第10話 意外な訪問者
「毎日買っているけど、変に思われたりしないだろうか……」
仕事から帰り、今日も量産型グイムを呪いの人形対策で2つ購入し、アパートまで帰ってきた。
常連になりつつあるあの模型店。先日俺が買った時にできた棚の空きは、既に別のガゾプラが置かれていた。それが今俺に必要な品であるので、品切れが無いというのはありがたく思う。
命を守ってくれるボディーガードを作る目的が、いつしか本格的な趣味になりそうだ。
ちなみに、いつもの店員さんには今日昇進できたことを報告した。
知り合って間もない人ではあったが、なんとなく誰かに話したい気分だったのだ。
自宅で実家へ電話をすれば人形達の声が入れば問題だろうし、外で友人達や実家に電話をしていても知らない人からは「なんだあいつは浮かれやがって」と睨まれるのも嫌だったからね。
店員さんからは「なら、今日は昇進祝いね」
と、いつもは2割引きのところを3割引きにしてくれたので、更にうれしい。
会社からも後日正式に仕事が落ち着いたら昇進祝いをしてくれるとのことだ。
楽しみである。
そんなことを考えていると、
「おや?」
俺の前方に人が歩いているのを見て珍しいこともあるなと感じた。
まだこの道を通るのはそれほど多くはないが、俺が帰宅する時間帯には人通りが全くないといってもいいほど寂しい道なのだ。そんな道なのだが今日は俺の前を人が歩いているので、それだけでも新鮮な感覚になった。
「おいおい。大丈夫か?」
前を歩いているのは女性だろうか。
長い髪であるがボサボサであり、服もヨレヨレ。よく見れば浮浪者と見間違えてしまうほどの状態だった。
後ろ姿だけしか見えないため年齢はわからないが、ふらふらとしており今にも倒れそうなほど力が入っていない歩き方をしていた。
「同じ方向か……」
どうやら俺と目の前の女性は目指す方角は一緒だったため、何度か曲がる角を共にした。
しかし、追い抜いてしまって見えないところで行き倒れになってしまったというのもなんだか目覚めが悪いため、できるだけ歩く速度を合わせて見守ることにした。
これは好奇心からなのだろうか? 自分でやっておいてなんだがなんともお節介な話である。
やがて俺が住むアパートの付近に差し掛かり、ここでお別れかと思っていると、
「えっ」
なんとその女性はアパートの敷地内へと入り、今まで住んでいたような自然な仕草で階段を上り始めたではないか。
「(お隣さんが居たのか? まったく気付かなかったぞ)」
俺が住む幽霊アパートは2階建て。1つの階には部屋は2部屋あり、アパート全体は4部屋という構成になっている。
2階は俺が住む部屋で1部屋埋まっているので、残りは1部屋だ。
つまり、あの女性は俺が住む部屋の隣に住んでいることになる。
「(まさか……俺が見ているあの人は幽霊なんてオチはないよな?)」
そう思ってしまうほど風貌がそれっぽい。
ヨタヨタと階段を登る様子は、それほどまでに俺に恐怖を与えてきた。
俺はゆっくりと足音を立てずに階段を登る。
ご近所さんなら「こんばんは」の一言くらい掛けてもいいのだろうが、とてもそんな気にはなれない。
隣にの部屋に入っていくことを確認した後、俺も素早く自室に入ることぐらいしか恐怖を拭う方法が思いつかない。
というか、今日まで人形たちと騒がしくしていたため、あれが生きた人間ならばいつか苦情を言われないか不安である。
よし、もっとグイムを量産して、完全にあの呪いの人形たちの動きを封じよう! という決心が大きくなる。これも全て平穏な夜を取り戻すためなのだ。
そんな決心を固めていると、ガチャガチャと俺の部屋の前でドアノブを回している先ほどの奇妙な女の姿が目に入る。
その部屋は俺の家なので当然扉が開くことはない。
「……えっ? あの、部屋間違えていませんか?」
