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第11話 動き出したカリーヌ


―萌恵視点―



 大学を卒業し、大学の寮からこのアパートへ引っ越してきた。

 家賃も安く、職場も近いので通勤するのにも便利だったことから私は即決でこのアパートへ住むことを決めた。


「ふふっ。またよろしくねカリーヌ」


 私は引っ越し用の段ボールから祖母の形見であるカリーヌを出して箪笥の上に飾った。

 家具のほとんどが備え付けのものであり、前の住人が残していったものらしい。

 さすがに衣類やベッドの布団はなかったけど、それでも家具があるだけありがたかった。


「平和に過ごせるといいなぁ」


 このアパートの問題点と言えば、セキュリティ面だ。

 女性の一人暮らしは危険なため、本来は監視カメラやオートロックとかそういった設備が整った場所に暮らすことがベストだけど、残念ながら私にはそんなところへ住めるほどの金銭的余裕はない。

 かといって両親の家へ同居するという考えはない。

 なぜならば両親がそれを許さないからだ。


 別に両親が意地悪で私と同居しないわけではない。

 父の親族が面倒なだけだ。

 詳しく話せば父方の親族が田舎特有の本家が偉い。分家は奴隷的な考えを持つ人たちで、私たち一家はずいぶんと肩身が狭い思いをしていた。

 一応父や父方の祖母は結婚をして本家から出た身で、あの田舎親族とは本家や分家といった関係性ではない。

 これは私の予想でしかないけど、彼らは都合のいい奴隷が欲しかっただけなんだと思う。


 両親と私は祖母が亡くなるとすぐにそんな環境から抜け出すべく田舎から出て行った。

 そして、私自身のバイトのお金や祖母が隠し通した遺産と両親の貯金のおかげで私は無事大学まで進学することができた。

 それでも田舎の親族は必死になって私たちを探して何とか奴隷を確保しようと躍起になっていた。

 その執念はすさまじく、ついには両親と共に引っ越した先を見つけ、なんとか連れ戻そうとしていた。

 もっとも戻る気なんかさらさらない私たちは、可能な限り接触を拒否していた。私も大学進学が決まれば、さっさと家をでた。これは両親からの提案で、住む場所を分散して私が両親と共に住んでいることにすれば私が出て行ったことに気づかないだろうから。という理由からだ。

 親族が40代の暴力癖がある男性と私を結婚させようとしていたため、慌てて逃げたという理由も含まれている。


 話は脱線してしまったが、とにかくそんな理由から私は警戒をしつつも両親が住む家から遠く離れたこの場所で暮らすことになったのだった。


 そんな新居に暮らして初日から不思議なことはあった。




カコン!



「何の音?」



 家の中で突然鳴る正体不明の音。

 1日に5、6回は鳴るその音は、毎回決まった場所では鳴らず、時間や音の種類は様々でなり続いた。

 古い家ならば家が軋んでそんな音が鳴るのかな。と、最初のうちは気にしていなかったけど、



トトトトトトト。



「えっ?」



 ついには何かが走る音まで聞こえ始めてきた。

 多少の音は気にしなかった私でも、これはおかしいと思い始める。


カチャカチャ。


パリン!


 ついには食器棚のガラスのコップが勝手に落ちて割れるという珍事件も起き始めた。

 これはやっぱりアレだろうか。

 お化け的なものなのだろうか。


 怖くなった私は、心霊現象が強くなってきたことにより子供のようにカリーヌをベッドの中へと連れ込み、一緒に寝ることにした。



 そんなある日の夜。




ギシッ。ギシッ。




 私はベッドの上に何かが乗ってきたという不思議な感覚で目が覚めた。



ギシッ。ギシッ。


 だけど、わたしは飛び起きたり目を開いたりすることが恐怖からできなかった。


「(うっ……)」


 それでも胸のところまで圧し掛かってくるその重さに耐えきれず、思わず目を開いてしまった。


「っ!?」


 そして見てしまった。

 私の胸のところまで黒い靄が人の形で覆いかぶさっているのを。夜の暗闇の中、月明かりでその異様な黒さははっきりと認識できる。

 恐怖からパニックになる私だったけど、暴れたり大声を出すことはできなかった。別に気絶をしたり、恐怖を感じすぎて声が出なかったとかではない。体を動かそうと思っても動かなかったのだ。

 よく聞く金縛りという心霊現象だったのかもしれない。


「うっ……うっ……」


 それでも小さく唸ることはできたけど、それができたところでなんの解決策にもなることはない。

 もう私はどうすればいいのかわからなくなり、恐怖から涙を浮かべるしかなかった。


 そんな時、







「ちょっとアンタ! 私の親友に何してくれちゃってんのよ!!」







 耳元で甲高い声が聞こえた。

 そして、私に覆いかぶさっている黒い何かに向かって小さな何かが横から飛んできた。


「(カリーヌ!?)」


 飛んできたのは私が隣に寝かせていたフランス人形のカリーヌだった。


「この野郎! 中途半端な姿しか保てないゴミ虫野郎! 小さいチ〇コと金〇ぶら下げて【ピー】なんか考えてんのか下種野郎!

