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第18話 人形達の夜戦


 その後、別の町から応援に駆け付けた警官によって、周囲は騒然となった。

 事件など滅多に起きない田舎である。事件があっても精々どこどこの犬が逃げ出した。どこどこの夫婦が喧嘩をしているなどである。

 噂はあっという間に広がり山狩りも行われ、トメの家を襲撃した者達は大々的に指名手配がされたのだが、主犯と思われる老人の遺体や逃げ続けている若い男二人は見つかることも無く1か月が過ぎ、村にようやく平穏が訪れつつあった。






「お菊ー」


「……」


 とある日の夜、布団の中でトメはお菊に向かって小声で声を掛けていた。

 人形であるお菊は当然何も反応はない。


「お菊ー」


 今度は拾ってきた鳥の羽で、コショコショとお菊の顔を撫でながら名前を呼んだ。


「……ッ」


 当然ながら反応は無い。かと思われたが、お菊の体は僅かに揺れた。


「お菊―」


 今度は高速で鳥の羽を――――、


「えぇい、いい加減にせいっ! 何をするんじゃトメ!」


 小声で怒鳴るという器用なことをしながら怒るお菊。


「えぇ~、いいじゃない。せっかく話せるようになったんだから」


 と、不貞腐れたようにトメが言うと、


「いや、だから本来は人形は話すことがどころか動くこともできないのじゃから……」


「でも、カラクリ人形は動くっていう話は聞くよ?」


「なぬ!? そんな人形が……いや、それは動くように作られた人形という事じゃろ。ワシはそういうのじゃないからの?」


 と、聞き分けの無い子供に言い聞かせるように言うお菊。


「まったく、毎日毎日。事あるごとに人形を動かそうとする。あの人形に対して丁寧に扱ってくれるトメはどこに行ってしまったのじゃ……」


「えぇ~、今もこうして丁寧に扱っているじゃない」


「ワシを困らせておるだけじゃろうがい!」


 今度はもう知らんと言った感じでコテンと寝転がるお菊。

 もう何も話さないし動かないといったアピールだろう。


「お菊~」


「……」


「お菊ったら」


「……」


 不貞腐れたお菊は全く反応をしない。

 ならばと、


「もう、もういいよ。お涼~」


「はいは~い、トメちゃん。ご指名ありがとうございます」


「うぉい!!」


 もう二度と動かないし話さないという誓いをしていたのだが、早々に破られたことにより起き上がって抗議の意を示すお菊は、起き上がってブルブルと震えながら怒る。


「もぅ、お菊お――姉さまったら、ちょっと位話したっていいじゃないですか」


「今なんと言おうとした? 今、何を言いかけた?」


「気にしすぎたらだめですよ? ねぇ、みんな」


「「「「「「「「「そうそう」」」」」」」」」


「うわぁ、みんな動き出しているじゃと!?」


 全員の裏切りに逢い、驚愕するお菊。

 このようなやり取りは1か月前にお菊達が動き出してから日課となっていた。

 夢に出ていたのも人形達の意志で行われていたらしいが、どうしてそんな事が出来るようになったかというのは人形達もわからないらしい。

 体を動かせ、言葉を話せ、夢の中にも入り込める。

 テレビもネットもない時代。人形達は限られた知識の中から、自分たちが決して良いものではないのではないかという意見も出た。

 だから積極的に持ち主であるトメに関わらない方がいいと。


 お菊は2年ほど前から動くことができるようになったらしい。

 他の人形達もこの10年間で鎌田家に迎え入れられた個体が殆どだった。そして、お菊と同様に2年の間に順に動けるようになったとのこと。

 お菊の意識自体は30年以上前からあったらしいが、動けることに異常を覚え年長者として他の人形に動くなと言い聞かせていたそうだ。



「それもこれも全てあのスケベ爺のせいで台無しになったわい」


 と愚痴を漏らすお菊。

 積極的に動くことはしないという誓いは、トメやトメの家族を守るという名目により瓦解した。


「まぁまぁ、いいじゃない。こうしてあなたたちとお話しができるのは夢のようなんだから」


 そうトメは言うのだが、


「夢は夢のままの方がいいのじゃ。だからお涼達が動いている姿を村の住民に見られてややこしいことになったのじゃよ?」