一泊ほど遅れてその光景に反応した俺は、思わず声を掛けてしまった。
声を掛けた後に、ヤバいと思ったがもう遅い。俺はゆっくりと振り向くその女の顔をまじまじと見てしまった。
「え……?」
か細い声で振り向いた女は若いようだったが、痩せこけていた。
目は虚ろで隈があり、化粧も何もしていない。疲れ切った表情でこちらを見ていた。
第一印象はやはり幽霊かと思ってしまうほど酷かった。
「……」
俺も恐怖から声が出せず、じっとその女性を見ていた。
ここからどうしよう。そんな考えでいっぱいになり、視線を外すことなくその女性と目を合わせ続けていた。
「あっ……」
やがて女性の方が先に我に返ったようで、俺と部屋の扉を交互に見て考えているようだ。
ここでようやく俺も動き出せた。
「あの……もしかして隣の部屋の人ですか?」
と、聞くことにしたのだ。
もしかしたら引っ越してきて間もないので、部屋を間違えてしまったのかもしれないという希望を胸に質問をしたのだ。
だが、その女性はとんでもないことを口にした。
「いえ、私はここの……201号室の住民ですが」
「え?」
いや、そんなはずはないだろう。という思いで否定をしようとしたのだが、真っ先にあることを思い出す。
「あっ、もしかして……前の住民の方ですか?」
「!?」
俺の言葉に驚いているような態度を出す女性。
目は見開き、そしてだんだんと泣きそうになっていた。
というか、本当にヤバい。
「うぅぅ……あぁぁ」
女性は立っていられなくなったようで座り込んで泣き始めてしまった。
そして俺の考えは正しかったのかと思うのだった。
「もしかして、3か月前に行方不明になったここの部屋に住んでいた人ですか?」
と、近づいて聞いたのだ。
「うぅぅ……うぅぅ……」
その女性は泣きながらもコクリと頷く。
やっぱりか。と思ったのと同時に、どうすればいいんだと考えを巡らせる。
行方不明になった住民が元の家に戻ってきた。しかし、この家はすでに俺が住んでいる。
うん。どうしようもできないよなこれ。
「あぁぁ、落ち着いてください――――と、言っても無理ですよね……。
とりあえず警察に行きますか?」
と、提案をしてみたが、
「うぅぅ……。警察は……ダメです……」
そう女性はスマホを取り出した俺の手を取って首を振っていた。
警察がダメ? 厄介ごとのレベルが一気に上がった気がするぞ?
これは下手に首を突っ込んでいい話じゃなくなってきた気がするんだが。
そうは言ってもこの女性をこのままここに座らせておくわけにもいかない。
最悪大家さんに連絡をするという手もあるし、嫌がっているが警察に連絡するっていう手段も考えなくてはいけないだろう。
だが、それを行う前に事情を聴いてみるか?
「今、あなたが住んでいた部屋は俺は住んでいます。これは辛いでしょうが、俺にはどうしようもできません……。
ですがもし事情があるなら、少し話をしませんか?
場合によっては大家さんに相談とかできるかもしれないですし」
「いえ……」
シクシクと泣く女性は、ゆっくりと立ち上がった。
そしてそのままこちら側へと歩いてくる。それに俺はびっくりして心臓がひやりと冷たくなった気持ちがした。
そして俺の近くまで来ると一旦止まり、
「ご迷惑をおかけできませんから……。失礼いたしました……」
と、一度立ち止まったその女性は頭を下げた後再び歩き始める。
その女性は俺に何をするわけでもなく横を通り過ぎていくので、ほっと安心から一息付けた。
しかし、寂しそうに先ほどよりも力をなくした歩き方をしながらこのアパートから去ろうとしている。
あぁ。見てられないな……。
「あっ、ちょっと!」
俺は急いで彼女を引き留めるため、声を掛けた。
「その……とりあえずあなたのそのボロボロの服をどうにかしませんか?
