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「それで、カミーユ。あなたいつまで手を握ってるの?」

「?! ち、ちが……! 話の内容に真剣になっていたら忘れていただけで、わざとだなんてこれっぽっちもっ……! いや、すまない!」


 私も指摘されて、初めて今までウォーレンハイト会長に手を握られていたことに気が付いた。

 話に集中していて意識してなかったけど、バッと飛び退くように慌てて離された体温は私の手にまだ残っていて、途端にドキドキしてきた。

 パニックだったところに更に混乱して、私の顔は真っ赤になって背中にびっしょり汗が出ている。


「わたくしとイザベラが動くのを待ちきれずに、一人で行ってしまうし」

「……被害がすでに出ていたんだ。こちらの都合で待たせるなんて間違っている」


 やっと頭が働くようになった私は、まだ緊張して口は挟めそうになかったけど皆様の話に相槌を打ちながら、何とか私が本来望んでいたように騒ぎにせず解決できるよう気を配っていただいていたのを知った。

 把握が遅れたことを謝罪されたが、十分迅速に動いていただいたと思う。むしろ私の事情を考えてもらったのだから何も不満はない。

 ただ、予想よりも過激な人がいたというだけで生徒会の皆様は誰も悪くないと思う。


 そう口にすると、気を遣わなくていいと言いつつも「取り返しのつかないことになる前で良かった」と安堵していた。


 ……ああ、そうか。怪我なんかもしてたかもしれないんだ。私への感情があっという間に暴走したのは見ていて怖かった。もう物に被害が出てたのだから、それが私に向かってもおかしくなかったのか。


 改めて自覚して、ゾッとした。……もっとひどい話なんていくらでもあるだろうけど、私は、「それより自分はマシだから耐えないと」なんて思えないくらい、弱いから。

 助けてもらった幸運に感謝して、クォトルク公爵令嬢の貸してくださったハンカチを握って細く息を吐いた。


 あ、あぁ……良かった、私は本当に運が良かった。助けてもらえた、これでもう終わり、きっと今までよりつらい目には遭わなくて済む。

 味方が出来たと思っただけで、された事は消えないのにお腹の奥にあった重みがすぅっと溶けて消える。自分では気付かなかったけど、結構こたえていたんだ。久しぶりに、胸の奥まで息が吸えた気がした。




「どうしましょうか……アレントさん、あ、エミリーと呼んで良い?」

「は、はい。クォトルク先輩」

「エメラルダでいいわ。で、不可抗力なところもあったとは言え……カミーユのせいでだいぶ目立ってしまったでしょう?」


 でも私の心は救われた。

 少なくとも、私は何の思惑もなく、全ては偶然だった、私に作為はなかったと本人からは断言していただけていると分かって……とても嬉しかった。


 他力本願なのは承知で、「誰かが助けてくれたら良いのに」なんて寝る前に祈ったりもしたほど、私はつらかったから。

 突然現れたウォーレンハイト会長に颯爽と助けてもらえるなんて、そこまで都合の良い事は考えてなかったけど……せいぜい、「ご実家が貴族で公平な先生もいるから、学年が違うが相談したら対応してもらえないだろうか」とかその程度だが。


「このままではまた理解しようとしない人が出て問題が再発する可能性が高いので、出来たらエミリーさんを保護させてもらいたいの。わたくし達も動いていたけれど、後は本人に選んでもらおうと思っていて……」


 確かに。私は心から助かった、と思ったけれどこれで解決したとは思っていない。本人の言葉で、皆の前で発言していただいたのである程度はおさまるだろうが……


 私はごくりと唾を飲み込んで、提示された選択肢をひとつひとつ聞いていく。まずはウォーレンハイト会長が口を開いた。


「まずは……これが一番オススメなのだが、今回の実行犯を調査して停学処分にする事。もちろん指示を出した者の一部は逃げ切るかもしれないし、ここ数日に加担した全員を罪には問えないが……同じ事は起きないだろう」

