第8話 戦力増強
警官が逃げ出した後、俺は急いで会社へと向かった。
転勤してから今日まで早めに出社していた事もあり、出社時間までには何とか間に合った。
それにしてもあの警官まったく役に立たなかったな。だが、あの場から逃げ出していいかはさて置き、逃げ出したい気持ちは痛いほど分かる。俺もあんな家からさっさと逃げ出したいもん。
最大の懸念は、逃げ出してもあの人形たちに追われ続けるだろうって事だけどな!
俺の希望は簡単に砕かれてしまったが、仕事だけはきちんと今日も行った。
逆に俺のメンタルすごくないかと自画自賛してしまいそうになる。
そして、定時に退社した俺は急いで目的地へと向かった。
2日連続で訪れるその場所は、まるで俺を吸い込むかのように俺を迎えた。
連日訪れるのは少々気恥ずかしいが、俺の命がかかっている事なので背に腹は代えられない。
「よし」
覚悟を決め、店内へと足を入れる。
一歩入ってしまえばこっちのものだ――――。
「ふふっ、そろそろ来る頃だと思ったわぁ」
「!?」
店の奥には、棚に背を預け首をこちらに向けた女性店員が居た。
昨日話したあの女性だ。
妖艶な笑みを浮かべた表情を、暗い店内に差し込んだ夕日が雰囲気を更に増す演出となっていた。
とにかくあの人形達とは違う恐ろしさが俺の全身を駆け抜ける。だからなのか、つい質問をしてしまった。
「俺が……来ると分かっていたんですか……?」
「えぇ、長年こういう商売をしているとね。わかるものなのよ。
魅力に取りつかれた人間の心ってものが」
棚から背を離し、ゆらりと女性店員は俺の方へと近付いてくる。
「っ!?」
駄目だ。雰囲気に飲まれるな。自制心を保つんだ俺。
やがて女性店員は俺が唾を飲み込む音も聞こえそうな程近付き、
「なぁに、恥ずかしがることはないわ。その感情は男の子なら誰もが持つもの。
さ、こっちよ」
女性店員は店の奥へと案内する。
そこは今日この店に来た目的の商品が置かれている棚。『戦機兵記ガゾギアLegend』のプラモデルが並べられた棚であった。
「あっ」
そして、俺は発見してしまう。
以前棚に並べられた商品とは別に、新しく積まれた商品に。
「量産型……グイム……だと」
量産型グイム。一般的には単にグイムと呼ばれる機体だ。
スタンダードな機体で、カスタマイズも自由。別売りオプションとなるが武装やパーツも自由に取り付けられる仕様で、グイムの中でも非常に人気が高い機体である。
地球同盟側に広く普及するという設定で、カラーリングは水色。
この機体が発売された後に続々と別のカラーリングや既に様々なパーツや武装が付けられた機種が発売されたが、一番の人気はグイム総司令官仕様であるが、一番売れた機体はこの量産型グイムだろう。
何故ならばこの商品、1000円程度で買えることから、複数買いをする人が多数出たのだ。
ネットでは今でも100体、200体を購入し、並べて飾っている写真を撮りアップする猛者もいる。
「しかも4体も……」
この店にはそんな人気商品グイムが4体もあるのだ。
以前は小売店が問屋から仕入れても仕入れても消えていくだけの商品だったものが、今俺の目の前にある。
数あるガゾギアのプラモデルの中で、この一角だけ異質な存在感を放っている。いや、俺がこのプラモデルの存在に注視し過ぎて他が見えていないだけなのかもしれない。
「やっぱり、お客さんのご所望の商品はこれだったわね」
「な!?」
いつの間にか店員さんに後ろへと回り込まれていた俺は、びくりと肩を揺らさせ過剰なまでの反応をしてしまった。
「分かるわよぉ、お客さぁん。
今お客さんが求めているものは安価で短時間で作れるキット。つまり、この機体みたいな商品でしょぉ?」
ははっ、この店員分かるのか。人の心を読み何を求めているのか知ることができるというのかっ!
ねっとりとした言葉使いで、俺の心をかき乱すな!
「ふふふっ。困惑しているわねぇお客さん……。
あんまり怖がらせちゃってもいけないからねぇ。答えを教えてあげるわ」
「それは……何故俺がこのキットに注目したか。か?」
店員はうっすらと笑いながらコクリと頷き、
「えぇ、そうよ。
お客さんは以前グイム総司令官仕様を買った。つまり、次に買うのは司令官の部下となる機体」
「ならば司令官直属の【特殊部隊仕様機】や【パラメントガード】でもいいはず!」
「いいえ。それは違う。それは違うのよお客さん……。お客さんはガゾギアショックの世代。
多くの簡易的に作ることができる機体を転売屋や買占めができる財力がある大人に奪われてきた世代!