「それは確かにそうだけど……」


 原因は人形達だが、留吉という青年がまだ日が出ていない朝方に鎌田家の畑が見える場所でうろついていたことで今回の事件が起きたのだ。

 留吉の家は鎌田家からかなり離れた場所にあり、留吉が訪ねるような知り合いの家は鎌田家の近くには無い。

 まったくの謎行動であったため、元々気味悪がれていた留吉は、村に面倒ごとを持ち込んだとして嫌われ者になったのだった。


「まったく。ワシらもいつまで動けるかもわからん。動いていること自体おかしいのだ。

 いいかげんにこのような事をやめなければ、再び災いが降りかかるかもしれんぞ」


「う~ん……」


 せっかく話せるようになったというのに、自制してまでやめるというのはなんだか寂しい気がしたトメ。

 だけど、お菊が言っていることはわからないわけではない。


「なぁに。トメに何かあればまたワシらは動くよ」


「そうですわ。また変質者が現れたら私達が相手をしてあげますから」


 お涼が胸を叩いて用心棒宣言をする。


「うん……。本当はもう二度とあんな人たちが来ない方がいいんだけどね」


 こうしてその日からしばらくトメは人形達と話すことはやめ、嫌がっていたお菊以外の人形達もしぶしぶ従った。

 もっとも夢の中での狂乱騒ぎはあったのだが……。






 そして、2週間後。

 秋が訪れ、ススキが風で揺れ始める光景が村に広がってきた頃の夜。

 その日は雲も少なく月明かりが眩しいまさしく十五夜としては最高の風景であった。





「ここか。俺の祖父が死ぬきっかけとなった家というのは」


 一人の少年が鎌田家の前に立つ。

 その背後には5人の男女。横には1人の青年が居り、計7人が集結していた。

 少年の後ろに立っていた男女5人は全員先日鎌田家を襲撃した男達と同じ服装をしている。

 しかし、若者の横に立つ別の青年は違い、貧相な服装をしていた。


「へい。この家がお館様のご厚意を拒んだ罰当たり者の家です」


 若者の質問に答えた青年は、この村の人間であり名を留吉といった。


「まったく。この家の娘はあっしが目を掛けてやったというのに何度も誘いを拒否する高慢な女でございます。あっし以外にも数多くの男に地獄を見せてきた悪女と言っても過言ではないでしょう」


「ふむ……そうか」


 少年は興味なさげに返事をした後、懐から銭が入った袋を取り出し地面に放り投げる。



「うひょひょ! ありがとうございます。ありがとうございます」



 地面に落ちた袋に飛びついた留吉は、何度もお礼を言って走り去っていった。



「ふん。低俗な輩はこれだから」



 去っていった留吉を見ながら少年は悪態を吐く。

 そして、その憎悪に塗れた表情は鎌田家の方向にも向けられ、



「みんないいな? これからこの家の浄化および拠点化を行う。家の中の住人は抵抗が激しいようならば全員殺しても構わん!」


 と、命令を下した。



「「「「「はっ!」」」」」


 そして少年の合図で全員が動き出し、素早く鎌田家の中へと侵入していった。








ガタッ。ゴトッ。


「う、うぅん?」


 就寝中だったトメは物音で目が覚める。

 部屋の中は月明かりで照らされており、夜中でも辺りがよく見えた。


「あれ?」


 見ると、人形が姿を消している。


「(まさかまた勝手に……?)」


 そう思ったトメは、「まったく仕方がないな」と思いつつ、「また理由をつけてお話が出来そう」と喜びの感情が湧き出した。


「(あれ? お菊もいない)」


 ふと勝手に動くことを嫌うお菊もいないことに気付きおかしいと思ったが、直ぐにお菊が脱走をした人形達を連れ戻しに走り回っているのだろうと予想する。


「(という事は物音は人形達が動き回っていたからか……)」


 トメなら大丈夫だが、もし母や弟に見つかったら面倒である。トメも人形達を探すため、人形が通ることができる位開けられた襖を更に開き、廊下へと出た。


「どこかな……」


 こっそりと人形達を探していることから大きな物音を立てるわけにもいかず、トメはゆっくりとした動作で捜索をした。



「おい。あと娘だけか?」


「らしいですね」


「うぐぐ。うぐぐぐぐ」



「(えっ)」


 知らない人の声と母親の声が聞こえてきた。



「やめっ!」


「静かにしろ!」


ゴンッ!


