第38話 人質
できることは全部やった。
だけど、いくら戦力を増やしたとしても不安なことは変わりはない。
「襲撃予定の日になったな」
可部和見家から忠告を受けてから3日目。彼女たちの話では、今日この土地や俺達アパートの住民の命を狙う黒地子家の連中がやってくる日である。
約束したわけではないので、今日本当に来るかわからないけど。
「ついにこの日が来ちゃったね……」
台所から両手にコーヒーカップを一つずつ持ち、居間のテーブルの前に座る俺のところまで来た萌恵さんは、片方のコーヒーカップを俺の目の前に置く。
「うん。だけどやることはやった。後は彼らに任せるしかない」
そう言ってからグイム達を見る。
彼らは完全武装で来るなら来いといった態度であった。
「萌恵さんの実家にも戦力は増強させた。念のため、俺の親族にもな」
視覚的にも見えなくなるステルス機能を搭載したグイム、そしてゾームは優先的に作成し、俺の実家である両親が住む家。そして、親族の家にそれぞれグイムの特殊機である転送ポータル装備タイプやワープタイプによって配備された。
予備の燃料タンクも装備しており、必要になるまで隠れて動かずに待機し続けるようにだ。
まぁ、俺の家にはステルスタイプじゃなく、いろいろと送り込んでいる。理由とすれば実家のガゾプラ達に紛れ込ませるためだ。可能であれば戦力追加目的で、実家のガゾプラを持ってくる手はずだが、今のところ輸送の目途は立っていない。
それよりも「とにかく大量に作ればいいや」とあの模型店だけではなく、デパートや別の模型店、ネットでグイムを買いまくった。
だからなのか分からないが、
『今、ガゾギアのプラモデルが熱い!』
『ガゾプラブーム再来か!? ネット通販から次々と消えるガゾプラ達』
などという情報がSNS等で出回っていた。
「作ったはいいが、生活スペースが圧迫されてしまった……」
完成後はグイム達が所狭しと並んでいるだけではない。ゴミとなったランナーや折りたたまれた箱も高く積まれている。
おかげで肩身が狭い思いで暮らさなくてはいけなくなった。
「可部和見の人達が言うには、夜攻めてくる可能性が高いって言ってましたよね?」
と、萌恵が言うので、
「あぁ。そう言っていたが、今攻めてきても隣近所にはバレないだろうから攻めたい放題なんだろうな」
そう俺が返事をする。
現在、この家の近所は無人である。
ある一家は急に旅行に行きたくなり、とある一家は実家に帰りたくなる。そしてある者は友人宅に泊まりたくなり、更に別の者は一日中カラオケパーティーをしたいといった気持ちになり、今朝早くから出て行った。
こうなった原因は可部和見の術である。
彼女らは戦闘になった場合、周囲の民家も被害を受けるだろうからと人払いの結界を作成したのだ。これにより隣近所半径500m以内には人が居なくなったことになる。
入ることができるのは、可部和見一派や黒地子の連中のような結界に対して対応できる能力を持つ術者。そして、このアパートの住民や元住民だけだ。
矢川が来てしまう可能性もあるが、今日戦いがあるかもしれないという事は伝えていたので、今まで来なかったのならば、きっとしばらくは近づかないだろうと思われる。
他にも、周囲に音や戦闘の光景が見られないように隠蔽結界というものも張られているようだ。
なんというか、今まで彼女たちが世間にその存在が露呈されなかった理由が分かった気がしてくる。
「大変よ!」
すると、突然扉が開き、外から噂をしていた亜矢子本人が飛び込んできた。
彼女たちはアパートの駐車場に停めてあるオンボロワンボックスカーにて車中泊をしており、なんとも不自由な生活をさせている。
まぁ、シャワーや食事なんかは俺の家でしていたけどな。
そんな彼女がスマホを片手に血相を変えてきたのだ。今、防衛の頼みの綱である彼女がそんなに焦った表情をしている所を見ると、きっと碌でもないことだろうと嫌な気持ちになってくる。
「なんだ? まさか、俺か萌恵さんの親族が襲われたのか?」
自分で言っていてそれはないのではないかと思う。
