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第4話 淡い光の沈黙




王都中央学院は貴族の子供達を筆頭に中流階級や裕福な平民など幅広い層が通う学院だ。ワーグナー子爵家に生まれたルクミシアは15歳になるや否や当然のように学院に入学した。貴族令嬢は15歳で学院に入学し、その後3年で卒業、そのまま婚約者と結婚するのが一般的な流れだったのだ。



中央学院は社交会の縮図でもあった。表面上は学院外の身分は持ち出さず皆平等にという方針でクラス分けも貴族平民混合だったが身分差というものは確かに存在していたし、貴族社会の権力者の令嬢や子息に取り巻きが群がるのもまあ当たり前であった。



子爵令嬢という中の上くらいの微妙な立ち位置にいた私はハイデン侯爵令嬢であったリシテア様の派閥の一員として日々を過ごしていた。リシテア様を筆頭としたヒエラルキーの中でうまく立ち回る術、他の派閥の人と刺激し過ぎずしかし舐められないように均衡を保つコツなどを将来社交会本番でも上手にこなせるように身につけていった。




「リシテア様、この焼き菓子とっても美味しいですね」


「ええ、そうね。ルクミシアさんが用意してくれたのよね」


「はい、皆さんに気に入っていただけてよかったです」




こうして週に2日ほど放課後に行われるお茶会も恒例となっていた。リシテア様の派閥の令嬢たちが日ごと順番にお茶とお菓子を用意して皆んなに振る舞いお喋りという名の情報交換をするのだ。



今日は私が用意する番だったのだが、上手く行ったようでよかった。子爵家の者として背伸びしすぎず、かつ流行を取り入れたセンスのあるちょうどいいラインをつくのは骨が折れたが無事リシテア様の満足いくものが用意できたみたいだ。




「それで、第二学年のハーレス様のお話ですけれど」


「はい、それが、アルベルト・ハーレス様があのアイリス・カリムラスさんに求婚なさったとか」


「まぁ、そんなことが」





リシテア様の取り巻きの中でも頭角を現している御令嬢が得意げに語ったのは恋愛ゴシップだった。


カリムラス伯爵家のアイリス嬢と言えば学院で知らない人はいないほどの有名人で少し浮いた存在だ。入学して2ヶ月、誰の派閥にも属さず、かと言ってどこかと軋轢があるでもない。容姿はヘーゼル色の髪に黒い瞳、美人であるが飛び抜けて派手なわけでもない。彼女について私が最初に抱いた印象は静謐な百合の花のようだった。




「ハーレス家といえば当主である侯爵閣下は国軍の重鎮でいらっしゃる方でしょう。その御子息から求婚だなんて、アイリスさんも隅に置けませんわね」


「そうですね、私はあまり接点は無いのですけど、どこか魅力的なところをお持ちなのかしら」


「私もあまりお話しした事がないですわ。しかしあのハーレス様が見染められたお方ですもの。きっと素晴らしい方なのでしょう」




そして女の花園と化しているリシテア様のお茶会はドロドロとした皮肉に塗れており、ここの御令嬢たちは皆それぞれ美しい華の影に棘を隠し持っている。そしてこと色恋においてその鋭さが増すのは想像に難くないことだった。




「それにしても、ハーレス様はよくカリムラスさんに想いをお伝えになりましたね。ほら、彼女といえばあの従者がいるではありませんか」


「エリック・ベルンハルンさんですね。いつもカリムラスさんの側に控えていらっしゃるものね」


「確かにあの極上の美しさを前にしたら何も言えなくなってしまいそうです」




そしていつもカリムラス伯爵令嬢の後ろを歩く作り物のように綺麗な従者、エリック・ベルンハルンは一際目を引いた。夜闇のような漆黒の髪にエメラルドグリーンの瞳、すらっと長い手足。全て計算して作られたような容姿を持つその男は、過去に変わった趣味を持つ貴族に屋敷に飾るため剥製にされかけたなどと馬鹿らしい噂がでるほど浮世離れしていた。