「そんな……この学園で停学になったら、その人の将来が……」


 いきなり重い話が出てきてサッと血の気が引いた。

 ここの学生は……貴族の子息令嬢か、特待生。どちらであったとしてもこの学園でそのような汚点がついたら就職でも結婚でも枷になってしまう。


「その見せしめをしたくて提案したのだが……アレント嬢は優しいな」

「違います……私がきっかけになったって、責任を感じたくないから……それだけです……」

「俺はこの犯人は罰せられるべきだと思うが、被害者本人がそれを望まないなら考慮しよう。……ただし、調査は行う」

「あ、りがとう……ございます」

「アレント嬢が感謝する話じゃないぞ。……まったく、犯人達は君に礼を言わないとだな」


 人が良いのは分かっていたが、と呟くように口にされて顔が熱くなってしまう。まるで、私がとても心優しい人物で、讃えられるような慈悲の心を持っているみたいじゃないか。

 でももう言及することすら恥ずかしくて、私は聞こえなかったふりをして流してしまった。


「安全を第一優先するならレーベンの留学がオススメだな、加害者達全員と今すぐ離れられる」


 次に発言したのはジャスティン先輩だった。


「成績優秀の希望者に行われる交換留学制度ですか?」

「特待生なら元々成績は良いんだろうし、悪いが軽く今の成績は確認させてもらった。あのくらいなら、一団にも加われるだろう。カミーユは目立つから、エメラルダ名義で推薦を考えていた。当然かかる費用はカミーユの家が持つ予定で」

「あの……実は、私もそれを考えていたんです……学期末の試験で昇級して、それだけで解決しなくても、留学の希望が通れば逃げられるって、ヘレンさんに教えてもらって……」


 だから費用を負担していただく必要はない、それまで学校に出席しなくても私の評価に響かないように、あと寮の部屋に戻らないで済むような案はないだろうかと私は聞きたかったのだが、


「……アレント嬢のクラスは二級だったよな……? 一年の前期はどのクラスだった?」

「一級、でした」

「なるほど、全力を出せば特待生の中の成績優秀者になれる自信があるというわけか」

「あ……」


 ウォーレンハイト会長にそう指摘されて、私は悪い事を見咎められたように目を逸らしてしまった。キュッと握った制服のスカートが、指の間でくしゃりとゆがむ。


「ああ、すまない。言い方が悪かった……咎めるつもりはなかったんだ。一級は高位貴族と、上昇志向の高い生徒しかほぼいないから、きっと君には合わなかったんだろう」

「す、すみません」


 指摘の通り、あのクラスの何かに追い立てられるような空気が苦手で、息が詰まっていた。褒められるようなことではないと自分でも分かっていた。


「でも、それだけ優秀ならもっと自然な手が取れるな」

「ええ、そうね。……エミリーさん、実はね、あなたの身の安全のために、わたくしの『友人』になってもらう予定だったの」

「ええっ?!」

「もちろん建前ではなく、親しくなりたいと思ったから提案したのだけど。わたくしと親しいと認識されれば変な事を考える人はいなくなるでしょうし、考えたくはないと思うけど……もし次があってもすぐに解決できるから」

「そんな……いち学生のためにそこまでしていただくなんて、申し訳ないです……!」

「そのよう思う必要は全くないのだけど、エミリーさんなら遠慮してしまうだろうなと思っていたの。安全を優先して話を合わせてもらう予定だったけど……」


 確かにクォトルク公爵令嬢の学友に手を出す人はいなくなっていただろう。

 不自然さはあるが、少し考えればこの「友人」は建前で私の保護のためと分かる。生徒会の方々が動いていると理解して騒動は落ち着いていたはずだ。

 でも、友人と呼ばれるなんて……建前と分かっていても畏れ多すぎて……


「そこでアレント嬢に提案したいことがある。生徒会役員の補佐……になる気はないだろうか?」

「えっ……?」

「生徒会役員の補佐となることで、より危険に近づくことになりかねないと思わずにちょっと聞いて欲しい。生徒会役員補佐を守るための制度があるんだ」


 そうして身構えて言われた言葉があまりにも予想外で、私は思わず素で思い切り驚いてしまった。

 この学園の「生徒会補佐」は特待生にとっては憧れの存在だ。通常特待生は学費以外の細々とした生活費を稼ぐバイトをしている事が多い。その優秀な学生の時間を拘束する見返りにと「補佐手当」として学生がバイトで稼ぐよりもはるかに高い賃金がもらえて、官僚などを目指す生徒にとっては役員の高位貴族子息令嬢と縁ができるし、国に仕えないにしてもどこに行っても一目置かれる経歴になる。


