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教室に着くとさらに予想外の反応があった。成績順の同じクラスというだけで今まで必要事項以外で喋った事のない、貴族令嬢達が私を囲んだのだ。
やっぱりウォーレンハイト会長とその珍しいペットについてで、同室の子にも校舎に途中でも、何度も話した事をまた話す羽目になる。
けど本当に、彼女達の期待を満たすような話題はなく、「私もコウモリが好きって言ったらウォーレンハイト会長は興味を持ってくださるかしら?」なんて聞かれても分からないとしか答えられない。
そんな返事しかできない私に令嬢達の反応はどんどんしらけたものになっていって、一限目の授業が始まる頃には私の机の周りは誰もいなくなっていた。
ヘレンさんが言っていた通り、ウォーレンハイト会長の署名付きの謝罪文のお陰で「エミリー・クレザーがコウモリを飼っていた」という話は掲示された翌日にはなくなっていた。
その代わりに出てきたのが、「エミリー・クレザーはウォーレンハイト会長とお近づきになりたいために彼のペットを利用した」というもの。
驚く事にこの話をされたのはその日寮に帰った夜で、つまりウォーレンハイト会長がコウモリを引き取って、その翌日に謝罪文の形を取ったいきさつの説明が掲示された……さらにその次の日にはあのコウモリの騒動を含めて私が計画したという話が出回っていた事になる。
寮の同室の子から「随分上手くやったのね」と言われて私はそんな噂があるというのを初めて知ったのだ。
最初何を言われてるのか分からなくて、根気よく話を聞き出してやっと教えてもらった。「良い子ぶって、まだ知らないふりをするの?」「不自然すぎだと思ったのよ」なんて言われても知らないものは知らない。
だって、それを万が一私が計画してたとして、あの時コウモリを私より先に保護する人がいたら全部破綻してしまう。そう指摘したが聞き入れてもらえない。
「それに私、知ってるのよ。コウモリを保護したお礼にって、ウォーレンハイト会長にプレゼントをねだったんですってね」
「あれは、ねだったんじゃなくて……巣箱に敷いていたハンカチの代わりにっていただいたんです」
本当は謝罪文を学園を通して提出された際にヘレンさん経由でお礼も別に渡したいと言われたのだけど、ウォーレンハイト会長に憧れる方達に何か言われるのが怖くて「お礼をされるほどのことはしていないので」と辞退したのだ。
ハンカチは正統な理由があるのだから受け取らない方が失礼になるとヘレンさんに言われて新品を受け取った。それだけ。
「ほら! やっぱり。隠してたんだわ。お近付きになれたって1人だけ良い思いして」
「隠してた訳じゃ……」
だってわざわざ言うの? ウォーレンハイト会長にハンカチをもらったって。そんな事したら自慢にしか聞こえないし、絶対そっちの方がトラブルになったと思う。
でも何で知ってるんだろう、と考えたところ思い当たるものがあった。中身を言及しなかったと言うことはハンカチの入った包装を受け取ったところを見られてたのか。ああ、寮母の受付で受け取るんじゃなかった。
「私がウォーレンハイト様に憧れてるの知ってて、自分だけ仲良くなって……ひどい……」
とうとう泣き出してしまって、私は戸惑うしかできない。同室の彼女が自分の勉強机の真前に、生徒会役員として掲載された学園内広報や学外の剣術大会で表彰された記事の切り抜きを飾っているのは知っていたけどそんな本気のものだって知らなかった……
そもそも、自分の知人を紹介できるほど仲良くなってない。あのハンカチだって礼儀として、きっとタウンハウスの執事さんか誰かが問題のないものを事務的に選んだだけで「ウォーレンハイト会長の贈り物」だなんてとても言えないと思う。
