第13話 衝撃的な事実
―翌日―
「はい。すみません、今日は体調不良でお休みをいただきたいんです。
本当にすみません」
俺は仮病を使い、会社を休んだ。
わざわざ俺を呼ばなきゃいけないほど人員不足なところ申し訳ないが、人命がかかっているためこちらを優先せざるを得ない。
「申し訳ありません! 私の事で……」
「いや、いいんだ萌恵さん。それよりも総司令、リストはできたか?」
「はい。ばっちりです」
俺はひたすら申し訳なさそうにする萌恵さんに大丈夫だと言いつつ、グイム総司令官仕様から一枚の紙を渡された。
「……なるほど」
そこにはグイムの種類と数量が書かれており、本日は会社を休みこのリストのグイムを買い、ひたすら作って今夜出発させるというハードスケジュールを予定していた。
「模型店の開店は10時からか……」
俺はスマホで昨日も行った模型店に足を運ぶべく、本日開店するかを確認する。
今日も店は開店予定らしいが10時まではまだ時間があった。
「まだ時間に余裕があるな……」
こんなことなら昨日もっとグイムを買っていればよかった。と後悔している。
昨日買ったグイム2体はその日のうちに作ってしまったため、今は新兵となった2体のグイムが先輩たちに教えてもらいながら訓練をしていた。
頼むから射撃訓練は控えてほしい。
「はぁ、こうなるとまだ時間が余っているから何もすることがないな……」
「ねーねー。何か私もすることがないの?」
俺が余った時間をどう過ごせばいいかと考えていると、カリーヌが俺の服を引っ張り何か手伝えることがないかと聞いてくる。
「いやぁ。手伝うといっても……」
何ができるのだろうか? と、そのちっこい体を見ていてふとこんなことを思った。
「そういやカリーヌって萌恵さんのお祖母さんの形見なんだよな? そうなると昔から萌恵さんの家に居たってことなんだろうけど、その割にはずいぶんと綺麗な状態を保てているな」
俺がそう言うと、
「やだっ。聖人ったら綺麗だー。なんて! 口説くにしてはベタすぎるわよ!」
などと、クネクネと気持ちが悪い動きをしている。そんな動きができたんだ……。
いや、それよりも何を言っているんだお前は?
「あ。カリーヌの保存にはかなり気にかけていましたから。
いつか本来の持ち主に返さなきゃいけなかったので」
俺の疑問に答えたのは萌恵であった。
「本来の持ち主?」
気になってさらに質問をしてみる。
萌恵の方は少し真剣な表情となって、
「はい。どうやら祖母の話では、子供の頃世話になった親友から再会を誓って借りた人形だったそうです」
「子供の頃……。萌恵さんのお祖母さんの子供の頃って言うと」
「70年以上前の話です」
「そんなに昔なのか……」
なぜ70年も時間があったのに会いに行かなかったのかと思っていると、
「親戚が祖母や私達家族を束縛していて会いに行くのを許さなかったんです」
俺の疑問を察してか、萌恵さんはそう答えた。
そういえばチラリとそんなこと言っていたな。
「そうなのよ! あいつらホント酷い連中で、何度殺してやろうかと思ったか! あ、今なら殺せるね!」
「おいやめろ。これ以上問題を増やすな」
俺は意気揚々と鋏を持とうとするカリーヌを止める。
「えー。なんで止めるの?」
「問題だからだよ! 殺人事件で大事になれば逃げるどころじゃないだろ!」
「それはそうだけど……。あーあ、つまんない!」
カリーヌはしぶしぶ鋏から手を放し、コロンとふて寝した。
「はぁ……。しかし、今――――は無理だがこの騒動がひと段落したら会いに行けるんじゃないか?」
それは同時にカリーヌと萌恵さんのお別れを意味するのかもしれない。
そもそも動くようになった人形を返すのはヤバいことだと思うけどな。
「はい。実はそれも計画していました。
ですが、お祖母ちゃんがなくなってバタバタしていてなかなかと時間が作れず……。
住所が書かれたメモはみんな親族に捨てられてしまったので、お祖母ちゃんから直接教えてもらった情報しかありませんが、ここからそう遠くない場所に住んでいると聞いたので、探してみようと思っていたんです」
「ほう。ここから近い?」
「はい。あくまでも私の実家からという意味ですが、何百キロも離れているわけじゃないです」
「相手の名前も知っているのか?」
「はい。鎌田 トメさんって方で、ここから――――」
ズバァアアアアアン!!!