予約も不可能。再販品も入手困難。転売屋達に蹂躙されつくされる商品棚。ネット注文も役に立たない時代で追い求めていたのは、やはり原点のこの子達のような機体なの」
俺は店員の鋭さに恐れおののく。
ここまで……ここまで人は他人の欲するものを僅かな情報のみで読み解くのか……。
だが。違う。店員さんの予想は間違っていた。
いや、量産型グイムのような作りやすい機体を求めていたのは正解だが……。
「ふふっ」
「あら? お客さん、何がおかしいのかしらぁ?」
「いや。ふふっ、少し店員さんは過去の俺の事を見くびっていたようで……驚いたのさ」
「それはどういう――――まさか!?」
そう。俺の過去を勝手に想像して決めつけたこの店員さんに真実を突き付けあげなくてはいけないな。
「俺はガゾギアショックの中、この量産型グイムを10機購入した」
「馬鹿な!!!! お客さんはどう見ても私と同じくらいの歳! 多く見ても3、4歳くらいの差しかないはず。
小学生……いや、中学生だったとしても、どうしたら10機もの多々買いができたというの!? ありえない、親は――――同じ物を幾つも買うお客さんを何とも思わなかったとでもいうの!?」
店員さんは「ありえない」と言うように首を振って否定をした。
やはり。やはりか。一般家庭でよく聞く話だ。
頭部のセンサー形状が違うならまだしも、違う色の機体を購入しても母親から「あんた。また同じものを買ったの? 幾つ買えば気が済むの」というセリフが頭に浮かぶよ。
だがなぁ。我が家では違うんだよぉ!
「資金源はお年玉をつぎ込んだ! 中学まで趣味という趣味を持たなかった俺にとって簡単なことだったさ。幾つも買って両親は呆れはしたが俺は屈しなかったさ。
そして、その全てオプションパーツで装備違いを揃えさせてもらったぁ!」
「ば、馬鹿な! 中学まで溜めたお年玉……いったい幾らになるの……」
「そいつは沢山。あぁ、沢山だ。子供が決して簡単に持ってはいけない額だったさぁ。
フライトユニット、ホバーユニット、スナイパーユニット、ミサイルウエポンユニット、レーダーユニット、キャノンユニット、偵察ユニット、ソードウエポン、バズーカユニット、ガトリングユニット。
どれも……魅力的で俺の人生に華を添えてくれたいい思い出だ」
俺がそこまで説明すると、店員さんは額に手を当てよろけながら嗤う。
そしてその後直ぐに頬を赤く染め、両腕で自分を抱きしめ震えていた。
「はは、あはははははは! すごい。惚れ惚れしてしまいそうなくらい熱く滾る魂!
ここまで突き抜けたお客さんが来店したのは初めて」
「そいつはどうも」
褒められたのかは分からないが、悪い印象ではないだろう。
ちなみに懸賞で当たった複数機体セットなんてものもあった。そのため同じプラモデルを見かけるというのは、我が家にとっては日常茶飯事な事だったのだ。
「気に入った。気に入ったわよお客さん。
今日は良い話を聞かせてもらったそのお礼で、その量産型グイム。通常2割引で販売をしているんだけど、今日だけ特別に3割引にしてあ・げ・る」
「そいつは……うれしいが。いいのかい?」
はたしてそれで儲けは出るのだろうか。
「良いのよ。多々買いするつもりなんでしょ?」
俺はその回答は言葉ではなく首を縦に振って答えることにした。
「なら、この子達は在庫にはならないってことよ。
今日割り引くその代わりに、またのご来店をお待ちしておりますわ」
「ははっ、商売上手だな。その時はまたよろしく頼むよ」
こうして俺は量産型グイム4機を購入し帰路へと就いた。
家に帰ると俺は夕食を簡単に済ませ、早速作業に取り掛かる。
「よし。それじゃぁ始めるか」
量産型グイムのプラモデルの箱を開け、ランナーが入った袋を開ける。うぅん、いい香りだ。
時間はあまりない。後は自分の限界との挑戦だ。
ニッパーを片手に――――、
「ちょっと! アンタなにしてんの!?」
くっ。うるさい奴に見つかったか。
隣の部屋からから出てきたカリーヌを見て俺はげんなりとする。
「見て分からないか? 量産型グイムを作ろうとしているんだよ」
「量産型……え? 何?」
「量産型グイム。ここに居るグイム総司令官仕様の部下みたいなもんだよ」
「何ですって! って事は、こいつのような奴をまた増やそうとしているの!?」
カリーヌは両手で両頬を抑え、海外のドラマで見るようなリアクションをしてくる。
「そういう事だ」
俺が何をしようとしているのか教えると、カリーヌは立ち眩みをしたかのようにふらっとした後、
「ふざけないでよ! か弱い女の子相手によってたかって叩きのめそうっていう腹積もりなの!?」
「えっ。お前ら性別あるの!?」
おそらくグイム達に袋叩きにされている事を想像したのだろう。カリーヌは怒り心頭で俺に文句を言ってきた。
それよりもカリーヌの女の子発言に驚く。