なぜならば、緊急事態であれば他のグイムかパソコンに通信が入ってくるはずだからだ。
萌恵さんの実家は既にこのアパート並みに要塞化しているし、俺の実家や親戚にもグイム達を送っているのだ。
そのため亜矢子よりも先に襲撃の知らせを受けるとは思わなかったのだが、
「そのまさかよ!」
「はぁ!?」
しかし、俺の当たりもしないだろうと思って言った言葉の通りだと言う亜矢子が、手に持っていたスマホの画面をこちらに向けてきた。
なんとなく亜矢子の恰好に合わないような文明の利器だがそれは今は関係ない。亜矢子が持っていたスマホの画面内には3人の黒の狩衣を来た男達が見知らぬ6人の人間を縛って座らせこちらを見ているようだった。
しかもこれは通信が繋がっている状態のようであり、リアルタイムでこのようなことが起きているという事だ。
誰だこいつら……。
「おい。俺達の顔がバレてしまう!」
と、俺が慌てていると、
「大丈夫、こっちの映像は映してない。それよりも捕まっている人たちが――――」
「そんな!」
亜矢子が説明をしようとすると、酷く動揺をしながら反応をする萌恵さん。
「萌恵さん!? この人達を知っているのか?」
萌恵さんの反応で、この並んで座らされている人たちが萌恵さんの関係者であると察した俺は、彼女に説明を求めようとした。
すると、
「そ、祖母の実家の人達です……」
と、震える声で話した。
「え? 祖母のって……」
そこで俺は思い出した。そういえば萌恵さんって両親や祖母と共に実家で嫌がらせを受けていたと……。
萌恵さんの実家には護衛用の戦力は出していたが、彼女の祖母の実家までは護衛対象としていなかった。
すると、今度はいつの間にかそばにいたカリーヌが、
「こ、こいつらぁああ!!」
と、大きな声で怒り始めた。
カリーヌは意識はあったが体が自由に動かせない時代、この一族を見て散々悔しい思いをしてきたと言っていた。
つまり、恨みは相当なものなのだろう。
「落ち着け、カリーヌ」
俺はそう言ってテーブルに乗っていたカリーヌを抱きかかえると、
「よく聞け! 無能共」
ここでようやく映像の向こうの連中が動き出す。
ご丁寧に俺達が集合するのを待っていたかのようであった。それにしても最初の一言が酷い言い様である。
「我々は魔から世を守る一族である黒地子家。そして我らが前に居るのは、魔と協力し合う不届き者である梅岸 萌恵の親族である! 我々の要求は貴様たちの無条件降伏である。さすればこの者達の開放をすると約束しよう」
と、画面の向こうの彼らは堂々と言っていた。
「どっちが不届き者よ! というかその場に居る全員が不届き者じゃない」
カリーヌは人質を含め、全員が不届き者だと俺の腕の中でジタバタしながら怒っている。
「解放? そんな話信じられるわけないでしょ! 私の仲間を多く殺したくせに」
亜矢子も怒りを彼らにぶつけていた。
「それに、無条件降伏? 笑わせないで! 出ていけばその人質もろとも殺すつもりでしょ。この土地が欲しければこっちに直接来ればいいのに、黒地子は人質を使わなければ戦う勇気もないのね!」
続けて亜矢子は不満を口にする。
よほど鬱憤が溜まっていたのだろうが、それは当然の話だろう。なにせ亜矢子は目の前で仲間を殺されているのだから。
「ふんっ、可部和見家の小娘か。防御一辺倒の術者如きがいい気になるなよ?
我々の力があれば、いつでもお前たちを一瞬で平らげるごとはできるのだ。
しかし、抵抗すればするほどお前たちは長く苦しむことになる。その苦しみを少しでも和らげてやろうという我らの慈悲を理解できんのか!」
人質を取る黒地子と亜矢子の間で口論が始まった。
どうする? この家にはグイム達は配備されていない。
俺は隣で俯きながら震える萌恵さんにこっそりと、
「萌恵さん、あの家はどこ? 救援に向かう」
と、伝える。
すると、萌恵さんは頷いた後近くにあった紙に住所を書きだした。
それを見たグイム総司令官仕様は素早く指示を出していくのだが、
「えぇい。お前では話にならん! 梅岸 萌恵、お前に判断をさせよう。3分時間をやる。貴様がそこの家の連中を降伏するよう説得しろ」
