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第25話 不安


―梅岸 萌恵視点―




「ここは?」


 気付けば私は知っている場所に立っていた。

 だけど、私はあのアパートに居たはずでここまで来た記憶は無い。カリーヌも居ない。聖人さんも居ない。今、私一人だけだ。

 私の記憶では、聖人さんの家に居たはずだ。

 本来なら不安になったり恐怖を感じたりするだろう。だけど、そんな事はどうでもよくなるくらいこの場所に来ていた事に驚いた。


「あ……。あぁぁ」


 しばらく帰って来ていない場所。

 誘拐されて真っ先に帰りたかった場所。だけど、今は聖人さんが住む自宅の方がずっと近かったし、カリーヌも心配だった為後回しにしてしまった場所だ。


「うぅ……」


 私はその場所の敷地に入った。

 夢のマイホームだ。とお父さんが言って中古で買った一軒家。

 田舎町の周囲が田畑に囲まれた長閑な場所。


 そう。ここは私の両親が現在住む家である。


「……」


 玄関の扉に手を掛ける。

 開かなかったらどうしよう。

 また違う人が住む家になっていたらどうしよう。

 そんな事を思いながらゆっくりとドアノブを回す。



「――――開いた」


 扉は簡単に開いた。

 玄関は私が最後に見た時のままだ。

 だけど、それだけではこの家がまだ私の実家とは限らない。

 でも、確かめないと。


 そう思うと何も躊躇わず玄関で靴を脱ぎ、家に上がる。




「――熊本に居る正次まさじが入院したらしい」


「あら? 正次さんは茨城に居たんじゃ?」


「いや、1年ほど前から青森へ単身赴任をしていてな。と言っても気軽に行ける距離じゃないし、見舞金を送っとかなきゃな」



 リビングからお父さんとお母さんの声が聞こえてきた。

 間違いなく両親の声。

 そして、会話の内容も理解できる。

 正次という人は父の高校からの友人だ。

 私達の両親と仲が良く、私も小さいころよく遊んでもらった。



 聞こえてきた声や会話で私は安心する。




「ただいま! お父さん、お母さん」



 そう言ってリビングの扉を開けて飛び込んだ。


 二人は驚いた顔をしながらこちらを見る。


「いきなり帰ってきてごめん。だけど、いろいろ大変なことがあって――――」


 私が体験した事を聞いてもらいたかった。

 誘拐された事。

 カリーヌが動き出したこと。

 逃げ出した先で優しい男性に助けて貰えた事。

 動く人形が他にもいた事。


 言いたいことは沢山ある。

 だから、私もその場所で――――、




「誰だお前は!?」



「ちょっと、勝手に人の家に上がり込まないで!」



「えっ」



 父と母の顔は私を出迎えてくれる顔ではなく、怒りで染まっていた。












「うっ……はっ!?」


 寝ていた私は飛び起きた。

 原因は先ほどまで見ていた私の悪夢である。


「はぁ、はぁ……。よかった……」


 夢でよかった。

 でも……これはあながち夢だけの話じゃすまない。

 今の私の両親は、本当に私の事を覚えていないのだから……。


「萌恵。大丈夫?」


 隣で寝ていたカリーヌが心配そうに私に聞いてきてくれた。


「う、ん……。大丈夫……。大丈夫」


 大丈夫だと言い、カリーヌを安心させようとした。そしてそれは私自身に言い聞かせる目的もあった。

 だけど、やっぱり無理だ。

 私はカリーヌに見えないように横を向いて涙をぬぐう。


「萌恵……」


「大丈夫だって。ちょっと嫌な夢を見ちゃっただけ」


 夢の中で、私は両親と再会した。

 久しぶりの再会でテンションが上がった私は、駆け寄って「ただいま」と言ったのだ。だけど、そんな私に両親が向けた言葉は拒絶だった。全く知らない人に対しての反応。

 これは、聖人さんが作ったプラモデルと私を誘拐した術者達が戦った時のことが影響しているのかもしれない。

 この情報は既に聖人さん達にも伝えたけど、私の両親をも誘拐しようとしていたあの侵入者達は私を誘拐した人達だった。

 それはあの時聖人さんのパソコンから見ていた映像で判明した。忘れもしない誘拐犯達。

 あの時のやり取りもあんな夢を見た切っ掛けになったのだろう。


