第26話 お菊との和解
「聖人、ほらお茶だぞ」
「聖人、肩を揉んでやろう」
「聖人、今夜は何が食べたい? ワシが腕によりをかけて作ろうではないか」
「聖人、一緒に遊ばないか? ――――あ、今忙しいのか……。すまぬのぉ」
「聖人、何か手伝う事は無いかの?」
「うぅん……」
俺は頭を悩ませていた。
「どうしたの? 難しい顔をして。中にパーツをはめる前に外装パーツ同士を組み上げちゃったの? そういうときはあそこにあるパーツセパレート用の道具を使いなさい」
と、カリーヌがヤスリ掛けをしながら俺の顔を見て聞いて来た。
「あ、いや。そうじゃないんだ。大したことじゃないんだが……」
俺がそう言うと、
「なんじゃなんじゃ。どうしたんじゃ?」
俺とカリーヌの会話を聞きつけたお菊が台所から駆けつけきた。
夕飯を作っている最中だったようだが、それを投げ出して俺のところまで来たようだ。
「怪我をしたのか聖人? 痛いところは無いか?」
俺の周囲を素早い動作でぐるぐる回りながら状態を確かめてくるお菊。
そんなお菊に俺は頭を抱えてしまう。
「頭か? 頭が痛いのか!? 薬がほしいのか」
「いや、いいんだ……大丈夫だよお菊」
俺は両手で動き回るお菊を止めて、言い聞かせるようにそう言った。すると、
「そうか? ならいいんじゃが……。辛くなったら遠慮なく言うんじゃぞ?」
そう言って俺の手から離れたお菊は台所へと戻っていった。
「「……」」
その様子を黙って見送る俺とカリーヌ。
するとカリーヌは小声で、
「ねぇ、もしかしてアレで悩んでる?」
と、聞いて来た。
親指をクイッと立ててお菊を指している。
「……わかるか?」
「何となくはねぇ~……」
そう。俺はお菊の態度に悩んでいるのだ。
つい先日まで呪いの人形化のように俺を殺そうと襲い掛かってきたお菊であったが、俺がお菊の持ち主である城野 トメの孫であることが判明すると人が変わったかのように尽くすようになったのである。
それも過度にだ。
今のように不調を心配してくれるならまだしも、何かあればずっと俺を構おうとしてくる。それが悪い事ではないから余計に達が悪い。
「今は用事は無いよ」
「大丈夫だから」
と、言えばシュンとした顔になってトボトボと肩を落として歩いていく。そんな姿を一日に何度も見れば俺だって謎の罪悪感が湧き出てくるのだ。
なぜ俺がこんな気持ちにならなくてはいけないのだろうか。
「まったく、いつまでも気にしてるなんて精神的に良くないってのにねぇ」
「……お前はお前で良い性格しているよな」
カリーヌだって以前は俺の命を狙っていたというのにそれを忘れているかのように振る舞っている。
ある意味この二人は俺に対して対照的であるのだ。
「テヘっ☆」
「……」
殴りたい衝動を抑えられている俺は、人間的にとてもできた存在なのではないだろうか。
「夕食が出来たぞ!」
そう言ってトコトコとやってきたお菊。料理が乗せられたお盆が頭上高く持たれている。
「上手くできたと思いますよ」
その後ろからにこやかにエプロンを外し見守りながらやってきた萌恵さん。
ちなみに萌恵さんは今までお菊の料理のサポートについていたので、プラモ制作現場には居なかったのだ。
「あぁ、ありがとう」
俺は机を片付け、夕食の準備を始めた。
お菊からお盆を受け取り配膳をしていく。
そして準備が俺、俺と萌恵さんが夕食をとり始めた。
「「いただきます」」
そう言ってからハヤシライスを一口食べた。
「うん、おいしい!」
「おぉ! 本当か!? 洋食は初めて作ったのじゃがうまくいったか。よかったよかった」
お菊は本当にうれしそうに飛び跳ねていた。
残念ながら夕食は人形である彼女達では食べることができない。