そしてその容姿故に学院内には彼を慕う令嬢も多くいた。もっとも大多数は高嶺の花として遠巻きに見つめるだけであったが、稀にその宝石に触れようとしてあっさりと突き放される令嬢がいるのも事実であった。どんなに条件のいい令嬢にも揺らがずカリムラス伯爵令嬢の側にそっと控えるその姿にますます魅せられる生徒も多かった。




「…噂をすれば、皆さん、アイリスさんとベルンハルンさんがいらっしゃいますよ」




御令嬢たちがゴシップに盛り上がっていると、それを黙って聞いていたリシテア様が窓の外を指した。



そちらを向くと、サロンの窓の外に見える中庭をカリムラス伯爵令嬢とその従者エリックが歩いていた。キラキラと日を浴びて輝く様は目に毒だ。



(…ほんと、宝石みたい)



私はその姿を一見すると、すぐに視線を室内へと戻した。少し高鳴った胸を抑えるために気付かれないよう少しだけ息を長く吐く。この気持ちは密かな憧れである。絶対に届かない、届いてはいけない美しい存在へのいわば崇拝。舞台役者を追いかけているようなものだ。そしてそれをここの華たちに知られては少々厄介である。一度隙を見せればあっという間に棘が刺さるのは自分なのだから。



気持ちが切り替わったタイミングでふと視線を上げると、リシテア様と目があった。リシテア様の紅い瞳が私の心を見透かすように向けられて今度は別の意味でドキドキした。




「…エリック・ベルンハルンさん、本当に綺麗な方ね。ルクミシアさんもそう思うでしょう?」


「…はい、リシテア様」




にっこりと微笑んだリシテア様に背筋が冷やりとしたが、話題に飽きた御令嬢たちがまた別のゴシップの話をし出すと、リシテア様はそちらに視線を向け、話を聞き始めた。



今度はさっきより少し長めに呼吸をとった。リシテア様はとても頭が良く察しの良い方だ。もしかしたら私の気持ちなどとうの昔に想像がついているのかもしれない。第一学年の中でも抜きん出た権力やカリスマ性を持つリシテア様を信じて私は私の学院生活の為に派閥に入ったが早くも考え直すべきか迷ったのだった。









7月に入ると、私は星降祭実行委員になった。王都中央学院では毎年12月に星降祭という舞踏会が開かれる。その昔、精霊の使いが初代国王に加護を与え、建国に至った王建神話に準えて企画された星降祭は、精霊の加護を受けた夜に無数の星が降ったという逸話からその名を取っている。



実行委員は各学年から5名ずつの計15名から成り、基本的に他薦である場合が多い。なぜ私が推薦されたかというと、リシテア様のお茶会にて取り巻き筆頭のメアリー伯爵令嬢の「ルクミシアさんは実行委員に向いてそうですわね」なんて根拠のない一言から始まりあれよあれよという間に実行委員となっていた。



実行委員には平民や中流階級の生徒が多く、理由は内申点が上がるからである。卒業しても職が決まっていたり結婚する予定の貴族の生徒よりも、卒業後の進路を真剣に考えている生徒の方が実行委員になりたがるのだ。



おそらくメアリー嬢のあの言葉はわざとだろう。彼女の気まぐれか、それか私が何か気に触る事をしてしまったのか。入学以来人間関係には気を配っていたので心当たりは特にないが、自分についてどこでどのような話が出ているのか分かったものではない。火のないところにも全力で煙をたてるのが貴族令嬢スタイルだ。



押し付けられた役目を憂鬱に思いながら初回の会議が行われる講堂の扉を開けた。




「あら、ワーグナーさん、あなたも実行委員なのですね」


「カリムラスさん」




そして入り口に一番近い席に座る人物に軽く目を見開いた。そこにいたのは、アリシア・カリムラスとエリック・ベルンハルンだったのだ。




「こちら空いてますよ、ワーグナーさん」


「はい、ありがとうございます」




カリムラスさんは、思ったよりも柔らかく笑顔を浮かべていた。首を少し傾けた際にさらりと揺れたヘーゼル色の髪が彼女の可愛らしさを増長させていた。



驚いてはいたが、なんとか返した言葉と共にカリムラスさんの隣の椅子を引き、表面上は穏やかに腰掛けた。



なぜ、彼女が実行委員に。伯爵家の中でも力を持つカリムラス家の令嬢だなんて縁談においては引く手数多でしょうし、実行委員に入る必要がないとおもうのだが。



しかし、そんなことよりも私の心を乱している事があった。アイリス・カリムラスの横に姿勢良く腰掛けているその人物。エリック・ベルンハルンだ。



カリムラスさん越しに彼の姿を見つめると、相もかわらず綺麗すぎて直視するのを躊躇うほどであった。



(こんなに近くで見たのは初めてだわ…)