 てめぇなんか一人で【ピー】して【ピー】でもしてろや粗【ピー】」


 蝶よ花よと接してきた家の大切なフランス人形が放送禁止用語を連発している!?

 人形が動いた驚きよりも、大切な人形が暴言を吐いていることの方がショックだった私は、


「(これは夢だ。きっと夢だ。カリーヌがこんなこと言うはずがない。きっと私は悪い夢を見ているんだ。

 あ、そうだ。昨日暴力的な映画を見てしまったからこんな夢を見ているんだ)」


 と、思うことにして目を閉じた。


「きゃははは。頭削れてやんの! あんたが人間だったら脳みそぶちまけている結果になってたわね!

 痛い? 痛いの? この私がやってやってんだからその痛みに感謝しなさいよ! もっと虐めてあげるから、せいぜい汚い悲鳴をあげなさい」


「グガァァァァァ!?」


「んん~。ゴミの悲鳴ってきっもちぃぃぃぃ」


 カトリーヌと思わしき罵声と人とは思えないとんでもない叫び声が聞こえてきた。

 ここで私の脳は限界に達したようで、そこでパタリと意識を失った。







「うぅ……」


 目が覚めると朝日が窓から差し込んでいた。


「酷い夢を見た……」


 ゆっくりと起き上がると、頭を振って昨日見た悪夢を思い出す。

 思い出したくないけど、あんなに印象に残った夢を見たのは久しぶりだった。

 早く忘れよう。忘れた方がいい。

 そんなことを思いながら横を見ると、カリーヌが布団をかぶって寝ていた。


「ほっ」


 私はそれを見て安心する。

 ほら。やっぱりカリーヌが動き出して悪霊退治なんかするわけがない。

 カリーヌはこうして私の横でいい子に――――。



「あ、萌恵おはよう。あれからよく寝られた?」



「…………~~~~~~!?!?!」



 私の考えは虚しく散り、カリーヌはこちらに顔を向けてかわいい声で話し始めたのだった。




-------------------------------------------------


―聖人視点―



「私がカリーヌが動くことを知った経緯は以上です」


「ははは。つい最近のことなのになんだか懐かしいわね~。

 あの時はとっさに萌恵を守ろうとして動いたんだけど、動いたときには私も『なんで動けるの!?』って驚いたわ」


「あの時はまた気絶しちゃって起きたら心配そうにカリーヌが見守ってくれていたから、あぁカリーヌは怖い存在じゃないんだなって思えたんです」


「仕事休んだりしてあの後も大変だったもんね!」


 と、二人は楽しそうに思い出話を始めた。


「なるほど。つまりカリーヌが動き出したのは萌恵さんが何かをした結果というわけじゃないんだな」


 やはり何かしらの能力に目覚めた萌恵さんがカリーヌを動かしたという線は消えたわけだ。

 そして動けるようになった理由もカリーヌ自身よくわかっていないようだった。


「あ、ですが、意識は昔からあったみたいです」


「なんですと!?」


 意識はあった!? どういうことだ?


「人形はね。長年人に大切にされていると心が宿るの! 私は萌恵の前の前の持ち主からずっと大切にされてきていたから、萌恵の両親を含めてみんなのことは覚えているわ」


「へ、へぇ……」


 驚愕の事実である。

 ということは、カリーヌに限らず、動けはしないが世の中の人形はみんな大切にされたら心を持つというのか?


「ま、"長年人に大切にされていると心が宿る"っていうのは萌恵と一緒に観たテレビとかを参考に私が想像しただけの話だけどね! 他の人形は知らないわ」


 と、カリーヌはグイム達を見ながら言うのであった。


「なんだそりゃ」


 適当な想像かい。まぁ、俺もそう言った話は聞いたこともあるが確かめるすべはないだろう……。


「なんでありましょうか議長閣下!」


「いや……なんでもない」


 ついグイム達を見てしまったが、彼らは別に長年大切にされていたわけではない。

 即席で作ってその日のうちに動き出した謎の存在であった。

 グイム達の件は後回しだ。


「となると……」


 俺はもう一体の長い時を過ごしたであろう人形を探した。


「そういえばお菊の姿が見えないな」


 俺がぽつりと呟くと、


「あぁ、あいつなら必ず決着をつけるとか言って、力を貯めるために向こうの部屋でジッとしているわよ。なんでも時間をかけて全盛期の力を発揮すれば、グイム達も怖くないんだってさ」


「なるほど……」


 そいつは怖い。グイムの量産を急がなくてはな。

 ということは今夜の襲撃は無いのか?