 今の両親は本当に私の事を覚えていない。だからあんな恐ろしい夢を見たのだろう。


「萌恵のお父さんとお母さんの事が夢に?」


 と、カリーヌが聞いてくる。


「ははっ……。カリーヌにはわかっちゃうか」


「何年一緒にいたと思っているのよ」


 言葉とは裏腹に、隠し事をしたことを咎める様子は無い。

 むしろ優しく私を小さい体で抱き締めてくれた。


「あれからあの連中から連絡が無いのが悔しいね」


「うん……」


「だけど、グイムとかいう兵隊が萌恵のお父さんとお母さんを守ってくれるわ」


 カリーヌが言うグイムというのは、聖人さんが作っているプラモデルの事だ。

 タイトルだけであれば私も名前くらいは知っている有名なアニメのロボット作品であり、カリーヌと同様に何故か動き出す味方だ。

 味方は多ければ多いほどいい。と、聖人さんは沢山のグイムを作り、それを私も手伝っている。私は聖人さんのように上手くは作れないけど、少しでも多く作ればお父さんやお母さんを守る力を得ることができる。


「うん……」


「グイム達は頼りになるから。認めたくないけど、私よりも強いもん」


「ふふっ」


 最後はちょっとすねた言い方をするカリーヌに、なんだかおかしくなって笑ってしまった。

 そういえば、私が誘拐されていなかった間の事を以前カリーヌから聞いたことがあった。

 聖人さんには申し訳ない話だけど、カリーヌやお菊ちゃんと聖人さんは一時期敵対していたらしい。その際に聖人さんは対抗策としてグイムをカリーヌ達に充てたらしく、カリーヌ達を撃退していたとか。


「もう、笑わないでよ」


 と、不貞腐れるカリーヌが可愛くて仕方がない。

 だけど、今思えば聖人さんには感謝しかないのだ。

 聖人さんはグイムを沢山作り、カリーヌ達に対抗できるどころか余裕で倒せてしまえる程作っていた。

 それだと言うのにカリーヌを殺さないでいてくれてありがたかった。

 殺し殺されるような過酷な環境の中で最後の一線を思いとどまってくれた事に感謝したい。


「ありがとね。カリーヌ」


 生きていてくれてありがとう。

 私を支えてくれてありがとう。

 そう思いながら私はカリーヌの綺麗な金髪の頭を撫でながらお礼を言った。


「いいのよ。だって親友でしょ?」


「えぇ、親友だもんね。ふふっ」


 ここに引っ越してくる前の私なら、絶対に人形とここまで心が通わせることができるようになるなんて思いもしなかっただろう。

 引っ越してきたことで大きな問題を抱えてしまった私だけど、この点だけは本当によかったと感じる。


ガスガス。


 すると、襖をノックする音が聞こえてきた。


「萌恵さん、大丈夫? 悲鳴が聞こえてきたような気がしたけど」


 隣の部屋から聖人さんが心配して声を掛けてきてくれたようだ。


「あっ、大丈夫です。起こしてしまいましたか?」


 時計を見れば午前1時を回っていた。


「いや、起きていたから大丈夫だよ」


 ここで私は隣の部屋から明かりが漏れていたことに気付く。

 そうでなければカリーヌの動きがはっきりと見ることはできなかったし、時計も確認できない。


「こんな時間まで起きていたんですか?」


 私がそう聞くと、


「ははっ、ちょっとキリがいいところまで作業を進めようと思ってね。そしたら気付いたらこんな時間だったのさ」


 そう笑う聖人さんだったが、寝ていた私は申し訳なく思い、


「す、すみません。私ばっかり休んじゃって……。開けてもよろしいですか?」


 と、聞いた。


「いやいや。俺が勝手にやってることだからいいんだ。あぁ、開けてもいいけど作業はそろそろ終わる予定だから」


 そう慌てた感じで答える聖人さん。


「失礼します」


 と、言って襖を開けると、そこはプラモデルの製作工場だった。

 床では作業用グイムと呼ばれている種類の黄色とオレンジのカラーリングのロボットのプラモデルがプラモデルの製作作業を手伝っていた。

 よくよく考えれば、プラモデルがプラモデルを作っているってなんだかすごい光景だと思う。

 私もここに来て人生で初めてプラモデルを作ったけど、人間の私でも慣れない作業で大変だった。それを聖人さんは黙々と行い、プラモデル達も手伝っている。だから彼らがなんだか逞しい存在に思えた。