 実を言うと私も報酬目当てでなってみたいと思った事はあった。ウォーレンハイト会長目当ての人たちが多くて諦めたけど……


「これは我々にとっても利益のある提案なので遠慮しないで欲しいんだが、実は……現在の生徒会はとてつもない人手不足に陥ってるんだ」

「でも……生徒会役員どころか補佐の希望者も大勢いるって聞きましたけど……?」

「そうね、希望者だけは多いの。ほとんど女性だけど、それこそ補佐に貴族の令嬢達も立候補するほど。でも……彼女達が何が目当てなのかわかるでしょう?」


 エメラルダ先輩の視線の先を見て、なるほどと私は納得した。立候補者はウォーレンハイト会長目当てなのね。


「当然、そういった方達は採用することができなかったのだけど、残念なことに除外して誰も残らなかったのよね。補佐は基本同性しか認められないため、私とイザベラの補佐の枠二人分がいないの」

「別にリックの代みたいに、腹に抱えてるのが野心くらいならよかったんだけどな」

「そうね、恋愛問題は厄介すぎて」

「正確には、こちらの要求する能力に達していない者しか残らなかったんだ。俺に興味のない優秀な者達は、面倒ごとを避けたみたいで」


 確か異性の場合は婚約者か兄弟姉妹のみという規則があったなと思いつつ、面倒ごとを避けた自覚のある私は、ウォーレンハイト会長のその言葉にそっと目を逸らした。


 将来の伝手を作りたい、高位貴族とお近づきになりたい、割の良いバイトがしたい、その程度なら織り込み済みだがウォーレンハイト会長を慕う女性達に関しては想定外だったのだろう。

 王族の方の在籍時よりも問題になるなんて……


「確かここに制度の要綱と細則が……これだ」


 席を立って背後の書架から戻ってきたウォーレンハイト会長の広げた歴史を感じる冊子を前に、私は慎重に話を聞いた。


 解説を交えて聞くことによると、その成り立ちは国の唱える思想に関わるものだった。学園を緩衝材に、優秀な平民の登用を進めるため特待生制度ができたのは国の歴史から考えるとつい最近、20年ほど前になる。若いうちに接していれば拒絶反応も少なくなるだろうという国の思惑らしい。


 この国が資本主義化の波に乗り遅れているなんて話はうっすら聞いていたけど、隣国などは血の流れる革命が起きて未だ政治も経済も混乱しているのを考えると平和にゆるやかに変化していくのに越したことはない。

 特待生の先輩は「平民にもチャンスがあるって国がアピールに使ってるだけよ」って言っていたし、まだ身分差に対する意識は強く残っているけど、実際国家機関などでの平民の登用は増えている。王太子殿下も側近を一人この学園で見出した平民を採用したと聞いている。

 職業だけでなく、数年同じ場所で過ごす中で友情を育む人がいるのを考えると貴族と平民の融和は進むだろう。まだ数は少ないが貴族と平民の結婚も数年前から聞くようになったし。


 制度が導入された最初の方はやはり反発も多く、当時は学年に一人か二人しかいなかった特待生を守るために高位貴族の子息令嬢が役員を務める生徒会の補佐に置き、専用の護衛を用意するなどしていたそうだ。

 学園の3割を占めるほどに平民を含む特待生の数が増えた今は形骸化していたが、私がただの特待生ではなく成績優秀者として交換留学生を狙えるほど優秀なら生徒会の補佐に推薦できる、と。

 そして生徒会補佐になれば、既存の制度を利用して私の身を守ることが出来るようになるという話だった。思ったよりも補佐の権限は強くて驚く。


 これは生徒会運営に関わる書類などを持ち帰る事があるからという理由が付けられていたが、補佐の特権として希望すれば寮の一人部屋に移れる。それが一番魅力的だった。部屋に帰っても心が休まらないのは、たった二日の事だったのにとても心が削られた。

