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第19話 お菊達の合戦




「「「「「うぉぉおおおおおお!!!」」」」」


 甲高い大勢の子供のような声が鎌田家に響く。



「うわっ。なんだこいつら」


「人形だと!?」


 侵入者は向かってくる多くの人形に驚いたが、


「ふん、所詮は人形。全て焼き払ってやる!」


 と、侵入者の一人が手から炎を出す。

 手品や火炎放射器のような道具で出したわけではない。何もないところから突然出てきた炎は、人形達に向けて放たれようとしていた。


「やめろっ! 家の中だぞ。死にたいのか?」


 しかし、ここでこの侵入者集団のリーダーである少年が炎を使うのを止めようとする。


「は、はい。すみません!!」


「こういう輩はこうやって対応するんだよ!」


 少年はそう言うと、懐から出した札を投げた。

 札は薄い紙でできているが、それを感じさせない位にまっすぐ飛んでいき、



「きゃぁあああ!!」



 人形の一体に当たった。



「おたけぇ!」


 別の人形が札を投げつけられた人形の名前を呼び、進路方向を変える。

 それを見て少年は何とも気持ちらる差を感じた。


「(人形が人形を心配する? くそっ。まるで人間のように振舞うではないか。悍ましい)」


「お竹の仇ぃぃい!!」


「人形如きが図に乗るな!」


「がふっ!?」


 次に炎をぶつけようとした侵入者の男が拳を振るうと、人形が拳に当たって吹き飛ぶ。

 それを見た男が、


「がはははは。人形の妖どもなど恐れるに足らず!」


 と、高笑いをした。


「おきぬ!」


 やはり人形一体一体に名前があるらしく、負傷した人形を別の人形が心配する声が聞こえた。それがリーダーの少年の気に障り、更に機嫌を悪くさせた。



「ひゃははははははっ。俺様の札吹雪。とくと味わえぇええ!!」


 別の侵入者の男は、数十枚の札を投げまくる。

 だが、


「遅いな。遅すぎる! 我にそんな子供だましが通じると思うたか!」


「ぎやぁああああ!? 目がぁああ。お、俺の目がぁああああああ」


 やたらと速い人形がばら撒かれたお札を掻い潜り、お札を投げた男とすれ違いざまに目に鋏で切りつけた。


「おたつ。よくやった!」


 と、別の人形がお辰と呼ばれた人形を褒めたたえる。


「ちっ。何やってんだ!」


 そう拳で人形にダメージを与えた男が目を負傷した仲間を助けようとしたが、


「やぁああ!!」


「ぐっ!?」


 お菊に背後から深々と包丁を突き立てられ、重傷を負ってしまった。

 数の多さと素早さに翻弄される侵入者たちは、これで終わりかと思われた。

 しかし、



「くそっ! 人形如きが人間をなめるなぁあああ!!」


 ここで怒りが頂点に達した少年が爆発的な力を放出し、赤黒い光を広範囲に人形達へとぶつけた。

 光は飛び回る人形達に当たり、


「ふぎゃぁああ!?」


「ひゃぁあああ!」


 回避もできず吹き飛ばされてしまう。そして一気に形勢が逆転されてしまった。


「こ、このぉ」


「うぅぅ……」



 壁や天井にぶつかった後地面に転がる人形達。



「くそっ。くそっ。ふざけやがって! ふざけやがってぇえええ!!

