第16話 お菊の過去
―城野 聖人視点―
「何とかなったぁぁ」
俺は萌恵さんの実家である梅岸家の現況を聞き、怪しい人物たちはなんとかなったようなので、一安心していた。
「ありがとうございます。本当になんとお礼を言ったらいいか」
萌恵さんは何度も頭を下げてお礼を言っているが、
「いや、俺は何にも。グイム達が頑張ったから何とかなったんだよ」
と、俺は手柄はグイム達にあると伝えた。
「いえ。それでも私は聖人さんに出会わなければ両親を守ることはできませんでした。
皆さんもありがとうございます」
そう言った後、萌恵さんは人形達にもお礼を言って回った。
「だけど、こうなると本格的にわからなくなるなぁ」
俺がポツリとつぶやくと、
「えぇ、連中は何者かって事でしょ?」
今度はカリーヌが質問をしてきた。
いや、まぁそれもそうなんだが……。
「多分それは……。この状況をどうにかしようとしている人たちじゃないかなって俺は思っている。
ほら、人形が動くとかどう考えてもおかしいだろ?
それに、さっきの萌恵さんの実家であったことを通信で伝えられた限りじゃ、ビームガンやレールガンも撃っていたそうじゃないか。
お菊やカリーヌは別としてもグイムや輸送機に至っては完成したてのただのおもちゃだぞ?
それに、萌恵さんのご両親に睡眠ガスを使ったそうじゃないか。それ本当に使っても大丈夫かと聞きたいが、それよりも効果があったことに驚きだよ」
これはもし核兵器搭載型グイムを作ってしまえば、核と同等の効果を発揮する兵器をわが家が手にしたことになるかもしれないのだ。
日本の法律にいくつも違反しそうな話である。というか、現状いくつ法令違反しているのか考えると怖くなってきてしまう。
だから、俺はこんな質問グイムにした。
「お前たちは一体何者なんだ?
なんでプラモでできた兵器が実弾を放てたり、プラスチックのナイフが本当にいろいろ切ることができる硬質な素材に変化するんだ?」
そうたずねると、
「いえ、それは我々ではなんとも……。情報分析に長けたグイムの生産をしていただいて、専門のチームを作るという対応をしていただければわかるかもしれませんが、それよりも我々よりずっと長く生きてきたお菊殿やカリーヌ殿に聞いてみた方が分かるかもしれませんよ?」
自分達も何故動けるのか分からないという答えを出してきた。
「それもそうか」
グイム達はいわば生まれてきたばかりの存在だ。
もしかしたらお菊やカリーヌの方がその辺の事情に詳しいのではないかと思う。
カリーヌも意識だけは昔からあったと言っていたしな。
「それは私にもわからないわよ。萌恵と一緒に見ていた心霊番組の特集で、長く愛された人形は魂が宿りやすいって言っていたのは聞いたけど」
「あぁ、そんな話前にもしたなぁ」
カリーヌと話したのはいつ頃だっただろうか。そんな会話をした覚えがあった気がする。
「私もわかりません。カリーヌが動き出したのはこの家に来てからでしたから」
と、萌恵さんも同じく原因はわからないという。
だが、
「ワシは……。一応わかるかもしれないぞ」
と、お菊が答えたではないか。
「マジか」
「本当!? 伊達に長生きしていないわね! お菊」
「うるさい。貴様だって相当長生きだろうに!」
ここでお菊とカリーヌの不毛な争いに発展してしまいそうだったが、
「どうどう。お菊」
「カリーヌだめだよ。人を挑発するような発言をしちゃ」
と、俺と萌恵さんとで2体の人形を諫めた。
「それよりも続きを話してくれ。お菊は何か知っているのか?」
ここで話が終わってしまうのは避けたいので、俺はお菊に質問をした。
「ぐるるるるる。まぁよい、これはワシの封印にも関わることじゃからな」
そして、お菊の過去の話が始まった。
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―過去。鎌田家※現在の城野家―
鎌田 トメは中学卒業間近となった頃の話である。
「う、うぅぅ……」
トメは毎日とある夢を見ていた。
「わーい!」
「きゃははっ!」
「これっ。あまり人の夢の中で暴れるではない!」