萌恵さんが説明をしていると、突然隣の部屋の襖が開いた。
その襖を開けた者は言わずもがなである。
「お菊!」
そう、俺を殺そうとしている危ない人形の1体。こちらは俺の祖母の形見である人形だ。
萌恵さんのカリーヌと同じ形見でも信念の方向性が全く違う危ない人形である。
「なぜ! なぜじゃ!」
ズンズン。と、お菊は萌恵さんに近づく。
「ファーストレディーを守れ!」
「議長夫人を守れ!!」
と、グイム達がおかしなことを言いながらお菊の前に立ちはだかる。
「どけい! 力を貯めたワシの前では、貴様らなどただの雑兵じゃ!」
「「ぐわぁ!?」」
そして、無謀にも近くにいた新兵達が吹き飛ばされた。
初めての実戦が敗北とか悲しすぎる。
「くそっ、止めろ止めろ!」
「今の私は聖人の味方でもあるのよ! この家で好き勝手させない!」
と、他のグイム達やカリーヌも参戦し、お菊は動きを封じられた。
それでもお菊は叫ぶ。
「どうしてワシの最後の主であるトメの事を知っている!? おぬし、トメの関係者か!」
と、喚いていた。
トメ? ん? 鎌田 トメ……。あぁ!
「もしかして祖母ちゃんの旧姓か! あぁ、そういうことか。なんとなく聞いたことがあった気がしていたんだ。そうだ。俺の祖母ちゃんも鎌田だった」
俺がそれを思い出すと、
「えっ!」
そう萌恵さんが驚く声を出した以上に、
「ぬわぁああああにぃいいいいいいいいいいいいい!!!!」
と、更に大声量でお菊が叫んだ。
「ちょっと待て! おぬし、おぬしトメの孫だとぬかすか!?」
お菊がジタバタ暴れ質問をしてくる。
はぁ? 何をいまさら言っているんだ?
「あぁ、そうだよ。ってか、なんで今更? 祖母ちゃんの家からお前を持ってきたのは俺だろ。
普通に考えて親族か何かだろ? 赤の他人がなんで祖母ちゃんの家から人形を持ってくんだよ」
「いやいやいやいや。何を言っておるんじゃおぬし。トメの苗字は鎌田。おぬしは城野。苗字が違うじゃろ!?」
何を言っているんだこいつは。
「えっ。それって結婚して苗字が変わったんじゃ……」
カリーヌがそう指摘すると、えっ? という感じでお菊はカリーヌを見た。
「なに? そういう制度知らなかったの?」
不思議そうにカリーヌが問うと、お菊はぽかーんとしていた。
俺もついでに付け加えて説明をする。
「ちなみに祖母ちゃんの弟の源吉爺さんは苗字が鎌田だから、お菊が言うトメさんとと俺の祖母ちゃんは同一人物だと思うぞ」
俺がそこまで言うと、今度はお菊は俺の方を見る。
「お、おぉ。源吉の小童の事か……。うむ、わしも知っておるぞ……。
ということは何か? おぬし、本当にトメの孫……なのか?」
「そうだよ。というか、祖母ちゃんの葬式の後、形見分けの時の話聞いてなかったのか?」
「ト、トメが死んだ!? 初耳じゃぞ!!」
「えっ!!? トメが死んだ!!?」
俺の祖母の死の報告に人形達は驚いている様子だ。
あ、いや。萌恵さんもか。
「あぁぁ。なんということじゃ……」
「トメ……さすがに70年以上も経っていればそういうこともあるわよね……」
2体は気の毒なほど落ち込んでいる。
カリーヌはついこの間まで敵だったが、それでも可哀そうなくらいだ。
やがて、1、2分ほど経った位に、
「トメは……幸せだった?」
カリーヌがそう質問をしてきた。
「そうだな……。子供が3人生まれて孫も5人。ついこの前ひ孫も生まれて一緒に祝ったよ。幸せそうだった」
「そう……」