一応あなたの持ち物が残されていますので……」
俺がそういうと、
「えっ」
と、今度は別の驚きを見せる女性。
あ、いや。今のは言い方がまずかったか?
「あ、その、下着とかは処分されているようですが、服や靴は残されていまして!
なんか俺をここに住むように手配した勤めている会社がケチって家具とか残したみたいなんです。
何か思い出の品とかあればもっていってください!」
そう言って引き留めた。
必要ならばお金を渡して今日はどこかのホテルでも泊まってもらうか?
いや、そこまでする義理はないか。とりあえず服だけでも渡してあげよう。
「あ、あぁ……ありがとうございます」
さすがにボロボロの服のまま人目がつく道を歩くのは憚られたのだろう。彼女は感謝の意を懸命に表し、頭を下げた。
「い、いえ。えっと、こっちです……。
男の一人暮らしなので怖いかもしれませんので、玄関で待っているだけでもいいです。服を持ってきますから」
俺は自分で持っていたカギを差し込み、ガチャリと開けた。
その瞬間、その女性は寂しそうに俺がカギを開ける様子を見ていたので、ここの住民はすでに変わってしまったということを見せつけてしまったようで心苦しかった。
「さぁ、こちらへ――――――――」
「聖人ぉぉ! ちょっとこいつらいい加減に大人しくさせなさいよぉぉぉ」
「議長閣下のお帰りだ!」
「「「お帰りなさいませ議長閣下!!」」」
「第一仮設儀仗隊前へ!」
「第二仮設儀仗隊前へ!」
扉を開けるとカリーヌの叫び声が聞こえ、グイム達は一斉に俺に敬礼をしてきた。
俺の家はおもちゃのパーティー会場になっていた。
「…………」
まずい。完全にこいつらの事を頭から抜け落ちていた。
あ、ダメだこれ。
「……」
ギギギッ。と、さび付いた機械が動くような動作で首を後ろへと向ける俺。
そして、なんとか後ろの女性に言い訳をしようと恐る恐るその女性の様子を見た。
「あ、あの……これはですね。趣味のロボットコンテストに出場するために搭載したAIユニットによる……」
不自然な言い訳をしようとする俺が後ろにいる女性を見ると、思ったっ通り呆気にとられた表情で部屋の中を見ていた。
うわぁ。どんな言い訳をしようかなぁ!
「カリーヌ……?」
すると、女性がポツリと呪いのフランス人形を見ながら名前を口に出した。
「えっ。萌恵?」
すると、聞きなれない名前をカリーヌが言ったではないか。あれ? もしかして知り合い?
「か、カリーヌぅぅうううう!!」
「萌恵ぇぇええええええ!!!」
萌恵と呼ばれた謎の女性は俺の部屋に入り込み、カリーヌも空中を浮遊し二人? はひしっと抱き締め合う。
それはまるで長年離れ離れになった親子のような光景であった。
「カリーヌぅぅぅ」
「萌恵ぇぇぇ」
謎の女性こと萌恵が部屋の中に入ってから10分。二人はまだ互いを愛おしそうに抱き締め合っていた。
人形であるカリーヌも泣くことができるのかは不明だが、心なしか涙声のようである。
「今までどこに行ってたのよぉぉぉ」
「ごめんねぇ。ごめんねぇ。カリーヌぅ」
というか、萌恵さんはカリーヌが動くことを知っていたのか?
だとしたら、カリーヌが俺と出会ったときに話していた『部屋に入ってきた時点で殺害対象者』という前提もおかしな話になってくる。
てっきり俺は前の住民はカリーヌに殺されていたという過程をしていたが、その前提は今のこの眼前の光景のせいで崩れている。
一体全体どういう状況なのか誰か説明をしてほしい。
「ぐすっ。ぐすっ。全部、全部説明するからね」
そして萌恵さんは泣きながらカリーヌにそう言った後、
「あっ」
と、俺の方をチラリと見て申し訳なさそうに視線を落とした。
「俺のことは気にするな。というか、事情は俺も説明してもらいたいくらいだ。
萌恵さん……だったかな? 貴女にもこの動くフランス人形についてとか沢山聞きたいことがありますので」
俺がそう言うと、
「はい……そうですよね。カリーヌを捨てずに大切にしてくれた恩人に説明をする必要はありますよね。
他の動く人形については……」
と、萌恵さんは動くプラモデルことグイム達を見ながら困った表情になる。
はい、そうですよね。グイム達に関しては萌恵さんもびっくりですよね。その辺についても知っていることがあれば説明してほしいんですけどね!
