第2話 人形たちの乱舞
疲れ切っていたのだろう。ベッドに入るとすぐに眠りについてしまった。
しかし、慣れない場所だからか眠りが浅いようで少しの物音で起きてしまう。
カタン。コトン。
築年数がそれなりに経っているからか、部屋の木材が軋むような音が聞こえてくる。
こういうのを過剰にとらえてしまうと"ラップ現象"だとかいうオカルト的な話に進んでしまう。
幸い、俺はこのような古い家の物音には慣れていた。
実家もそうだったし、先日亡くなった祖母の家で泊まっている時なんかも酷かった。
そういえば祖母の家では天井裏でネズミや野良猫なんかも走り回っていたっけ。
夜中にズドドドドドドと大運動会をした時には、祖母以外一家総出で天井裏を確認した記憶がある。
その時には近所の飼い猫が居たらしく、早急に家にできた隙間を修理する手配を親父がしていたっけなぁ。懐かしい。
ギィ。
カチャン。
ピシッ、ピシッ、ピシッ。
なんだか音が酷くなってきた。
それにカチャンって金属っぽい音も聞こえたぞ?
まさかネズミか? この家ネズミが出るのか!?
猫を飼った方がいいのか? いや、一人暮らしを始めてまだ一日もたっていないのに、同居人を増やすのは短絡的すぎる思考だ。
新しい職場では安定した時間で出勤や帰宅ができるとも限らない。ペットを飼うなら計画的にしないと……。
ミシッ。ミシッ。
パサッ。
いや、おかしい。いよいよもって音のバリエーションがおかしい。
どうすればそんな音が出る?
本当にネズミの仕業なのだろうか。
ま、まさか泥棒!? 入居して一日目で泥棒に入られているのかこの家は!
そこでようやく俺はゆっくりと目を開けた。
前の住人が取り付けたカーテンは取り外されており、俺も新しいカーテンを買っていなかったため、月明かりが窓からよく入っていた。
月の光で照らされる部屋の中。
枕の横を見るとそこには――――、
「(うをっ!?)」
俺は声が出そうになる。
ぐぐぐと我慢してなぜそこにあるのかわからない物を凝視する。
「(あれは……見間違いじゃないよな? 夢じゃないよな? なんでアレがあそこに!?)」
見ると昼間本棚の上に置いたはずのフランス人形がテーブルの上に置かれていた。
確かにこの家に帰ってきてからアレが置かれていたのはテーブルの上だった。しかし、確実に俺は本棚の上にアレを置いたはずだ。場所の移動なんてしていない。
ネズミが落としたのか? いやいや、だとしても床に落ちているならわかるがテーブルの上にあるなんて理屈に合わない。そもそもテーブルと本棚は離れているし、ネズミが本棚から落としたのであればもっと大きな音が鳴っていたはずだ。というか、ネズミは人形を移動できるほど万能な生き物ではない!
「(おいおいおいおい。マジかよマジかよ!? 嘘だと言ってくれ。そうだ、俺の勘違いだったんだ。俺は昼間本棚に置こうと思っていただけで、疲れていたから後回しにしてそのまま忘れていたんだ)」
都合がいいように解釈し、これが夢、もしくは勘違いによって驚き損をしているだけだと思うことにした。
だが、俺はフランス人形の手元を見て更なる恐怖に染まった。
「(ハサミィィイーーーーーーーーーー!?)」
そう、フランス人形は片手にハサミを持っていたのだ。
確かアレは実家から持ってきた俺が愛用しているハサミである。当然俺はフランス人形に俺のハサミを持たせるなんて酔狂な事をした覚えもないし、そんなことをする理由もない。
いや、元々似たようなハサミがこの家にあったのかもしれないが、何処の世界に人形にわざわざハサミを持たせようとするだろうか?
ポタッ。
嫌な汗が額から枕に落ちる音が聞こえた。
勘違いかもしれないが、いや、これは絶対勘違いだが、フランス人形は俺の目をじっと見ている気がする。
「(これは夢だ。夢に違いない。そうだ、夢なんだ。夢から覚めたらきっと俺はまだ実家の家の使い慣れたベッドの上で眠っているんだ。そもそもこんな時期に転勤なんておかしいと思ったんだ。ミスもしてなければ何か大きな仕事を達成したわけでもない。本社の目に留まるような働きなんて俺は全くしていないんだ。はははっ、そうだよな。おかしいよな? 変な夢だよなぁ。早く覚めろよな~。
………。早く覚めろぉおおおお!!!)」
なぜだかフランス人形から目を離せない。
ずっと目が合っている状態だ。
キィ。
「(……へ?)」
今、微かにフランス人形の手が動いた気がした。
キキィ。
うん、見間違いじゃない。動いている。
ハサミを持った人形の右腕が動いている。
左手で添えながら、人形から見たら大きなハサミを持っている!