などと無茶苦茶なことを言い出した。
急いで萌恵さんの方を振り向くと、萌恵さんは首を振っていた。
「できない! できません! 私だけが降伏します。だからみんなを巻き込まないで!」
萌恵さんは必死にそう言うのだが、
「話にならん。その場に居る全員が出てこなければ意味がないだろう」
と、黒地子の連中は萌恵さんの提案を拒否する。
「萌恵、あんた自分だけ犠牲になればいいとか思ってんじゃないわよ! どうせ行ったって殺されるだけなら、あんな連中放っておきなさいよ」
などとカリーヌは怒る。
今までの恨みが爆発しているのだろう。人質の方々には申し訳ないが、カリーヌは容赦しないようだ。
「むむーーーー! むむむぅぅううーーーー!!」
カリーヌの意見を聞き、画面の向こうの萌恵さんの親族達が一斉に何かを言おうとしていた。しかし、彼らは全員口に布を巻かれているので言葉が出ないので、目を血走らせてモゴモゴと言葉にならない声を出すだけだった。
「外してやれ!」
「はっ」
画面の中の黒地子のリーダー格が部下に指示をすると、萌恵さんの親族の口に巻かれていた布を全員分取る。
口が解放された彼らは、一斉に、
「萌恵ぇええ!! 早くワシらを解放しろ!」
「俺達の命とお前のような出来損ないの命。比べるまでもないだろぉ!?」
「そうよ、誰があんたを育てたと思ってんの!」
「お前だけさっさと死ねっ! そして俺達を助けろ」
「死ねぇ、人間の屑ぅ」
「私達はこんなところで死んでいい人間じゃなぁぁああい!!」
これはひどい。
口を開けば萌恵さんに対しての罵詈雑言が聞くに堪えなかった。
「うわぁ、嘘だろ……」
と、俺が思わず呟いてしまうほど同じ人間とは思えない光景が画面の奥で広がっている。
どこか別の国か世界の人間なのではないかと思うほど醜く哀れであった。
「こいつらが萌恵の親戚なんて虫唾が走るわ」
カリーヌは俺の腕の中で冷めたような口調でそう言った。
なんだろう。急激に助ける気が……失われていく。
きっとこういう状況でも人質救出をしようとする警官とかそういった職業の人は、こういう連中を命がけで助けようとするんだろうな。
あいにく俺はそれほどできた人間じゃない。
しかし、萌恵さんは一応助けようとする姿勢は見せたし、亜矢子もどうしていいかわからず狼狽えている。
「私は反対です。議長閣下達を危険な目に遭わせるわけにはいきません」
いつの間にか横に居た総司令官のグイムがはっきりとそう言い、
「ワシもじゃ。なんじゃこいつら人質を取ってる方も取られている方も狂っておる」
と、お菊も言った。
彼らに判断させるわけにはいかない。
彼らは人形だ。生きている人間同士が決めなくてはいけない。
この時の俺はそんな風に感じて、何でもかんでも彼らに任せっきりではだめだと動いた。
「では、俺が伝える」
俺がそう言うと、全員驚いた様子で俺を見た。
画面の奥の連中は俺達の姿は見えないらしいが、ふんっ。と、笑い、
「男の声? お前は何者だ?」
と、聞いてくる。
「このアパートに住む住民だ。俺だって口をはさむ権利ぐらいあるだろう」
そう言ってやる。
「いいだろう。決心がついたか?」
あくまでも自分達が有利であり、自分達の望む方向へと行くと確信しているのだろう。こちら側は黒地子の連中の顔が見えるため、その余裕な表情に腹が立った。
「あぁ、こちら側の要求を伝えよう」
「要求? できる立場か?」
「もちろん」
だから、俺は徹底的にあいつらの澄ました表情や見下した顔を崩してやるつもりだ。
「こちらの要求を伝える。即刻人質を解放し、金輪際我々に関わるな。
そうすれば、このアパートから我々は引っ越すし、君たちと敵対しない。可部和見の連中から、こちらの戦力は知っているだろう? いざとなれば抵抗はさせてもらう。それにもし要求が通らない場合、こちらも全力でお前達を叩き潰す」
「……」
言ってやった。連中は呆気にとられた表情をしており、しばらくの間黙っていた。
しかし、だんだんと顔を赤く染めていき、
「ふ、ふざけるなぁあああああああああ!! そんな要求が通ると思ってんのか!?