沢山の人形達がトメの周りで狂ったようにはしゃぎまわる光景が広がり、それを一番思い入れがあり家でも大切にされている代々受け継がれてきた人形お菊が他の人形を叱っていた。
「だって本当は動けるのに動いちゃいけないなんてつまんないじゃない」
「そうよ。私達だって思いっきり外で走り回りたいわ」
「お菊おば……ごほんっ。お姉さまだって動けるというのに動いちゃいけないなんて決まり、煩わしく思わないのですか?」
「おいコラ。お涼、今貴様おばあ様とか言いかけたであろう? こっちにこい! 尻を叩いてやる」
よっぽど腹が立ったのか、今まで大人しかったお菊がびゅんびゅんと飛び跳ね、人形のお涼を追い掛け回す。そしてお涼を捕まえると、
「いいか、おぬしら。人形は基本動かぬものじゃ。
動いたらトメだけではない。鎌田家に迷惑がかかるからじゃ」
ぴしゃりとお菊が言うと、方々から「えー、なんでー」という声が聞こえてくる。
「それは決まっておるじゃろう。動く人形は化け物じゃ。
魂は宿れど命は宿らん。動く人形は大抵呪いを受けたものかモノノ怪じゃ」
そうお菊が言いきると、トメは、
「みんな呪われていない。妖なんかじゃない!」
と、口に出す。
だけど心の声のように自分の口から言葉は出ず、思いが自動的に音声のようになって夢の空間に広がるような感覚になるだけであった。
「ふむ。トメの言葉はありがたい。本当にワシらの事を考えてくれている。
だが、夢の中と現実は違う。
わしらはあふれんばかりのこの力を発散するため、夢の中限定でトメの中にお邪魔させてもらっているだけじゃ。
きっと実際に動いている姿を見てしまえば、心変わりをするじゃろう。いや、しなければおかしいと言っておこう」
そこまで言い切るお菊に対し、トメは悲しい表情を見せた。
「そう悲しまんでくれ、トメよ。ワシらはこれだけでも本当に楽しい思いをさせてもらっておるのじゃ。
大切な持ち主と遊べ、話せる。これは他の人形では絶対に味わうことができない幸福なのじゃ。
自分で呪いの人形などと言ってしまったが、これだけ幸福な人形は他にはいないじゃろう」
「お菊……」
夢の中では、いつもお菊たちをはじめとした人形達と楽しく遊ぶ。
起きてみればなんて幼稚な夢を見たのだろうかと恥ずかしくなるのだが、悪い気はしなかった。
ただ……。
「ひゃーー」
「ぎゃぁあああああ!!」
「きゃははははは」
「我のあふれんばかりのこの力。何かに使いたい! うぉおおおおおお」
狂ったような笑いと共に飛び回る人形達に付き合うと、夢の中でもどうしても疲れてしまうのが悩みであった。
朝。起きてみれば特に人形達は動いた様子もなければ声を掛けても何も反応はしなかった。
常識的に考えて当然の事であるのだが、トメは首をかしげる。
「なんであんな夢を見るんだろう」
考えてみてもわからない。
唯一あるとすれば、自分の部屋が与えられた際、お菊を自分の部屋へ移動させた時からだろうか。
それまでお菊は母と自分、弟が寝る寝室に飾られていた。
しかし、トメや弟が成長したことにより自分の部屋を与えられることとなり、一番お菊を大切にしていた家の人間であるトメが自室へと持って行ったのであった。
「おはよう。お母さん」
「母ちゃん、おはよー」
「おはようトメ。おはよう源吉」
トメは戦争で父と兄を失った。
祖父母もその後立て続けに亡くなり、今では母が一家の大黒柱となる。
トメは中学を出て仕事をすることが決まっており、弟の源吉も学校が終われば畑の手伝いをしてくれていた。
そんなある日の事、
「なーな。母ちゃん、最近変なことがあったんだけどー」
「なぁに源吉。変なことって」
「あのな。野菜の収穫が勝手にされてるんだよ」
「え? 泥棒って事?」
「いんや、盗まれているっていうより、勝手に収穫されて籠の中に入ってるんだよ」
「なぁにそれ。気味が悪い……」
と、源吉と母が妙な話をしていた。
この会話に身に覚えというか、心当たりをほんの少しだけ感じたトメは、ギクリとしたが、