「まったく。聖人は夢中になると簡単に止めぬから困るのぉ。そんな頑固な所はトメにそっくりじゃ」


 聖人さんの隣でプラモデルを分類別にまとめているお菊ちゃんが不満を述べていた。

 お菊ちゃんは聖人さんの祖母。カリーヌの元の持ち主でもある人からの形見分けでこの家にやってきた聖人さんの日本人形だ。

 とても整った顔の作りで、すごく精工にできている。

 赤い着物が印象的なちょっとお年寄りみたいな喋り方をするのが特徴だ。


「そう言うなって。この可変飛行タイプのグイムが長距離高速移動にはどうしても必要だったんだ」


「可変飛行タイプ?」


 私は今まで見てきたグイムというプラモデルとはかなり見た目が違う種類に注目する。

 今まではどんなに武装をくっつけても人型を保っていた。だけど、今聖人さんの手にあるのはどう見ても飛行機だ。


「こちらの機体は増設用燃料タンクを付ければ、かなりの距離を移動できるという機種です。計算の結果、この家から萌恵殿の自宅まで届く距離までが行動範囲となります。もっともワープ装置が使えなくなった場合の想定で作っているので、ワープ妨害をされない限り大丈夫だと思いますが」


 グイムの総司令官と呼ばれているプラモデルが答えてくれた。

 この子はグイム全体をまとめているリーダー的なプラモデルだ。

 聖人さんの事を『議長』と呼び慕っている。

 背中に羽とか大きい大砲等を沢山付けて重そうけどとっても強そうでもある。


「私の家の為に……」


 聖人さんは私にとってかけがえのない恩人だ。

 行き場のない私を救ってくれた人。

 そして、カリーヌを捨てずにいてくれた人だ。

 今もこうして私や私の家族の為に、夜遅くまで頑張ってくれている。


「聖人さん」


「ん? なにかな」


「日常生活に戻ったら、必ずこのお礼をします。働いて私の為に使っていただいたお金はを返すことはもちろん、聖人さんの為に何か力になることがあれば、絶対に」


 そう私が決意を固めると、


「いや、いいよ! そんな。気持ちだけでいいのさ。

 今はほら、こんな状況だから、一人でも悩みを共有できる仲間が居てくれた方が心強いし。

 実際、萌恵さんが居なければ、俺は……死んでいたかもしれないんだ。

 こっちこそお礼を言いたいよ。ありがとう」


 聖人さんはチラリと私の横に居たカリーヌを見ながら言った。


「それは私もですよ。聖人さんのおかげで、どれだけ私の心が救われたか」


 お互いにお礼を言い合い、少し照れ臭い雰囲気となる。


「ははは。じゃぁ、お互い様って事で。

 さぁ、完成したぞ。よし、寝ようか」


 と、照れ隠しなのか、もう寝ようと言う聖人さん。


「そうですね。昼間のプラモデル制作は任せてください!」


 まだパーツ切り取りだけで組み立ては難しいけど、それでも私自身の力で役に立ちたい。


「うん。任せるよ」


 そう言って聖人さんは寝るために電気を消そうとする。私も隣の部屋に戻り、布団に入った。


「おやすみなさい聖人さん」


「あぁ、お休み萌恵さん」


 こうして私達の一日は終える。


「まったく、ようやく寝られるわい……」


「お年寄りは早寝早起きが基本だもんね!」


「このっ! だからおぬしも人間でいえば立派な年寄――――」


「早く寝ろ!」


「「はぁい……」」


「ふふっ」


 なんとも締まらない一日の最後だったけど、悪い夢は見なさそう。




「「「「…………」」」」







「うわっ!? なんだここは!? 夜!? 変形解除っ!」


「こ、こら。議長閣下達が就寝中だ。静かにしろ!」


「へ? あっ、そのお声は総司令閣下!」



 本当になんとも締まらない一日の最後だったな。





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