 そして弟の部屋からは弟が叫ぼうとした声と知らないだれかの声と誰かが弟を殴ったかのような音。



「(何!? まさかあの不審者達が!?)」



 思い起こされるのは約1ヵ月前に鎌田家を襲撃した変態達。

 自然と母と弟は変態達に捕まっている姿が容易に想像できた。


「うぐ?!」


 すると、突然トメの口元がふさがれた。


「(しまった! すぐ近くに変態の仲間がいただなんて!)」


 不覚をとったトメはひどく後悔する。

 どうせ捕まるくらいならば、弟の部屋に突入し弟を開放したかった。そう思っていたのだが、


「シーッ」


 目の前に現れたのは日本人形のお涼であった。


「!?!?」


 トメの口を塞いだ人形は別の人形だったが、静かにするようにという仕草をしているのはお涼だ。


「ここに居ては危険です。お部屋にお戻りください」


 小声でお涼はそう言ってきたので、トメは黙ったままうんうんと頷く。

 そしてそのままゆっくりとトメは自分の部屋へと戻っていったが、



「おい。今物音がしなかったか?」


「あ? 本当かそれは」


「間違いない。向こうからだ」



 どうやら気付かれてしまったらしく、トメはなるべく音を立てずに急いで自分の部屋へと戻った。

 新しく変えたばかりの襖を閉め、棒で抑えるが先日のように蹴破られてしまえば元も子もない。


「この部屋が怪しいぞ」


「おい、開かないぞ!」


「まかせろ!」


 やはり懸念していた通りガスン! と襖は蹴破られてしまう。

 顔を見せたのは以前鎌田家を襲撃した人物たちではない。


「見つけた――――」


 震えているトメを見つけた侵入者の一人は最後まで言い切ることは無かった。


「カヒュッ――――」


 妙な息漏れと共に喉元を抑えて倒れる先頭の男。


「何がっ――っぎゃぁああ!?」


「なんだ!? 足元に小さいのが!」


 次々と悲鳴を上げ倒れる侵入者。

 そしてその周りをくるくると飛び回り、手に持った刃物を振り回す人形達の姿が見えた。


「人形だと!?」


「お菊!」


 侵入者たちもようやく自分達に攻撃をしていたのが人形だという事に気付き、トメも侵入者たちを攻撃する者の中にお菊がいることに気付く。


「えぇい、性懲りもなく鎌田家を狙うとはな! ふざけるのも大概にせい」


 お菊はそう言って両腕に抱えた包丁を侵入者の足に突き立てた。


「ぎやぁあああああ!!」


「いやぁああ」


 侵入者は情けない悲鳴を上げ、ゴロゴロと廊下を転がる。

 トメの部屋に来た男女3人はここで命が潰えたのであった。


「なんだ!?」


「くそっ。邪魔が入ったのか!」


 すると、他にも家の中に入り込んでいた侵入者たちが一斉にトメの部屋を目指して走ってくる音が聞こえてきた。


「こうなれば戦じゃ! 皆の者、行くぞ」


「「「「「おぉおおおお!!!」」」」」


 他の人形達もお菊の声につられ鬨を作る。

 包丁や鋏などの武器を持っている人形だけではなく、鉛筆や裁縫針を持つ個体も居た。

 心もとない装備でも、鎌田家を守ろうとする意志は強いらしく、最後の砦としてトメを守るお涼以外は全て侵入者に向かって行ったのであった。





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次話は3日後を予定しております。

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