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第17話 お菊の戦いの歴史


 時刻は夕方。

 トメは朝の出来事からずっと人形達の事が気になっており授業があまり身に入らなかった。

 そして一刻も早く人形達を確認するべく、普段帰り際にわずかな時間交わす友人達との会話も参加はせず、まっすぐ家へと帰宅する事にした。


 自宅の付近へ到着したトメは、普段とは家の雰囲気が違うことに気付く。

 いつもならばこの時間帯、先に帰ってきた源吉が畑で母親と作業をしているはずなのだ。


「手伝いをしないで遊んでいる? いえ、源吉に限ってそれは……」


 先に帰っているはずの源吉がサボるのは無いと考えるトメ。

 源吉はやんちゃであり、人の言うことをあまり聞かないように見えるが、母親っ子である彼は、畑で母と一緒に作業ができることをとても楽しみにしていた。

 大きな作物が採れたら母親やトメに自慢するほどこの時期は楽しみな季節であるはずだ。


 まさか何かしらの事故に巻き込まれたのか? と、トメは不安を感じたが、家の中から、




「やめてください! 帰って下さい!」




 という声が聞こえ、慌ててトメは家の中へと飛び込んだ。

 するとそこにいた人物に驚く。


「ここは危険だと何度言えばわかる! ここは忌地じゃ。本来ここに家など建っているべきじゃない!