しかしそう話しても納得してくれない。「言い訳しないで!」と火がついたように泣き出した。その後は「ひどいわ」「ウォーレンハイト会長とお知り合いになったからって、もう私達と違う所にいるって気分なのね」なんて他の子にも散々見当違いの事を一方的に言われて聞いてもらえなかった。
背中を撫でられながらしゃくり上げて泣いてるカーシャの口からは私への恨み事が続く。
「私がウォーレンハイト会長の事、ずっと好きだったって知ってるくせに、一昨日だって何もなかったって嘘までついて、酷い。そんな人だと思わなかった」
何が酷いのか。現に何もなかったのに、無いから無いと言ったのに。1年以上寮の同室でそれなりの時間を一緒に過ごした私の言葉よりも、噂の方を信じて。
事実を説明してるだけの私を嘘と決め付けるのね。
さらに私にとってつらい事に、翌日部屋の前で待っていた読書友達たちも同じようにコウモリの一件について私が全て画策した事だと決めつけられた。
よくウォーレンハイト会長について話題にしていたニナは、まるで私が恋人を奪ったみたいな勢いで非難してくる。
「私、エミリーの事親友だと思ってたのに……」
「私こそ、事実では無い噂話で責められて悲しいわ。何で信じてくれないの……?」
エミリーもウォーレンハイト会長の事が好きだったものね、と言われても。私は話を否定せずに聞いていただけで、みんなみたいにウォーレンハイト会長とお付き合いしたいとか、一度でいいからデートしたいとかダンスを踊ってもらいたいなんて言ったことも思ったこともないのに。
ウォーレンハイト会長の住まいであるタウンハウスで飼われているコウモリのキキちゃんが学園にたまたまついてきてしまった、それが私にどうにかできると? ウォーレンハイト会長が気付いたのが授業中でどうしようもなく、そのあとうっかり逃したのも私が関与してたの? 行き着いた先がこの寮で、偶然発見されて騒ぎになったのも私がどうにかできたと言うのか。
「それをこっちが聞いてるんじゃない。ねぇ私もウォーレンハイト様とお近付きになりたいの、どうやったの?!」
「何もしてないの、偶然あの日に私が保護しただけで」
「そんな訳ないじゃない、じゃなきゃコウモリなんてわざわざ大切に扱うはずないもの! 聞いたのよ、ヴァンパイア様のタウンハウスからおびき寄せたんでしょう? どうやったか教えて! 他の人には絶対言わないから」
「そんなことしてない……っ、誰かのペットだって思ったから保護しただけで、飼い主が誰かなんて知らなかったわ! 何でそんな、誰が言ったの?」
「誤魔化さないでっ、じゃあ証明して見せてよ! 出来ないんでしょう?!」
「そんなの、偶然だからこそ証明なんて……」
誰がそんなこと言ったのか、まったくのでたらめだ。ひどい。本人だからこそ真実ではないとわかる話だと否定しても聞いてもらえない。
無いものを無いと証明する事は難しく、ほとんど不可能に近いと本で読んだのを思い出した。ああ、これが「悪魔の証明」か。
ウォーレンハイト会長は「実はヴァンパイアだ」なんて噂をされているから、彼の場合は「吸血鬼の証明」になって、吸血鬼じゃないなら違うと証明してみせろって言われるのかしら。
ここ数日でガラガラと崩れた自分の日常に、他人事みたいにそんなことを考えていた。
教室について自分の席に座ると、聞こえよがしな私の話が耳に入る。ペットをかどわかしておいて、さも自分が助けたように送り届け、しかしその証拠がないからと厚顔にもウォーレンハイト会長にお礼をねだった女生徒がいるのだと。
噂を打ち消すような力は私にはない。ああ、落とし物として届けを出すなんて思い付かなければ良かった。ウォーレンハイト会長のペットだって判明しなければ、「コウモリを飼ってる人」としてただ友達関係が自然消滅して遠巻きにされるだけで済んでいたのに。
そうなっていたら……キキちゃんを「小さな友達」と呼んで、その行方を心配していたウォーレンハイト会長がどんなに悲しんだか。気持ちを考えずに「あんな事しなきゃ良かった」と思う自分の身勝手さを気にする余裕はなかった。