そのため、味見は萌恵さんに頼っていたようだ。
「うん。本当においしいよ、これ」
「そうかそうか。それは良かった」
こうして夕食時の団欒は笑顔で過ぎて行った。
今日はこの後、お菊と真剣に話さなくてはいけない。
これはお菊と俺にとって大事なことだからだ。
「お菊。ちょっと話があるんだがいいか?」
「む? なんじゃ? なんでも言ってくれ」
夕食の後片付けを終えた俺達は、一対一で話をすることにした。
といっても狭いアパート内だ。
兵器工廠と化した居間でお菊と向かい合った。
「お菊は最近夜遅くまでガゾプラを作っているね」
まず、俺はそう切り出した。
「うむ、そうじゃの。ワシらは人間とは違って寝る事は必要ないからのぉ。少しでも多くの時間を有効に使おうとしているのじゃ」
「なるほど? 掃除や洗濯、料理などの家事も進んでやってくれるよね」
「萌恵も手伝ってくれるぞ? 聖人は昼間は外で仕事をしているじゃろ。その間ワシらが何もせんわけにはいかないからな」
「なるほど……。本当にありがたいよ。お菊達が居てくれるおかげで、俺達は明日の寿命が少しでも長く延長できると思っている」
「そ、そうか? ならばいいんじゃが……はっはっは」
ぎこちない笑い方で照れ隠しをしているお菊。
本当ならばここから先は言いたくない。
だけど、言わなければ関係性はずっとこのままだろう。そして何かあった後ではきっと心残りができると思う。
「だけど根を詰め過ぎじゃないのかな?」
「えっ……」
俺がそう告げると、お菊は固まる。
「な、何か気に入らなかったのか? す、すまん。次から気を付けるのじゃ。何が悪かったのかのぉ?」
途端に不安げにオロオロとしだしてしまう。
この姿を見ると、やはり俺は申し訳なく感じてしまう。
いくらなんでもこんな状態にまでなっているのを放っておくのは、あんまりではないだろうか?
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだお菊。
つまり……うぅん、上手く言えないな。お菊はなんで俺にそんなに良くしてくれるんだ?」
そして質問をした。
「そ、それは……聖人はトメの孫だからじゃ。そうなんじゃろ?」
「うん、そうだ。旧姓鎌田 トメ。城野 トメの孫の城野 聖人。それが俺だ。
だけど、なんでトメ祖母ちゃんの孫だからってそんなに気にかけてくれるんだ?」
「トメの孫なんじゃろ? ならばワシが聖人に気を掛けても不思議ではないじゃろ。何せワシは――――」
そこまで言って言葉を詰まらせるお菊。だから俺が代わりに応える。
「俺を殺そうとしたから、その罪滅ぼしの為に色々してくれるんじゃないか?」
「……」
お菊は黙ってしまった。
その沈黙が答えなのだろうか。
「もし、俺を殺そうとしたから。そういった理由で色々としてくれるというならば、そんな事はもう気にしなくていいんだ。
お菊は俺の祖母ちゃんを守ってくれていたらしいからな。それに、封印が解かれるまであの土地を守ってくれていたんだろ?」
お菊の話では祖母ちゃんが子供の時にお菊達日本人形が祖母ちゃんや祖母ちゃんの家族を守ってくれたのだ。
「お菊には感謝している。なにせ祖母ちゃんが襲われたその時に死んでいれば俺は生まれてこなかったからな」
「じゃが、ワシは聖人を殺そうとしたのじゃぞ? 恨みは無いのか?」
「無いと言えば……うぅん、もう無いかな。あの時の怖さはあるけど、なんで命を奪おうとしていたか理由もわかったし……」
理由はちょっと理不尽だったような気がするが……。
「じゃが……ワシがトメの孫を殺そうとした事実は変わりはしない。どこかのフランス人形のように能天気にその事を忘れて過ごすなんてできん!」
「っ!? ……」