カクッ。
しかも首も動いた。角度を変えてはっきりと俺の方を見ている!
「(うぎゃぁああああああ!! 嘘だ嘘だ! これは悪夢だ! 悪夢だぁああああ!!!)」
ここまで来て俺はようやく己の体の異変に気付いた。
「(か、体が動かねぇ! 声が出せねぇ!?)」
所謂金縛りというやつだ。
先ほどまでは別に動こうとしていなかったため、気付くことはなかった。しかし、人形が動く姿を見て初めてベッドから飛び起き逃げようとしたのだ。
だが、体は自分の意思に逆らいビクともしない。
「(な、なんとか眼球と首だけは動かせる!)」
ここでどうでもいい発見なのだろうが、動く部位を発見することができた。
しかし、逃げるために何の役にも立たない部位だ。
「(ぐわぁあああ、助けてくれ助けてくれぇぇええ! なんなんだよ、引っ越してきてから早々なんでこんな目に合わなきゃいけねぇんだ!
俺が何したってんだ。大体、なんで人形が動いて――――)」
そこで俺はもう一つ重大な事を思い出す。
「(人形――――はっ! ばあちゃんの人形!)」
そう、祖母の家から持ってきた人形の事を思い出した。
『まっ、とにかく聖人はこれを持っていけ。きっとばあちゃんが守ってくれるさ』
ふと叔父がそんなことを言っていたことを思い出す。
そして感じるもう一つの視線。
足の向こうにある箪笥の方角から気配も感じる。
「(もしかして、ばあちゃんの人形が――――)」
首だけ動くので、もしかしたら祖母の人形がこの状況を打開してくれるのではないかと淡い期待を込め、必死に首を動かして足元を確認する。
するとそこにあったのは……、
「(……――――んぎゃぁああああああ!?)」
祖母の人形が浮いた状態でゆっくりと俺の方へと向かってきていたのだ。
日本人形は女の子の形をしており、髪が長いスタンダードな姿だ。
その長い髪を揺らしながら俺に向かって飛んできている。
包丁を抱えて。
「(ふぎょぉぉおおお! ばあちゃん!? ばあちゃんの人形がぁああ!? やっぱりあの箱に入っていた人形は封印されていた人形だったんだぁああ!!)」
きっとフランス人形が動き出し、ハサミを持って俺を襲おうと近づいてきているのは祖母の家にあったこの日本人形の影響に違いない。
そう思いながらも俺は何とか体を動かし逃げようと必死にもがく。
「(畜生! 何がきっと守ってくれるだ。守るのと逆の事をしようとしているじゃねぇか!)」
しかし体は動かない。
少しだけ。ほんの少しだけピクピクと動くだけだ。
「(うわぁあああ!! 日本人形がスピードを上げた!? って、フランス人形が飛び跳ねた!?)」
そして、ついに俺の最期が訪れようとしていた。
人形達は互いに示し合わせたかのように加速し、刃物を俺の方へと突き出す。
「(城野 聖人。27歳、人形に刺されて死亡ってか!? そんな終わり方絶対に嫌だぁああああ)」
堪らず俺は目を固く瞑る。
最期の時の光景なんか見たくもない。
というか、間近で俺を殺そうとする人形達の表情も見たくはない。
だから目を閉じて体を硬直させた。
カキーーン。
「(?)」
するとどうだろうか。なぜか頭上で金属が触れ合う音が聞こえたではないか。
「(な、なんだ?)」
うっすらと目を開けてみると、そこにはなんと、日本人形とフランス人形が互いの刃? を交え、拮抗している様子が見られた。
「(え? どういうこと!?)」
最初の数秒はその光景が理解できなかった。
しかし、徐々に、
「(まさか、ばあちゃんの人形が守ってくれたのか!)」
という考えが過る。
「(そうだよ。そうだよな! 叔父さんも言ってたじゃないか。ばあちゃんが守ってくれるって!)」
祖母の意思が入っているのか、そもそも人形自体が元々守護者的な存在なのかはわからない。
ただ、このおかしな状況で守ってくれる存在がいることがありがたく感じた。
「貴様ぁあああ、このボロ人形、何邪魔してくれてんのよ!!」
と、ここでフランス人形が口を開いた。
ってか、口開いてしゃべるんだ。
あと、日本語なんだ……。
人形が言葉を話していることに驚きはあるが、なにせ動き回って俺を殺そうとしている人形だ。それ以上を上回る驚きなんてそうは無いだろう。
「それはこちらのセリフじゃ! 何故人様の獲物に手を出そうとしておる!」
今度は日本人形の方がしゃべりだした。喋り方古風だな!?