カリーヌはそれを聞くと、少しだけホッとした様子だった。
「トメは……死んでしまったのかぁ」
だが、お菊のショックはまだ大きいらしい
お菊がショックを受けているということは大切にされていた人形なのだろう。
箱に入ったままで過ごしていたので、家族との思い出も箱に入った瞬間途切れているのだ。
「目を覚ました時にはおぬしから箱から出された時じゃった」
そうぽつりと言うお菊。
「えっ。目を覚ましたって、箱の中で眠っていたのか?」
「ワシはとある事情で封印されておったんじゃ。背中に札が貼られていたじゃろ?」
「あ、あぁ。そういえばそうだったな……」
俺はお菊を箱から出した際、はがれた札の事を思い出す。
「いや。まさかカリーヌならともかく、お菊が俺を祖母ちゃんの孫だと知らなかったとは……」
今日は朝から意外な事実を知りまくる。
「知るはずもなかろう。いきなりワシの解いてはならん封印を解いた見ず知らずの輩はすべて敵と認識しておったんじゃ。
ワシの封印の札を剥がすのは敵かバカのどちらかじゃと思ってな。
もっとも長い年月であの家自体消え去ってしまったという可能性も考えておったが、まさか封印を解いたのがトメの孫だったとは……。ワシの事は何も聞かされておらんかったのか?」
今度はお菊からそう質問をされた。
「何も聞いていないぞ。おそらくお菊を発見した叔父さん。えっと、祖母ちゃんの長男も知らなかったから俺にお前を渡してきたんだから」
「なるほどな……。忘れていたわけではないだろうに……どうしてトメは何も家族に伝えなかったのだろうか」
不思議そうにしているお菊。祖母が俺達にお菊の事を伝えていなかったとしたら、考えられる理由はいくつかある。
「祖母ちゃんは急死だったからなぁ。単に伝えるタイミングが無かったかもしれない。
一応形見分けをするための遺言状は用意してあったから終活はしていたようだけど、お菊の事を記した遺言状までは間に合わなかったんじゃないか?」
「そうか……。忘れていたわけではないと願いたいものじゃが……」
目に見えて落ち込むお菊。これはいくら命を狙ってくる相手だとしても可哀そうになってきたな。
それに新しい情報としてあのお札がはがれたことにより目覚めたのか。
「そう気を落とすな……とはとても言えないか。
まぁ、もしこのゴタゴタした件が片付いたら、一緒に墓参り行くか?」
俺がそう聞くと、お菊は小さくうなずく。
「私も行きたい」
するとカリーヌも同行を申し出た。
「あっ。なら私も……」
萌恵さんもだ。
「もちろん歓迎するよ。祖母ちゃんの仏壇は叔父さんのところにあるから、人形を連れて行ってどういう反応になるかはわからんが、そんなに悪いようには思われんだろう」
ここで仏壇がある叔父の家にも行くことを提案し、彼らはうんと頷いた。
何せ人形を大切にしている一族だ。祖母ちゃんの人形を新しく見つけたという話を含めて叔父さんに話せば問題ないだろう。
そしてようやくお菊はグイム達から拘束が解かれるのだが、
「う、うわぁあああああああ!!!」
と、走りだしたかと思えば、柱に向かって頭を打ち付け始める。
「うえぇえ!? 何してんだ!!」
誰もその奇行に反応できない中、俺が真っ先にお菊を止める。
「止めてくれるな聖人! ワシはよりにもよってトメの孫を殺そうとした人形じゃぞ!!」
「えぇぇ、罪悪感に苛まれているの!?」
あんなに憎悪を向けて殺しにかかってきたというのに!?
