぇ!」
「でも、私たちお金持ってないのよ? 良い素材持ってたところでお金がないなら持ってても意味ないじゃない」
「うっ、それは……」
痛いところを突かれて、ジューンはさっきまでの威勢を失って何も言い返せなくなる。
それもそうだ、フランは正論しか並べていないのだから。
「俺もフランの意見に賛成します。お金になるのなら装備の素材に使うよりも売った方が今はいいかと」
「……ま、まぁ? そもそも決めるのは二人なんだし? 二人が良いなら良いんじゃない?」
本当にそう思っているのなら、そのいかにも「勿体ねぇー」って顔はやめて欲しい。
こっちも好きで売りたいわけじゃないし……。
「様々な用途に利用可能な資金にするか」と「貴重だから手元に残しておくか」の天秤に掛けた末の決断なのだ。
それでも素材換金の決断をしたのは、それよりも貴重な素材を俺たちは持っていたから——————
「すみません、せっかくの忠告を無視する形になってしまって」
「まあ、そもそも私たちは二人の今後にどうこう言えた立場じゃないしね~」
「俺たちの不用意な発言で、二人の人生をめちゃくちゃにしたら顔が立たないからな」
「そんな、ここまで良くしてもらって恨んだりなんかしないですよ」
「私は、一生恨み続ける」
フランの一言が三人の表情を氷漬けにした。
「そんなこと言ったら普通にダメだろ」
「私は本気」
「いや、本気か嘘かの話なんて一言もしてないよな?」
「私、嘘は嫌いよ」
「だからって面と向かって言うとか、もしかしてフランってアホの子なの?」
「アホの子だなんて心外ね、私は至って正常よ」
「だ、大丈夫、素材を換金できる所へはきちんと案内するから……」
ジューンの表情は氷漬いたままで、なんだかフランの顔色を窺っているように見える。
とりあえず、フランには本心を隠してコミュニケーションを取る練習をさせた方が良さそうだ。
二度と、ジューンのような人を出さないためにも‥‥‥。
気まずい空気の中、俺たちは一国を目指して歩き続けた。