彼らとはクラスが違うため、選択授業や合同授業がない第一学年では遠目に見かけるのが精一杯だった。またこの2人は目立つのであまり近付きやすい存在ではないこともある。一応貴族なので、向こうも名前と顔は把握しているが、話すのは今日が初めてといったところである。




「ワーグナーさん、よろしくおねがいしますね」


「ええ、よろしく、カリムラスさん」




アイリス・カリムラスはあまり表情が変わらない人だと思っていたが、話してみると意外にも人当たりの良さそうな印象を受けた。噂は当てにならないものだ。

カリムラスさんへ挨拶もそこそこに、私は新たな問題を考え始めた。



(声をかけるべきか…かけないべきか…)



エリック・ベルンハルンにも挨拶をするべきか否か。遠目に見ていた彼はまさに人形のようで、あまり意思を主張せず、主人の言うことに従う。カリムラスさんが挨拶してと言えば向こうからしてくれるのだろうけど。私から行くべきか。行ったとして反応はあるのか。あまり交友関係を持ちたがらないようにも見えるが。




「ベルンハルンさんも、…よろしくおねがいしますね」




言った。言ってしまった。多分私の顔はとても強張っていて、貴族令嬢にあるまじき憮然とした表情に違いない。ああ、やっぱり言わなければよかったかもしれない。これでは仲良くしたくないみたいに取られても仕方がない。精一杯の笑みを浮かべたつもりだった頬が引きつる感覚がした。




「はい、よろしくおねがいいたします」




返ってきたのは想像よりも低めの、それでも心地いいトーンの声だった。



こちらをちらりと見て、言葉を返したエリック・ベルンハルンはまたすぐに視線を逸らし前を向いてしまった。



会話した。あのエリック・ベルンハルンと。一往復のみの挨拶が、こんなに嬉しいなんて。これだけで実行委員になった意味がある。余計な事をしてくれたと思っていたメアリー嬢に感謝さえ感じた。



その後は会議の内容なんて頭に入ってこなかった。心はとてもふわふわとしていて、憧れの人と話せた事実に頬がにやけないようにするのが精一杯だった。








それから星降祭実行委員の仕事のためにお昼や放課後を共に過ごすにつれて私とアイリスは随分と打ち解け、いつしかお互いを敬称をつけないファーストネームで呼び合うようにまでなった。

そうして私は周りと交流をあまり持ちたがらないアイリスの唯一の友達となったのだ。これは友人となって知った事だがアイリスは激しい人見知りだった。エリックは友達ではないのかと聞くと頑なに従者だと返ってくるので多分私が唯一だと思う。



アイリスと友人になってからもう一つ分かった事が、アイリスとエリックは思っていたよりもいつもべったりだということ。どこへ行くのも何をするのも一緒で、伯爵令嬢の傍に護るように従者が控えている。お互いがお互いを尊敬しあい、信頼を寄せていることがはっきりと分かる。私はそんな2人の関係を好ましく思っていた。




12月の星降祭本番に向けて動き出す事一ヶ月いつものようにアイリス達を昼食に誘う為別クラスの教室を覗くと、そこにアイリスの姿はなかった。

しかし代わりにエリックが一人で机に座っていたのだ。




「あら、あなただけなの?」




相変わらず私は可愛くない口調でしか彼とは話せないみたいだ。今まで何度も愛想良くしようと思ったが結局上手くいかない。リシテア様のお茶会で培った皮肉力が憎らしかった。