 さぁ、出せ。出すのじゃ。ここの家で庇っている妖たちを!」


 黒い衣の神主のような恰好をした怪しげな男の老人とそれに付き従うようにしている男2人が母親に詰め寄っていた。


「何をしているんです!」


 トメが慌てて母と男達の間に入ると、


「むっ。なんじゃ小娘」


 と、老人が鋭い眼光でトメを睨んだ。

 強気な姿勢で挑んだトメであったが、その視線にトメはわずかに怯えてしまう。


「むむっ。小娘、もしや貴様……、うん、間違いない。妖と強い縁が結ばれておる!」


 などと驚いた表情を見せて後ろの男二人に向け、


「即刻この娘を連れて行け! 儀式を行い、この娘と結ばれておる縁を断ち切るのじゃ!」


 と、指示を出す。


「はっ、直ちに。さぁ来い小娘!」


「師匠直々に悪霊との縁を切る儀式を受けるのだ。これほど名誉なことはないだろう!」


 などと、突然男二人がトメの両肩を掴もうとした。

 それを見た母親が、


「いい加減にしてください! 何をしているんですか!」


 と、男二人からトメを守ろうとする。


「えぇい、うるさい!」


「邪魔をするな!」


 しかしトメの母は男二人に突き飛ばされてしまい、倒れてしまう。


「お母さん!!」


 トメは母に駆け寄ろうとするが、


「えぇい、まどろっこしい。今ここで儀式を執り行うぞ!」


「「はっ」」


 と、老人の一言でこの場で何かしらの儀式をしようとする謎の男達。


「早く……逃げなさい」


 母は必死にトメを逃がそうとし、


「何をする気なの……?」


 と、トメは怯える。


「なぁに、簡単な儀式じゃ。悪しき縁をより強い縁で上書きしようとしているだけじゃ。

 まぁ、おぬしのような小娘にもわかりやすく言えば、夫婦めおとの縁を結ぼうという事じゃな」


「は? 夫婦?」


 何を言っているんだこの爺さんは。そんな感情で心がいっぱいになるトメ。

 なぜこんなにも危なそうな老人と夫婦の縁を結ばなくてはいけないのか理解できない。


「ふん。本当に夫婦になるつもりはない。ただ、ワシの子を産めばいいだけじゃぁああ!!」


 すると、突然老人とは思えない速さでトメに掴みかかってくるその男から、ギリギリのところでトメは回避する。

 若さからだろうか、トメの咄嗟の判断と瞬発力で何とかなったが、


「ほう、これを躱すか。ならこれはどうじゃぁああああ!!!」


 と、先ほどよりもスピードを上げて掴みかかる老人。

 だが、トメも今度は避けるだけではなく逃げるを選択し、



「逃げるなぁあああ!!!」


 と、家の中まで迫る老人。

 トメはすぐに自室へと避難し、近くにあった棒で襖を固定した。


「何か武器。武器……あぁ、棒は襖の固定で使っちゃった」


 武器を探すトメであるが、なかなかいいものが見つからない。

 しかし、老人はそんなトメを待ってはくれなかった。


「キェエエエエエエエエエエ!!!」


「きゃぁあああああ」


 襖をけ破りトメの部屋へと侵入してきた老人は下半身を露出していた。

 トメは人生で初めてとてつもなく汚いものを目にしたのだ。

 ここで目が潰れなかったのは幸いである。


「さぁ、さぁさぁさぁ、夫婦の契りじゃぁああ!!!」


 そういって覆いかぶさろうとしてくる老人。

 トメには抵抗するだけの力は既に残されていない。ただ、目を瞑って叫ぶだけであったが、



「ギエェエエエエエエエ!!」


 次の瞬間。トメではなく老人の叫び声が家の中で木霊した。



「えっ……?」


 怖さはあったが、少しずつ瞼を開くと、そこには裁縫ばさみを手にしたお菊の姿があった。


「お、お菊……」


 ここで初めてトメは夢以外で人形が動く姿を確認したのだ。


「すまんのぉ、トメ。どうやらワシらが迷惑をかけたようじゃ……」


 老人と向き合いトメに背を向けるお菊は、悲しそうな声でそう謝ってきた。


「うぐぬぅぅぅぅ。貴様らか。貴様らが情報にあった動く人形かぁあああああああああ!!!」


 老人は苦しそうに下半身から血を流し、必死になってお菊を睨んでいた。

 手は離せないらしく、両手で大切なところを抑えたままだ。


「今度トメに近づいたらバッサリと切るぞ」


 そう言ってお菊は鋏の先端を老人へ向ける。


「ぐぬぬ」


 老人は悔しそうに唸りながら翻って内股で逃げて行った。


「あ、ありがとう……お菊。お菊?」


 お菊は震えているようだった。

 右腕には抱えて持つ血の付いた鋏。


「お菊ー」


「お菊お姉さま!」


 と、次々と人形達が動き出し、お菊を取り囲む。


「こ、コラっ。お前たち勝手に動く出ないとあれほど……」


「えー。今お菊も勝手に動いているじゃない!」


「そうよそうよ。お菊だけずるい!」


 そう人形達はお菊の叱咤に文句を言う。


「お菊。ごめんね? 私の為に。だけどありがとう……」


 今度はトメがそう言ってお菊を抱きかかえお礼をする。

 その際、お菊はカランと鋏を落とした。


「いや、いいのじゃ。ワシは人形。礼など不要じゃ」


「それでもありがとう。ありがとう。うわぁあああああ」


 緊張の糸が切れたトメは大きな声を上げ、泣き始めた。

 そして、


「そういえば、トメのお母さんも向こうにいるんじゃないの?」


 という別の人形の一言で我に返る。


「あぁ、お母さん!」


 トメはお菊を置いて玄関へと急いで向かうと、そこには母親が倒れていた。


「お母さん! お母さん」


 トメは必死になって母を呼ぶ。


「あぁ、トメ。無事だった?」


 トメの母は体を強く打ったのか、意識が朦朧としていた。


「大丈夫だよ。お母さん大丈夫?」


 そうトメの問いかけに母は難しい顔をしながら、


「いいえ、ちょっとダメそう……。あなたの人形が動いて見えるの」


「えっ!?」


 トメは慌てて振り向くと、人形11体がドタドタと背後から走ってきている様子が見えた。


「あ、こ、これは!」


 慌てたトメは何でもないと言おうとしたが、


「うぅぅん」


 世にも奇妙な光景を見たトメの母は、脳内の情報処理が追い付かず、気絶をしてしまったのであった。

 そして、同時に、



パンパンパン!