 よくも俺達を邪魔してくれたな人形共! 人間様を嘗めやがって」


 少年はそう言うと、近くに居た人形を思いっきり蹴とばす。


「ぎゃんっ!」


「お松!?」


「がはっ。うぅぅ。痛い、痛いよぉ」


 今まで以上の激しい暴力に、お松と呼ばれた人形は蹴られた後苦しそうに声を上げていた。


「はははははっ。ざまぁみろ! だが、まだまだこれからだぞ!」


 人形達が苦しむ様子に満足した少年は、更に別の人形へと暴力を振るおうとする。

 だが、その高笑いも長くは続かなかった。


ダダダッ。


 何かが走ってくるような音。


「まだ居たのか!」


 抵抗する悪霊か妖怪がまだこの家に居たのかと思い、札を投げた。

 しかし、迫ってくる人ほどに大きな黒い影に札は当たったが、


「くっ!」


 と、少しだけ声を出しただけで止まる気配はない。


「このぉおおお!!」


 そして、その黒い影が目と鼻の先まで近づいたとき、ようやくその存在が人間であることに少年は気付いた。


「馬鹿な!?」


 確かに人間に札が当たっても効果は無い。ちょっと痛いくらいだ。

 だが、その人間が棒を持ってなぜ悪霊たちを守るかのように自分に迫ってくるのか少年は理解できなかった。


「私の大切な人形達を虐めるなぁああああ!!」


「ぐがぁあああ!!」


ガッ。ゴツ。


 そんな鈍い音を廊下に響かせ、その人間――トメは何度も棒を振るった。


「痛い痛い!!」


 悪霊退治で名をはせた一族の末裔である少年は、今までこのような扱いを受けたことなどなかった。

 現場では常に安全な場所に居たが、実力は一族の中でも飛びぬけており次期頭領としてもてはやされていた。そんな彼がただの人間に棒でたたかれるなどという事は考えもしなかったのだ。


「くそっ! だからどうしたというのだ!!」


 そんな予想もつかない事態になった少年であったが、無策ではない。

 人間にも通じる技をいくつも持っており、少年はトメを殺すつもりで術を発動させようとした。

 だが――――、



「トメを守れ!」


「「おぉお!!」」


「ぎゃぁあああ!? なに、なぁに!? なんだぁぁああああ!!」


 次々と少年の体に鉛筆や裁縫針、包丁が突き刺さる。

 いつの間にか最後の砦としてトメを守っていたお涼までもが少年への攻撃に参加していた。


「ぐぎゃぁああ! いだいいだい、やめろやめろやめろぉぉぉお、助けて! 誰でもいいから俺を助けろぉおおおおおお」


 袋叩きに遭い続ける少年はついにはボロボロと涙を流し、転がりながら助けを求める。



「くそっ! 若っ!」



 そこに背中に重傷を負った男と目を負傷した男が少年を庇うように立ちはだかる。

 そして目を負傷した男が少年を担ぎ上げ、逃げ出した。



「くそっ。逃がすか!」


 人形1体が後を追おうとするが、


「結界!」


 と、背中を負傷した男が術を発動させた。


「ふぎゃん!」


 人形は何もない場所にぶつかったのだが、


「こんなもの!!」


 と、手に持っていた鋏を振り回すと、バリン! とガラスが割れたような音がした。


「くそっ。俺の結界をこうも容易く……」


 悔しそうにそう言う背中を負傷した男であったが、逃げる時間は稼げたようで彼らを追いかけようとした人形が再び追跡しようとした頃には、彼らは家から出て行ってしまっていた。