「(いや、ナイナイ。あれは夢の中の話。人形達が勝手に動き出して野菜を採るなんてことは絶対にありえない)」
と、自分の考えを否定した。
「トメ? どうしたの?」
「まさか、姉ちゃんが俺が収穫する前に作業をしたのか?」
「嫌だな。そんなわけないじゃない」
トメは慌てて否定をして、朝食を食べ終えると学校へと向かったのであった。
そして夜。
再び不思議な夢を見る。
「あー、あー。この中に、昨日勝手に動いて畑の野菜収穫をした者がおる」
夢の中ではお菊が偉そうに、並んだ人形達に向けてそんな事を言った。
「(あぁ、朝のお母さんと源吉の会話の事を考えすぎていて夢にまで出ちゃったか……)」
だんだんと自分の頭が心配になってくるトメであったが、
「誰じゃ! 勝手に動いたものは! 大人しく名乗り出ぃ!」
お菊の本気の怒りで我に返ったトメは、
「大丈夫だよお菊。私は感謝しているから! 弟もきっと感謝しているわ」
と、伝えた。
やっぱり声に出ているか不安であったが、お菊にはきちんと伝わったようで、
「トメ。甘やかしてばかりじゃいかんぞ? こ奴らはその甘さに漬け込み、昼間でも動き出すことをするかもしれない。
仮に人目に付くようなことになってみろ。鎌田家は妖の家だと村中に知れ渡ってしまうぞ?」
「うぅぅ。そ、それは」
それは確かに困ることだ。
ここで初めて困った顔をするトメ。すると、
「そんなつもりなかった!」
「そうよ! 毎日毎日トメが勉強と畑仕事をしているのが見ていてつらかったの! 乱暴者の源吉はどうでもいいけどね!」
「なら、どっちかできる仕事を手伝いたいと思うのが当然じゃないかしら? お菊おば……お姉さまは何とも思わないというの?」
と、口々に人形達が発言をした。
「お松、お鶴、お涼。やはり貴様らじゃったか。
馬鹿もんっ。ワシをトメの事を思わぬ非情な奴とでも思っているのか?
確かにトメ達が毎日苦労して仕事をして、勉強をしている姿は心が痛んだ。
ワシも何度動いて大根を共に引っこ抜こうと思ったことか! 泥だらけの顔を拭いてやろうと思ったか!
じゃがなぁ、その姿を他の者に見られたとき、辛い思いをするのはトメ達なのじゃぞ!」
そう言うと、ようやく自分たちのしでかしたことに気付いたのだろうか。人形達は何も言わなくなる。
そして、
「トメー」
「トメ。ごめんなさい」
「迷惑をかけるつもりはなかったの」
と、口々にトメに近寄り謝ってくる。
その姿はあまりにも愛おしく感じたトメは、
「いいのよ。みんな私達の事を考えてくれてありがとう。あと、もう少し源吉に対して態度を柔らかくしてくれるとありがたいかなぁ」
と頭を撫でながら言う。
「えー。源吉は乱暴者だからなー」
「一昨日だって草で作った球を投げて私にぶつけたんだよ?」
などと柔らかな雰囲気になる。
「お涼。あと、おぬしは先ほどまた間違えてはいけないことを間違えたな?
後でお仕置きじゃ」
「ひっ」
約一体はこの後お仕置きが待っているようだった。
朝、起きた後早速トメは人形達を見た。
以前は毎日のように細かく確認していたのだが、最近は畑仕事や勉強が忙しく人形達を構っている暇などなかった。
「少し汚れがついている……」
家から出すはずもないのに、夢の中の通り少しだけお松、お鶴、お涼の人形が畑の土で汚れていた。
その汚れをパッパと窓から払った後、今へと行き、
「源吉ー。私の人形に草で作った球を当てたでしょぅ?」
と、質問をした。
「ゲッ、なんでそれを――――いや、何のこと姉ちゃん?」
「うん。惚けても無駄だからねぇ。じゃぁ拳骨ねぇ」
「ひぎゃぁああ!! 母ちゃん助けて!」
「今のは源吉が悪いわ」
「嘘だろ母ちゃん!? 母ちゃん! 母ちゃん! ヒギギュアグゲェェェェェエエ!!!!」
源吉は人が出してはいけない声を出しながら悶絶し、食事をようやく食べ終えトメに引きずられながら学校へと向かう。
そして源吉を連れたトメは、夢で知った源吉の悪戯が現実でも起きていた事に驚きで心臓の鼓動が早くなっているのを感じていた。
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