「当たり前じゃ! あぁぁ、ワシはなんていう事を……なんていう事をぉぉぉ」
俺の手の中で暴れるお菊を何とか大人しくさせようと力を入れるが、そのはずみで壊れてしまうのではないかという恐ろしさも感じた。なので、どうしても力の入れようは中途半端になってしまう。
「後生じゃ聖人ぉぉ。ワシに……ワシに罪を償わせてくれぇぇ」
「何言ってんだ! 知らなかったんだからしょうがないだろ!
いや、まぁ知らなくても人殺しをしようなんて思っちゃまずいだろうけどさ!」
「ちょっと聖人。慰めたいのか打ちのめしたいのかはっきりしなさいよ!!」
俺の言葉でさらに傷ついただろうお菊がぐったりと力をぬかし、それを咎めるカリーヌ。
そういやお前も俺を殺そうとしていたんだよなぁ。
「うぅぅ……。ワシは馬鹿じゃ。
あの事件の後封印を解こうとするものは、再び混乱を招こうとする悪しき者だと教えられたが、時がたてばそんなことを忘れる輩だってでてくるじゃろうし、あの家も永久に存在するわけもない。
それなのに……ワシは……ワシはぁ」
うぅん、どうしよう。
ものすごく落ち込んでしまった。
「封印とか混乱とか悪い奴だとかいろいろと気になる単語はあるけど落ち着け。もう俺は気にしてないから!」
「うぅぅ……。本当か?」
「本当だ。むしろ祖母ちゃんの人形なら、大切な存在で俺達一族の守り神のような感覚で接しているからお前もその一員だ。そうだろ?」
嘘です。本当は今も狂乱したお菊に喉笛を食いちぎられないか不安で仕方がありません。
「あぁ、あぁぁ。そう言ってくれるのか。このワシのような愚か者の事を大切な存在だと言ってくれるのか。
なんという事じゃ。ワシは今までこんな良い子を殺めようとしておったのか……」
謎の良い子判定いただきました。
いや、まぁ大人しくなったからいいけどさ。
俺の手の中でメソメソ泣くお菊をゆっくりと床に置き、
「そろそろ時間だな」
と、この場にいることに居心地の悪さを感じた俺は、模型屋へと行くことにした。
カリーヌはそんな俺を見て信じられないといった表情をし、
「え、この状況で!?」
そう言って頭を抱えてしまう。
いや、俺もどうにかしたいけど、優先順位ってものがあるじゃん?
「……」
だが、ぐすぐす泣いているお菊を見ると、放っておけない気持ちが大きくなってきてしまう。
仕方がない。お菊のフォローをもっとしてから行くとするか。
「お菊。俺もお前が持っている信念というか使命を馬鹿にして悪かった。
そこまで重要な件なら話せる時に俺に打ち明けてほしい」
そこまで言うとお菊は俺の方を見上げた。
「それに、もしよければ今萌恵さんの身に起きている事を一緒に解決に向けて手伝ってほしい。
それで仲直りしよう」
「……よいのか?」
少し戸惑った様子を見せながらお菊は恐る恐る俺に尋ねる。
「いいよ。祖母ちゃんと敵対していた人形とかならともかく、祖母ちゃんの事を大切に思ってくれる人形だったんならこれ以上敵対していたくなんかない」
「うぅぅ。ありがとう、そして申し訳なかった」
こうして俺とお菊との争いは終わりを迎えることができた。
殺されたことは腹立たしい。だけど、幸いなことに身体的な被害は全く無く、被害はトラウマを植え付けられたぐらいだ。
俺達の和解を見ていた萌恵さんやカリーヌもホッとした様子でお菊を見ていた。
「それじゃぁ行ってくる」
まだお菊は落ち込んでいるようであるが、すぐに復活するのは難しいだろう。
こうしてようやく俺は外に出ることができるのであった。
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