エリックは私を見ると一瞬目を伏せて、それから形の良い唇を開いた。




「アイリスお嬢様は、課題提出のため席を外されました。もしワーグナー様がいらっしゃったら先にテラスへ向かっていてほしいと伝言を預かっております」




おそらく今日の課題提出は魔法科学のレポートであろう。お昼休みに提出に行くということは朝に出し忘れていたのか。アイリスに限って珍しい。




「そう、あなたはついていかなかったの?」


「もしワーグナー様が先にいらっしゃったらお困りになるだろうと私を伝言役において行かれました」


「…そう、ありがとう」




どこへ行くにも一緒のアイリスとエリックが一瞬でも離れて行動するだなんて、本当に珍しいこともあったものだ。それが私のためだと分かって少しだけ誇らしく思ってしまったのは知られてはいけないような気がした。




「それじゃあここでアイリスを待っていましょうか、あの子が戻って来た時に誰もいなかったら困るかもしれないものね」


「かしこまりました」




そういって私はエリックの隣の席であるアイリスの席を借りて座った。

しかし、いきなり予想もしていなかった2人きりの時間をもったいないことに私は持て余していた。正確には教室内には他にも生徒がいたのだが、周りはエリックや私に話しかけることはなかった。



背筋を伸ばしてお行儀良く着席している彼は最近ますますその綺麗さを増したような気がする。彼にはかっこいいよりも綺麗や美人という言葉が似合う。



「…それにしても、意外だったわ。あなたとアイリスは常に一緒に行動する義務でもあるのかと思っていたもの」


「私は、アイリスお嬢様の従者ですから」


「従者とはそういうものなの?」


「はい、私とアイリスお嬢様の間では」


「ちょっとべったりしすぎじゃないかしら」


「そうでしょうか。…あまり、そういったことは考えてこなかったもので」



一瞬、絶壁の彼の表情が柔らかく綻んだ。大切な人を思い出すように。アイリスのことを想って。

その表情があまりにも衝撃的で、私は息を飲んだ。普段のエリックからはかけ離れたその様子に、この彼を引き出せるのは世界中どこを探したってアイリスだけなのだと、そう悟った。



「…………そう」



一言返すのが精一杯だった。彼らの間には主従なんかでは計れないものが確かに存在するのだ。お互いがお互いの存在を当然とするような。尊敬や信頼という言葉でも軽いようなその関係が、私は少し、羨ましかった。



「…ワーグナー様が、アイリスお嬢様の良き友人となっていただけて、感謝しています」


「何言ってるの。私なんてそっちのけであなた達は二人の世界に入ってしまうじゃない」


「まさか、最近アイリスお嬢様はワーグナー様のことばかり気にしておられます」


「そう、それはどうもありがとう」



それはお世辞でも嬉しかった。アイリスはまだ仲良くなって間もないが、圧倒的に性格が良い。優しく、思慮深く、穏やかで、そして無邪気。彼女と一緒にいると心が安らいでゆくのだ。アイリスという友人がいるから私はリシテア様のお茶会という名の戦場にもまだ赴くことができるのだ。はじめに抱いていた印象とはまた違うアイリスの姿に、そのアイリスを知っているものまた限られた人物だけなのだと少し優越感もあった。

エリックから貰った情報に勝手に喜んでいると、教室にアイリスが帰ってきた。




「あれ、ルクミシアにエリック、先に行っててって言ったのに」


「私がアイリスを置いていくわけないでしょう。さぁ、一緒にいきましょうか」


「えへへ、うん、ありがとう」




ころころと子供のように笑うアイリスにつられて私も笑みが浮かぶ。エリックが相変わらず無表情だがこれがいつもの光景だ。アイリスがいるだけで場が和みリラックスできる。彼女は不思議な雰囲気を持っているのだ。

私は立ち上がり、アイリスの横に並んだ。アイリスを真ん中に左側がエリック、右側が私。またいつもの並びで私たち3人はテラスへと向かったのだった。



外へ出ると空はよく晴れていて、心地の良い風が髪を撫でた。隣には大切な友人、その隣には憧れの人。生まれてから身内以外で初めて心を許せるようになった人たち。キラキラと眩しく降り注ぐ初夏の日差しの中、この人達とのこの時間が続くようにと、そう思っていた。





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