おい、こいつらを即刻殺せ、連中はこいつらを殺してもいいと言っているぞ!」
などと、黒地子のリーダー格が顔を歪めながら指示を出す。
えっ。これだけでこんなにキレるの? 改めてこいつらがヤバい連中だと思い知らされた。
「は、はい!」
命令を受けた黒地子の部下は、呪文っぽいものを唱え始める。
効果はすぐに出て、
「ぐっ!?」
「ぎぃぃ!?」
「うがっ!」
「んぼ」
「くぴ!?」
「げぇぇ」
萌恵さんの親戚は、次々に苦しみだし地面に転がりやがて動かなくなってしまった。
「嘘……だろ」
俺はあまりにも突然の事で呆然としてしまう。
「ははっ。あはははははは! どうだ、見たか無能共! お前の誤った判断のせいで人がこれだけ死んだのだ!」
と、黒地子のリーダー格が笑いながら言っていた。
簡単にお前たちに何もしていない人間を殺して笑っていられる神経が分からない。
何やってんだよこいつら……。
俺は驚き動きが止まる。
当然何も言えずに死んだ人たちと笑っている黒地子の連中を見ているだけだ。
そこにグイム総司令官が動いた。
スマホのマイクの所へと歩いていき、
「驚いたよ。君たちが死を望んでいるとはな。我らが議長は慈悲の心をもって人質を解放すれば君たちの命を助けると言った。だが、こうなってしまった以上君たちをこの世で要らない命と判断して処分しなくてはならない。
そんな死にたければ頼み込んで来れば殺してやったものを……。ずいぶんと回りくどいことをするんだな」
と、今も馬鹿みたいに笑っている黒地子の連中に伝える。
え? グイム総司令官……。俺が何も言えないからって代わりに?
この状況で落ち着いて対処できるグイム総司令官の肝のすわり様に感心する俺。言われた方の黒地子の連中は感心するのとは別で、笑顔を消して再び怒りが顔に出る。
「な、なんだその言い草はぁああああああああああああ!!!
殺す殺す! 何が何でも殺すぅううう!! 待っていろ、今からお前の所に我々の仲間が雪崩れ込んでくる!
そうすればお前たちは死ぬ! 死んだら首を切って蹴って遊んでやる!」
などと黒地子のリーダー格は吠えた後、術か何かで生成した炎をカメラに向け発射した。
その後、スマホの画面は黒い映像のみとなったことで、向こうのカメラが壊れたことが分かった。
「大変な事をしてしまった」
俺の一言で人が死んだのだ。
「それは違いますよ。議長閣下」
と、グイム総司令官が言う。
「連中は少なくとも我々の情報は可部和見家の報告から知っていたはずでしょう?
だというのに、これほどまで強硬な手段を使ってきたというのであれば、連中は楽しんでいるのですよ。人殺しを」
「えっ……え?」
何を言っているんだ? 人殺しを楽しんでいる? サイコパスなのか? というか、あの場に居た黒地子の連中全てがそうなのか?
「私の知識――というのは当てにはならないかもしれませんが、人間というのはごく稀にそう言った存在が居るのも多数です。なにせ戦場で多く見てきたものですから」
「……」
そりゃぁ、当てにならん知識だな。とも言えず、俺は萌恵さんを見る。
萌恵さんは震えていて、泣いていた。
「ごめん……」
としか言えなかった。
「うぅん、いいんです。嫌な役目……押し付けてしまいました」
と、萌恵さんは言った。
「どのみち、連中は目撃者を全員消すという方針なのじゃろ? ここでどう足掻いても、捕まった萌恵の親族は死んでいた可能性が高い。聖人、気にするでないぞ? むしろ、連中をあれ程言葉だけで不快にさせたのじゃ。ようやった」
お菊が俺の手を撫で、俺の罪悪感を少しでも消そうとしてくれていた。
だけど、俺も反省すべき点は多いが、あの黒地子の連中は許す事が出来ない暴挙を目の前で見せつけてくれた。
「くそっ。あいつら……ふざけやがって」
どうやら黒地子の連中は手加減というものは必要ないらしい。
ならば、こちらもそれ相応に対処するだけだ。
「緊急の報告です。怪しい車両11台が真っすぐこちらへ向かってきています!」
監視をしていたグイムから通信が入る。
我が家のテレビ――元は萌恵さんが購入したテレビ――に、リアルタイムの映像が流れる。
時刻は夜の10時を回っており、元から街灯が少ないこの住宅街の道をヘッドライトで照らした車列がこちらへと向かってくる様子が見て取れた。
「動き出しましたな」
グイム総司令官がそう言った後、総司令の参謀たちが一斉に指示を飛ばす。
「私も戦う準備をするから」
と、亜矢子は部屋から出て行った。
「ワシらも準備をするかの」
「いよいよ決戦ね。任せなさい!」
お菊やカリーヌも戦う気満々であるが、彼女たちは俺や萌恵さんを守る最後の砦となってくれるそうだ。
「私も……作り続けます」
泣くことをやめた萌恵さんも、決心を固めてまだ作り途中のガゾプラへと目を向ける。
「そうだな。俺もそうしよう」
ギリギリまで戦力を多くしようと、俺も作りかけのガゾプラを手に取る。
今夜は長くなりそうだ。
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