 と、三発の銃声が聞こえてきた。








 時間は少し巻き戻り、



「駐在のじいちゃん、早く!」


「ふぉっふぉっふぉ、そんなに急かさんでくれ。源坊」


 近所でも悪ガキとして有名だが愛される悪ガキである源吉に連れられ、駐在に居た定年間近の老警官が走っていた。

 そう。トメの弟である源吉は、トメよりも早く家に帰ってきており、その際怪しい3人組から母親を助けるべく警察官を呼びに行っていたのだ。


「強盗なんぞこんな田舎にでるなど……」


「本当だって! 信じてくれよ! ってか、なんか普通の強盗とは違うんだよ!」


「いやいや、疑っているわけじゃないんじゃが……」


 どうにもやっぱり信じられないといった様子の老警官。


「ほら、あそこ! やっぱり。まだ居たよ!!」


 源吉が指差す方向には、まだ怪しい3人組がいた。

 ただ、家の中ではなく外で何か喚いているようだ。

 その中でも中心人物であると思われる老人が、なぜか股間を抑えていたのが気になった。


「なんじゃなんじゃ? 神職の者か? ……いや、にしては黒すぎる格好をしておるのぉ」


 と、ここでようやく妙なことになっていると判断した老警官は、先ほどとは打って変わった足の速さで3人組に近づき、


「おーい、そこの連中。何者じゃ? 村では見ない顔じゃが」


 そう言って3人組に近づいた。

 そして近づくにつれその異様さが分かってくる。

 股間を抑えた中心に居た老人は、どうやら負傷をしているらしく血を流していた。

 事件性が一気に高くなり、警官は自然と警戒心を上げた。


「う、うるさい。我々にかまうな!」


「そうだそうだ。警官ごときが入ってきていい話ではないぞ!」


 若い男二人がそういうのだが、老人は意識が朦朧としていたらしく、


「わ、わしは悪霊との縁を切ろうとしていただけじゃ!」


 と、言い放つ。

 ますます訳が分からなくなった警官は、


「何を言っておるのじゃ? 鎌田さんの家に何か用なのか?」


 そう質問をする。

 すると、


「ふ、ふはははは!」


 痛みで頭がおかしくなったのか、老人が大声で笑う。そして、


「用? 用かじゃと!? あるに決まっておる。ワシはこの村に住む留吉とめきちの報告で、この家の娘が悪霊に取りつかれているという事で来たのじゃ!」


「留吉?」


 その名前に聞き覚えがあった警官は、首を傾げた。

 確かに留吉はこの村に住む若者だ。しかも有名人である。しかし、その有名人というのは悲しい方向で、留吉は村の各地で問題行動を起こす人物として有名であったのだ。



「あの馬鹿者の知り合いとな?」


「馬鹿者!? あぁ、確かに留吉は頭は足らんが言っていることは確かであった。この家はもらい受ける。そしてこの家の娘ももらい受けるつもりだ!

 わしの妾候補の一人として、満足するまで使った後捨てるつもりじゃ! あーっはっはっはっはっは」


 言わなくてもいいことを正常な判断能力を失った老人は声高らかに若いながらペラペラと話す。


「うぅぅん……」


 これには警官もドン引きである。


「なぁ、駐在さん。妾ってなんだ?」


 まだ純粋無垢な源吉少年がいつの間にか近くに来ており、警官に尋ねる。


「いや、まぁちょっと駐在所まで来て話を聞かせてくれんかの?」


 ここでは子供の教育に悪いと思った警官は駐在所まで行こうと言った。

 だが、老人は怒りの表情を見せ、


「うるさいうるさい!! 貴様なんぞにワシの崇高な理念は理解できんのじゃぁああああ!!!」


 そう言うと、懐から小刀を抜き、左手は股間を抑えたままぶんぶんと振りまくる。


「な、なにを!?」


 警官は驚き拳銃を抜くが、


「はははっ、撃ってみるがいい。貴様が一発撃つたびにワシは三度貴様を切りつけよう!

 先ほどの小娘やその母親のように恐怖で顔を染めるが――――」


パンパンパン。


 警官は無表情で引き金を引いた。

 銃弾は老人の胸に吸い込まれるように当たり、老人は糸が切れたかのように倒れた。


「小娘やその母親のように、じゃと? ……貴様、トメちゃん達に手を出したのか? この鬼畜がっ。」


 突然の事で源吉も驚きしりもちをついた。

 そして警官の顔を見てさらに恐怖で顔を引きつらせる。

 あの誰にでも優しく怒った顔を見たことがないと言われていた警官が般若のような顔で怒っていたのだ。


「ひぃい! お、お師匠様ぁああ!」


「くそぅ、逃げろ逃げろ!!」


 そしてピクリとも動かない老人は弟子の二人に引きずられ、どこかへ逃げて行ったのだった。

 そうして逃げていく様子を確認し、姿が見えなくなると、


「よし、源坊。すぐにお母さんとトメちゃんを確認してくれ。ワシはすぐに応援を呼ぶ。

 なぁに足を撃ったんじゃ。すぐには逃げれんじゃろう」


 と、源吉に指示を出す。

 その指示に「えっ」と声を出して驚く源吉。


「なんじゃ? 早くせんと連中が逃げる! ほれ、駆け足駆け足」


 そう急かす警官であったが、


「ちゅ、駐在のじーちゃん。さっきの人。心臓に弾が当たってたよ」


 と、源吉は伝えた。


「えっ。……それ本当?」


「本当」


「……」


 しばらく警官は黙っていたが、


「最近目が悪くなってのぉ」


 などと言い訳をしたのであった。




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次話は明日を予定しております。

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