「(そうそう、言ってやれ! 人の獲物に手を出すなんて――――へ?)」
あれ? ……あれ? ……えっ? なんだろうか。聞き間違いかな?
「何よ! そいつは私が最初に見つけた獲物なのよ! 後からこの家に来た癖に、出しゃばるんじゃないわよ!」
「なんじゃと!? こ奴はワシの封印を解いたのじゃぞ! ワシの方が命を奪う正当性はある!」
「(お前もかよぉおおおお!!)」
何という事だ。祖母の形見分けでもらった日本人形は守護者でも守護神でもなくただの殺人人形だったのだ。
「(くそぉおおお! 叔父さん、余計な事をしやがってぇぇえええ!!)」
やはりあの箱は封印の箱か何かだったのだ。
紐で硬く縛られていたのは、こいつを外に出さないためだろう。
もしかしたら祖母の持ち物ではなく、昔からあの家で封印されていた人形だったのかもしれない。
「まぁいいわ。あんたから先に始末してやるから!」
「ぬかしたな!? かかってこい、小童ぁあああ!!」
キュイン、キュワン、カキン!
俺の上で激しい空中戦が行われている。
切りあい、殴り合い、蹴りあい。
激しい攻防が続く。
やがて人形達は床に落ちてぐるぐると転げまわり、いたるところにぶつかりながらも互いに勝利を譲らない。
「(もう、こんなの夢だろ!? こんな非常識な事が現実世界で起きてたまるか! 夢夢夢っ、夢ったら夢ぇえええ!!!)」
ストレスが極度に溜まり、ピークに達したのだろうか。俺はそのまま眠るように気絶をしたのであった。
――――ちゅんちゅん。
外から雀の鳴き声が聞こえてきた。
「――――はっ!?」
俺は慌てて飛び起き、自分の体をまさぐってどこにも傷が無いか確認をする。
どうやら傷も無く無事生きているようだ。
「はぁ、はぁ……生きている。動ける」
寝起きだというのに、額は運動をした後かのように汗で湿っていた。
「はぁ……くそっ。嫌な夢を見た」
生きているという事はあの人形達に殺されなかったという事。
殺す気満々だった人形達がもし現実に存在していたのであれば、今頃俺は目が覚めていなかったはずだ。
なぜならば寝ている最中に殺されていただろうからな。
そうなると考えられる答えは、
「全部夢だったのかよ! こうなったのも、疲れが原因だ。ばあちゃんが死んだり急な転勤が決まったり。
はぁ……。まったく一日ゆっくり休みたいけど、明日が新しい職場への初出勤日なんだよなぁ」
ゆっくりはしていられない。本来この連休にやらなくてはいけないことがあったからな。
「部屋の片付け、買い物、明日の準備。やらなきゃいけないことがいっぱい――――」
ふと俺はベッドの下を見た。
部屋の片づけをしなくてはいけないと思った際、部屋を見渡すと視界の端に何かが転がっているのを見たからだ。
「……うわぁあああ!?」
そしてパニックになる。
理由は落ちている人形達を見つけたからだ。
切り傷や髪を毟られた跡が見える人形達。その右手には包丁やハサミが添えられてあった。
そこでようやく俺は夢でみたホラー体験は現実のものだったと理解できた。
「あわわ、あわわわわ」
俺は転がるようにベットから落ち、這いながら玄関へ向かって靴を履いて飛び出した。
こんな家、一秒でも早く出ていきたい。そんな思いから、俺は走り出したのであった。
-------------------------------------