「はぁ……はぁ……」



 いまだ興奮した状態のトメは、彼らが去っていった方向をずっと見つめている。

 そんな状態のトメに声を掛けたのは、


「トメ……トメっ!」


 トメの母であった。


「お母……さん? お母さん! 大丈夫だったの!?」


 無事であった母に気付き、慌てて駆け寄った。

 暗くてよく見えないが、酷い傷は無いように見える。


「えぇ、ちょっと殴られただけよ」


「源吉は!? 源吉は大丈夫なの!?」


「さっき見たわ。殴られて意識を失っているだけよ。今は動かさないように布団に寝かせているから」


 トメの弟の源吉は、トメの母と襖を挟んで隣の部屋で寝ていた。

 そのため侵入者たちに立て続けに発見されてしまい、襲われたのだ。

 幸い二人のケガは命に係わるものはなく、母は顔に痣ができ、源吉は頭部にコブができる位なもので済んだ。


「そう……よかったぁ」


 トメは二人の無事に安堵し、ボロボロと涙を流し始める。


「それよりも……これは……」


 トメの母は、床に転がる人形達を見てどういう事かと驚く。

 人形が散らばっていることには驚くが、その人形達が苦しそうな声を上げ、ゴロゴロと転がっているものも居るのだ。


「あぁぁ。そうだった! お松、大丈夫!? みんなも!」


 惨状に気付いたトメは一番攻撃を受けていたお松に駆け寄り、状態を確かめる。


「うぅぅ。大丈夫だよ……」


 力ない声ではあるが、ちゃんと受け答えをするお松。

 しかし、それを見たトメの母は頭がおかしくなりそうであった。

 なにせ人形達がモゾモゾとひとりでに動いているのだ。悪夢の続きかと思えてしまうほどそれは恐ろしい光景であった。

 しかもトメはなぜかこれを疑問にも思わず受け入れている。


「どういうことなのこれは……トメ? 何か知っているの?」


 質問をするトメの母に対し、トメは難しい顔をした後、


「うん……正直に話すから」


 と答えることで精いっぱいであった。














「と、いう事があって……」


「はぁ……」


 トメが明かりが点いた居間にて説明を終えると、母は大きくため息を吐いた。

 呆れているわけではない。自分でも理解できない話を無理やり納得させようとして脳が疲れてしまったのだ。

 だが、否定できるだけの根拠も持ち合わせていないトメの母は、今も居間で動き回る人形達を見てまたため息を吐いた。



「そして我は向かってくる怪しげな札を躱しながら、気色が悪い笑い声の奴の眼球に刃を突き立てたのだ!」


「流石お辰、鎌田家一の武芸者!」


「いよっ、日本一!」


「ふふぅん」


 人形達は興奮冷めやらぬ様子で、先ほどの戦いの武功を自慢し合う。

 重傷を負ったかと思われたお松もその武功自慢に参加しており、何ともない様子であった。


「ちょっとあなた達黙りなさい!」


「「「ひゃぅ!?」」」


 きゃっはうふふ。と、騒ぐ人形達にトメの母はピシャリと叱った。

 鎌田家一の武芸者ともてはやされていたお辰もトメの母の気迫には勝てなかったようで、たった一言でシュンとしていた。

 それを見ていたお菊が、


「えぇぇ。ワシは何度も言わなければ言うことを聞かないというのに……」


 と、軽くショックを受けていた。


「とにかく。この家の人形達が動くことはわかりました。それについては人前では動かないでとしか言いようがないわね。

 ……もしかして押し入れにしまってある源吉の五月人形も……?」


 鎌田家の人形はまだ存在することに気付いて嫌そうな顔をするトメの母。

 それに答えたのはお菊であり、


「いや、奴は動く気配がなかった。これはワシ等の勝手な想像だが、人と多く接した人形ならば魂が宿り動くことができるようになるのではないか?」


 と、自分の仮説をトメとトメの母に伝えた。

 実際、源吉は五月人形が飾られていても見向きもせず、トメも源吉の人形だからと構いはしなかった。

 だからだろうとお菊は言うのだが、


「そ、そう……。それを聞いて安心していいのかわからないけど、源吉が起きた時にはあなた達もしっかりと人形らしく振舞ってもらいますからね」


 そう指示をするのであった。


「あとは……こんな時間だけれど、駐在さんに知らせて説明をしなきゃね……。

 トメの部屋の前もあんな状態だから無視するわけにもいかないだろうし」


 トメの前で倒された3人の男女は、リーダーの少年が逃げ出した後トメの部屋から逃げ出していった。

 一人死んでいるようだったが他の二人が支えて逃げていったようだ。

 明らかに致死量の血が廊下に広がっていたため、トメは自分の部屋に行くことが憂鬱になる。


「私が撃退したことにするしかないわね……」


 人形達が侵入者達を撃退したなど説明できるわけもなく、更にはまだ嫁に行っていないトメがそんな恐ろしいことをしたという事にもできないため、自分がやったことにしようと言うトメの母。


「お母さんが6人も……?」


「それしかないでしょう?」


 トメも無理がある言い訳に聞こえるが、人形達がやってくれましたなどと正直に話すわけにもいかず、この後母は暗いうちに外に出るのは危険だと判断して朝日が昇ってくるタイミングを見計らい、駐在所へと駆け込むのであった。




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