 あの状況から改善するとは考えにくいし、あの寮の中で別の人と合い部屋になっても状況が大きく変わるとは思えない。


「エメラルダの友人として遇しても十分に守れるが、その場合も生徒たちの判断力にだけ任せることはできないので状況を見て『友人の身を守るために』と特別扱いすることで被害を防ぐ予定だった」

「……我が家の名前を出しても治まらない事態はあまり考えたくないけれど、具体的には、教師と生徒に協力者を作ってなるべく彼らと行動してもらうとか、護衛をつけることになるかしら」


 協力者は男子生徒になると聞いて、私はエメラルダ先輩のご学友になって守ってもらうという案を頭から消し去った。協力者を女生徒にするとウォーレンハイト会長がらみでそちらの子も守る必要が出て本末転倒になってしまうのは分かるが、親しくない男性と一緒に過ごすなんて私にはハードルが高すぎる。

 最初から、畏れ多すぎてこの提案を受けるつもりはなかったが、これで完全に選択肢ではなくなった。 


「お互いに利益が入る話だから良かったら検討してほしい。こちらは人手が増えるし、アレント嬢は厄介な連中から身を守る立場が手に入る。もちろん選ぶのはアレント嬢だが」


 級替えのかかった学期末テストまで我慢すれば、誰の手も借りずに留学という形で今の私を取り巻く問題はなくなるだろう。でも別に私は留学を望んでいなかったし、何も悪いことをしていないのに逃げるような形になってしまうなんて嫌だった。


「……友人にしていただいて、守ってもらうだけというのは……大変光栄なお話ですが、遠慮させていただきます。どうか、生徒会補佐への推薦をしていただけないでしょうか。役目に見合った働きはして見せます」


 そう……私は、いっさい人に責められるような事をしていない。だから理不尽な思いはこれ以上したくないし、一方的な特別扱いに甘んじるのも嫌だ。こうして正当な手段で自分の身を守る権利があるのだから。


「では、これで決まりだな。我々は生徒会に加わる新たな仲間を歓迎する」

「……はい、よろしくお願いしますっ!」


 これであの息が詰まる日々が終わるんだと実感した私は安心しすぎてまた涙が出そうになっていた。


「エミリーさんも納得できる形になってよかった。カミーユなんて最初、ウォーレンハイトの名前で保護するって言いだしてたもの」

「友人がダメならウォーレンハイト家の侍女か文官候補として後援を宣言するなんて言って。余計悪化するって言い聞かせたけど、わたくしも自分の友人にする案しか思いつかなかったから」

「だって、最速で危険から離せるだろう。……ん、そうだ。寮の部屋を変えるならうちのタウンハウスに寄宿してもらった方が安全じゃないか?」


 ひとつひとつ訂正するのも怖いくらい、衝撃の塊みたいな提案をされて私は倒れそうになった。エメラルダ先輩、イザベラ先輩、本当にありがとうございます!


「いえっ、あの、私、辺境伯家の屋敷に置いていただくなんて身に余りすぎて。……だからあの、ウォーレンハイト会長が嫌と言うわけでは全く無いんですけど……残念ですが、遠慮させていただきます」


 全力で辞退したい。その気持ちが前面に出すぎていたのだろう、「残念」だなんて嘘だとバレバレだったようで、不満げな顔をなさったウォーレンハイト会長を囲む3人はとてもおかしそうに笑っていらっしゃった。


「ははっ、すごいな、俺カミーユをここまで拒絶する子初めて見たよ」

「拒絶ではないんですよ……ただちょっと、私には光栄すぎて……」


 そっと目を逸らす私は「焦ったとはいえあんまりに失礼じゃなかったかしら」と、それだけが心配で、興味深げに私に視線を向けるウォーレンハイト会長に気付く余裕はこの時には無かった。

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[一言] あっ……と、これは〜おもしれー女、発動してしまったかー!?
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