「そもそもあいつに全盛期があったのか」


 一体何人の血を啜ってきたのだろうか。

 怖すぎるんだが。


「ふふん、安心しなさいよ。今のアンタには私もいるじゃない!」


「へ?」


 突然カリーヌがよくわからないことを言い出した。


「アンタは私の親友を助けてくれたのよね? なら私だってその恩に報いるために働くわよ」


「まぁ、助けたと言えるのかわからないが……」


 前の住人である萌恵さんの服が置きっぱなしになっていたので、それを渡すために部屋に招き入れただけなんだが。


「え? だって萌恵をここに一緒に住まわせてくれるんでしょ?」


「「え"」」


 俺と萌恵は共に酷い声を出して驚いた。


「違うの?」


 キョトンとした表情で――変わらないけど雰囲気で――首をかしげて俺たちを見るカリーヌ。


「いや、まぁ行くところがないなら……カリーヌの知り合いという点もあるから。うん、えぇと……」


 カリーヌが味方になってくれそうな雰囲気があったので、再び敵対しないようにベストな回答を探っていると、


「あ、いえ。私も実家に帰ろうかと……。でも職場も今どうなっているかわからないので、少しの間どこかに泊まって職場に謝罪をしなきゃ……あ、でもお金がないから両親に相談しなきゃ」


 と、萌恵さんの方は俺の家に泊まることを否定しつつこれからどうしようかと悩んでいる。


「そんなのこの家に泊まらせてもらって職場に行って事情を説明して、同時進行で萌恵のお父さんとお母さんに相談すればいいじゃない。ねぇ? 聖人」


 そう妙な圧を掛けてくるカリーヌ。


「あぁ、うん。いいけど」


 俺がそう答えると、


「いえいえ、そんなわけにもいきません! ここは既に聖人さんが住んでいる家なんですから!」


 と、遠慮する。


「大丈夫よ萌恵。聖人がせっかくこう言ってくれているんだし、好意に甘えなさいよ。

 こんなチョロ――いえ、親切な人なかなかいないよ?」


 おい。今チョロいと言いかけただろ。くそっ、こっちが下手に出ればいい気になりやがって!

 だが、ここで言い返して機嫌を悪くされても困る。

 パワーアップしたお菊がどの程度の強さになるのかわからない。

 そう考えるとお菊がいると萌恵さんも危ない気がするんだがそれはカリーヌ的にはいいのだろうか?


「いや、両親の家に行くまでの間ならばここにいてくれたって構わない。襲い掛かってくる人形がいるから何かあっても責任は取れんが」


「襲い掛かってくる人形……ですか?」


「あぁ」


 ここでようやく俺は隣の部屋の襖向こう側で力を貯めているというお菊の事を話す。



「えっ。今、聖人さんはそんな状況に……」


「あぁ。まったく笑えるだろ? 引っ越してきて早々人形達に襲われて、今では作ったプラモデルたちが唯一の命綱なんだから」


 説明を終えると萌恵さんは信じられないといった顔をする。

 だけど、今度はカリーヌを見て、


「カリーヌ、ダメじゃない! むやみに人を襲ったりしたら」


 と、叱った。


「ご、ごめんなさい。でも、だって聖人が萌恵を虐める悪い奴だと思ったんだもん!

 萌恵がいなくなってからこの家に来たなら当然じゃない!」


「は?」


 カリーヌは何を言っているんだ?

 借家で新しい住民が来たら敵という認定をするのはどういうことなのだろうか。

 もしかして、根本的にそういった常識がないのだろうか。

 そう思って萌恵さんを見ると、


「あぁ……、そういうことね。だけどダメよ。聖人さんは関係ないと思うよ?」


「う、うん。まぁ薄々そんな感じはしていたけど……」


 と、萌恵さんは納得した様子をしている。

 何かあったのだろうか。



「あ~。なんとなくカリーヌが動く件についてはわかった。いや、動く原因はわからんが、萌恵さんがカリーヌを受け入れている理由は少しだがわかった。

 だけど、ここからが本題だ。なんで3か月も行方不明になっていたんだ?」


 ようやく一番重要な件について話を聞く。

 萌恵さんも「わかりました」と言い、



「あれは3か月前の事です……」


 と、語り始めたのだった。



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