「あるに決まっるでしょ! どっからどう見ても女の子でしょ!」
「いや、見た目はそうだけど……」
性別があるとは思わなかった俺は、ジッとカリーヌを観察していると、
「な、なによ……」
と、気恥ずかしそうに俺から視線を外して体をモジモジとしていた。
なんだよその態度。なんだか俺がいけない事をしているようじゃないか。
「あんまり見ていると……う、訴えるわよ!」
呪いの人形相手に変な気は起こさねぇよ! というかどこに訴えるんだよ。
「とにかく作業の邪魔だけはするな」
「いや、するに決まっているでしょ!?」
俺を殺すという目的を邪魔されたくないカリーヌは俺を止めようと殴りかかってくるのだが、
「議長閣下に手出しはさせんっ!」
間に入ってきたグイム総司令官仕様に妨害され、2体はもみ合っていた。
「くっ、離しなさいよ!」
「大人しくしろ。でないと頭部20mmバルカンを食らわせるぞ!」
「20mmも無いでしょそんな小さい穴! いつまでもアニメの登場人物気取りはやめなさいよ!」
「貴様は言ってはいけない事を言った!!」
「……」
よし、多少うるさいが邪魔は無いだろう。
では――――いくぞ。
「ふっ!」
箱を開けた後に、ランナーが入った袋を全て開封。
説明書を広げ、ランナーに書かれたナンバー順に机へ並べる。
「はぁぁぁ……」
胴体、頭部、右腕、左腕、股関節、右足、左足、バックパック、外部武装に分かれた説明書を確認し、かつての記憶を呼び覚ます。
――――大丈夫。体は覚えている!
「はっ!」
胴体パーツ全てをニッパーで切り取り、バリ取りを行う。
「キエェエエエエエエエエ!!!」
組み立て、切り取り、バリ取り、組み立てという流れをひたすら繰り返す。
腕や足はパーツは共通の物が多く、一気に切り取り組み立てられる。
懐かしいな。この感じ……。
グイム総司令官仕様を作っている時には感じなかった懐かしさだ。
「ふぅっ……1時間21分か」
終わった後、時計を見て1体出来上がるまでの時間を確認する。
遅いな。以前の倍以上の時間が掛かっている。
だが、それは説明書を細部まで確認しながら作っていたからだ。これは慣れてしまえばもう少し時間を抑える事が出来るだろう。
「ん?」
ふといつの間にか騒がしくなくなったなと、争っていた2体の法を見ると、彼等はぼーっと争いを止めて俺を見ていた。
「なんだよ」
俺が2体に何を見ているんだと聞くと、
「えっ、何その腕の動き……。キモッ」
「素晴らしいです閣下。これ程短時間で作り上げるとは……」
2体はそれぞれ俺の製作風景を見て動きを止めていたらしい。
感想はそれぞれ違うが、まぁ静かにしてくれるならば問題ないだろう。
「あと3体……」
今夜は寝るのが遅くなりそうだ。そんな事を思っていると、
カタカタカタ。
作ったばかりの量産型グイムが動き始めた。
「えっ」
俺はその量産型グイムを見ていると、
「はっ!? ここは! まさか貴方様は議長閣下!?」
なんとできたばかりのグイムが喋って動きだしたではないか。
そしてどうやら俺を慕ってくれそうでもある。
「おぉ! やりましたな閣下。戦力が増えましたぞ」
「ギャァアア! やっぱり増えたぁあ」
グイム総司令官仕様は歓喜し、カリーヌは絶望する。
「こ、ここは……。はっ!? まさか貴方は総司令官殿!?」
「うむ、そうだ。私がこの拠点の軍の総司令官である。早速だが貴官に状況を説明しよう」
量産型の事は総司令官に任せよう。
さて、俺は続きを作るか。気持ち悪いと言われた速度でなっ!
――――あ、さっきのカリーヌの言葉が意外と心に刺さって涙が出てきそう……。
量産型グイムを製作中、グイム総司令官仕様に疑問点を聞こうと思った。
「なぁ、総司令。総司令は自分がプラモデルだという事を理解しているんだよな?」
「はい閣下。自分は彼らと同様、プラスチック製の人形であることを理解しております」
「なら、なんで動いているか分かるか?」
「申し訳ございません。私にはわかりません……。原理も理解できなけれは予想もできません」
「そうかぁ。でも、自分が地球同盟軍の総司令である自覚はあるんだよな?」
「はい。ですが記憶としてはあるのですが現実では本当にそのような役職に選ばれたわけではないという事も知っています。ですが、自分は地球同盟軍の総司令官としての記憶や認識を保有していることも事実です」
「うぅん……わからないことだらけだ」
その後、いくつか質問をしてもプラモデルが動く理由や会話ができるだけの知識や知能があるかはわからなかった。
そして会話しながらも俺は1体1時間まで製作時間を縮めることができた。
ベストタイムを叩き出していた最盛期の頃には届かないが、日付が変わる頃には眠れそうだった。
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