お菊の能天気発言に驚いて無効をむいていたカリーヌが全力でこちらに振り返る。気になるだろうが今は抑えてくれカリーヌ。
そしてお菊よ。自然に喧嘩を売るな。
「だけどさ、その罪の意識を感じて接してもらうより、友達として接してほしいかな?」
友達言うには年齢がかけ離れ過ぎているかもしれないがな。
「よいのか……? ワシを許すと言うのか?」
「まぁね、今は争っている場合じゃないし。互いに気を使い合ってギスギスするよりも、自然体で過ごそうよ」
「いいのか……? ワシは……トメとの約束を守れず……」
「守っただろ? それに、今も守ろうとしてくれている」
お菊は俺の為にと、色々と気を使ってくれていた。
空回りしている事の方が多いけど、その気持ちは痛いほど伝わってくる。
「ワシは守る資格はあるのか?」
「資格なんか気にしないでくれ。なんなら友達と言ったが、家族として過ごそう。城野家の一員としてなら俺よりも先輩だろ?」
「うぅぅ。うぅぅ。ワシは……また家族に……家族として……」
お菊は俺に抱き着いて来た。
心なしか泣いているかのように震えている。
しばらくはお菊の感情が落ち着くまでお菊の背中に手を当てたのであった。
「いい話になったのかなぁ」
お菊が落ち着きを取り戻した後、カリーヌは不満そうに言っていた。
「いいじゃない。仲直りが出来たならそれは大切なことだよ」
萌恵さんはそうカリーヌに行ったのだが、
「別に二人は仲違いしていたわけじゃないんだけど……」
と、もっともなことを言うカリーヌ。
「なぁ、聖人。今度ワシがおはぎを作ってやろう。ワシはな、トメと何度もおはぎを作っていたのじゃ」
「それは楽しみだ。俺はおはぎにはうるさいぞ?」
「任せておくがいい! おいしすぎてほっぺたが爆発するぞ!」
「恐ろしいおはぎだ」
お菊はというと、今までよりも俺との距離をぐっと縮めてきたので、今は膝の上に座っていた。
さっきまでのギスギスした感じはもう俺とお菊の間にはない。和やかな雰囲気となっていた。
「もう知らない! ふんだ」
カリーヌはいよいよ機嫌の悪さが頂点に達したようでそっぽを向いてしまった。
俺と萌恵さんは「あらら」という顔になり、苦笑いを浮かべていた。
「そういえば、私お菊ちゃんの話を今まで聞いて来たけど、聖人さんのお婆様のトメさんとカリーヌは知り合いだって言っていたけど、どんな思い出とかがあるの?」
ここで萌恵さんは話を変え、そんな事を聞いて来た。
「トメとの思い出?」
カリーヌは再びこちらに向いて首を傾げた。
「あ、そうだな。俺も聞きたかったんだ。お菊からは色々と聞いたが、カリーヌからは祖母ちゃんの話全く聞いてなかったな」
「そうじゃな! ワシはトメがかなり大きくなってから個人の部屋が与えられるまでトメの母親の部屋に飾られていたからな」
俺と萌恵さんはご機嫌取りの目的で話を聞こうとしたが、お菊はノリノリで話を聞こうとしていた。
「そうかぁ。そういえば私、その話していなかったなぁ」
カリーヌとは俺達の言葉に機嫌を直したようで、気分よく台の上に乗って話を始めようとしていた。
「おぉ、話してくれるのか」
お菊はそんなカリーヌに前のめりになりながら話を聞こうとしていた。
「ふふん、いいわよ。なら、話してあげる。まずは私がどこで生まれたかから話してあげましょうか。
始まりは……私がフランスの人形店で生まれたところから話すわ。
そういえば、その時から私、意識があったのよねぇ……」
こうしてカリーヌの思い出話が始まった。
そしてその話は、城野家の歴史の一ページとなる深い悲しい話であった。
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