「……わかりました。私が3か月前に起きたことも含めて、カリーヌの事もお話しします。
ですが、全てお話しすると……もしかしたら……えっと」
俺の方に手をかざし、言葉に詰まっている萌恵さん。
そこでようやく俺の名前を知らずなんと呼べばいいのか悩んでいるのかと察した。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだでしたね。俺の名前は城野 聖人といいます。聖人はきよいひとと書いて聖人。27歳。普通の会社員の一般人です。最近の趣味はプラモ作りです」
場の雰囲気を和ますために言わなくてもいい情報を付け加えつつ、俺は自己紹介をする。
「あ、ありがとうございます。私も自己紹介がまだでしたね。【梅岸 萌恵】といいます。23歳で就職後にここに引っ越してきました。4か月前になります」
なるほど。4か月前か。
ということは1か月住んだ後、行方をくらませたということか?
「梅岸さんですね」
「あっ、萌恵でいいです……。城野さんはカリーヌを守ってくれた恩人ですから。私の方が年下ですしお邪魔してしまっている身ですから敬語でなくてもいいです」
「あ、うん。なら俺も聖人でいいよ……」
カリーヌを守ったというか、カリーヌに殺されそうになっていたんだけど。
そういえば俺が作ったグイム達はカリーヌに対していろいろしていたな。主に暴力的な事を。
まずい。萌恵さんにとってカリーヌは特別な存在らしいから、グイム達との争いを正直に伝えるのはまずい気がする!
ここは話題をさっさと事情を聴く方向に向けよう!
「よ、よし。それじゃぁ早速だけどカリーヌが動くことも含めてこの4か月の間に何が起きたか教えてくれるかな?」
俺がそういうと、萌恵さんは申し訳なさそうに、
「わかりました。ですが、もしかしたら私が話すことによって聖人さんを巻き込んでしまうかもしれないです……」
と言った。
「いや、すでにこの状況で何も巻き込まれていないという方向にもっていくのは厳しいぞ。それに、これは俺の予想だがもしかしたら行方不明になったことはカリーヌが動くことに関係しているんじゃないか?」
俺がそういうと、萌恵さんはゆっくりと頷き肯定する仕草をした。
カトリーヌが動く件とは別の事件だったのかもしれないが、萌恵さんが動くグイム達を見てさほど驚かなかったのは、何かしら知っていたからだと思われた。そして、それがきっかけで行方不明になったのではないかと仮定していたのだ。
例えば、人形を動かすことができる能力を取得し、それに目を付けた謎の組織が萌恵さんを誘拐した。とかだ。
もっともこの仮説は萌恵さんが家にいない間でもグイム達が動き出したことや、日本人形のお菊が動き出したことにより否定される運命だったがな。
あれ? そういえばお菊がいないな。
まぁいいか。話を進めてもらおう。
「もしよければ話してほしい。話しても俺が信じる信じないの葛藤をしているならば、これだけ訳が分からん状況になっているんだから、今まで異星人に誘拐されていましたと言われても素直に信じる自信はある」
そう言って動く人形やプラモデルたちを見ながら俺は説得した。
するとようやく安心した表情になった萌恵さんは、
「では……お話しします。私がこのアパートへ引っ越してから過ごしていた1か月間の事。そしてそれから私がなぜ3か月もの間行方不明になったか」
こうして萌恵さんは今まで自分の身に何が起きたのかを話し始めたのだった。
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